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2007年 06月 30日

松田デミ男くん物語(9) さらばソロアスター教の神

b0061413_2163417.jpg9回にもわたったこの連載的ブログ記事を何だかミニ知識的なお話で終えてしまうのだが、初めてMAZDA車に乗ることになって、松田さんという人が東洋工業の創業者なので社名というか車名もマツダにするということはよくわかるとしてMAZDAの表記はなぜなのか、少し疑問に思った。調べてみると、ゾロアスター教(拝火教)の主神アフラ・マズダー(MAZDA)からきているのですね。 自分の乗っていた車がゾロアスター教とご縁があったとは意外なことだった。 考えてみると、この10年間で、何だか火というものにひかれるようになった。マーヒーにとってはロウソクの火なんかも身近なのだが、アウトドアクッキングの際の炭火とか焚火なんかにはほんとうにひかれる。原始の頃から、人はそういう火を見つめてきたのだ。今まで、オフロード二輪などに乗っていたこともあって、元もとそういう世界には少し足を踏み入れていたし好きだったのだが、松田デミ男くんという乗り物は、初めてソロではなく家族といっしょにそういう世界に連れていってくれた。車という近代的な利器に乗っていて何だが、デミ男くんがつれていってくれたいろんな場所を思い出すと、原始人が味わった幸せは私も味わいたいし、家族にも感じて欲しいと思う。

原子力より原始力!

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-06-30 00:34 | 草評
2007年 06月 29日

結婚披露パーティをやる場所

アウトドア系のホームページやブログを閲覧していて、
この6月30日に、キャンプ場でウエディングパーティをやるという
若いカップルの記事を目にしました。

何だか、とてもいい意味で、意表をつかれました。
結婚の披露宴にあたるものをどこでやるかという問題について、
マーヒーの大好きな場所であるキャンプ場という場所をまったく
発想のなかに入れていませんでした。

那須高原に近かったら、新郎さんにも新婦さんにも面識がありませんが、
何だか駆けつけたいというような気持ちになりました。

マーヒーの仕事には法事やお葬式だけではなくて、仏前結婚式というのもあるのです。
仏前結婚式の儀式は、寺院の本堂やご本尊をかけた場所で厳粛(げんしゅく)に
行いますが、その後の披露宴にあたるものは、どこでやってもいいのです。

どこでやってもいいといっても、いかにカジュアルな方向でいこうと考えても、
できる場所とできない場所、あるいはふさわしい場所とふさわしくない場所、
おもしろい場所とおもしろくない場所、いろんな思考法で峻別(しゅんべつ)している
と思います。

というわけでマーヒーは街中でも
「ここは結婚披露宴の会場としてどうか」 
ということを考えながら歩きます。

美術館や水族館という場所では、今は、そういうパーティ会場として積極的に
「場を提供します」
というところも現れました。

マーヒーがおもしろい
(これはおもしろがるのが本来の目的ではありませんが)
と思うのは、貸し切りと送迎バスを前提として

・海の家 (シーズン中はもちろん、季節はずれもOK)
・プラネタリウム
・釣り堀

というのが、今のところ「披露宴会場」ベスト3です。

ウエディング・パーティの場としてとして意表をつく場所、
ほかにありませんか?


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-06-29 00:35 | 草評
2007年 06月 28日

松田デミ男くん物語(8) 懸賞の洗脳効果を検証

b0061413_024338.jpgまたまた最初から余談ではじまるが、今現在、夫婦で共に読んでいる雑誌は、月刊のアウトドア系娯楽雑誌である『BE-PAL』と、やはり月刊のオートキャンプ専門誌の『ガルヴィ』である。 新婚当初から数年間は『ビックコミックスピリッツ』なども共に読んでいたが、次第に愛読できる連載が少なくなり、今は細野不二彦さんの『ギャラリーフェイク』さえ単行本で買えばいいというとことになった。  さて、松田デミ男くんに乗って10年目の春を迎えた頃、『BE-PAL』でスバル(富士重工)のレガシィ(ワゴン車)が当たる懸賞付き広告ページがあった。当たればものすごくラッキーということで官製ハガキに何通か「レガシィ・ツーリングワゴン希望」と書いて出した。

洗脳と言ってしまっては特に広告主のスバルさんに失礼かもしれないが、やはり手書きで「希望」と直筆で書かせる効果は、特にマーヒーの妻にとっては抜群だったようだ。それまでレガシィという車にはさして興味を示さなかった妻だったのだが、レガシィという車に異様に関心をもちだしたのだ。

マーヒーは、缶コーヒーを飲んで黒いポルシェが当たる懸賞にも応募していたのだが、街中で黒いポルシェを見かけるということはほとんどないのだが、レガシィといえばワゴン車の先駆車(本来は先駆者と表記すべきところですがこちらでしょう、ちなみに四駆車でもあります)であり、こちらの方は日常的に実によく見かける。

レガシィを見かけるたびに妻には直筆で「希望」(所望)と書いた記憶がよみがえるのか、ため息をつきながら「欲しいわ」とつぶやくのをみて、マーヒーは高級ワゴン車を一台放出してもスバルさんにとっての広告効果は絶大だと思った。たった一人のラッキーな人を除いて、外れた数万人か数十万人の多くの人々が、今まで注目していなかったレガシィという車に注目し、直筆で「希望」と書いた経緯のなかで、何パーセントかの人は、今まで「当たればラッキー」ぐらいの程度の「欲しさ」しかもっていなかった人でも実際にレガシィを購入した人というのは多くいるのではないかと思った。

一ヶ月後、「おっかしいなぁ、まだ当選の通知が来ないなぁ」なんていう傲慢(ごうまん)なセリフを夫婦で言い合っていたが、確かにデミオから家族が増えて7人乗りか8人乗りのミニバンにするというパターンは非常に多いのだろうけれども、ミニバンはミニといってもあれはアメリカサイズにとってのミニだから日本では日常の取り回しに非常に苦労をするし、本当に7人乗った際には7人ぶんの荷物なんかは積めないので、5人で荷物を満載できて乗用車感覚で運転できるワゴン車というのは選択肢としては非常にいいということになった。

そこで「ワゴン車ならレガシィを」という妻の洗脳をゆっくりと解除し、レガシィが非常にいい車であるということは重々知っているが予定している予算をオーバーしていることと、レガシィよりも少し小型のワゴン車が使いやすいということで、
 ・ スバル インプレッサ ワゴン
 ・ トヨタ  カローラ フィルダー
 ・ 日産 ウイングロード
というあたりが候補になった。

レガシィと同じスバル(富士重工)のインプレッサ・ワゴンは
モデルチェンジ末期でかなり大きな値引きが期待でき、
しかも次の新型インプレッサはワゴンタイプが消えるという噂をきいていたので
松田デミ男くんの後継車(これも後継者じゃなくて後継車)の最有力候補であったのだが、
そこに突如現れたのが、本田波平くんだった。

次回(最終回)に続く

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-06-28 00:36 | 草評
2007年 06月 27日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第143段)

人の終焉の有樣のいみじかりし事など、人の語るを聞くに、
ただ、閑かにしてみだれずと言はば、心にくかるべきを、
おろかなる人は、あやしく異なる相を語りつけ、いひし言葉も、
振舞も、己が好む方にほめなすこそ、
其の人の日來の本意にもあらずやと覺ゆれ。

此の大事は、權化の人も定むべからず。
博學の士もはかるべからず。
己違ふ所なくば、人の見聞くにはよるべからず。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第143段)

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人の死に際が立派だったなんて他人から聞いていると、
静かにとりり乱すこともなくお亡くなりになりましたと言えば
奥ゆかしい感じがするのに、
愚かな人はそこに何だかストーリー・テラーのように神秘的に聞こえるような
脚色で事実に自分好みの色づけをしてしまっているのは、
たとえそれがほめてはいても、死んだ人の意にそぐわないのではないかと思う。

この人の死という一大事は、たとえ仏の化身であっても、
その死がいいとか悪いとかをジャッジできるような問題ではない。
また、どんなに博学の学者でも、人の死に際をあれこれと臆測することは
できない。

だから、人が死んでいくということは、死にゆく人が本来のありのままであれば、
他人からの伝聞で「良かった」とか「悪かった」なんて評論できるものじゃないよ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2007-06-27 23:25 | 徒然草
2007年 06月 26日

久しぶりに なぞなぞ を

松田デミ男くん物語には、もう少し続編があるのですが、
息抜きになぞなぞをやります。
答えがわかった人は、コメント欄に、ズバリ答えを書かずに、
後の人に軽いヒントになるようなコメントをお願いします。
数日後、MORE機能で答えを発表します。
それではいきます。

ソバ屋さんには三匹の動物が
いるといわれています。
そのうちの二匹は、
有名なキツネ(ソバ)とタヌキ(ソバ)です。

それでは、もう一匹の動物とは何でしょう


※ たまにイタチソバとかいって、キツネソバとタヌキソバを
  折衷(せっちゅう)したようなメニューがあるソバ屋さんも
  あるのかもしれませんが、そこまでマニアックなメニューは
  除外します。イタチではありません。

※ 一応の大正解は、もしもひらがで表記すると○○○○と、
   四文字になります。

More
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by kaneniwa | 2007-06-26 20:42 | 雑草
2007年 06月 24日

松田デミ男くん物語(7) 車と人のパッケージ

b0061413_0444697.jpg松田デミ男くんという車に10年近く乗り、その10年間の間にも家族が次々と増えた。その思い出を記そうと思っていたが、逐一記してしては100話の連載になってしまう。 そこで一気にこの10年間の松田デミ男くんに関する数々のストーリーは省略し、つい最近の買い換えの話に飛ぶ。 MAZDAのデミオという車には非常に感謝しているし、今でも好きな車種だ。MAZDAの名誉のためにも、非常にいい車だったと心から言っておきたい。大きな故障やトラブルも10年近くほとんどなかった。ただ、コンパクトカーにしては荷物が積める車だといっても、子どもも三人となって手狭になってきたことは確かだった。車検などの関係もあって、10年目の後半というのは買い換えを意識せざるを得ないのは事実だった。そして、車雑誌やネットでの情報などで新しいデミオは小型化されるという情報が入ってきた。これについてただの車ファンとしては賛成であったが、同乗する機会が多い家族というものがこの10年間で次々と増えた身で、初代デミオからよりコンパクトになる三代目デミオへの買い換えはきついものがあった。これまたMAZDAの名誉のためにいえば、私が独身者か、または子どもが二人までの身なら、デミオのさらなる小型化(二代目に比べての)というのは歓迎したと思う。小さい割に積載力があってキビキビ走るのがデミオという車のいいところだからだ。

実際に、マーヒーは数ヶ月前に鈴木(SUZUKI)さんのとこのスイフトくんという車のスタイルがすごく気に入って試乗したことがある。ただし、その試乗には妻と三人の子どもも連れていったので、試乗をさせてくれた鈴木さんのお店の人の態度にも「結局こいつは買わねぇな」という雰囲気が見えた。実際に、これまたSUZUKIの名誉のために言っておくと、私が一人で乗ることを前提にするならスイフトくんというのは非常に魅力がある車だった。ただし、デミ男くんよりもさらにコンパクトな車にいちばん下の子どものためのジュニアシートまでとりつけるとなると、これは5人で乗るとギューギューの状態になってしまい、いくら運転するマーヒーが快適だと言っても、それを家族に対して言い張る勇気はなかった。

パッケージという言葉は、車用語としては車の積載性などをあらわす言葉だ。しかし、この経験から思い出したのは、トマトを出荷する時のパッケージの話だ。トマトに合わせてパッケージがあるのではなく、それを出荷する立場の作業で言えば、パッケージに合わせたトマトを峻別(しゅんべつ)するのだ。

私たち家族は、車を選びに行くつもりが、実は車に選ばれているのだということに気がつき、呆然(ぼうぜん)と鈴木さんのお店の前に立ちつくすのだった。

・・・第8話に続く

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-06-24 00:25 | 草評
2007年 06月 23日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第142段)

心なしと見ゆる者も、 よき一言はいふものなり。
ある荒夷の恐しげなるが、かたへにあひて
「御子はおはすや」
と問ひしに、
「ひとりももち侍らず」
と答へしかば、
「さては、物のあはれはしり給はじ。情なき御心にぞものし給ふらんと、
いとおそろし。子故にこそ、萬のあはれは思ひ知らるれ」
といひたりし、さもありぬべき事なり。
恩愛の道ならでは、かかるものの心に慈悲ありなんや。
孝養の心なき者も、子持ちてこそ親の志はおもひ知るなれ。

世を捨てたる人の、萬にするすみなるが、なべてほだし多かる人の、
萬にへつらひ、望深きを見て、無下に思ひ腐すは僻事なり。
其の人の心になりて思へば、誠に悲しからん親のため、
妻子のためには、恥をも忘れ、盗みもしつべき事なり。
されば、盗人をいましめ、僻事をのみ罪せんよりは、
世の人の饑ゑず寒からぬやうに、世をば行はまほしきなり。
人恒の産なき時は恒の心なし。
人きはまりて盗みす。
世をさまらずして凍餒の苦しみあらば、とがの者絶ゆべからず。
人を苦しめ法をおかさしめて、それを罪なはん事、不便のわざなり。

さて、いかがして人を惠むべきとならば、上のおごり費す所をやめ、
民を撫で、農をすすめば、下に利あらん事疑ひ有るべからず。
衣食尋常なるうへに僻事せん人をぞ、まことの盗人とはいふべき。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第142段)

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心ない人に思える奴でも、心に響くよいひと言を言ったりするもんだ。
ある関東出身の乱暴そうで ※コワモテ の人が仲間に向かって、
「子供はいるか?」
と聞くと
「一人もいない」
と答えたので、
「それなら世の中にあふれている人情というもんをお前は知らないだろ。
無情な奴と感じちゃって、恐ろしさも感じてしまう。
子供がいるからこそ世の中の人情というものを感じることができるのだよ」
と言っていたのだが、非常によくわかってうなづけるひと言だった。
こういう情愛に左右されちゃう人間こそ、こういうコワモテでありながら
慈悲の心というものがある。
親が死んでも追悼する心をもっていないような奴でも、
自分の子どもができると親が自分にかけてくれた愛情を悟ることができるみたいだ。

出家して隠遁(いんとん)して身よりもまったくない人が、
親戚も多くてみんなにペコペコ頭をさげ、その人間関係に悩んで
右往左往するような人をみて容赦なく軽蔑してしまうのは間違いなのだ。
その人の立場になって考えれば、愛する親のため、妻子供のために
自分の恥さえも忘れて他人のご機嫌をとり、
養うために場合によっては泥棒にだってなるのだ。
だから悪人を逮捕して罰を与えることばっかりを考えるよりも、
世の人々が餓死しないよう、着るものがあるよう、凍死をしないよう、
それを考えて政治というものを行って欲しいのだ。
人間は安定した収入がないと心も安定しないのだ。
だから人間は生活が追いつめられると盗みをするのだ。
よい政治が行われないので、寒さに凍える人がいたり飢えに苦しむ人がいるという
ことだったら犯罪なんてなくならないのだ。
大衆に苦労をさせて、その結果、法律を守ることが苦しくなって法を犯したものを
次々に処罰していくということは、かわいそうなことだ。
そこで、どうやって大衆に恩恵を与えるかといえば、
上に立つ人のぜいたくと浪費を止め、人を愛して農業を奨励すれば、
大衆にその結果の恵みがあるということは疑う余地もない。
だから、生活は安定しているし、着る物も食べる物も世間並みなのに、
その上でぜいたくな生活をしたくてよくないことをする奴が本当の泥棒だ。

超訳BYマーヒー

※ このコワモテの人というのは、
  人相は強面(こわもて)であって、
  主張・信条としては「子は持て」という人みたいです。
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by kaneniwa | 2007-06-23 23:56 | 徒然草
2007年 06月 22日

なぜ女性の方がネット投資に強いのか

松田デミ男くん物語の第6話までを連載中で、今夜も第7話を書き込んでから眠る
つもりだったのだが、この草仏教ブログにもありがたいコメントをくださる
カリフォルニアのぶんさんのブログの記事で

株式売買、女性が好調
=利益は男性の2.7倍-ネット投資家調査

6月21日21時1分配信  時事通信

という通信についての記事があり、最初はぶんさんのコメント欄にその読後の感想を
書き込むだけのつもりだったのだが、それについて付随して思いついたことがあり、
ブログで書いてみたいことでもあったので、久しぶりにブログならではのトラックバックの
ためのブログ記事という形を投じてみたいと思う。

この1年間で、株式売買で得た利益の平均は、男性18万円に対し、女性は50万円。
野村ホールディングス傘下のジョインベスト証券が行ったアンケート調査で、
対象となったネット投資家の人数や投資額などはわからないのだが、
マーヒーには「なるほど」と思い当たることがあった。
そのことを書いてみたいと思ったのだ。

思い当たったことというのは、約10年前のことだ。
東京で、マーヒーも関わったある出版物の完成があって、
料亭ではないもののお座敷がいくつかある場所で、その打ち上げの飲み会があった。
そういった飲み会というものは気分のいいもので、10人ぐらいの人数ながら
非常にいい感じの会になった。

その酔い心地のなかで、ふと隣の部屋で行われている宴会にも、
何だかいい宴会をやっている雰囲気というものが伝わってきた。
何を話しているのかは分らないが、トイレで中座した時にその部屋からフェードインされて
くる「いい宴会をやっている」という空気感がヒシヒシと皮膚感覚で伝わってくるのだ。

その皮膚感覚を文章にしてみるのはとても難しい。
たとえに過ぎないのだが、草野球の試合の後の飲み会に似た雰囲気かもしれない。
しかも、メンバーのなかの初心者がものすごいファインプレーをやったりして、
勝った負けたは別にして、ものすごく内容のある好ゲームをした後に
ジョッキのビールを飲みながら談笑し合っているような雰囲気を感じた。

その「いい宴会」は、何だか大学の体育会のように統制がとれていながら、
開放感のある、むしろ自由闊達(かったつ)な雰囲気をかもしだしていた。
にぎやかでありながら決して他に不快感を与えるような騒がしさではなく、
ときおり聞こえてくる笑い声にしても、笑い声や嬌声は比較的大きめであるのに
セクハラ的なシモネタでの笑い声などとは正反対の筋の良い笑い声のように感じた。

マーヒーはお店を出て二軒目に移る時に、○○○○ご一行様というプレートに
書かれたその○○○○を、ポストイットに一応メモしておいた。

その翌朝、ガンガンに二日酔い(全治三日でした)となったぼやけた頭で、
届いたばかりの新聞をぼんやりと眺めていて、昨夜初めて見た
○○○○という会社名を新聞の株価欄で探してみた。
すると、あった。
株価には上昇マークがついていた。
想像に過ぎないが、マーヒーがわずかにその雰囲気を感じた○○○○の宴会は、
何だかとてつもなく難しいプロジェクトを全員一丸で成し遂げた後の打ち上げだった
のかもしれない。

その後、3ヶ月ぐらいだろうか。その○○○○の株価だけを新聞で追ってみたが、
やはり大むね上昇だった。
マーヒーは思った。やはり、ああいう宴会ができる組織というのは上向きで
前向きないい組織であり、それは多分投資という視点から見てもいい組織なのだ。

マーヒーには日本経済新聞を読むような力はないのだが、
どうも経済を読む力はないけれども宴会の雰囲気を読む力は多少は
あるみたいなので宴会評論家というものの第一人者となって投資の世界に
参画していこうか?とバカなことを考えたりした。

マーヒーは株というものをやらないし、したがって人に投資をすすめようとも思わない。
しかし、この1年間のデータに過ぎないのだが、ネット投資で女性の方が利益を上げて
いたようだという証券会社の分析に、この時のことを思い出して強くうなずく。

ネットでの投資というと、男の方がネット上での情報や経済理論を
駆使して判断していくような気がする。
しかし、実際に有効な情報というものは、理論ではうまく説明できなくとも、
マーヒーが 「あれっ? 隣の宴会、いいんじゃない?」 とふと感じたように、
「この新製品の洗剤、とってもいいんじゃない?」というような、生活感覚から
くるアンテナやフィーリングの確かさが、ネット投資での女性優位の理由だと
マーヒーは想像するのだ。

ネット投資とはいっても、そこは数字の背後に
生身の人間達がうごめくマーケット(市場)なのだから。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-06-22 01:18 | 草評
2007年 06月 21日

松田デミ男くん物語(6) 仏壇と車のベクトル

b0061413_043617.jpgというわけで、松田デミ男くんがうちにやって来たまでの経緯を説明するのに、すでに5話を費やすことになってしまった。 松田デミ男くんは10年近く使いこなした純粋な愛着と同時に、初めて個人ではなく家族としての私たちを乗せた車として長く記憶にとどまっていく。 

さて、今となっては昔の話だが「仏壇に代わって、家庭の中心にテレビが置かれるようになってしまった」という嘆きのご法話を何度も耳にしたことがある。今はそういうことを言う人もいないし、いるとすれば認識に相当大きなズレがある。今のテレビはそれにつながれたゲーム機やDVDも含めて、すっかりパーソナル色が強い物体である。テレビが家庭の中心だと言えるような時代は昭和30年代から始まって、昭和と呼ばれた時代が終わる頃・・・いや、もうちょっと期間は短いかな・・・マーヒーの実感としては家族そろって『ドリフの8時だよ全員集合』を見て爆笑していた頃までが家庭の中心にテレビがあったような時代で、ドリフを駆逐した『俺たちひょうきん族』なんかで笑っていた頃は、もうテレビは家庭の中心なんていう意見は古い認識のように思っていた。


仏壇の果たすべき役割にとって代わっているのが車であるというのがマーヒーの説である。
その説の前提になっているのが、数学でいうベクトルのような「方向性」という観念である。
仏壇というのは、列座した家族や知人が同じ方向を仰ぐことに大きな意味があるように思う。
そこに向かって未来を展望すると同時にしっかりと過去を確認し、その過去と未来の
狭間にある今の自身を内観し、道を歩むのだ。

この仏壇が果たす役割にとって代わっているのが車だ。だいたい車は道を歩む道具である。
その道具に内包される家族や知人は、キャンピング・カーでもない限りは同じ方向を向く。
車の後方には過ぎていった過去があり、前方には進むべき未来がある。
同じ方向を向きつつ歩みをすすめていく役割、それを車というものが無意識のうちに
担っているのだ。

車のなかで非常に大事な話をしたという経験のある人は、マーヒーの
想像以上に多いのではないだろうか?読んでいてドキッとした方はいませんか?

ブログを読んでくださっている方のなかには車を運転しない人も、特に都会には多いと
思うので、特にプロのカップル(夫婦)を目指すアマチュアのカップルの皆さんに
今回の「マーヒーの法則・仏壇と車のベクトル論」を恋愛のプラグマティズム的実践に
活用していただくとすると、「見つめ合うより同じ方向を見よ」という言葉に凝縮できる。

演劇なんかを見ていても、若い男女が向かい合うシーンというものは、
抱き合うようなシーンの印象ばかりがどうしても強くなってしまうが、
向かい合うことの本質は激しい対立を筆頭に、お互いのぶつかり合いや、
互いのアラを探り合うような場面ではないだろうか。
それに対して、未来(夢)を語り合うようなシーン、
しみじみと過去を共に回想するシーンでは男女は同じ方向を向くようだ。

つまり、マーヒーの言いたいことは、これはと思う人とこれはと思うような話を
したい時には、向かい合うフレンチレストランのようなところに行くよりも、
焼鳥屋さんでもいいからカウンターに同じ方向を向いて座った方がいいよ。
風水なんかよりもよっぽど頼りになる方向性のご利益というものがあるよ。
もっとも、ネイティブ・アメリカンの「7番目の方角」の伝承の言葉にあるように、
最終的にいちばん大事な方角は、自分自身の心の奥底に向かうという方角
なんだと思ったりするのだけれども・・・

ありゃ、何の話だったけ?

とにかく、惰性になってきた感はあるが、第7話に続くのであった。


※浄土真宗では仏壇のことを「お内仏」(おないぶつ)と呼称するのですが、
  このブログ記事では浄土真宗に限らずに広く一般的な車文化論とも重なる
  部分について問題提起したかったので、仏壇という広く知られている呼称を
  使いました。


マーヒー加藤
  
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by kaneniwa | 2007-06-21 00:06 | 草評
2007年 06月 20日

松田デミ男くん物語(5) シャラポアとゴルフくんの不仲 

b0061413_141798.jpgというわけで(前回のブログ記事をご参照ください)、アマチュアのカップルからプロのカップルとなってから、妻のシャラポア(日本人)と、ゴルフくんの相性は最悪に近かった。アマチュアのカップル時代は、ゴルフくんのまん丸のヘッドライトを「可愛い」と言っていたシャラポアだったが、私とともにゴルフくんの共有者となるとまったく事情は違った。シャラポアは二人のお姉さんと共用で豊田サイノスくんという優等生的クーペスタイルの車に乗っていたのだが、まずゴルフくんのサイドブレーキのレバーは、マーヒーが目一杯引いておくと、シャラポアはそれを下ろすことができなかった。シャラポアが特別非力な女性ということはないと思う。それぐらい、昔のゴルフくんというのは質実剛健にできていたのだ。それに、今のゴルフくんでは考えられないだろうが、当時のマーヒーが所有していたゴルフくんは、パワーステアリングが付いていなかった。

しかし、それだけなら別にシャラポアはちょっとの不便を我慢するという程度で、まったく問題はなかったかもしれない。当時の古い車、特にドイツ車というものは、所有者の乗りグセというものが非常に強く反映されるということがあったのではないかと思う。「エンジンがかからないので見て」と、何度も新婚時代のシャラポアに言われたが、ゴルフくんに乗って、マーヒーがイグニッションにキーを入れてまわすと、いつも簡単にエンジンはかかった。しかし、キーをまわすタイミングなのかスピードなのか、何なのか、シャラポアがキーを入れてエンジンをかけようとしてもゴルフくんはまったく動かないということが何度もあった。また、左ハンドルであったため、一人でゴルフくんに乗って買い物などに行ってもらう際に、駐車券や通行券がとりにくいという生活ストレスもシャラポアを泣かせた。

1998年の熱かった東京の夏、決定的な事件が起こった。当時の住居は東京の練馬区で、妻の実家は武蔵村山市だったので、何度かゴルフくんを使って妻は里帰りをしていたのだが、マーヒーの恋人でもあったゴルフくんは、シャラポアを心から毛嫌いしていたかのように、なぜかシャラポアが一人で運転している時にかぎって色々なトラブルや不具合を起こしていたのだが、36度の猛暑に見舞われた日にシャラポアが全身ずぶ濡れで帰ってきてゴルフくんから降り、「私はもうこの車は嫌だ!」とマーヒーに泣きついた。 その猛暑のなかでエアコンが故障して熱風しか出なくなり、しかもエンジンは調子の悪い音をたてつつAT車であるのに東京の渋滞のなかでエンストも起こし、途中でエンジンが止らないかヒヤヒヤしながら、重いハンドル(パワステなし)を操って、本当に頭からバケツで3杯ぐらい水をかぶったのではないかというような汗だらけで車から降りてきたのだった。

この時、シャラポアは妊娠初期だったということもあり、真剣に買い換えを共に検討することにした。まさに「私をとるの?ゴルフくんをとるの?」という具合だった。マーヒーはゴルフくんと呼んでいるが、シャラポアに言わせると持っていたVWゴルフは「男ではなくて女、しかも私のことを嫌っている女」だそうだ。現行のVWゴルフには、そんな欠点はなくて改善されいるどころか相当に高いレベルになっていると思うのだが、10年乗った松田デミ男くんを最近になって買い換える時にも、VWゴルフは候補にも出てこなかった。

第6話に続く・・・

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-06-20 14:32 | 草評