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2007年 08月 31日

イメージ・シェフでコラム 次のお題 

b0061413_0101053.jpg さて、この「イメージシェフでコラム」をどうしようか、やめようかとも思いましたが、自分では思いもよらないタイトルでブログ記事を書くという楽しみもあり、ペースはマイペースとしても細々とでも続けていくことにしました。 次のお題はパソコンのキーボード上のキーです。コメント欄に思いついた短い言葉をお願いします。この画像はスグレモノで、3文字以上を入れるとシフトキーや確定キーのように横長に画像が変化してくれます。それでも日本語なら8文字ぐらいまでが適当でしょうか。発表時期ですが、秋のお彼岸までにはブログ記事にしてアップします。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-08-31 00:14 | 雑草
2007年 08月 30日

イメージシェフでコラム(5)  女の子の名前

b0061413_2323196.gif 8月下旬発表予定が、けっこうギリギリになってしまいましたね。 この文字を選ばせてもらいました。このネオン式看板の明美さんは18で良かったですね。17とか16だと、警察官が補導員を連れて踏み込みそうです。 昭和の中盤生まれのマーヒーの世代は、同級生の8割以上の名前に「子」が付いていました。この「明美」さんという名前なんかが、けっこう「子」が付かない名前の最初のスタンダードだったような気がします。平成生まれの子に「子」が付く名前は少ないですね。データベースをひもといてみてこの数年、莉子(りこ)さんが25位あたり、桜子(さくらこ)さんが68位あたりという感じです。あとはベスト100なかになかなか見あたりません。 マーヒーの娘(二人)も「子」が付きません。長女の名前なんかはベスト100どころかベスト500にも顔を出さないはずです。でも、6年ほど前に三条市(新潟県)のお店にうちの娘と同じ名(もちろん源氏名)の人がいたのです。母親と同じ名前(けっこう同年代にはいます)というのも何だか嫌ですが、娘と同じ名前というもの・・・これまた嫌ですね。

源氏名というものの由来は、源氏物語の全54帖の、それぞれの○○の巻きという題名を宮中の女性の名前に転用されたというのがどうも由来のようですね。マーヒーが何かの拍子にスナックやキャバクラ、メイド喫茶なんかを経営するということになったら、お店の名前を「源氏物語」(これは怪しくていいかもしれない)として、女性の名前を「本来の源氏名」にしたいですね。しかし、初音(はつね)ちゃんとか夕霧(ゆうぎり)ちゃんというのはいいとして、蜻蛉(かげろう)ちゃんとか空蝉(うつせみ)ちゃんというのは、名のってくれる人がいるかどうか、今から心配です。 (そんな心配はしなくていいんだよ)

それから、鈍いマーヒーは、この文字を投稿していただいた方と、もう一人のブログ仲間(どちらもエキサイトブログでリンクしています)とがご夫婦だったいうことを、つい数日前まで気がつきませんでした。 


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-08-30 23:32 | 雑草
2007年 08月 30日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第160段)

門に額懸くるを
「うつ」
といふはよからぬにや。
勘解由小路二品禪門は、
「額懸くる」
とのたまひき。
「見物の棧敷うつ」
もよからぬにや。
「ひらばりうつ」
などは常の事なり。
「棧敷かまふる」
などいふべし。
「護摩たく」
といふもわろし。
「修する」
「護摩する」
など云ふなり。
「行法も、法の字を 澄みていふ、わろし。濁りていふ」
と、清閑寺僧正仰せられき。
常にいふ事に、かかかる事のみ多し。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第160段)

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門に額縁を掛けることを
「(額を)打つ」
と言うのは、あまりいい言い方じゃないかな? 
世尊寺流という書道の宗家の勘解由小路(かでのこうじ)の
二品禅門(にほんぜんじ)は、
「額を掛ける」
とおっしゃっていたな。
「祭り見物をする桟敷を打つ」
というのも、あまり良くない言い方かな?
「タープを張るためにペグを打つ」
なんていうのはというのは、野外イベントなどで普通に使う言葉だ。
でも、
「アウトドアで拠点をかまえる」
と言ったほうがいいのかもね。
「護摩(ごま)の火を焚(た)く」
と言うのも、何だか難しいけど語源のサンスクリットの護摩(ごま)に、
すでに火のなかに投げ入れる意味があって重複する表現になるみたいだ。
「修する」とか
「護摩する」(ゴマスリとは違うよ)
と言うのがいいみたいだ。
「行法も、法の字をにごらずギョウホウと発音するのはよくない。
ギョウボウと濁音で言うのだ」
と、京都市東山区の清閑寺の僧侶で、吉田(兼好)の歌友の
道我(どうが)くんが言っていた。
ふだん多く口にする言葉に、こういう事が多いね。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2007-08-30 22:52 | 徒然草
2007年 08月 30日

粒焼(7) 今年の夏を総括

35℃以上の日が続くと
30℃の日は涼しく感じた。

野球でいうと、いかに緩急をつけた
ピッチングというものが大切で、

音楽でいえば、いかにメリハリのついた
演奏が大事なのかを膚で感じた。



マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-08-30 13:28 | 雑草
2007年 08月 28日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第159段)

「みなむすびといふは、絲を結び重ねたるが、蜷といふ貝に似たればいふ」
と、或やん事なき人仰せられき。
になといふは誤なり。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第159段)

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「みな結びという結び方は、糸を組んで結びのだが、
それを重ねて垂らした姿が蜷(みな)という貝に似ているから、そう呼称されるのだ」
と、とある高貴なお方が言っていた。
「にな」というのは間違いで、演劇の演出で有名な蜷川(にながわ)さんも、
本来は蜷川(みながわ)さんなのだ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2007-08-28 20:29 | 徒然草
2007年 08月 26日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第158段)

「盃の底を捨つる事はいかが心得たる」
と、或人の尋ねさせ給ひしに、
「凝當と申し侍るは、底に凝りたるを捨つるにや候らん」
と申し侍りしかば、
「さにはあらず。魚道なり。流を殘して、口のつきたる所をすすぐなり」
とぞおほせられし。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第158段)

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「自分が飲んだ盃を人に差し出す時に、盃の底に残った
酒を捨てることは、どういうことか知ってる?」
と、ある人がお尋ねになった時に、
「そういう動きを凝当(ぎょうどう)と言いいますが、
当というのは底のことで、盃の底に付着して固まった
酒を捨てる事でしょうか?」
と応答すると、
「そうじゃない。本来は魚道(ぎょどう)なんだ。
海中で魚の群れが流れるように、自分が口をつけたところを
酒の流れが通るみたいにして洗って清める行為なんだ」
とおっしゃった。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2007-08-26 23:42 | 徒然草
2007年 08月 25日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第157段)

筆を取れば物書かれ、樂器をとれば音をたてんと思ふ。
盃をとれば酒を思ひ、骰子を取れば攤うたんことを思ふ。
心は必ず事に觸れて來る。
かりにも不善の戲れをなすべからず。

あからさまに聖教の一句を見れば、何となく前後の文も見ゆ。
率爾にして多年の非を改むる事もあり。
かりに今此の文をひろげざらましかば、此の事を知らんや。
是れ即ち觸るる所の益なり。
心更に起らずとも、佛前にありて數珠をとり經をとらば、
怠るうちにも善業おのづから修せられ、散亂の心ながらも繩床に坐せば、
覺えずして禪定なるべし。

事理もとより二つならず。
外相若しそむかざれば、内證必ず熟す。
しひて不信を云ふべからず。
仰ぎて是を尊むべし。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第157段)

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筆を手にすれば自然と何かを書くし、楽器を手にすれば音を出そうと思う。
盃を手にすれば酒のことを考えるし、
サイコロを手にすればギャンブルのことを考える。
人間の妄念・妄想は、必ず何かの実体に基づいてわき起こってくる。
だから、かりそめでも冗談でも、イケナイ遊びをしちゃダメ。

かりそめでも経典のワンフレーズでもいいから拝読していると、
何となくその前後に書いてあることも目に映ってくる。
それで、思いもよらずに長年の思い違いや考え違いが改められるということもある。
仮にでも、その経典を開かなかったら、この考え違いのことにさえ気がつかなかった。
これも、手にとってみたことのおかげによる作用なのだ。
信じる心が全然わき起こらなかったとしても、
仏前で数珠を持って経典を手にとれば、ダルそうでいい加減だったとしても、
それは理想の所作をしていることなのだから、
ものすごく浮ついた心そのままでも、知らないうちに、何かすごいことになるだろう。

この世に起きる現象と真理というものは、
全然ちがっているのだけれど最初から二つ別のものがあったのではなくて
元来は一つのものだった。
外見だけじゃないけれども、外見が真理のあるべき姿とそんなにズレていない
ならば、内心もそれを感じて必ず成熟してくるものなのだ。
「見てくれだけかよ」なんていう信仰問題を言うべきじゃない。
むしろ、そういう型や所作をしている人のことは敬って尊重しなければ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2007-08-25 00:24 | 徒然草
2007年 08月 24日

ネットカフェ難民を体験(2)

b0061413_0155662.jpg 昔、そうですね12年ぐらい前でしょうか、サウナに入ってからマッサージを受け、出ようとした時にふと「ここには雑誌もけっこうあるし、大型テレビもあるし、ずっとここで過ごしてみるのもいいか」 と思って夜になり、「ここで夕食も食べられるし、生ビールも飲んで、明日は久しぶりに休みだし、泊っていってみっか」 という感じでサウナや風呂を3セットはくり返し、夜中もいろんな雑誌を読みふけリクライニングの椅子で熟睡し、朝になって朝風呂と朝サウナを楽しんで朝食を食べ、「どうせ独身で(当時)待っている人もいないし、休日の今日もずっとここで過ごしてみっか」 というようなことまで考えた時に、午前10時~11時は清掃などのメインテナンスのために午前10時になったら全員がチェックアウトしなければならないシステムのところだったために、マーヒーの最長サウナ施設滞在記録は20時間あたりでストップしました。そのシステムがなかったら倍の40時間ぐらい滞在していたかもしれないし、12年後の今もまだサウナ施設をチェックアウトせずにそこで暮らしていたかもしれません。なんせ生活に必要なものはぜんぶそろっていて、入浴・洗面などは普段の暮らしよりも格段に豪華です。 そういうノリで、今回のインターネットカフェ一泊体験というのは、そうせざるを得ないようなホンモノの方々には失礼かもしれませんが、けっこう楽しみにしていました。 しかし、この写真のスペースで実際に一夜を過ごしてみて、「18才とか19才の若者もけっこういるとして、この場所で成長している者もいるのだろうなぁ」と感じました。昔、10代の頃から活躍したテニスのサバティーニ選手が、「テニスの世界ツアー転戦のために飛行機ばっかり乗っていて、私は飛行機のなかで成長しているのよ」 というようなことをインタビューで言っていた記憶がありますが、そんなことを連想しちゃいましたね。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2007-08-24 23:38 | 草評
2007年 08月 23日

ネットカフェ難民を体験 (1)

東京滞在中は、このブログもお盆後の遅めの夏休みにしようかと
思っていたが、前回は東京に着いた翌日に義理の姉のパソコンを
借りて、短いながら更新をした。

今日は、インターネットカフェに泊り込んだ。
別に妻の実家の居心地が悪いわけではなく、最初から体験として
インターネットカフェに、マーヒーは家族から離れて単独で
泊まりこんでみる予定だったのだ。

というわけで、今、池袋東口のネットカフェをもうすぐチェック・アウトする
ところだが、1泊では難民体験にならないな。 1ヶ月は泊まり続けないと・・・
さすがにそれは許してはもらえないだろうけど・・・

☆ 飛行機のファーストクラスに座っていると思うと快適

☆ 自分は模範囚だと思うと快適

☆ 会員制で全個室のところではあるものの、若い女性がけっこう
   泊まっているのに少しびっくり

詳しくは明日以降


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-08-23 07:58 | 草評
2007年 08月 21日

今日、起きてみると

今日、目が覚めたら、
妻の実家 (東京)だった。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-08-21 08:13 | 雑草