草仏教ブログ

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2007年 11月 30日

草仏教掲示板(11)  本当の出会いに別れはない

b0061413_22342328.jpg11月28日は親鸞聖人のご命日で、親鸞聖人と法然上人の出会った時のことを漠然と考えた。親鸞聖人が比叡山を降りたのが29歳の時。29歳になるまで法然という人の存在を知らなかったはずはない。たぶん、存在を知っていて会えずに悶々とした時期が、かなり長くあったような想像をする。実際、比叡山を降りても、すぐに法然さんのところに向かったわけではなく、百日間も六角堂(京都市中京区)で悶々と過ごす。会わなくちゃ、という心の奥底からの声が法然さんと出会わせてくれたのかなぁ?本当の出会いには、別れなんかはないのではないか?とふと思った。ふと思っただけの言葉を書いちゃって掲示までしちゃうのが草仏教流。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-11-30 22:47 | 草仏教
2007年 11月 30日

粒焼(13) 3億円欲しいなぁ

年末になると
やっぱり3億円(宝くじ)欲っしいなぁと思う。
3億あれば、
どんな貧乏にも耐えられるし、
安心して貧乏生活ができる


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-11-30 00:36 | 雑草
2007年 11月 29日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第177段)

鎌倉の中書王にて御鞠ありけるに、雨ふりて後、未だ庭の乾かざりければ、
いかがせんと沙汰有りけるに、佐々木隱岐入道、鋸の屑を車に積みて、
多く奉りたりければ、一庭に敷かれて、泥土のわづらひなかりけり。
とりためけん用意有り難しと、人感じあへりけり。

此の事を或者の語り出でたりしに、吉田中納言の、
「乾砂子の用意やはなかりける」
とのたまひたりしかば、はづかしかりき。
いみじと思ひける鋸の屑、賤しく異樣の事なり。
庭の儀を奉行する人、乾砂子を設くるは故實なりとぞ。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第177段)

b0061413_051887.jpg


鎌倉幕府の将軍様の御所で、サッカー(蹴鞠)の大会が開催された時、
雨が降った後だったので、グランド状態はぬかるんでいたので
どうしよう?と実行委員会が評議していたところに
お坊さんの佐々木さんが、おが屑を車にいっぱい積んで持ってきて、
それを庭一面に敷いて、これで泥水もはねず、
試合実行に支障をきたす心配がなくなった。
「こういう時の準備のためにおが屑をこんなにためていたなんて素晴らしいなぁ」
と多くの人々は感心したのだった。

後日のことなんだけど、このことを、ある人が語り出したとき、
吉田の中納言が、
「その時に乾いた砂は用意していなかったのか?」
とおっしゃったので、その語った人は恥ずかしい思いをしてしまった。
そういう指摘がないとなかなかわからないけど、
ナイスアイディアだと思ったおが屑も、砂に比べればお下劣だし異様だ。
アウトドアのイベントではグランド整備部門の担当者が関連の催し物の責任者が、
乾いた砂を最初から用意しておくのは昔からの常識なのだ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2007-11-29 23:30 | 徒然草
2007年 11月 29日

粒焼(12) 美鳩会

美鳩会って、
強気な名前だなぁ。

鷹派のような感じだが・・・

しかし、レディース・ティーから(たぶん)で、
たくさんラウンドしたということはあるけれど、
シングルというのは妙に立派だと思う。

バーディ(小鳥)や
イーグル(鷲)も達成しただろうなぁ。

アルバトロス(アホウドリ)?



マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-11-29 17:11 | 雑草
2007年 11月 27日

粒焼(11) 飛行機のうみの親

飛行機の本当のうみの親は、
ライト兄弟ではなくて、
ライト兄弟の親


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-11-27 19:21 | 雑草
2007年 11月 25日

イメージ・シェフでコラム 次のお題 

b0061413_23333615.gif久しぶりにアニメーションでいきましょう。 死に際に血で壁に残す言葉、いわゆるダイイングメッセージというものですね。15文字ぐらいまでOKです。発表は今年中です。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-11-25 23:36 | 雑草
2007年 11月 25日

イメージシェフでコラム(8)  KYです!!

b0061413_23111719.jpg先月のお題ですが、11月中というのもギリギリになってしまいました。10月はボクシングの亀田親子ネタも多く寄せていただいて、kosugiさんの「親子見直し本舗」なんかは、なかなかの傑作だったのですが、1ヶ月を経過すると賞味期限が切れてしまいました。それで選ばせていただいたのはラガーマンさんの「KYです!!」でした。単純ミスで「!」(エクスクラメーション)のマークだけの画像も作っちゃったのですが、これはこれで味があると思ったので、併せて掲載いたします。
  さて、「KY」というのは、今年の流行語大賞にもノミネートされているのでほとんどの方は知っていると思いますが、「空気が読めない」のイニシャルです。何だか英語が読めるとか漢文が読めることよりも、空気を読むことが重要視されているような昨今です。


b0061413_23114226.jpgたとえば仏教では「薫習」(くんじゅう)と言ってかおりを学ぶというような言葉があります。さらに「聞薫学」(もんくんじゅう)といって、薫りを聞いて学ぶという言葉まであります。さらに、「仏法というのは毛穴から入ってくるんだ」などという言い回しもあります。考えたら「観音」というのは「音を観る」と書きますね。「空気を読む」というのも、「KY」でなくて「空読」(くうどく)というような漢字熟語で表現されていれば、のちに仏教用語として確立していたかもしれません。場の空気を読む達人となって「空読菩薩」(くうどくぼさつ)などと呼ばれたり・・・ないない

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-11-25 23:13 | 雑草
2007年 11月 25日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第176段)

黒戸は、小松御門位につかせ給ひて、昔ただ人にておはしましし時、
まさな事せさせ給ひしを忘れ給はで、常にいとなませ給ひける間なり。
御薪にすすけたれば、黒戸といふとぞ。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第176段)

b0061413_230477.jpg


清涼殿にある黒戸の御所は小松の御門で、
光孝天皇の即位の時、
昔、その光孝天皇が民間人であった時に、
遊び心いっぱいだったとはいえ、
自炊をしていたことを忘れないようにと、
いつでも調理ができるようにした場所なのだ。
薪木を焚いていたので、
そののすすで煤けており、黒戸というのだ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2007-11-25 22:46 | 徒然草
2007年 11月 25日

不幸のずんどこ研究(8)

8回にわたって推考してきた
「不幸のずんどこ」
の研究であるが、キリがないといえばキリがないので、
「不幸のずんどこ」
状態の象徴としてとりあげてきた

♪ オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パンパンパン
オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パ オッ パ


の意味を考察して、一応の区切りをつけておきたい。

まずは、オーソドックスに、フランス語としての意味は
Au pas cadence(オ・パ・キャドンス)・・・リズムに合わせて
という言葉の、人への呼びかけの形をとって
Au pas, camarade(オ・パ、キャマラード)
というらしく、

「リズムに合わせてやるんだよ、ボクちゃん」

ということらしい。

なるほど、音が出なくなってしまった以上、
「ボク」に残されたものは、もはやリズムしかないということだろうか?

特にクラリネットのシの音しか出ず、ひたすらシの音のみを延々と吹き続けていた
彼の精神状態を勘案すると、
「リズム!」
という閃光のようなひらめきと開き直りが生み出した
啓示のような言葉だったのかもしれない。

その原意はそのまま残すとしても、
どうも、
♪ オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パンパンパン
オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パ オッ パ
という部分には、オノマペト(擬態語)としての機能が付随しているように
思えてならない。

つまり、壊れたクラリネットの音色を口まねで表現しているのではないかという
ことだ。 これは直前の
♪どうしよう

の闇の世界から対比されて、悲痛なほどに明るすぎる世界への転入である。


最後に、本論のなかでついでに言及してきた
ムード歌謡のコーラスの定番である
「パヤ」
という言葉であるが、
たとえば「ブルーライト横浜」の
イントロ部分で登場する
「♪パヤパパぁ パヤパパぁ」
などは、女性コーラスによるソフトタッチのホーンセクションの
擬態なのではないだろうか。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-11-25 22:42 | 草評
2007年 11月 24日

不幸のずんどこ研究(7)

クラリネットをこわしちゃった「ボク」は、
ドとレとミの音が出ないクラリネットで、けなげにも
演奏を続けていたようだ。
なかなかの根性と演奏能力の持ち主だ。

で、あるから、一番の歌詞の
♪どうしよう どうしよう

の後で、不幸のずんどこ状態である
オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パンパンパン
オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パ オッ パ

となってしまうのは、
これはこれで「恐るべき開き直り精神」のようなものとして
解釈してもいい。

しかし、やがて、
ドとレとミとファとソとラとシの音が出ない状況がやってくる。

これはキツイ。

C♯やE♭などの半音階(ピアノでいえば黒鍵のところ)
だけの音は出たのだろうか?
その半音階だけで中華風のメロディなんかを吹いていたのか?

それはクラリネットの故障の原因(タンポの湿気)からして考えにくい。
おそらく最終的にはすべての音が出なくなったと推察するのが自然だ。

歌の構成上からすると、ドの音から順番にシの音まで徐々に
音が出なくなっていったような様子がうかがえる。

すると、
この「ボク」には、
シの音しか出ないクラリネットで、ひたすらシの音だけを出していた
状態があるはずだ。

これはかなり異様な光景でもあり、
また、「ボク」もかなり精神的に追いつめられた状況にあったはずだ。

フリー・ジャズで、確かアーチー・シェイプだと思ったが、
サックスでの単音階だけの演奏というものはあった。
しかし、これはギリギリまで聞き手の緊張を高めるという意図が
あったはずで、その後に華麗なアドリブがはじけるように展開された。

「ミュージック・タイガー」(音楽寅さん)という番組の特番で、
桑田佳祐がユースケ・サンタマリアのために、
単音階だけの楽曲を提供したことがあった。
しかし、それは、それ自体がギャグでもあり、
逆にリズムを強調し、華麗な伴奏アレンジを聞かせるという意図があった。

それに比べると「ボク」のシの音だけを延々と奏でる光景は悲壮感が
漂う。

したがって後半の不幸のずんどこ部分である

オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パンパンパン
オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パ オッ パ

という悲痛な心の叫びには、鬼気迫るものが感じとれる。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-11-24 20:44 | 草評