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2009年 01月 31日

ダッチオーブンやスキレットを洗う

b0061413_5293743.jpg 鋳鉄でできたダッチオーブンスキレットを洗う際に洗剤を嫌う人は多い。鋳鉄の表面の細かい粒子の間に洗剤が入って、次に調理をした時にその洗剤の成分が料理に影響を与えてしまうというのが一番の理由だろう。 そんなことを気にせずに中性洗剤などで洗う人、それを気にして丁寧にぬるま湯などでゴシゴシやる人、気にしているのか気にしていないのかわからないけれども洗剤を使ったり使わなかったりして極めてテキトーに洗う人。いろんな流派があるのだろうね。私は洗剤を使わなかった。それでテキトーだったり気分によって念入りだったり。最初は面倒だった洗う作業も愛着がわいてくるとけっこう楽しかったりする。しかし、最近 「ヤシの実の油の洗剤」 を使っている。 最初はダッチオーブンではなく通常の洗い物にのみ使っていた。ヤシ油は顔に似合わず膚が弱い私も手荒れがせず、数滴でよく汚れが落ちるので気に入っていた。ボトルの注意書きを読めば成分はヤシの油100%で、野菜を洗う時にもおすすめと書いてある。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-31 05:44 | 草外道
2009年 01月 30日

オヤジギャガー (8) 万事・・・

b0061413_20114235.jpg 万事きゅうす


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-30 20:11 | 雑草
2009年 01月 29日

お習字

b0061413_13582826.jpg 小学校4年生の娘から 「何か好きな言葉を書いて」 と言われた。 白い紙を前にして、何を書くかしばし考えたような考えなかったような・・・ しばらくして、気がついたら 「醤油らーめん」 と書いていた。 娘にはウケたみたいだった。  翌日、娘の字で 「冷やし中華はじめました」 と 息子(6歳)の字で 「みそらーめん」 というお習字が掲げられていた。 まあ、好きこそものの上手なれだ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-29 14:03 | 雑草
2009年 01月 28日

コールマン(Coleman)ステーキ(仮称)を焼いた

b0061413_22334394.jpg 以前、スキレットのフランジ(耳)があるカヴァー(ふた)のA面を使ってジンギスカンをやった時に、これでステーキを焼けばコールマンの鏡文字の刻印が入ったものが出来るなぁと考えていたが、オーストラリア産の牛のブロックを使ってやってみた。スキレットのカヴァーのB面を使ってステーキを焼くという人は多いだろうが、A面というのは日常生活のなかのちょっとした冒険だ。 コショウをかけると文字が読み取れないかもしれないので、味付けはいさぎよく塩のみ。充分にプレヒート(あらかじめスキレットを熱する)をした後に、スーパーでこの肉を買った際にもらった牛脂をコールマンの文字の上で溶かす。そして塩をした肉を文字に押しつけたまま5分間待つ。

b0061413_22342681.jpg ひっくり返してみるとちょっと読みずらいもののコールマンの鏡文字の刻印が入った。ただ、残念なことにこの写真を撮った直後に急用の電話が入り、調理をしていたマーヒーはこの後をシャラポア(妻・日本人)に任せて出かけることになった。鏡文字ながら刻印の入ったステーキは特に息子の食欲を大きく刺激したらしく、帰ってみればこの肉の塊はすっかりとなくなっていた。良かったんだか悪かったんだか。 やっぱりフランジがあった方がいいみたいなので、この次はロッジのキャンプ用のダッチオーブンのカヴァーのA面でロッジの鏡文字を刻印したいと思う。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-28 22:52 | 草料理長
2009年 01月 27日

草仏教掲示板(20)  ダイヤモンドの輝きはダイヤモンドの傷の跡

b0061413_6372669.jpg この言葉は、実はリンク先のブログのなかにあった言葉である。掲載許可をいただいた際に、名前も記したいと願い出たが 「それはちょっと」 とおっしゃったので言葉だけを記載させていただくことにした。 インドという国は古代から数学の知識がすごかったのは有名だが、貴金属に関しても詳しかったようで、かなり昔からダイヤモンドというものが最も硬い物質であることを見抜いていたようだ。中国語(漢字)で 金剛(こんごう) という。 同名の平幕優勝をしたことがある大相撲の力士が好きだったなぁ。 まあ、それはともかく、「金剛堅固な信心」 というように、揺らぎなくブレない純粋な信心を仏教ではダイヤモンドに譬えてきたのだ。 そのダイヤモンドの原石から輝きを出すために、ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨けない。心は心に接していくしか磨かれないのだろう。 なるほど、その輝きは無数の傷の跡なのだ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-27 06:48 | 草仏教
2009年 01月 26日

コッヘル2番 キンピラ

b0061413_1520659.jpg コッヘルを飯盒(はんごう)として使用したコッヘル1番に続いて、2作目はキンピラである。調理はコッヘルを調理器具としても使ったのではなく(可能ではあるが)、スキレットで作ったものをコッヘルに移しただけである。  一時期は、材料のゴボウや人参を髪の毛のように細く切ることに執着した時代もあったのだが、これはしんどい労力の割にはその効果が報われないという感もいなめなかった。 特に、コッヘルに盛るということになれば、荒く切ったり大きめに削いだ方がいいようだ。 労力の割に効果があるのは、これはNHKの料理番組で道場六三郎さんに教わったテクニックだが、キンピラの味付けに 昆布茶 をまぶすのである。(マーヒーは永谷園のものを使用) 塩加減が判断しやすいのと同時に、キンピラを過剰に湿らすことなくダシ味のようなものを付けられるのだ。アウトドアにも こぶ茶(粉末)は持って行きやすい。 

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by kaneniwa | 2009-01-26 15:29 | 草外道
2009年 01月 25日

トトトの歌 (猫ふんじゃった) の研究 (7)

トトトの歌 と 猫ふんじゃった の関係を研究してきたが、
その他に、 猫ふんじゃった に関して、

「基本とか基礎というものは何だろう?」

という、根本的な疑念のようなものが浮かんだ。

なるほど 故・ナンシー関さんが

「アメリカ人に猫ふんじゃったを弾いやる尊敬される」

という豆知識をもとに考察をすすめた。

アメリカで有名なメロディは 猫ふんじゃった ではなく、
そのメロディとは異なる トトトの歌 の方であったので、
たぶん、ナンシー関さんのおっしゃっていたことは本当だろう。

その上で、 「猫ふんじゃった」 だけを上手く弾けるという世界とは
何なんだろうか? という世界の方に関心が向いた。

「猫ふんじゃった」 を弾く人をバカにしているのではない。
世の中には、バイエルなどの教則のための作品だけを
上手く弾くというピアニストだっている。


たとえば、スキーの初心者は ボーゲンという滑り方を習う。
ボーゲンはスキーを逆ハの字の形にして滑る。
確かに体重移動を板に伝えることの感覚がわかりやすく、
スキー技術の基礎だといえる。

しかし、なかにはそのボーゲンだけに固執し、
どんな難斜面にもボーゲンで挑む、熱血ボーゲン野郎に
なってしまう者もいる。

何が基礎であり、何が基本かということは難しいが、
スキーにおいては快適に安全に滑ること、
ピアノにおいては美しい響きを鳴らすこと、
ということの方が基礎であり基本なんだろうと思うのだ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-25 17:04 | 草評
2009年 01月 24日

トトトの歌 (猫ふんじゃった) の研究 (6)

1969年に人気テレビドラマ『柔道一直線』で
主人公のライバル・結城真吾役を演じた近藤正臣は、
抜群の軽いフットワークを見せつけるために
ピアノの鍵盤の上に立って両足だけで
「猫ふんじゃった」
を弾いた。

このシーンは、時々、テレビの 「なつかしの名シーン」 などの
企画もので登場することがある。
もっとも名シーンというよりは珍場面、とんでも映像という
ニュアンスが強い。
こここで 「ねこふんじゃった」 というコミカルな印象が強い
選曲の妙ということもある。

映像投稿サイトなどで確認しても、
音が入っていないバージョンしか見つからなかったが、
そのうちにまた音付で見つかるだろう。

あの山下洋輔でさえ、鍵盤への肘打ちはするものの
足でピアノは弾かない。

ピアノの鍵盤の上のフットワークで、確かに
クラシックの難曲などを演奏すれば現実離れしている
というものだろう。

実は、黒鍵を多用する 「猫ふんじゃった」 でも
充分に現実離れしている。

少し現実味を出すとすれば、
あのシーンこそ

「トトトの歌」

でいくべきだった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-24 15:00 | 草評
2009年 01月 23日

トトトの歌 (猫ふんじゃった) の研究 (5)

というわけで、 「猫ふんじゃった」 にしても 「トトトの歌」 にしても
作曲者については諸説あるものの 「作曲者不詳」 ということに
なっている。

しかし、日本の 「猫ふんじゃった」 (ねこふんじゃった) について
作詞者の方は特定できる。

丘灯至夫(おか としお) さん と 阪田寛夫(さかた ひろお) さん
である。

丘灯至夫さんは1917年生まれで現在もご健在である。
アニメソングも多く手がけ、たとえば
「科学忍者隊ガッチャマン」 の一連の主題歌や挿入歌は
作曲が小林亜星さんとのコンビで詞を書いている。

阪田寛夫さんは1925年生まれで2005年の3月にお亡くなりに
なっている。芥川賞作家であり、童謡の作詞の分野でも作品は
数多く、巨匠という存在である。

「猫ふんじゃった」 の歌(歌詞)の世界は新しく、
著作物となった歴史は意外と新しく、
まずは丘灯至夫さんが丘十四夫と名のっていた頃、
その詞によって1954年の9月に新譜として
「ねこふんじゃった」 がレコードになっている。
歌はひばり児童合唱団が歌っている。
伴奏がコロンビアオーケストラであるという記述があったので、
おそらくコロンビアレコードから発売されていたはずだ。
山口保治という方が 「採譜」 という役割で記録に残っており、
その採譜に基づいて睦芳芳明(誤植ではないと思う)という方が
補作をしながら編曲をしている。

それから約11年後に 阪田寛夫さん作詞バージョンの
「ねこふんじゃった」 が1965年の7月21日にレコード化されている。
編曲は寺島尚彦という方がされている。
歌は天地総子さんである。

この阪田バージョンが、NHKの 「みんなのうた」 で
1968年の2月10日から放映され、多くの人に知られる
ようになる。

マーヒーは4歳と6ヶ月か7ヶ月という時期である。
瞑想しながら、白黒画面であったその映像を思い出そうと
今、努力をしている。
なんだか、おぼろげすぎて、浮かんできた映像が
その時のものなんだか、何か別なものが混同してきているのか
判断が難しい。

「猫ふんじゃった」 が非常によく知られるようになり、
ピアノでの演奏がポピュラーになった理由は、
この時期の NHK の 「みんなのうた」 によるもの
だといっていいだろう。

さて、「猫ふんじゃった」 と 「トトトの歌」 が 別物である
という証拠になるものは、この阪田寛夫さんの詞であった。

実は、阪田版による 「トトトの歌」 の詞を発見したのだ。
著作物であるので、全部を引用するのは問題があるかも
しれないので、Aメロというか、冒頭の主要部分だけを
抜き書きすれば

トトト トトト トトト トテモ
すごい すごい にわとりだ
トトト トトト トトト トテモ
たまご たまご うむよ
毎朝九時に コケココッコ コケココッココ
卵(たまご)をひとつ コケココッコ コケココッココ


というものである。

この詞を、例のコロンボ警部が弾いていたピアノのメロディに
合わせてみれば、その鍵盤を打つリズムにぴったりと合う。

阪田さんは知っていた。
最初から 「猫ふんじゃった」 と 「トトトの歌」 は別な曲だったのだ。

あとは証拠になるものはなく、推測をしていくしかないのだが、
丘バージョンの 「猫ふんじゃった」 がレコード化された際の
山口保治さんによる 「採譜」 という仕事が関係しているのでは
ないだろうか。

たくさんの 各国の 「猫ふんじゃった」 の原型の採譜をするうち、
その他の多くの各国の子どもになじみのあるメロディが取り集め
られ、それが山口保治さんなどが関知しないうちうに関係者の間で
混同されてしまったのではないだろうか。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-23 13:39 | 草音
2009年 01月 22日

トトトの歌 (猫ふんじゃった) の研究 (4)

刑事コロンボの 「黒のエチュード」 の回で確認した
「トトトの歌」 は どう聴いても 「猫ふんじゃった」 ではなかった。

数式で表わせば

「猫ふんじゃった」 ≒ 「トトトの歌」

(≒はほぼ等しいということをあらわす)

か、

「猫ふんじゃった」 < 「トトトの歌」 だとか、
「猫ふんじゃった」 > 「トトトの歌」
 

ぐらいの相関関係には
あると思っていたら、

「猫ふんじゃった」 ≠ 「トトトの歌」

(≠は不一致をあらわす)

と言わざるを得なかった。


「黒のエチュード」 では コロンボ警部が 「トトトの歌」 を弾き終えた
後で、指揮者(容疑者・犯人)が

I haven't heard Chopsticks since I was a little boy.

とコロンボに声をかけている。

「ちっちゃい頃以来、チョップステックス(お箸)はずっと聴いてなかったなぁ」

というぐらいの感じなのだろうか。

ここで、この連載の最初の 「各国の 猫ふんじゃった 一覧」 を
思い出していただきたいが、アメリカとイギリスで 「猫ふんじゃった」 の
別名として言われているのが 「トトトの歌」 の他には
 「お箸」 と 「橋」 という題名だった。
(偶然だが はし という日本語の同音異義語がタイトルになっている)

「猫ふんじゃった」 ≠ 「トトトの歌」であったのに、どうも

「トトトの歌」 = 「お箸」(チョップステックス)
ということのようだ。

これはどういうことなんだろう?

「トトトの歌」 ≠ 「猫ふんじゃった」

の公式を証明する手がかりは、
メロディではなくて詞の方にあった。

(続く)


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-22 14:52 | 草評