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2010年 01月 31日

コッヘル104番 煮タコ (おでんメニュー)

b0061413_23505694.jpg コッヘルに盛られたのはタコの頭の部分と足の切れっ端。おでんに入れるとダシも出てダブルラッキーという感じがする。おでんにつきもののカラシもバッチリと合う。 タコがおでんに入るのは主に関西ではないかと思っている。関西人はB級グルメのエース格であるたこ焼きもあるし、タコの消費量は関東よりもかなり多い気がする。 関西発(だと思う) 「牛すじ」 の方はコンビニのレジ売りのおでんなどでかなり全国区になったような気がするが、タコの方は(これは地方や店舗やPOSシステムでまちまちだと思うが)まだまだ全国的波及まではいっていない感じがする。どうも推量形の文章が続く。おでんはけっこう地域や店舗の特色が入るからなぁ。みなさんのスタンダードとするおでんにタコ入っていますか?うちのおでんに入る確率は40パーセントぐらい。入ると私は嬉しい。 

b0061413_2351468.jpg 大阪の中心も中心、あの道頓堀のすぐ近くに 中座 という劇場があった。藤山寛美が松竹新喜劇の本拠にしていた場所だ。学生時代(学生時代は昔になったなぁ)に喫茶店か何かで文春か新潮か、とにかく全国誌だったと思うのだが 「私の大好物を紹介します」 というカラーグラビアの特集があった。そこに藤山寛美が出ていた。藤山寛美といえば借金王でもあるが高額所得者としても関西では有名な人だった。 「どんな贅沢なメニューが大好物なのか?」 と関心をもって読むと 「中座の舞台下手側ロビーのおでん屋さんから出演の時には楽屋に毎回必ず出前をさせるおでんの盛り合わせ」 とあって、そのカラーグラビアのおでん盛り合わせが実に美しかった。あんな美しいおでんの絵(写真)は見たことがなく、その中心には竹串に刺したタコの足があった。 中座は350年も続いた演芸場であったが1999年に廃止が決り、解体工事中に法善寺横町にまで延火する大きな火事を出してなくなってしまった。


マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー 
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by kaneniwa | 2010-01-31 00:25 | 草外道
2010年 01月 29日

ある楽器の物語 (3)

b0061413_16225958.jpg というわけで、ある日帰宅すると、背が高く目がぱっちりとしたスーパーモデル系の美女が私の帰りを待っていた。シャラポア(妻・日本人)がコーヒーを出して接待していたが 「あなたのお客さんよ」 と私に言った。 私は違犯していないのに運転中にパトカーを見かけた時、あるいは悪いことをしていないのに街中でお巡りさんとすれ違う時に軽く緊張をする時の雰囲気に包まれてしまった。 「せ、拙者は浮気なぞせん!」 という目でシャラポアを見ていると、「この方はあなたのギター演奏を聴いたことをきっかけに今日やって来たそうなのよ」 とシャラポアは言った。これは1年半前の出来事なのだが、そういえばその数日前に久しぶりに人前でギターを弾いたのだった。このモーリスではなくてヤマハの竹ギターだったが。 私は 「いつも言っているが、拙者は弟子はとらん主義だ!」 と言った。本当はいつも言っているセリフではなくて1回でいいから言ってみたかったセリフだった。

b0061413_16233088.jpg 「ちゃうちゃう、ちゃいまんがな」 とシャラポアは右手人差し指で車のワイパーの動きを模倣し、珍しく関西弁で言った。これからギターを始めたくなったのだけれども、最初にどんなギターを買えばいいのかのアドバイスを求めに来たそうだった。「ギターといっても色々あるけれどもどんなジャンルの音楽を演奏してみたいの?」 と尋ねると、彼女がギターに対して持っている目的意識は極めて明確だった。彼女は医療関係者であるそうなのだが、老人介護施設などに慰問して 「昭和歌謡など昔の曲を演奏し、できれば弾き語りをやってみたいのです」 と言った。 モーリスのW-35が私の元に来てから、二ヶ月目ぐらいの出来事だった。それまで部品を換えるなどして弾ける状態にし、磨き上げ、W-35に愛着のようなものが芽生えてきた時期には違いなかったが、ボディのバック(背面)はアーチ状の曲線で仕上がっていてネックのポディションマークは美しい装飾がほどこされているW-35は、私が持つよりもこの美しい女性が持つのにふさわしいものであるような気がしてきた。このギターが作られた時期に流行った歌謡曲やフォークソングを口ずさんでいた人々も初老というべき時期を迎えている。 時期的にいって、このW-35という型のギターが多く奏でてきたであろう、吉田拓郎の 「イメージの詩」(1970年) のなかのフレーズが頭のなかで鳴った。

古い船には新しい水夫が
乗り込んで行くだろう
古い船を 今 動かせるのは
古い水夫じゃないだろう
なぜなら古い船も 新しい船のように
新しい海へでる
古い水夫は知っているのさ
新しい海のこわさを


というわけで、ひょんなことで私のもとに短期間やって来た
古いギターは、この新しい弾き手に託すことになったのであった。





マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-01-29 17:27 | 物草
2010年 01月 28日

ある楽器の物語 (2)

b0061413_19515425.jpg 私のところにひょんなことことからやってきた、このバイオリンならぬギターであるが、1974年製のモーリス(Morris,森平楽器)であることが判明した。型番はW-35である。モーリスといえばラジオなどで堀内孝雄が 「モーリス持てばスーパースターも夢じゃない!」 と語りかけるCMで一世を風靡(ふうび)したギターメーカーであるが、これはそのラジオCMが行なわれる以前のモデルということになる。なぜならば、1974年当時は、堀内孝雄や谷村新司はおろかアリスというグループだってスーパースターではない頃だもの。 しかしながら、このモーリスのW-35には、たとえるならば「1970年代の日本車」の良さのようなものを感じた。 たとえば、ネックのポディションマークとして埋め込まれている装飾の美しさは、なかなか今のギターにはないものだった。

b0061413_19522370.jpg さらに「バイオリンです」と渡されたギターであったが、ボディのバック(背面)の板の曲線はまさにバイオリンを思わせるような美しい曲線でできていた。 このギターが創られた1974年、それからその前年の1973年のヒット曲をみていると フォーク界ではかぐや姫が神田川(1973年)や赤ちょうちん(1974年)をヒットさせ、さだまさしのグレープが精霊流しでデビュー(1974年)している。井上陽水、吉田拓郎などが頻繁にライヴを行い、のちにアリスがこのモーリスのギターとともに全盛を迎えていく時代の前の黎明期(れいめいき)といえる時代である。私はまだ小学校の4年生か5年生だ。 このギターを数ヶ月の間、気に入って弾いていたのであるが、ある日、私が帰宅すると私を待っていた謎の美女がいた。その美女がこのギターとともに新たな物語を紡ぎ出すのであるが、それはまた次回のブログ記事にて。敵か味方か?謎の美女。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-01-28 20:23 | 物草
2010年 01月 26日

ある楽器の物語 (1)

知り合いのおばちゃんから

「倉庫を整理していたら息子が昔弾いていた
バイオリンが出てきて、息子に電話したら
『それはもう要らない』 と言われたのだけれども、
もらってくれますか?」

と言われた。

『ミュージック・オブ・ハート』 という映画を観て
その余韻が残っている頃だった。

あの映画でメリル・ストリーブは演技のために
まったくの初心からバイオリンを習得した。

メリルのような大女優の真似はできなくとも、
映画に出てきたナッシュビルのフィドル(カントリーバイオリン)の名手
マーク・オコーナーの妙技のワンフレーズでもいいから
真似事をしたくなり

「よろこんで引き取りに参ります」

とお返事したのであった。

手土産に近くの酒屋でビールの贈答用詰め合わせを買い、
ワゴン車でそのおばちゃんのご自宅を訪問した。

その、いただいた 「バイオリン」 がこちら
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by kaneniwa | 2010-01-26 23:01 | 物草
2010年 01月 25日

 『ミュージック・オブ・ハート』 (Music of the Heart)

事情あって、ある物語の伏線として
『ミュージック・オブ・ハート』(Music of the Heart)
という1999年のアメリカ映画のDVDを数年前に観た
感想を記しておかねばならなくなった。
現実世界で起った物語についてブログ記事で
書き始めようと思ったところ、どうもこの映画が
私にとってのその現実物語での起点になっていたのだ。
別な物語を書き始めて、初めてそのことに気がついたというわけだ。

ミュージック・オブ・ハート
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by kaneniwa | 2010-01-25 01:48 | 物草
2010年 01月 23日

コッヘル103番 マグロのカマ焼き

b0061413_1325518.jpg いろんな魚のカマの部分というのは美味しいが、やっぱりマグロが最高だなぁ。サイズが単に大きいということも魅力であるが、その大きなサイズのなかで脂がある部分、あたかも霜降りのような部分、骨際の味わい深い部分、そして魚でありながら 「いかにもステーキ」 という赤身の部分、と変化に富んでいるところがたまならい。 ダッチオーブンというものを持っていて良かったとも思う。このカマはガス台の魚焼き用のグリルにギリギリで入らないのだ。塩をふって、さらにブラックペッパーもふってダッチオーブンのなかに入れて焼く。 無理やりコッヘルの上にのせたが、やはり食べにくいので普通の大きな皿にこの後のせ替えた。 魚と肉との中間の深い味わいがある。中間といっても「魚よりもむしろやや肉側に寄った味がする」 と言ってもいいのではないだろうか。ブラックペッパーをふったせいもあるが、これでもしもワインを飲むとするならば白ワインよりも赤ワインが合うという感触がある。それとも、これこそロゼというものが登場すべき場面なのだろうか?

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
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by kaneniwa | 2010-01-23 23:47 | 草外道
2010年 01月 22日

オヤジギャガー(29) ランドリー

この時期、自宅の洗濯機だけでは足りず、
コイン式のところに行って洗濯をする時には
色々と段取りが必要だ。

コイン・ダンドリー

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-01-22 21:38 | 雑草
2010年 01月 21日

イメージとしての歴史観

宮崎吐夢の語りによるペリーの開国要求が
なぜか頭から離れない。



たとえば世界史(授業)で習った 「カノッサの屈辱 Umiliazione di Canossa 」 の
「カノッサ」 のことを、地名(または城名)ではなく、
人名だと25年間ほどずっと思っていた。

だから、私の頭のなかでは宮崎吐夢のような語りでの 
カノッサなる人物 (イタリア人) が

「ねぇ破門を解除してくださいよぉ~
ねえ、いいでしょ
これだけたのんでもダメなんですか?
こんな屈辱初めてですよ
もうお願いして三日目でしょ
もう屈辱感じまくりですよ」

と身をよじらせるカノッサなる人物像が頭のなかに
ずっとあったのだ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-01-21 23:05 | 草評
2010年 01月 20日

草仏教掲示板(29) 道を知っていることと実際に歩くことは違う

b0061413_052043.jpg 今年初の(実際の)掲示板の言葉。(本当は昨年から掲げているのですが) 出典は映画のマトリックスの台詞からである。 どうしても法語掲示板に掲げてしまうと 「大きな求道」 の言葉として見てしまい、たとえば登るのが難しい山道などを比喩的に思い浮かべられる方が多いかもしれない。それはそれでいいのだが、よく知っているつもりの街角の路地も実際に一歩でも足を踏み入れてみると全然違う風景が見ることができるということもある。知っていることと実際に歩くことは違うのだぁと思う。 

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-01-20 23:06 | 草仏教
2010年 01月 19日

ハモネプを見終えた

今日は、見逃すところだったのが
子どもが 「ハモネプを見よう」
というので、見ることになった。

最初が新潟大学のグループ。
二番目が札幌の高校生で
私の出身大学の系列の高校だった。

第1回大会ならば、どこが優勝しても
おかしくないというほど全体がレベルアップ
しているなか、
「姉と僕」 が出て歌った瞬間、

「今回はこれが優勝じゃないか」

と予言めいたことを家族に宣言して
その通りになった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-01-19 21:17 | 草評