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2010年 03月 31日

オヤジギャガー(31) カール・ゴッチ

カールゴッチと
たまごっち


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-03-31 01:00 | 雑草
2010年 03月 30日

コッヘル115番 鰆(さわら)のみそ漬け焼

b0061413_21214740.jpg シャラポア(妻・日本人)が鰆(さわら)の刺身を 「春の雪のよう」 と表現した直後、本当に春の雪が降ってきちゃった。新潟だけではなくて奈良県など、けっこう日本の広い範囲でこの季節としてはかなりの雪が降ったみたいだ。 その間、頂いた3本の鰆のうち、刺身にした以外のものは味噌漬けにして焼き魚とさせていただいた。 料理屋さん(もちろん日本料理店)での定番は西京味噌であるが、やはり新潟の海の鰆なので普段使っている合わせ味噌を使用した。繊細であることは同じだとしても、刺身とはまったく違う魚であるかのような印象が与えられる。味噌の成分が野菜ではないけれども繊維質の細部まで丸二日間かけて染みわたってくれていた。

b0061413_21224486.jpg 刺身にもできる鰆を新鮮なうちに切り身にする。食べる時の一人分という都合と容器(タッパー)に漬け込みのために収納する都合ばかりを考えながら切っていく。自分で切っておいて、さらに写真まで撮っておいて何だが、人間の都合でこうされちゃって哀れではある。せめてもの道はこの鰆を無駄なく美味しくさせること以外にはない。死んだ魚を素晴らしく美味しい味噌漬けとして生かすのだ。 しかしながら味噌漬けという手法ながらもこの切り身をワゴン車にキャンプ用品を押し込むように容器にすき間なく入れていく時には少し罪悪感を感じた。

b0061413_2123799.jpg 容器にキッチンペーパーを敷いて味噌を塗り、この上からもキッチンペーパーをかけてあとは48時間寝かせる。 魚を料理するには複雑なソースをかけるということもあるにはあるだろうが、普通に考えられるのは塩・醤油・味噌であろう。くしくもラーメンも基本になる味のほとんどがこの塩(ラーメン)、醤油(ラーメン)、味噌(ラーメン)である。鰆の 「刺身」 というところでも 「もしも醤油というものがなかったら」 ということに少しだけ言及したが、もしも大豆というものが存在しなかったら塩・醤油・味噌のなかで塩しか残らない。 醤油も味噌も、納豆、豆腐も枝豆も大豆というものがなければ存在しない。 鰆の話を書きつつも、その美味しさのあまり大豆というものの大事マンブラザースに目覚めた。 ♪ それがいちばん大豆  真面目な話、鮭などに「塩はこんなにうまいものだったのか」 「味噌はこんなに味わい深いものだったのか」 を感じさせられることがあるが、鰆は刺身では醤油、焼き魚では味噌の素晴らしさを改めて感じさせてくれた。


マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2010-03-30 22:14 | 草外道
2010年 03月 29日

粒焼(69) 蛸(たこ)

今日は家族が、普段は大好物である
蛸(たこ)をなぜか食べないと思ったら
昨夜、映画の 『パイレーツ オブ カリビアン』
を観たらしい。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-03-29 21:58 | 雑草
2010年 03月 28日

コッヘル114番 鰆(さわら)の刺身

b0061413_2048187.jpg コッヘルシリーズは蕗の薹(ふきのとう) に続いて春の味覚。今回は魚編に春と書く鰆(さわら)が刺身で登場である。長島茂雄さんは鯖(さば)について 「鯖は魚編にブルーですねぇ」 と言ったことがある。きっと鰆についてはは 「魚編にスプリングですねぇ」 と言ってくれるに違いない。 最初はコッヘルの上に刺身などの 「いかにも日本料理」 というべきものを盛ることにいささかの抵抗があったものの 「船上でさっそく刺身にして食べる漁師さんになった気持ち」 というイメージ力をはたらかせて食べるととてもいい。何でも美味しくいただくための最後の調味料は自分のイメージ力である。もっとも刺身は醤油がないととても苦しい。醤油の偉大さを思い知らせてくれるシンプル料理である。
b0061413_20483254.jpg この立派な鰆は近所のお兄ちゃんにもらった。昨年の夏にうちの息子(現在8歳)を鰺(あじ)釣りに連れていってくれたお兄ちゃんだ。そして昨年、美人の婚約者という超大物も釣り上げたナイス・ガイである。新潟東港の堤防に釣りに出かけて 「大漁大漁!」 と帰ってきたところにバッタリ会って 「相変わらずいい腕してるねぇ!」 とほめたらこの立派な鰆を3本 (匹と数えるべきなのかもしれないが、サンマと同じく本が似合う) くれたのだった。 「いやいや、そんなつもりじゃ・・・」 といいながら体は正直ですでに手にとっていた。 久しぶりにサイズ比較用のオブジェ(ブログペット)である ウニ の登場。 大きいです。長いです。そして美味しいです。そして春です。

b0061413_2049235.jpg この三本のうちの一本をせっかくなので刺身にすることにした。柳刃包丁などは持っていないので、普段は新潟県三条市製の小さな鰺切り包丁か、もしくはスノーピーク(本社新潟県三条市)製の釣りナイフでさばく。今回はその釣りナイフでさばいた。東京生まれで東京育ちのシャラポア(妻・日本人)は私が今回の基本的でありなおかつ大まかな3枚おろしをしていても毎回驚く。 「すごいスピード!」 と感心する。刺身で食べる鰆などは身がかなり柔らかい部類に入るのでスパッといかないといけない。 こうして写真に撮ったものを見ると(それは板前さんや魚屋さんがやったものと比較するつもりなんかは最初からないけれども) アマチュアとしてもそんなにいい出来というわけでもない。結局、上手なのはシャラポアの 「おだて」 であり、それにのせられる形で私が分担する部分の仕事量が増えていく。

b0061413_20492992.jpg 「うちの旦那は全然家事をしてくれない」 という女性の愚痴をよく耳にするのだが、多くの場合、けっこう初期段階での 「おだて力」 が足りないと思う。 たとえば珍しく男が奇妙な菩提心(ぼだいしん)をおこして料理を作ったとして、彼なりに合格点ギリギリのものを仕上げてきたとしても 「これじゃダメね」 とか 「まだまだね」 とか最初から言われてしまうとデリケートな男は萎縮して二度と台所に立たなくなってふてくされてしまうのだ。ギリギリでも合格点であれば大絶賛し、合格点以下であったとしても 「素晴らしい!この味は私には出せない」 などの言葉を用意しておくべきだと思う。どうしても料理が苦手な旦那には 「あなたの洗った皿は輝きが違う」 とか、「この掃除機を使いこなせる人はそうはいない」 などのほめ方を用意しておくべきである。 もしも苦言を呈するなら図にのるところまでのせておいて、有頂天になった状態で軽く締め上げればいい。最初から菩提心の芽は摘まない方がいと思う。 さて、鰆だがたまに寿司ネタなどで見かけることはあるものの、このようなまとまった量の鰆の刺身を味わえる機会はそんなにない。 食べたシャラポアの感想は 「淡白であるけれども、悪い意味での淡白ではなく、たとえるならば舌の上で溶けていく春の雪を味わっているよう。冬の雪のように積もっていく感じの雪ではなく積もらない繊細な春の雪」 というものであった。結婚当初の大絶賛(おだて)とはひと味違うものの、私が提唱する 「イメージ力でさらに美味しく」 という意味では満点の批評である。 


マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2010-03-28 21:50 | 草外道
2010年 03月 27日

草仏教掲示板(30) 人の世に

b0061413_21575950.jpg 人の世に道は一つということはない 道は百も千もある 司馬遼太郎 『竜馬がゆく』 より  坂本竜馬がこの言葉を言ったかどうかはわからない。坂本竜馬を演じる福山雅治の口からNHK大河ドラマでこのセリフが聴けるかどうかもわからない。「坂本竜馬のようにありたい」 と坂本竜馬の名を語って自民党を離党する鳩山邦夫が今後どうなるかわからない。ただ悟ったように 「道はひとつ」 と言うよりは 「道はいくつもある」 と言えるようになりたいとは漠然とながらいつも思っている。 自由とは具体的に 「選択肢があること」 である。もちろん、厳しいと知りつつハードな道を歩むのも自由だし、「この道しかない」 というのも立派な自由ではある。 まずは、歩もうとしたかどうかだ。

妻のシャラポア(日本人)は坂本竜馬が大好きである。正確に言えば司馬遼太郎が描き出した坂本竜馬のファンである。私は司馬遼太郎は歴史ものの大作よりも2週間のアメリカ滞在をもとに書いた 『アメリカ素描』 という書物が 「これは間違いなくホンモノだ」 ということで最も好きだ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-03-27 22:22 | 草仏教
2010年 03月 26日

コッヘル113番 蕗の薹(ふきのとう)の天ぷら蕎麦

b0061413_153432.jpg コッヘル112番の続編というか流用なのであるが蕗の薹(ふきのとう)の天ぷら蕎麦である。 写真としては蕗の薹の天ぷらが焼きネギと刻みネギと大根おろしと蕎麦とそばつゆがのしかかってしまって主人公が埋没してしまった感はある。 しかし、塩と抹茶塩、それから天つゆで食べた蕗の薹の天ぷらをギター弾き語りのソロリサイタルとするならば、こちらの天ぷら蕎麦の場合は 「バンドが入ったな」 と感じた。 どっちが好きか、どっちがいいかという問題ではなく両方いい。 さらに 「前半はギター一本の弾き語りで進んでいき、休憩をはさんで後半にバンドを従えて登場してきた」 というような、この日のステージ(食卓)構成は良かった。 そういえば ふきのとう というフォークグループもいたなぁ。 蕗の薹はさすが個性派。 日頃から交友の深い薬味グループをひっさげて登場した蕎麦バンドに見た目は圧倒されて埋没しているかのように思えても、最初から最後まで苦みを中心とした個性を存分に発揮してくれたのであった。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2010-03-26 01:20 | 草外道
2010年 03月 25日

コッヘル112番 蕗の薹(ふきのとう)の天ぷら

b0061413_020472.jpg お彼岸も明けて、春だなぁ。というわけで、先週、お彼岸の外掃除をしている最中にシャラポア(妻・日本人)が蕗の薹(ふきのとう)を発見し、さっそく天ぷらにしてもらってコッヘルの上にのる。こういうものは渋い陶器もいいけれども、室内で食べていてもコッヘルにのると野趣というべきものもある。ないか? 旬のものがすぐそばにあったということは、何だか幸せの青い鳥のようだ。やっぱり日本には季節というものがないと住んでいる魅力が半減以下になってしまう気がする。後で日本酒も飲んだのだが、最初に飲んだビールの苦みと蕗の薹の苦みとがマッチして、「苦みのホップ・ステップ・ジャンプやぁ!」 と彦摩呂のように叫んだ。
b0061413_02184.jpg 摘んできてもらったもの。ほとんどを天ぷらにしてもらった。(スキレットで揚げてもらった) 久しぶりに油ものを摂取して、体がぽっかぽっかになった。その日の夜中、これまた久しぶりに布団を蹴飛ばして畳で寝ていた。気がついたら寒くてまた布団に戻ったのだが、非常に体が温まったということなんだろうなぁ。そしてそれは私だけではなく、3人の子どもたちも布団を蹴飛ばしていた。こいつは体を非常に温めてくれるのか?
b0061413_0212429.jpg 手ぶれも多いものの、コンパクトなデジカメを持っていると 「お手軽マクロ写真」 というものを撮りたくなる。食べてしまったあとでこんなことを言うのも何だが、「緑色の可愛いやつ」 という気もしてくる。高温の油で揚げてしまって何だか申しわけなかった。おかげで体温も何度か上昇し(たような気がする)、軽い苦みとともに春の生命力のエネルギーを頂戴して春のお彼岸の期間を過ごすことができた。


マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2010-03-25 23:35 | 草外道
2010年 03月 24日

着メロ

鳴らさないように事前にアナウンスなどはされてはいるものの、
お通夜の儀式の最中に背後から携帯電話の着メロが鳴り響くことがある。

特に遺族の方にとって「お通夜」 はまだ非常事態の続きであり、その一大事のなか
交通事情などによりかけつけるのが遅れている親戚や知人などの関係者に
お通夜の直前まで携帯電話で連絡をとっていらっしゃる場合も多い。
「ご列席の方は携帯電話の電源を切るかマナーモードにしてくださるようお願いいたします」
というようなアナウンスが会場に入っても、コンサートとは違うので耳に入らないということも
あっていたしかたない。
マナーモードというのはほとんど無意味であるので、
携帯電話の電源を切るべきなのだが、そういう時に限って
OFFにすべきものがONのままである、ということがあるのも仕方ない。

そして、そういう時に限って、つい先ほど連絡が取れなかった相手からの
着信をお通夜の最中に受けるということが起こりえる。

携帯電話が普及していない頃のお通夜は主に翌日に控えた
葬儀のための準備であるという本来の趣旨も徹底されていたが、
携帯電話が普及しはじめた頃から、お通夜は本葬よりも参列することに重きが
置かれる儀式となってしまった。

そういうわけで、時々起る 「お通夜で読経中に参列者の携帯の着信音を聴く」
ということについては寛容であるつもりでいるのだが、

・ドラえもんの主題歌
・スパイ大作戦のテーマ
・サッポロ一番のCMソング
・京都競馬場のGⅠファンファーレ
・志ん生の出囃子

などの音を読経中、背後で聞いたことがある。
志ん生の出囃子 などはロックアレンジがほどこされたもので、
これは調べたり人に尋ねてみたことがあるが、ロックアレンジというのは
見あたらなかったので、おそらく自分で作成したのだろう。
(ちょっと自分も使ってみたいという思いがあった)
妙に感心したものの、これらを鳴らした人は気まずかったに違いないだろう。

カジュアルな会議などと違ってドアを開けて廊下に駆け足で出て
(この動作、日常でもカッコ悪い)
「モシモシ、ごめん今さぁ、お通夜に参列しているんだよ」
などということもできず、
ひたすらその場でフリーズするしかないだろう。
本人が数秒前には思いもよならかった
「ばつの悪い思い」 という罰を受けちゃうのだ。

普段の生活のなかでは 「おもしろい着メロを入れているね」 という評価でも、
さすがにお通夜の最中ではただ気まずいだけであろう。
読経する私も軽く驚いて声が止ることもあるし、
もともと沈黙のタイミングの時に着メロが鳴ることもある。

その沈黙には、なかなか着メロを鳴らした本人は耐えられるものでは
ないと思う。

発信する人別に着メロを変えるという人もいるが、
普段は電源の ON と OFFに 「慣れている」 と思い込んでいる人ほど
やらかしてしまう失態のように私には感じるので、
着信は、いざという時のために無難なものにしておいた方がいいと思い、
私の着メロはブラームスの弦楽六重奏曲第一番の第二楽章、
シャラポア(妻・日本人)の着メロはオルゴール音での 「乙女の祈り」 である。

もしよろしかったら、皆さんの着メロをお教えください。
そして、もしお通夜の席で鳴らしてしまったとして
★   お通夜の席から即退場
★★  微妙
★★★ 穏便

の三段階で、その場面を想定しての返答コメントをしたいと思います。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-03-24 22:29 | 草評
2010年 03月 23日

デジタル時代の難点

ノートに書いたものは徐々に劣化はしていくが、
火事に遭うならともかく、いきなりはなくならない。

アナログレコード(LP)に刻み込まれたものも
劣化していくがCDのように急に再生できなくなるということはない。

今日、JRの目白駅付近で23日夜に発生した架線トラブルにより、
埼京線と湘南新宿ラインが午後10時45分ごろストップし、
計約4700人が電車内に一時閉じ込められていたことも分かった。

デジタル時代の難点である。
アナログなら、電車は動かないものの、
電車の中に閉じこめられるということはなかったと思う。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-03-23 23:59 | 草評
2010年 03月 22日

コッヘル111番の名称を スケスケ (女女) といたします。

b0061413_7395140.jpg コッヘル111番の名称を スケスケ に決定いたします。 これはいただいたコメントをヒントに、北アフリカには クスクス という料理があるし、もしも漢字で書くならばスケスケにはシースルーであるとともに、「肉食系女子」 のニュアンスを残せる  「女女」 を当てられるのではないかと考えました。 以後、コッヘル111番のスケスケをよろしくお願いいたします。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-03-22 07:46 | 草外道