<   2011年 04月 ( 13 )   > この月の画像一覧


2011年 04月 25日

明日から数日間京都に参ります

今年の春は数年前からとても楽しみにしていました。
色々と準備をしていたことがありました。
2011年、平成23年は親鸞聖人の750回忌の年であり、
師・法然上人の800回忌の年であるのです。

その親鸞聖人750回御遠忌の本来の開会が
予定されていたのは3月12日。
前日に東日本大震災が起こりました。
しかも、3月中の法要はまさに多くの東北地方の方々が
京都の東本願寺にお参りされることになっていたのです。

さまざまな催しが中止となりました。
特に、5月の中旬に世界中の真宗門徒の方々と
お会いできるはずだった 
「世界同朋大会」
が中止になってしまったことは痛恨です。
もっとも参加される予定だった多くの海外ご門徒、研究者方々
にとってはさらに残念であったことでしょう。

考えても仕方ないことなのですが
予定されていたメインになる会場は大阪でしたので、
もしも福島第一発電所の原発事故がなければ
開催されていたのではないかと思うと
無念さがつのります。

ただ、お世話になったリッカルド(ヒカルド)・ゴンサルベス先生が
「世界同朋大会」は中止になっても
ブラジルから5月中旬に来日される予定であることを知りました。

明日から、京都の東本願寺の第2期750回忌法要に参加しにいきます。
東日本大震災の被災者の方々の支援も趣旨として兼ねることに
なりました。
さらに、3月11日にお亡くなりになられた方の四十九日にも
なるのだと感じます。

親鸞聖人の800回忌を迎えるには98歳まで生きねばならず、
蓮如上人の550回忌を迎えるにしても85歳。
まず死んでいる確率の方が高いような気がしますが、
何でも合併したりひとつになればいいというものではありませんが、
御遠忌といわれる50年ごとの大法要は
儀式や伝統の違いをこえて、
戦国時代の数奇な歴史をこえて、
お西(本派本願寺派)もお東(真宗大谷派)
もいっしょに勤めるべきではないかと
ふと感じました。

被災者にお西もお東もないように。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-25 22:45 | 雑草
2011年 04月 23日

星野道夫著 『旅をする木』

星野道夫
という人の存在は前から知っていた。
しかし、写真が載っていない著作を読んでその文章に魅了されたのは
つい最近だ。
アラスカという土地に憧憬があるがゆえに
アラスカに関する文章や情報を意図的に避けてきたという
不思議な心理がずっとはたらいてきた。

何となく手にとった文春文庫の『旅をする木』という本。
いきなり魅了された。
シンプルでディープな日本語。
カメラマンが書いた映像的な文章だ。

アラスカという土地は、まだそこに行ったことがない私にとって
いわば潜在意識のなかにあるのだが、そこからにじみ出してくれて
いるような文章である。
もうこの世に星野道夫という人は居ないということとも
関係があるのかもしれない。
「これはどこから来るメッセージなんだろうか?」
と感じながら何度も読む。

もちろん『旅をする木』に収められた33編の大半は
アラスカについて書かれたものであるが、
オーストリアのザルツブルク、ガラパゴス、
ペンシルバニア州のアーミッシュの人々の村などに
ついて書かれた短い文が大変に興味深い。
この人の心はアラスカにあるということがかえって
よく読み取れるのだ。

しかし、表題にもなっている
「旅をする木」 のなかに書かれていた
アラスカのケープトンソンという北極圏の海岸で核爆発によって
実験的な港を作ろうという
「プロジェクト・チェリオット」(1960年)というものは
恐ろしい。
「水爆の父」と言われるエドワード・テラーのもと
アメリカ原子力委員会がすすめていたプロジェクトだ。

ビル・ブルーイットという動物学者の尽力と
エスキモーの反対運動によってそれは阻止されるのだが、
30年後の1990年、アラスカ大学の図書館員が
古い資料のなかからケープトンソンに核廃棄物が埋められた
ままになっていたことがわかり、周辺の村をパニックに陥れて
いたことが書かれている。

核の問題のために読んだ本ではないのだが、
どうしても目に入ってきてしまう。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-23 20:54 | 草評
2011年 04月 21日

原子力発電には反対するのが当たり前だと思う

直接被ばくだけの話だが、
コンスタントフェニックスという大気収集機(飛行機)
とグローバルホーク(無人飛行機)などを駆使した
推定被ばく線量と予測図の公表を見て
アメリカ合衆国が自国民の待避を求めた
80キロ圏内という線引きは
「なるほど核を知っている国だなぁ」
と思った。
感心しているような場合ではないが。

一号機だけでも大変なことなのに
一号機から六号機までがずらっと並び、
しかも福島第二原発もある。
しかも福島第一原発の3号機はプルサーマル機。
しかも高い熱を出し続ける使用済み燃料棒というものが
福島第一原発にはたっぷりとある。

使用済み燃料は六ヶ所村の再処理工場で
ウランとプルトニウムと高レベル放射性廃棄物に
分けられることになっているが
1997年に稼働される予定が来年10月にまで
ずれ込んでいる。
来年10月というのもどうだか。

各地の原発から六ヶ所村に持ち込まれる
使用済み核燃料施設は、
3000トンのキャパにすでに2800トンが
入っていてすでに満杯近くなっている。

そのために使用済み核燃料が各原発にたっぷりと
保管されたままになっていて、それが福島第一原発にも
たっぷりとあるわけだ。
日本での合計が1万トン!

六ヶ所村の再処理工場が稼働したとしても年間処理能力が
800トン。

さらに高レベル廃棄物の最終処理場の場所は決まっていないが、
どこにしようとしても反対されるに決まっている。

よく知られることになったプルトニウムの半減期は
2万4千年。

原子力発電はまさにトイレのない高級マンションである。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-21 18:33 | 草評
2011年 04月 18日

沈黙の春の境内

b0061413_22513649.jpg 境内のなかに桜の木が一本だけあります。14年前、私の結婚を祝って境内に植えてくれた方がいたのです。「花をつけるまでは10年ほどかかるかな」と言われていましたが、3人目の子どもをさずかった8年目には花を咲かせて14年目の今年にはけっこう立派になっています。その末娘は4月生まれ。桜の花が大好きです。自粛しようなんて殊勝な気持ちはないものの、やっぱりアウトドア用品を車に満載して仲の良い家族をさそって桜が咲き誇るポイントを鑑賞しつつバーベキューなどということは、これは気分と勢いです。例年にも増して厳しかった冬が終わり春がまたやってきた喜びはあるものの、なかなかそういう気持ちは沸いてこないのです。ただ、今年はいっそう感慨深く境内の桜を眺めます。

b0061413_22483257.jpg 妻(ご存じ日本人のシャラポア)は7歳年下。この桜の木の成長とともに年の差は関係なくなり、8年目に花が咲いた頃にはまったく年の差は関係なくなった気がいたします。今年の春のお花見は、遠出はせずに、ハンドルキーパーも不要になることだし、境内のこの桜の木の下(周囲は墓地であるけれど)で気持ちに応じて心静かにやりたいと思っています。お酒を飲むならば何がいいでしょうか?やっぱり東北のお酒(日本酒)がいいでしょうか?滅多に飲まないのだけれども、野外で飲むのにはなぜか「似合わねぇ」と言われつつも1本クーラーボックスに持参するロゼワインなんかもいいのでしょうか?

b0061413_22485715.jpg すぐ近くに木蓮の木があり、こちらも桜とほぼ同時期に花を咲かせます。いい香りです。桜はなんといっても春にとっての華ですが、桜だけが春が来たことを証明するのではありません。いろんな草木、動物、昆虫もそれぞれ春が来たことを証明してくれています。しかし、今年は特に木蓮の花の白の清楚さに染み入ります。それに感じ入った後で、青空に散る木蓮の花びらの図が、水素爆発で吹っ飛んだ福島第一原発の150センチの厚さがあったコンクリートの外壁のデザインを連想させて、そんな連想をしている自分が嫌になってしまいます。もっとも、原発の外壁にはどんなデザインを施したとしても美しくも可愛くもカッコ良くもないでしょう。

b0061413_22493343.jpg 3月11日から、まだ四十九日が経過していないのだなぁということを私は意識してしまいます。もちろん、その惨状からの再起にはさまざまな困難が継続中であり、長期化します。四十九日が明けたといってもそう簡単にリセットできるものではありません。ただ、親族、友人を亡くされた方々は大きな困難のただ中にいらっしゃると同時に、大きな悲しみのただ中にいらっしゃるということだけはどこかで肝に銘じておきたいと思うのです。夜になり、木蓮の木立におぼろ月がかかりました。これはカラー写真ですが、モノクロームの世界です。実際に観た光景も実にモノクロームでした。

b0061413_2250172.jpg モノクロームでも一枚撮ってみました。ヒア・カムズ・ザ・ムーン。明治時代の中期まで、日本人は現在のグレゴリオ暦のカレンダーではなく、月の満ち欠けによる太陰暦が使われていました。潮の満ち引きを思えば、月の引力の強大さが分かります。あれだけ海面や地面に引力の影響を与える月の引力が、かなりの部分が水分である人体に影響を与えないはずはありません。というわけで、お祭りのようなものは引力の影響か、もっとも精神状態も高揚する満月の日を中心に催されることが多かったようです。そして、この時代、日曜日も土曜日もありませんが、親族を亡くした家族にとっての四十九日は追悼の期間であったと同時に、決して無理をせずに身を休める期間であったことはとても重要なことではないかと思っているのです。


マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-18 22:50 | 雑草
2011年 04月 16日

釣りバカ日誌6

釣りバカ日誌6を見たのはいつだっただろうか?
1993年公開の映画だったが、
たぶんテレビでの初放映の時だったと思うので
1995年頃だったと思う。

見たのは東京のサウナの休憩室の大型テレビでだ。

映画はなるべく映画館で鑑賞することがいい理由は
大型スクリーンや音響の他に
コメディなら人の笑い声が聞けるし、
スリラーなら人の悲鳴が聞けるし、
サスペンスなら息をのむ音を聞くことができる。
感動作では、たまに、すすり泣きを聞くこともできる。
特にコメディ映画に笑い声は欠かせない。

貴重な休日だったが寝だめをして昼過ぎに起きて
「ああ、これじゃ何もせずに休日は終わっちゃうな」
と夕方からサウナに行って汗を流してマッサージを受け、
生ビールを飲みながら簡単な食事をして何となく
休憩室のリクライニングで休んでいたら
夜の9時頃からテレビで『釣りバカ日誌6』が始まった。

この映画は、リラックスしきったオッサンたちのなかで
観たことは映画館で観るよりも幸運な鑑賞だったように思う。
映画館で観るよりもずっと印象に残った。

風呂上がりのビールを飲んでリラックスしきった
オッサンたちが『釣りバカ日誌』を観て大声で笑う。
かなりその笑い声に触発されて私も大声で笑ってしまった。
釘付けになってしまい、笑うオッサンたちと妙な連帯感をもった。
あれから15年以上経ったんだな。

その『釣りバカ日誌6』のロケ地は岩手県釜石市と遠野市。

主演の西田敏行は福島県郡山市出身で、シリーズの
『釣りバカ日誌8』のロケ地は福島県いわき市だ。

10日ほど前、西田敏行が絶叫していた。
「美しい福島を汚したのは誰だ! 
 誰が福島をこんなにしたんだ! 
 本当に本当に腹が立つ。
 福島はどんなことがあっても負けねぇぞ!」

あれから15年経ち、笑い声を共有した私が怒りを共有する。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-16 22:48 | 雑草
2011年 04月 15日

岩手県気仙郡住田町のとりくみ

町の面積の9割が森林であり、
林業を主体とする町であるから
できるといえばそうだが、
岩手県気仙郡住田町は
町の予算から2億円以上を出して
地元の木材を使ったぬくもりのある仮設住宅
の建設をすることにした。

プレハブよりも時間はかかるかもしれない。
(ただ、わからないが、もしかしたらこちらの方が早いかもしれない)

林業の町であるから、地元の経験者が森林をプランニングしながら
新たに植林もしながらの計画であろう。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-15 11:14 | 雑草
2011年 04月 12日

今夜、ハモネプの春の全国大会

青春アカペラ甲子園 ハモネプリーグが今日ある。
年に数回あるこの番組だけは家族で見ている。
久しぶりにテレビをチェックする、ではなくて
テレビ番組を鑑賞するということになる。

なじみの曲も、アカペラアレンジで聴くとその骨格が
新鮮に感じられてくる。

福島大学の ひだまり職人 の歌声は聴けるかな?

今夜の番組を朝から楽しみにしている。

ところで、震災以後に地デジテレビの民放の
受信状態の不具合が目立つ。
NHKとNHK教育には不具合はない。
民放の各局が突然不調となってしまう。
電気屋さんにみてもらうにも、
電気屋さんが来た時に具合が好調だと
クレイマーと間違われて恥をかくので
なかなかみてもらうのに躊躇(ちゅうちょ)する。

私のところだけかな?と思ったら、
ご近所にも
「震災後、どうも同じような感じです」
というご家庭があった。

推測でしかないけれども近くに自衛隊の新発田駐屯地があり、
そこから毎日、東北方面に向けてヘリコプターが一日に何度も飛んでいく。
それが原因なら、テレビの不具合は迷惑だなどと言っていられない。
人を救うためにヘリコプターは飛んでいくのだ。

ただし、今年の7月24日に
本当に総務省は完全地デジ移行というものをするのだろうか?
どうも(東北地方を除いて)予定どおり地デジ化は決行するような
ことを考えているみたいだ。

ハモネプ は楽しみにしているが、
どうしてもデジタル画質で見たいとは思わない。
(他の番組はなおさらだ)
アナログで充分。
アカペラバンドの歌詞に力がこもった歌声に
感動の表情をする妻、娘たち、息子の顔が見られたら
それでいい。

マーヒー加藤

※ 久しぶりに報道番組以外のテレビ番組を
  堪能しました。
  優勝は神戸大学のアルテマ。
  決勝での選曲が MONGOL800「あなたに」
  というのも驚きがありました。   
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-12 10:02 | 草評
2011年 04月 09日

こんなことは考えてみたことがなかった

明治期に憲法を作ろうということになった時に
GrundgezetzあるといはConstitutionをどう訳すか、
という話になり、国の基本法という意味で「国憲」という訳語が登場した。
この「国憲」という言葉は結局は定着することなく、
聖徳太子が仏教精神をもって国を治めようとした十七条憲法にならって
「憲法」と呼ばれるようになり、
こっちの言葉の方が定着して正式なものになった。

杓子定規に見える六法全書でも、
よく読めば仏教文化が色濃く反映されているものがあると思う。

たとえば死体遺棄罪。
殺人はどこの国だって最重罪に決まっている。
しかし、殺人及び死体遺棄の罪と言った場合の
死体遺棄罪、これを英語で何と言ったらいいのだろうか?
たとえばイギリスや合衆国などでは死体遺棄罪というもの自体が
存在するのだろうか?
また英語圏以外でも、日本以外で死体遺棄罪に相当するものは
ある国はあるだろうか?
ご存じの方は是非ともお教えいただきたい。

遺体をちゃんと葬らなかった罪の意識、これは仏教文化というべきものが
法律にも反映されているもので、死体損壊罪というものもそうだと私は思う。

原子力発電所というものは世界に今いくつあるだろうか?
アメリカ合衆国と日本だけで158機。

重大な原発事故というものがどこかで起こることはうっすらとでも
考えていた。
世界中のテロリストが、核兵器など用いなくても原発の中央制御室のみを
破壊すればいい、どころか、原発周辺の電線を切ればいいということに
気がついてしまった。

しかし、今まで考えてみたこともなかった問題に気がついた。
実際に原発事故が起こってから気がついた。

危険すぎて原発に近づけない地域がある。
そこは、津波による被害が甚大であった地域とも重なり、
したがってそこにはご遺体がある。

ご遺体は著しく放射能汚染されている可能性が大である。

フィリピンにもグアムにも遺骨を拾いにいく日本人が、
日本にあるこのご遺体を火葬にすることができない。
墓地に埋葬することができない。
(私個人としては埋葬したいが、墓地は管理者であっても
 個人のものではないのでそれは許可されないだろう)

考えたことがなかった問題だ。

どうすればいいのだろうか?
法律家でも宗教者でも厚生労働省の関係者でもいい、
どうすればいい?
教えてくれ。

マーヒー加藤 
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-09 21:44 | 雑草
2011年 04月 08日

うろ覚えのエピソード

さっき私が居るところでも震度4の地震があった。
震源地は宮城県(沖)で震度6強だという速報だった。
余震だと思うけれども、普通ならこれだけでも大地震だ。

飛び起きたついでにブログ記事をひとつ書く。

さて、出典はわからない。
どこで聞いた話かさえ忘れたのに
後からじわじわと不気味な恐怖をともなって
忘れられないエピソード。

昔、暴走して子どもを突き飛ばして
殺してしまった牛がいた。
その牛の公開処刑が行われることになった。
大勢の民衆が集まり、執行人たちに
「やれ!やれ!」
とはやしたてた。
牛の処刑がはじまった。
牛の体に竹槍が刺さるとともに
民衆から大歓声が沸いた。
しかし、牛が悲しい目をして悲鳴をあげるにしたがって、
どこからともなく
「むごい殺し方だなぁ」
「何もあそこまでせんでも・・・」
「あんな残酷なことがよくできるもんだ・・・」
というざわめきが徐々に大きくなり、
いつの間にか民衆の視線は牛から執行人たちに
移っていった。


このエピソードを唐突に思い出したのは、
やっぱり福島第一原発のことがあるからだと思う。
フクシマ50、実際には300人。
世界のマスコミが最後の砦を守るヒーローとした。
もちろん、私にはとてもできない、まさに命がけの作業をやっている
尊い人々に違いない。
しかし、1ヶ月近くなってまだ原子力発電所に安全のきざしは見えず、
海洋に放射能に汚染された水は流れ出し、
(もちろん、チェルノブイリでもなかったことで悲嘆はとまらない)
「何やってんだ」
と言いたくなる気持ちがなかなか抑えられなくなっている自分がいる。

この夏が昨年のように暑くなって
(昨年以上も想定しておかなきゃならない)
「やっぱり原発は要ります」
なんて言わないようにしておかなきゃと自戒する。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-08 00:13 | 雑草
2011年 04月 06日

東京ディズニーランドが鍵をにぎる

三陸海岸や福島第一原発をさしおいて
被災地には違いないとしても
なぜ東京ディズニーランドの心配をせねばならないか?
まさに不謹慎の極みと言われても仕方ない。

しかし、ディズニーランドに
再営業してもらわねば「自粛もいけない」
と考える人もすぐに行き詰まってしまう。
これは逆算すればわかってもらえると思う。
反論は最後まで読んでからね。

さて、逆算をはじめます。
まず第一に、当たり前の条件だが
福島第一原発の廃炉を前提とした処理を終え、
安全宣言を出してもらわなければならない。
当然、構内の飲料、食品が安全でなければならない。

第二に、アトラクションやエレベーターが
突然に停電で止まっては危なくて仕方ない。
周辺の名門ホテルの出店群も含めて
何らかの自家発電装置、できれば太陽光パネルなどの
自然エネルギー発電装置を備えなくてはならない。

もともと電気を節約する趣旨の建造物ではなく、
普段の節約を忘れるための施設であるのだが
自然エネルギーをふんだんに使うものとして
再生しなければ東京電力管区内で従来の営業は
とても難しいように思える。
(これは東日本でのプロ野球のナイトゲームもそうだ)

第三に、画像で見た限りにおいても周辺の住宅と同じく
地盤の沈下による液状化現象があり、
少なくともあの広大な駐車場のかなり広範囲な
部分を修復しなくてはならない。

以上、最低限クリアーしなければならないと思う
私が思いついたポイントだ。
私としては、もちろん再開して欲しい。

2014年か2015年上海にディズニーランドが
できて、その敷地が東京の3倍だとしても、
「やっぱり日本のディズニーランドの方が・・・」
この言葉の語尾が過去形になるか、現在形になるか、
それはけっこう大きな問題だと思う。

公共の交通機関ではディズニーリゾートラインの
ディズニー・シー駅が最寄りとなる
浦安斎場だけが盛況になることは御免だ。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2011-04-06 03:19 | 雑草