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2012年 03月 31日

肝に銘じる レバ刺し提供禁止に思うこと

b0061413_1322386.jpg ウニは久しぶりに登場した東京美研の食品サンプルで、私はブログでのサイズ比較用オブジェとして長年使用している。たっぷり胡麻がかかっているせいもあってこの写真では表現できていないが見事なあずき色の輝きをごま油の光沢に身を包みつつ放っている。先月、京都市左京区一乗寺の「いちなん」さんでいただいたものである。レバ刺し自体、久しぶりにいただいたこともあるが実に満足感が深かった。 昨年の4月27日に富山県で起きた「格安焼肉店によるユッケ食中毒事件」は実に悲惨であった。特に、10歳未満の子どもが死亡しているという重い事実には、同じ年頃の子どももいる立場のものとしてやりきれない思いがした。育もうとして食べさせたことで死なせてしまったのだ。そのことは肝に銘じるとして、人を育むため、人に活力を与えるために丁寧な管理と処理がされたレバ刺しと、人よりもコストを優先するような運営をしていた格安焼肉チェーン店のユッケとをいっしょにして欲しくないという思いはずっと持っている。新聞によれば、厚生労働相の薬事・食品衛生審議会というところが昨日、生食用牛肉(今までは内蔵は除かれていた)に続いて生レバーの提供を禁じるべきだという意見をまとめたという。まとめるな!人も年金も管理できないような厚労省に簡単にまとめてもらっては困る。そりゃ、一律に禁止にして違反者に2年以下の懲役か200万円以下の罰金を課すということにすれば責任は問われなくて楽チンだろう。管理っちゅう仕事はそんな簡単なもんじゃないのだ!私が厚労省の審議会にいたら「ふぐ調理師免許」のように「レバ刺し調理師免許」というものを新設することを提案する。食品衛生管理者や調理師免許というものは厚労省が認可する国家資格なのだが、ふぐ調理師免許は都道府県知事が認可しているということに気がついた。確かに海がない県にこの免許は不要だとは思うが「命に関わる度合い」としては大きいので不思議だといえば不思議だ。トラフグのレバーには1mgでマウスを1万匹も死亡させることが出来る猛毒「テトロドトキシン」が含まれている。生け簀からトラフグをさばいてくれるような高級店に行ったことはないが、すでにフグの美味を堪能するためにこの特別な資格者に「命預けてます」という現状はあるのだ。きっと特区好きの大阪市長などは「そうだ、大阪市内にレバ刺し特区をつくろう」などと、たった今思いつたところだぞ。きっと。ついつい特区ではトック(韓国もち)も注文しちゃう。 禁酒法時代の合衆国のように秘密の地下組織「レバ刺しクラブ」が各地にできるとは思わないが、禁止して闇に潜るよりは資格者を育成することに力を入れた方がいい。そして、レバ刺しで活力を養いたいなどと思う時に「安けりゃいいや」などとは思わないようにすることは食べる側の責任だ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-03-31 14:27 | 草評
2012年 03月 29日

カラフル正信偈(4) 在世自在王佛所

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by kaneniwa | 2012-03-29 09:17 | 草字
2012年 03月 27日

コッヘル169番 アボガドわさびで海鮮サラダ

b0061413_2555863.jpg 30歳を過ぎてから激太りをしたことがある。具体的にいえば94キロまでいった。学生時代はヒョロッとしていたので、むしろ「太りたい」という願いをもっていたら10年後にその願いがかなっちゃった。ヤバかった。放置していれば100キロを軽く越えていただろう。その時も草野球はやっていて「江夏だよーん」と投球し、「巨漢バッターだよーん」と打席に入っていた。しかし、守備では相手のバントへのダッシュで足がもつれ、打撃ではせっかく長打を放っても2塁ベース上でゼーゼーハーハーしている。運動面では超スロージョギングに救われた。その時の巨体では5キロを45分かけてしか走れずに嫌悪感でいっぱいだったが Long Slow Distance(以下、LSDと略す)というちゃんとした長距離陸上のトレーニングに5キロを40分前後でゆっくり走って速くなる体を作るというものがあることを知り、週に2回これをやった。「痩せてきたねぇ」と言われて「はい、LSDをやっています」と答えるのはちょっと人聞きが悪かったが94キロが半年後に78キロになり三浦国際マラソンのハーフマラソンの部で制限時間内完走をするまでになった。

b0061413_2561853.jpg 食事面では「食べてはいけない」などという考え方は自分には絶対に向かないと思ったので「その時の体にいいものをたっぷりと食べる」という発想法でいった。なんせ運動でも「ゆっくり走れば速くなる」という逆説を実践しているので、食事も「痩せたい人は食べなさい」でいくことにしたのだ。「悪人正機」にしろ、「汝の敵を愛せ」にしろ、逆説をもって語りかけてくる真実は多いのだから。後になって思えばこれはDiet(食物を摂取すること)という言葉の原意にも忠実であった。ダイエットとは「食物を著しく制限する」という意味でも、ましてや「食べない」などという意味の言葉ではない。というわけで「野菜を美味しくたっぷりと食べる」ということには執念を燃やした。その執念で脂肪も燃えた。ゆっくり走ることも野菜を美味しく食べることも実に楽しかった。脂肪遊戯。さて、アメリカ本国でサブウェイ(外食チェーン)のホットドックばかりを食べていたアメリカ人が日本に来て、野菜中心メニューを主眼に置いた日本サブウェイのホットドックばかりを食べていたら痩せた、という噂を聞いた。たぶん限界近くまで行かれた巨漢の方なのだろうが、野菜を食べる文化が深い日本の良さを知ることができるエピソードだ。その日本サブウェイで「アボガドわさび」という調味料に感心した。この発想自体は2年以上前からあって実際にコッヘル110番ですでに似たものをやっているのだが、サブウェイのアレンジがなかなか良かった。自宅でけっこう再現が可能だと思った。皮を剥き、種を取ったアボガドを大根と同じようにおろして、そこに市販のわさびドレッシングを混ぜるだけ。昨年からよく使うポン酢ジュレ(市販)も混ぜての海鮮サラダを作る。エビやホタテを使うと高価で贅沢だと思われる方もいらっしゃるかもれないが、前向きなDiet、本来のDietにはこういう美味しい薬を美味しく食べることに執念を燃やすしかない。これをたっぷり食べた後は適量のタンパク質と適量の炭水化物が欲しくなる。それを適量食べればいい。あとは適量の酒(白ワイン)かな。


マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
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by kaneniwa | 2012-03-27 04:14 | 草外道
2012年 03月 24日

ムラムラ

大都会のなかで、たとえばロサンゼルスのリトルトーキョーや
サンパウロのリベルダーデなどをはっきりと「村だなぁ」と感じたことがある。
悪い意味ばかりではない。
知り合いが多い村のなかであるからこそ気を許し、ホッとできるという面もある。

ブラジルのサンパウロで葬儀の日程を決める時に
日本から取り寄せていたカレンダーをわざわざ持ってきて
「この日は友引になっているから葬儀はできない」
と言いはった日系人の方がいらっしゃった。
外国に居てもダジャレが元祖である因習に囚われるのはまっぴらごめんと、
そう感じた私はとっさに
「あ、時差があるからノンテンプロブレマ(ノー・プロブレム)」
と答えると、相談者はすぐに納得した。
今では、若き日のこのマーヒー加藤の「時差があるから大丈夫理論」が
外国の仏教寺院に日の良し悪しの因習を持ちこもうとする方々への
対応マニュアルになっているとかいないとか。

さて、その後東京に6年ちょっと住むことになるのだが、
東京にもまた無数の村があると感じた。
別に浅草や神田や深川などの下町だけを指すのではない。
極めて単純な話、常連ばかりがたむろす店があったとする。
紹介者なしに初めて訪れる時にはむしろ排他的でもある。
ただ、自分もそこの常連ということになれば都会のなかの一種の村である。
その店独特の場のルールというべきものも、常連になれば心地よかったりする。

さらに、会社のオフィスのひとつひとつが村のように思えたこともある。
そこにやって来るにあたって交通機関や道ですれ違うのは
ほとんどが二度と合わない名前を知らない人ばかりであるのだが、
自分が所属するオフィスに入れば知った人ばかりである。
名前はもちろん、誰が結婚していて誰が独身かということぐらいは知っている。
何らかの序列もあって、その場でのしきたりや掟のようなものがある。
何かの節目やプロジェクトのようなものが一段落したら
村祭り的な要素も含んだ「打ち上げ」などがあり、
その2次会や3次会に常連ばかりが集まる店に行ったりする。

さて、前置きが長くなりすぎたけれども昨年から
「原子力村」
という言葉をよく目にしたり耳にする。

どうもすでに1960年代から隠語として
東京電力の内部から生まれてきた言葉であるみたいだ。
原子力発電に関係する電力会社はもちろんその関連企業、
原子力技術に肯定的な研究者、プラントメーカー、
保安院のような経産省(当時は通産省)の監督官庁、
原子力を推進する立場の政治家、
ついでにいえば高速増殖炉に
文殊菩薩や普賢菩薩の名を命名した宗教者も含めて、
そういうメンバーで構成されてきた
「原子力村」
というものがある。

原子力村の政治家は、自民党のまさに「長老」であったのだが、
民主党に責任がないわけではない。
現に、つい1年ちょっと前まではCO2を減らす名目で
すぐにさらにあと4基が建設されて日本に58基の原発が
動くことになっていたかもしれないのだ。

今では、ほとんどの人が
原子力発電というものが オワコン(終わったコンテンツ)であるということを
直感的にも知っていると思う。

ただ、矛盾に満ちた大きな問題がある。
原子力村は過疎になっていくと考えられる。
すでに過疎になってきているのではないかと思う。
過疎になっていくなかで廃炉をしていかねばならない。
さらに、危険極まりない使用済核燃料というものの最終処分を
その方法も確立していないなかでしていかなければならない。

徹底的に大衆の立場に居るはずの
(しかし決して大衆に迎合する意見は言わない)
吉本隆明が原発に関して
「科学技術や知識というものはいったん手に入れたら元に押し戻すことはできない。
 どんなに危なく退廃的であっても否定することはできないのです。
 それ以上のものを作ったり考え出すしか道はない」

と言ったことに反発を感じていたが、
原子力村が無人になることもいけないとだけは思う。

しかし、原子力村には「後継者を育てる」という発想も
ほとんどなかったということだけは言わねばならない。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-03-24 18:08 | 草評
2012年 03月 20日

追悼記事(23) 吉本隆明(よしもとたかあき・りゅうめい)

twitterはそんなに頻繁に見ているわけではないのに、
3月16日、ふとTwitterを開いた時に よしもと(吉本)ばなな の

みなさん、ありがとうございます。父は最後まですごくがんばりました。
父が危篤なことを言えずつらい一ヶ月でした。一時はもちなおしたのですが。
たくさん会ってからこちらに来たので、悔いはないです (後略)


というつぶやきに接して吉本隆明が亡くなったことを知る。
ネットでのニュースやマスコミ報道よりも先に知る。
かなりドキッとした。

3月17日のお通夜、
3月18日の葬儀についても

私、位牌と写真いっぺんにもちなう(((o(*゚▽゚*)o)))

とか

お父さんの遺体が寝てるふとんに、シロちゃんさっそくオシッコを(^_^;) ば

などなど、twitterでその様子を知る。

『共同幻想論』のことや『最後の親鸞』をはじめとする吉本隆明の
親鸞に関する思索の世界のことよりも、

なうってことは、
遺影と位牌をいっぺんに持ちながらスマートフォンかなんかで文章が打てるんだなぁ、
という 吉本ばなな の姿ばかりをなぜか思い浮かべていた私です。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-03-20 23:03 | 草評
2012年 03月 18日

コッヘル168番 ピーマンの肉詰め(小学4年生の息子作)

b0061413_2347532.jpg このピーマンの肉詰めは10歳になったばかりの小学校4年生の長男が調理してくれた。かかっているのは生クリームを使ったサワーソースである。この長男は「ミスター律儀」というメンタリティを持っており、バレンタインデーに手作りチョコをくれた人にはホワイトデーに自作のチョコで返礼した。この日は冷蔵庫のなかにあるものとレシピ本を参照してパズルのように考えて「ピーマンの肉詰めができるので作りたい」と宣言したのであった。こういう時に、当然息子もエライとは思うのであるが、もっとエライのはシャラポア(妻・日本人)であると感じる。「老婆心」という言葉はもしも言葉狩りの風潮がさらにエスカレートしていれば「ご年配の女性に対して不穏当な言葉である」なんてことにもなっていたかもしれないが、私なんかが傍らにいればこの老婆心の塊になってしまう。ピーマン肉詰めは洋食のなかでも難しい方には入らないだろうが簡単でもない。自分が作った方がずっと手際よくできるだろう。もしもそばに居れば亀田三兄弟の父親がセコンドについた時のように「右(塩)だ、左(胡椒)だ、ボディだ、ビーマンのボディを狙え」などのうるさい指示を出しまくってしまうだろう。シャラポアはそんな私をやんわりと制する。そして「時間はたぶんかかると思う。見ているだけの方が今はしんどいかもしれないけれど、5年後に楽になるよ」と言う。シャラポアの予想通り、息子はレシピ本に書かれていた手順を自分でメモして、それを参照しながら作っているので時間はかかった。しかし(時間がかかってみんな空腹気味になっていたせいも確かにあるが)完成したものを食べたシャラポアも13歳の長女も5歳の末娘もみんなこのピーマンの肉詰めを絶賛した。お父さん(マーヒー)も感想を聞かれ、身近なところから手強いライバルが出てきたので若い芽は早いうちに摘んでおいた方がいいかもな…とも考えつつ「ハッキリ言って美味いです」と言うことになった。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2012-03-18 23:25 | 草外道
2012年 03月 15日

雪か記 お彼岸前

b0061413_9353766.jpg 春のお彼岸の前である。今年の冬は厳しかった。雪の量もさることながら、氷点下の日も多かったので寒さが厳しかったということである。3月に入って周辺の雪はほとんど溶けて久しいのだが、境内地のなかで屋根から落ちた雪が溜まっており、なおかつ日当たりもよくないのでまったく溶けずに雪の塊が残っている箇所があった。明後日にはお彼岸の入りで、ここにある数基のお墓にお墓参りができないと困るので、昨日はこの塊を壊しながら道をつけるという作業を行った。この箇所の塊にスコップを入れていると、地層ならぬ(溶けずに塊となった)雪層となっており、この冬の天候の変遷のようなものを体で理解することができた。この20年間全体で見ればこの地域としてはほとんど雪が降らかった年があったほど暖冬であり、その間に雪国でもハイブリッド車が売れたわけだが、手強く大寒波も到来した冬らしい冬の手強さを久しぶりに実感した人も多かったと思う。

b0061413_9355423.jpg さて、この1年間、地震を含めて気象の予報というものがいかに難しいかを実感した。明日の天気予報の精度は上がったが、長期予報というものが難しいことは変わらないようだ。そのなかで、数少ないながら好ましいと思う風潮は、気象学者や関係者が今の衛星写真や天気図、パソコン上の数値ばかりを凝視するのではなく古文書や古典を真面目に資料として読んでいく風潮が感じられるようになったことだ。日本の中世の古典を「天候」に意識を向けて読んでみたいとふと思った。最近知って少し驚いたことは、小泉八雲(Patrick Lafcadio Hearn)が『雪女』を書くにあたって参照した伝承の出所が以外な場所であったことだ。雪女の舞台はどこか?私の場合は青森県や秋田県、山形県などを漠然とイメージしてきた。少なくとも小泉八雲ということもあって東北地方でなければ島根県の山間部での伝承にそのモデルがあると考えていた。ところが舞台は調布村、もちろん現在の東京都調布市がその物語の発祥の地なのである。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-03-15 10:18 | 雑草
2012年 03月 11日

地震の発生はコイツが教えてくれていた

b0061413_5562237.jpg 昨年の3月11日、春彼岸を迎える準備をしていていて、午後になってから少しくつろいでいる時間帯に東日本大震災の揺れの片鱗を感じた。私のところでは震度4強ぐらい。実は中越地震の時も、中越沖地震の時も、宮城内陸地震の時も私が住んでいる地域ではみんな震度4強ぐらいであったのだ。今までに感じたことがなかったのはその揺れの長さであった。後になって気がついたことは、緊急地震速報よりも早く反応したのは鳥かごのなかのインコだった。羽根が飛び散るほどに鳥かごのなかに激しく体をぶつけていた。今思えば、このインコは数十秒後にやってくる地震の最初の波動を明らかに察知していたようだ。 あの大惨事から丸1年が経過した。3月11日は特別な日になった。大事な日にも違いない。ただ、まだ中越地震、中越沖地震のことも風化させてはいけないということも同時に思うし、1995年の阪神淡路大震災のことも風化させてはいけないと思う。2007年7月16日の中越沖地震で原子力発電所内の火事が消せずにほぼ一日中、実況中継されていたことを忘れてはいけないと思う。あの火事が消せなかった理由のようなものが今は分かる。敷地内の火事にかまっていられないほど、もっと緊急にやらねばならなかった仕事がいくつもあったのだ。 本日午後2時、善良寺本堂にて総代さん、お世話方さんとともに正信偈をお勤めいたします。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-03-11 06:22 | 草評
2012年 03月 07日

イーゼルを楽譜台に

b0061413_23344236.jpg いろいろな道具を本来の使い方ではない用途に使うことが習性というか、大好きである。昔から私は学習机に中華料理店の回転台が付いた食卓を欲しがった。回転台に辞書類を並べ、国語や英語の辞書や理科の参考書、社会化の資料をグルグル回して手元に引き寄せれば実に効率的だと思ったのだ。パソコンのなかに百科事典も辞書も入っているような今の時代では不要であるが、今でもなかなか悪くない考えだったと思う。逆に、パソコン時代の初期には今のようにマルチウインドウでいくつものソフトを表示できなかった時代には、折りたたみ式の楽譜たてにノートや資料を広げ、それを横目で見ながら何かの文章を作成していたりしたこともあった。大袈裟に言えば唯識というものを持ち出すことになるが、中華テーブルは中華料理を食べるもの、楽譜たては五線譜を置くもの、というものは私の頭のなかの意識が勝手に取り決めている固定概念というようなものである。すべての品は(特にプロレスのマットの上に置いてあれば)凶器として使える可能性があるものばかりであり、すべての武器は音さえ鳴れば楽器になりうる。

b0061413_23345946.jpg 固定概念をとっぱらって飲食店の店先用のメニュー表示用などに使われるイーゼル、スタンド類を眺めてみれば、逆にこれらは楽譜たてとして優秀なものが多いような気がしてきた。風雪に耐えられる店先用は、アウトドアに持ち出す楽譜たてとしても極めて有用である気がする。欠点はもちろん折りたたみができないことだ。キャスター付きのものなどはオーケストラの皆さんが使うにしても2列目以降の演奏者は使うことが困難であろう。第一、基本的に楽譜たてよりもずっと重いものが主流である。ただ、モノによっては黒板にもなり、なおかつノートやメモが立て掛けられるようにもできており、なおかつご丁寧にそれを照らしてくれるライトまで付いているものまである。衝動買いにまでは至らなかったが、いつの日かこの分野から楽譜たてとして出会うものがあるような気もしてくるのであった。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-03-07 23:57 | 雑草
2012年 03月 05日

カラフル正信偈(3) 法蔵菩薩因位時

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by kaneniwa | 2012-03-05 10:44 | 草字