草仏教ブログ

kaneniwa.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 04月 ( 14 )   > この月の画像一覧


2012年 04月 29日

フクちゃんのちょっと不思議な話

b0061413_081315.jpg ちょっと前に、近所にいた「フクちゃん」というシーズ犬が寿命をまっとうした。フクちゃんがいなくなってしまって、私もちょっと寂しい。フクちゃんの写真が案外となくて、6年前の夏のものになってしまった。このフクちゃんは大人しい犬だったが、私の長女に「異様に」といっていいほどなついてくれたのだ。昔からお散歩中に私の長女を見かけると、激しく尻尾をプロペラのようにフリフリしながら「キュオーン」という甘え声を出し、長女が「わーいフクちゃんだぁ」と駆け寄ると、本当に嬉しそうにウサギのように飛び跳ねるのだった。フクちゃんは大人しい犬なのだが散歩の時にいつも家の前で座り込む。どうも長女に会いたいみたいなのだ。飼い主さんの「ほら、もう行くよ!イッちゃん(長女)は学校に行っているから今は居ないよ!」という声をドア越しに聞き、フクちゃんが家の前からズズッーと引きづられていく砂利の音を聞きながら私とシャラポア(妻・日本人)はいつもクスクス笑った。「しかし、こんなにうちの娘になついてくれて嬉しいよね」という言葉をいつも交わしていた。それがフクちゃんが生きている時の日常だった。

フクちゃんとうちの娘(長女)との不思議な関係
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-29 00:09 | 雑草
2012年 04月 27日

草仏教掲示板(39) その人を思いて我は生き その人を忘れて我迷う

b0061413_10152187.jpg 寺のリアル掲示板は定期的に更新しているのだが、ブログの方の更新が滞ってしまった。金子大榮(栄)先生の言葉である。尊敬できる師に出会うことができた人の言葉なんだろうと思う。リアル掲示板の前の道を歩く人は「その人」に誰を思い浮かべるだろうか。「その人」という人を思い浮かべるからこそ迷ってしまう、ということもあるかもしれない。「その人」という言葉に、さまざまなものを背負った人、それぞれの関係性のなかでこの言葉を見つめる方々はいろんな「人」を想起されるようだ。 マーヒー加藤 
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-27 10:30 | 草仏教
2012年 04月 25日

われわれもまたショッカーである

仮面ライダー1号、2号の頃、われわれ48歳は子どもであった。
ホンモノのオートバイなどには乗ることができない鼻タレ小僧であった。

しかし、そんな子ども時代の私でも、ショッカーという組織はアホだと思った。

まず、何で仮面ライダーの目が届く首都圏ばかりに目を向けようとするのか。
なぜ首都圏(今、大人の目から見れば緑山スタジオ周辺)の花屋を占拠したり
通園バスを襲うようなセコくて卑劣な活動ばかりをしていたのか。
卑劣さは悪の組織としてのアイディンティティというか個性というか特徴だとしても、
そのセコさとヘボさは見ていられなかった。

ショッカーは地方に目を向け、地方から制圧していった方が
よくわからないがその野望なり最終目標を達成するには良かったのではないか。

ショッカーが作り出す怪人
(今、大人の目から見ればショッカーではなく東映が作り出していたのだが)
は、個々の能力としては仮面ライダーと拮抗した勝負を演じ、
時には仮面ライダーを絶体絶命の窮地にまで追い込む。
弱っちょろい戦闘員の数は大量投入してくるが、
これが弱っちょろくてFBIの秘密捜査官である滝和也(たき かずや)に
簡単にやられてしまうのはもちろんのこと、
時にはオートバイ用品店のオヤジさんの立花藤兵衛(たちばな とうべえ)にさえ
負けてしまうぐらいの弱っちょろさであり、いくら悪の秘密結社の末端とはいえ
数ばかり揃えていてもまったく意味がない。

改造人間の怪人が、単体でも仮面ライダーと戦闘能力が拮抗しているのだから、
この怪人を一度に10人、20人と送り込めば仮面ライダーを倒すことなど
簡単だったはずなのに、
「なぜそれをしないのですか?」
と言いたくなった。

それを言えば、ウルトラマンの怪獣が大量発生して地球の各地で暴れまわったり、
ウルトラセブンの星人が徒党を組んで地球征服にやってきたらどうなる?
と反論されそうだが、少なくともウルトラマンの怪獣に組織はなかった。
野獣としての群れさえなかった。
ウルトラセブンの星人もそれぞれがインディペンダントな存在であり、
「地球征服のための星人組合」というものは組織されなかったのだ。
それに比べればショッカーははじめから意思をもった組織である。
組織である以上、最初から勝負にならない弱い戦闘員ばかり増やさずに
ある程度勝負になる怪人をまとめて送り込むぐらいの考えはあって当然だった。
仮面ライダーは、ショッカーという組織がヘボばっかりやっていることを味わう
物語でもあったと思う。

そのヘボさ、マヌケさの極致は、畢竟、
「仮面ライダー自体ショッカーという組織が作り出した」
という経緯に尽きる。

自らの組織が総力をあげて作り出した仮面ライダーが歯向かってきたが、
その制圧のために打つ手がすべてことごとく失敗し、
ショッカーは短期的な結果も出せず、長期的な展望もなく、明確な目標もない。

自分が作り出したもので自分が苦しむ。
反省なき失敗を何度も何度もリフレインする。
そんな私もまたショッカーの一員なのだ。

マーヒー加藤
(仮面ライダー一合、二合)
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-25 00:19 | 草評
2012年 04月 23日

昨年の今頃、思わぬところで出会った思わぬ人が書いた親鸞聖人の言葉

b0061413_2132247.jpg 昨年の今頃の話。場所は滋賀県長浜市の郊外の国道沿いにある「手造りの味レストランおりひめ」という食堂。色紙を発見したのはその時に12歳で中学1年生になったばかりの娘だった。天ぷら定食を食べている私に娘は「これ、親鸞聖人の言葉じゃない?」と言った。こう書くと、私がいかにも娘たちに英才教育を施しているように思われるかもしれないが、そんなわけではない。ただ、毎朝、本堂でのお勤めと礼拝の後、3分以内で読める文章をいくつか日替わりで音読することにしている。親鸞聖人の『教行信証』の冒頭に置かれている「総序」の文もそのなかのひとつなのだ。意味はいっさい説明しない。なぜかといえば私も認識が浅くて解説できないところもあるからだ。でも、たとえば「日本語であそぼ」の観点からしても「総序」はリズムと語調が整った、何度音読しても味わい深い名文であることを私は断言できる。 色紙に書かれている文字は、娘が言う通りに親鸞聖人の言葉に間違いなかった。ただ、珍しい抜粋の仕方である。これも断言したいと思うけれども「総序のなかから」という極めて限定的なリクエストがあったとしても浄土真宗の僧侶が100人いてもこの箇所だけを取り出して色紙に書く人はいないと思う。斬新というか、ユニークというか、エキセントリックな言葉の選びに私には思えた。そこで店の人を呼び止めて「この色紙を書いたのはどなたですか?」と尋ねてみたが、どうも店主でなければわからないようだった。そこでこの写真を撮らせてもらい、サインを1分間じっくりと眺めてみて頭の中に崩して書いてある文字の名前がクッキリと浮かび上がってきて誰が書いたかが分かった。さて、この色紙を誰が書いたかといえば…久しぶりにクイズにさせてもらおう。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-23 23:44 | 雑草
2012年 04月 20日

明日は末娘の6歳の誕生日か…仮説・下半身タイガース

b0061413_055141.jpg 明日、末娘が6歳の誕生日を迎えることになる。今年は桜の開花が遅れていたのでまさに満開の時期となった。長女(13歳)が生まれた時と長男(10歳)が生まれた時と違って、長女が生まれた時にはすでにこの草仏教ブログを書いていた。しかも2006年はブログを始めてから3年目に入ったあたりでけっこう定着しているということがある。けっこう草仏教ブログは老舗だなぁ。2ヶ月ほど前にジョージア州のじぇにー姐さんとのコメントのやりとりのなかで「アメリカ南部牛追い唄」というものの歌詞を書いたら、姐さんは「うわぁ、これはEvernoteに保存せねば」とコメントをしてくださった。Evernote?牛追い唄だけに牛革製の表紙かなんかで1000年保存できる紙かなんかの特別製ノートか?と思いきや、なるほどクラウドソフト(サービス)だったのかぁ!象のマークの愛すべきヤツ。Evernote内の検索が非常にスグレモノなので、いろんなものがここに放り込める。Evernoteの私独自のエキセントリックな使い方についてはまた別な機会にご紹介させていただくとして、とにかくEvernoteを始めてからまだ2ヶ月なのだが今月は2005年と2006年の分のブログ記事を片っ端からEvernoteに放り込んで保存しているのであった。それで最近は2005年と2006年の自分で書いたブログ記事に何となく目を通している。そんな6年前の歴史検証をやっていて、自分でも今まで気がつかなかった末娘の「出生の秘密」に迫ることができた。鍵を握る人物を一人だけあげるとすれば、2005年シーズンの阪神タイガースのリリーフエースであり27セーブポイントの久保田智之投手である。

仮説・下半身タイガース
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-20 22:46
2012年 04月 18日

猫とネット通販との関係

b0061413_2341457.jpg 寺の本堂の縁側で猫たちが昼寝をしている。どうも本堂の縁の下に数匹が住み着いているらしい。足あとを掃除しなければならないし、たまに車にも足あとが付いていることがあり、この季節まさに「今が盛り」という感じがする。ただ、今のところその足あと以外に害はないし数匹の猫が境内をうろついてくれるお陰でネズミよけになってくれている面もあるかもしれないし、猫は嫌いではないから今のところ遠くから見つめ合うだけの平和な関係が続いている。ただ、少し気になっているのが捨て猫が増えているのではないか、ということである。捨てられた動物や行き場のなくなった動物の治療やケアを行いつつ新しい飼い主さんの募集をしているNPO法人の「日本アニマルトラスト」(大阪府能勢町)によると、月50~60件ある引き取り依頼のうち、1割近くはネットで買われたペットという。「ネットで買われたペット?」と思いつつ、仮想ながらネットでペットを買う立場になって検索してみれば、なるほどけっこうあるなぁ。そこで時には衝動買いで衝動飼いを行い「思ったのとちょっと違う」ということで引き取り手を探したり、時には捨てるということがあるのだろう。題名は忘れちゃったけれども星新一のショートショート小説にこんなのがあった。テレビ電話で異星の異性と交信をしつつ、その異星の異性の美女と意気投合して「是非とも結婚を前提に交際したい」ということになり、異星から異性の美女がやってくるのだが、その美女は身長が確か100メートルぐらいであり「私の未来の伴侶はどこなの?」と待ち合わせ場所でドスドスと音を立てて歩き回るというお話だ。異星と交信できないだけの話でスカイプなどのインターネットを通じた画像入り交信はすでに現実のものとなっている。ここからは本当の話になるが、私のアメリカ人の友人はスカイプでフィリピンの方と頻繁に交信して恋愛感情をもつことになった。「一度、実際に会いましょう」ということになり休暇をとってフィリピンにワクワクしながら行った。しかし彼が「こんな美女は今まで見たことがない」と思っていたお方は「美しかった」ということに間違いはなかったが、美女ではなくて男だった。いや、これホンマの話。いちばん極端な例のフィクション(星新一ショートショート作品)と実話(フィリピン性別誤認事件)を最初に出してしまったので、続きが書きにくくなったなぁ。 モノの話でいえば、BSNラジオの番組のパーソナリティも務めていたことがある知り合いがネット通販でヘッドフォンを購入した。音質と装着感は思った通り、あるいは思った以上の部分もあったが最近のヘッドフォンは高級なものでも携帯オーディオでの使用を前提にしているためかコードが異様に短く、ヘンな体勢で放送や音楽をモニターしなければならなかった。そういうことってあるさ。ヘッドフォンならまだ延長コードを買い足せば済むからいい。ペットが思いどおりに育たなかったとか、思いの外邪魔になったというのは思い違いが罪になる。 つい10年前までネットを使って何かを購入するということに今よりもずっと抵抗があった。ただネットオークションまではやらないが今では本やCDと「よく知っている定番商品」というものについてはけっこう利用するようになった。利用しているサイトから「ほら、お前のような珍しいもの買っとる客にはこういうモノもお似合いやから買えや」(実際はもちろん丁寧な言い方だよ)という形の広告がちょっとだけウザいと思うだけで、便利なことには間違いない。ただ、本などでも本当は書店で手にとって買いたいと思っている。装丁や字体など実際に手をとって「力の入れよう」あるいは逆に「力の抜き具合」のようなものを感じてみたいからである。そういうわけでペットも通販されているということにかなりの違和感があったのだ。パソコンによってそのペットについてある程度の情報が入ったとしても、そのペットが自分のものになり、自分の思い通りになるとは限らない。自分の思い通りにはならないと覚悟して飼ってください。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-18 23:00 | 草評
2012年 04月 16日

iPad(新型とiPad2)の斬新な使い方、思いもよらぬ変な使い方を考える

仏教の「唯識」というものを勉強したことがある。
勉強したってほどではないか?
10年ぐらい前には京極夏彦の『姑獲鳥の夏』に「唯識」が出てきて、
「おおっ!」と思ったことがある。
何とトリックというのか、推理小説としての肝の部分に
「唯識」を使っているではないか!

とは言っても、「唯識」を語るには10年早いと自分でもわかっている。
まあいいか、話をすすめよう。

机の上にボールペンが置いてあった。
大谷大学文学部第一研究室の机の上だった。
先輩がそのボールペンを持って
「加藤くん、これは何だ?」
と尋ねてきた。
そのボールペンを使って落書きなどのいたずらをした覚えはない。
「それは剣よりも強い私の可能性です」などと作家志望でもないのに
答えたらいいのか?
何だかわからないが、私らの世代の中学1年生の英語の教科書に出てくる
最初の言葉である
「This ia a pen.」
という言葉は荒井注のギャグ以外にどこで使えばいいのか
わからなかったが、ああ、使う場面が来たのだなぁと
「それは、ボールペンです」
と当たり前に答えたのであった。
「こうすればどうなるんだぁ!」
と、先輩はそのボールペンの先を大工道具のノミを持つ手つきで
私の目のすぐ先に向けた。
「ひぇえええええええええええ!」
と、軽い先端恐怖症(先端フォビア)である私はのけぞった。
先輩はちょっとカッコつけながらこういう話をした。
「いいかい、これがボールペンだと思っているのは、単に君の意識がこの物体を
 ボールペンであると認識しているに過ぎないのだよ。君の意識や認識と無関係に
 これが凶器になるということもあり得るわけなのだよ」

というようなことを教えてくれた。(ようだ)

書きながら思ったが、これは唯識という学問なり哲学の影響だというと
カッコ良すぎて、単に私の「変人」の気質のせいかもしれないが、
長期間このブログを読んでくださっている方々は、
私がいろんなモノを本来の目的とはちょっと違う使い方をして
楽しんでいることをご承知であると思う。
ともかく、モノを見る眼は常識的であるということも平穏な生活を
送るためには必要なことでもあるが、時には先入観をなるべく取り去って
モノを見つめてみたいものだ。
今までの先入観を捨てて、家のなかでいちばん欠かせない存在となっているのが、
この数年間では何といっても  である。
我が家では 「足るを知る」 という仏語と並んで
「樽を知る」 という格言が生まれた。

さて、先月発売された新型iPadである。
ボールペン事件以来「凶器としてどうか?」と考えてしまう。
なかなか強力な凶器となり得るが、人を殺めたり傷つける道具ではなく、
やはり「遊び」も含めて人を育んでくれる道具であって欲しい。

先入観を取り除いての私のチェックポイントその1である
(1) 食べられるかどうか?
と家電量販店(ダダダ電機)で新型iPadをまじまじと見てみた。
ダメだ。食べられない。そしてそれに準ずるチェックポイントである
(2) 出汁を出すものかどうか?
という眼で見つめてみたが、これは出るだろうが、最初のチェックで
食べられないとわかっているので今回はこのチェックポイントは無用だ。
(3) 楽器としてどうか?
という視点は、これは入れるアプリですでに定評もあり、光るものがある。
(4) 食器としてどうか?
という視点は、いつも常にもっていたお陰で今回の考察には役だった。
(5) モノボケの素材としてどうか?
これも発見があった。

その他、私のいくつかの思考のチェックポイントをもって
次のような使い方が可能か不可能か?と問われれば可能と思ったので
関心がある方には是非ともお読みいだいてご意見を伺いたい。
さらに斬新な使い方がこのブログ記事から生まれたら幸いだ。

iPad(新型とiPad2)の斬新な使い方、思いもよらぬ変な使い方を考える
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-16 02:31 | 草評
2012年 04月 14日

コッヘル171番 カニ味噌雑炊

b0061413_22294295.jpg コッヘル135番のようなカニと春菊の鍋をやった後に写真のカニ味噌を加えた雑炊を作った。赤い甲羅のかけらのようなものが入っているが、これは撮影用に意図的に置いたものである。つまりこれはメモというのか備忘録というのか、とにかく「カニ雑炊をしましたよ」という印であり、撮影後、すぐに撤去していただいた。この印がないと、雑炊の写真を撮っても後から見て何の鍋の後の雑炊だったのかを思い出すのが困難である。おそらく雑炊という被写体はカメラマン泣かせであり、料理に関する雑誌やコラムなどを担当するイラストレータ泣かせのものではないかということを拝察した。ただ、よく見ていただけば雑炊作成の最終段階近くに投入してかき混ぜたカニ味噌のモスグリーン系統の緑が雑炊全体に現れていると思う。チタンのコッヘルはけっこう長い時間雑炊の熱々を保ち、久しぶりに実用食器としても威力を発揮したと思う。しばらく温かいままだったので、この香り豊かで味が深い雑炊を急いで食べてしまうことなく、ゆっくりと味わっていただくことができた。10歳の息子はコッヘル127番の「焼きガニ」の時に どっぴゃー! という感嘆の声を上げたが、このカニ味噌雑炊は特に「香り」の要素をもって強烈に息子にアピールしてきたようだ。今回、息子が叫んだ感嘆詞は うよよよよよん! であった。「ボキャはまだ10歳でありますからボキャブラリィが少なくてこの食べ物の魅力を語る言葉を未だ持っておりません」という心境の表現であったように私には思えた。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-14 22:51 | 草外道
2012年 04月 12日

ダルビッシュはもしかしてサイ・ヤング賞をとるのではないか?

b0061413_23481493.jpg テキサス・レンジャースのダルビッシュ有のメジャーリーグ初登板を録画でみた。本当はリアルタイムで見たかったさ。先頭打者にフォアボールを出すところだけをリアルタイムで見て「結果は絶対教えないでね、スポーツニュースもラジオもつけちゃダメだよ」とシャラポア(妻・日本人)に言っておいたが、スポーツニュース以外のテレビ番組や野球好きの人からの口コミで録画を見る前にある程度の予備知識を得てしまった。ま、いいか。メジャーデビューとなる初回(1イニング目)の投球は確かに酷かった。高目の無駄なボール球が大半である。ロックフェスティバルに大歓声を受けて登場したバンドのボーカリストがアドレナリンが分泌しまくって本来のキーよりも高く歌い出してしまい、通常は曲の途中で落ち着いていくのだけれども最初の1曲はそのまま高いキーで歌いきってしまったようだ。2曲目(2イニング目)もそれを引きずったままで、3曲目(3イニング目)と4曲目(4イニング目)は三者凡退と結果は完璧に見えるけれども、一塁ゴロを打った打席のイチローも含めて悪いボールカウントからの打ち損じをしてくれたことに助けられた面があり、いい出来であったとはいえない。それが体調面での不調から来るものではなく、精神と体が咬み合わなかったというところに起因するのだから「体調万全だけれども気負い過ぎて本来のグルーヴが醸し出せなかったロックバンドのボーカリスト」に譬えちゃうのは案外と間違っていないと思う。5点取られたといっても打たれたのはポテンヒット(場所がテキサスなので、やっぱりテキサスヒットかな)がほとんどであったし、味方の強力打線に援護されて勝利投手にまでなっちゃった。ただ、ファンの歓声にもまったく敗戦投手のような顔、不完全燃焼のロックボーカリストのような不機嫌な表情をしており、それを見て「こりゃダルビッシュ、やるな!」という予感がひしひしとした。ジャスティン・ブルックス・バーランダー(Justin Brooks Verlander)をはじめ、強力すぎるぐらいのライバルがいるなか、今年のダルビッシュが「サイ・ヤング賞を獲る」などと思う人は100人に1人もいないと思うが、高校生の頃から彼を見てきて、その進化のプロセスを垣間見てきた私としては「こいつはステージを重ねるたびに本領を発揮していくぞ!」という予感がヒシヒシとしたのである。2007年に沢村賞を受賞しているダルビッシュであるが、2012年、是非ともサイ・ヤング賞を撮って欲しい。さらには引退後には野球小説を書いて芥川賞を受賞して欲しい。芥川賞と直木賞を両方とも受賞しそうになったのは宇能鴻一郎(うの こういちろう)先生ぐらい(1962年に芥川賞を『鯨神』という純文学作品で受賞している)だと聞いているが、ダルビッシュには直木賞も受賞して欲しい。映画化もして本人が主演もしてアカデミー賞もかっさらって欲しい。さらにダルビッシュのお父さんは今のアメリカといちばん険悪なイランの出身であるが、将来、ノーベル平和賞を受賞することがあってもいいと思う。25歳の若者の可能性は無限に近い。体格が良すぎるので騎手に転向して皐月賞と菊花賞を獲ることは極めて難しいことだろう。それに比べたら、ダルビッシュがいちばん獲りそうな賞はサイ・ヤング賞で間違いない。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-12 23:38 | 草野球
2012年 04月 10日

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)はまず「酒だけ」からでどうですか?

b0061413_2240195.jpg 政治・経済について割合と真面目なことを書いてみたい。TPPに賛成か反対か?まだ話し合いをする方向だということだけで、具体的なことはほとんど決まっていないない。賛成派の方とも反対派の方ともお付き合いがあるので、実はブログには書きにくいことなのだが私としては「反対寄り」という意見の持ち主だった。先例として韓国とアメリカとのTPP関係を考えるとそうなる。協定締結後、サムスンは世界的に大躍進である。一方で条約締結時には韓国側の「主食」(アメリカ側には主食という概念自体が希薄であろう)である米を除外し、パプリカなどの輸出向きの産物の生産を奨励するように農業政策全体を協定締結に向けてシフトさせたということがある。ただ、どうだろうか?今世紀に入ってから「前世紀の全盛期」とはうって変わって驚くような新製品がなかなか出てこないSONYなどが今のサムスンと同じ土俵で対等に勝負できるのだろうか?そして、日本の農業政策をいかにTPP協定コンシャスにシフトさせたとしても、特に東日本大震災後のダメージが深い東北の農業・漁業のことを考えたら、少なくとも私は「反対寄り」という意見になる。 ところが最近、ちょっと考えてみた。特定分野に特化して、勝負が楽しめるような条約締結で結果として文化交流にもなるというものが可能ではないだろうか?酒を飲みながらそんなことを考えていたので、当然のようにこんな考えが浮かんだ…まずは酒だけに特化してTPP協定を結んでみたらいいのではないか…と。TPPに断固反対という人でも、さすがに本当に鎖国して外国との文化交流までも反対だという人はいないはずだ。酒は文化である。また、竹下登さんや谷垣禎一さんの実家が造り酒屋であるように、昔から酒は政治の基本である税制とかなり密接な関係をもっている。政治(まつりごと)の中枢に酒の姿あり。 TPPの連携対象諸国で、幅広く飲まれているものは、まずはワインとビールだろうと思う。すでにオーストラリア産やカリフォルニア産やチリ産のいいものがすでに日本に入ってきている状況で、今さら勝沼や池田町や岩の原などでワインに関係する人々が強く反対するとは思わない。むしろ、年々、ヨーロッパを中心に海外でも日本のワインに対する評価が高まっていることもあり、より広く日本のワインの良さを知ってもらえるチャンスと考える関係者の人の方が多いのではないだろうか? ビールで考えてみたい。ビールの美味さは気候や「その時のおつまみ、料理は何か」ということに大きく左右されるが、今まで以上に各国のビールが関税を撤廃してかなり安く入ってくる代わりに(ただ、各国の酒税の方式や割合が大きく違うので、この交渉は難しいということはわかっているつもりだ)キリン、サッポロ、ヱビス、アサヒ、サントリーなどが大きく躍進するチャンスでもある。 そして日本酒と焼酎の世界的な勝負!たとえば今の日本酒の大酒造メーカーや全国各地の酒蔵も外国人を唸らせるような日本酒、特に純米酒などを大いにプッシュしたり開発していくことは日本人にとっても必ずプラスになると思う。深い文化だもの。スシバーや日本料理店以外でも日本酒の良さが環太平洋の国々に充分浸透して、初めて「おつまみとしての輸出」という芽が出てくる水産加工品や農産物がクローズアップされる。まさに酔狂な意見と思われるだろうが、環太平洋戦略的経済連携協定は最初は酒だけに特化してやるべきだというのが私の意見である。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2012-04-10 00:04 | 草評