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2012年 06月 29日

男女三階にステージ有り(一階にはステーキ有り)(5)再び屋上へ



第一回 屋上
第二回 三階
第三回 二階
第四回 一階

それではこの不定期連載最後に再び いちなん の屋上へと戻りましょう。
この動画を掲載したいとはつ菜さんに連絡をとってもらったら、
まずは連絡をとっていただいた方からOKのお返事をいただき、
ちょうどその時に本ブログのコメント欄に
はつ菜さんご本人からもご快諾いただけました。

どうか、私を含め、何かと自分の思い込みで自分を金縛り状態にしている
現代人の皆様におかれましては、大文字山を背景に歌われたこの歌によって
その呪縛から鼻タレ解き放たれますように。

そして写真をもう一枚
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by kaneniwa | 2012-06-29 12:02 | 草音
2012年 06月 26日

男女三階にステージ有り(一階にはステーキ有り)(4)一階編

b0061413_11132527.jpg 6月末日までの予定の不定期連載の4回目、 屋上 からはじまり 三階 二階 と降りてきて、いよいよ焼肉店としての本丸である一階まで降りてきた。今年の2月にこの いちなん を初めて訪れてから「いちなん去ってまたいちなん」を楽しみにするようになってきた私である。先週の火曜日、つまりは一週間前に急遽「レバ刺しを偲ぶ会」というものを挙行したくなって、ちょうど京都に居た私は数名を誘って再びいちなんへと向かった。ご承知のとおり、厚生労働省は来月7月1日以降にレバ刺し、ユッケなどの牛肉の生肉の提供を禁止して違反者には200万円の罰金を課することになった。私は裏ワザとして普通に焼肉屋さんのお会計を済ませた後で皿洗いの奉仕活動を申し出て、そのご褒美としていわゆる「まかない」としてレバ刺しをごちそうになり、最後はそのレバ刺しの皿を洗って店を出るという作戦を考えていたが、罰金200万円は卸業者にもかけられるということであり、なかなかその実現は難しく、今のところ「そのアイディアではまかなえない」というところだ。サイズ比較用のウニ(東京美研の食品サンプル)が遠近法により大きく見える写真かもしれないが、それでもこの貴重なレバ刺しは何だかいちだんと大きく見える。

b0061413_11134265.jpg その日は 丁珍姉御 通称・丁珍ちゃんの誕生日でもあったことで「レバ刺しを偲ぶ会」とともに「本人抜きの勝手に誕生パーティ」も兼ねさせていただくことになった。いちなん店主のKEVIN兄ぃも、丁珍ちゃんのファンなのである。本人が居なくてもそこに集ったメンバーで「丁珍ちゃん誕生日おめでとー!」とグラスを合わせるとなかなか景気がいいものだ。店主KEVIN兄ぃは、写真のチャプチェを作ってくれたのであるがこれまた絶品である。「箸休めに」と言われても、わははは、箸がとまらんぞぉ。箸が休まないでよく動き回るぞぉ。マイ・チョップステックスがキープ・オン・ムービングである。後から振り返れば、この日のメニューは焼肉屋さんに居ながらにして一度もコンロに火を入れなかった。つまり、焼肉屋さんで肉を一度も焼かないという人生最初の日であった。ちなみに日曜日の午前中にはMaman et Fille(マモン・エ・フィーユ)のお菓子がこの焼肉屋さんに並べられ、コーヒーが飲める。つまり、この焼肉屋さんの一階は日曜の午前中限定ながらカフェでもあるのだ。ボーズライブ当日(5月13日の日曜日)の朝、下見のつもりで朝の散歩をやっていたらカフェになっていたのでこれまた驚いた。KEVIN兄さんは母校のサッカーの試合観戦のため留守だったので名前を名乗らずケーキを一個注文してコーヒーを飲み、お金を払おうとしたらマモン・エ・フィーユの美千子ママが笑いながら「マーヒー加藤からはお金を取れません」と言ってくださった。何と、初対面であり、いわばお忍びで下見にやってきた私であったが美千子ママは草仏教ブログをご愛読くださっていて私の顔をご存知でいらしたのだ。お金の問題ではなくて、これは嬉しかったなぁ。

b0061413_11135620.jpg KEVIN兄ぃはこういうものも得意なんだなぁ。リエットである。誕生日(誕生日の本人は不在のまま)らしい、華やかなメニューである。リエットは私は作ったことがまったくないし、間違っていたら申しわけないが、軽く燻製にしてあるように思った。その燻製の分野にしてもここは色々あるし「いちなん製ソーセージ」というものもまた素晴らしい。つまり、普通の焼肉屋さんメニュー以外のものばかりでも実に楽しめちゃうのだ。5月の中旬の毎日新聞の文化欄に「京都の一乗寺の恵文社がおもしろい」という記事が載っていた。♪KEVINはね、恵文っていうんだホントはね…5月13日のボーズライブを終えた直後の新聞だったので「恵文兄さんのお店の紹介が全国紙にこんなにデカデカと掲載されているのか?」と一瞬驚いたものの、本屋さんの恵文社一乗寺支店がおもしろいという記事であった。実際に本屋の恵文社は同じ一乗寺で近くにあるのだが、こういう符号の一致がおもしろいなぁと思った。実際に今年の2月にこのいちなんを訪れた時からしばらくはライブがあるとは知らなかったままでこの焼肉屋さんのファンになったので、断言したいが、たとえライブがなかったとしてもこの焼肉屋さんのが大好きになっていただろう。

b0061413_1114125.jpg ビールを飲み、まったりとマッコリを飲み「さあ次は何を飲む?」と尋ねられて、私は三階でライブをやったブラジル人のアントニオが置いていった「51」(シンクエンタ・イ・ウン)というブラジルでもっともポピュラーなピンガの瓶があったのを思い出して「カイピリーニャちゅうカクテルが飲みたいなぁ」と言うと、ホントに作ってくれた。わははは、大ホテルのカクテルの種類がいっぱいあるバーでもなかなか出てこんぞぉ。写真はそのカイピリーニャとハツ刺しである。♡ハートの複数形であるハツだ。このお店、刺身は来月からしばらく(全国でどれぐらいの期間かな?)メニューから消えるが、実にハートがあるお店である。「集まるお客さんがいい」というのがいちばんの特徴ではないかと思う。老若男女、時には家族連れも居るお店だ。「いいお客さん」といっても、ここは超高級店ではない。むしろ「安いなぁ」と感じさせてくれる庶民派路線であると言えるのだが「安けりゃいいや」というような路線とは対極のところにある。ここで料理や酒を楽しむお客さんたちが、楽しそうでおもしろそうで、とてもいい。これは料理の良さもあろうしKEVIN兄ぃやお店のスタッフのお人柄に依るところが大きいが、一乗寺という街のおもしろさ、楽しさ、深さが集約されているところでもあると思う。私が店主だったら客(サクラ)役のエキストラに「劇団員のみなさん」を雇っても、なかなかこのいいお客さんが集まっている雰囲気は醸し出せないだろう。自分も年に数回しか訪れないものの、おもしろくて楽しい客の一員になっていきたい。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-06-26 15:11 | 草音
2012年 06月 24日

これでイノダ

b0061413_21484315.jpg 写真はイノダコーヒー京都駅支店であり、ポルタと呼ばれる地下街のなかで地下鉄京都駅の近くのところにある。対面に見える緑の看板はSUBWAYであり、SUBWAY(地下鉄)の駅の近くにあるSUBWAY(サンドイッチチェーン店)ということになる。面白いのはこの対面同士で並んだお店に男女を問わず40歳代以上はイノダコーヒーに吸い込まれていき、30歳代から下はSUBWAYをチョイスしている気がした。どうもコーヒーだけを飲むお客さんにしても30歳代から下はSUBWAYの方に流れていっている気がしたなぁ。40歳代後半の私はちょっとだけ躊躇(ちゅうちょ)しつつもイノダコーヒーに入る。コーヒーを待つ間(SUBWAYではコーヒーを待つ時間などほとんどない)に置いてあるスポーツ紙を読む。6月下旬の関西のスポーツ紙は、阪神タイガースは低迷しているものの二軍の育成枠から中米出身の快速左腕選手がもうすぐ一軍に上がってくるだろうということをトップ記事として一面にデカデカと伝えていて、相変わらずだなぁ…と笑いたくなるほど感じた。SUBWAYには新聞なんか置いていない。やっぱ40歳代以上はよく新聞を読むなぁ。スポーツ紙に続いて一般紙を読む。コーヒーが席に置かれた。大飯原発再稼働問題の記事を読みながら久しぶりにイノダのコーヒーを飲む。

b0061413_2381253.jpg 今世紀に入ってすぐの2001年の9.11同時多発テロ事件の時に、こうして喫茶店で新聞を読んでいた感触を思い出した。あの時に感じた感触は、ひと言であらわすのなら「株価など言ってる場合じゃないだろう!」であった。2機の飛行機が貿易センタービルに、1機がペンタゴンに、1機が墜落して少なくとも5千人の人々が亡くなられている大惨事となっているさなか、確かに事実関係を確認しなければならないことが多すぎたにしても世界の株価の変動のことばかりがテレビでは何度もリフレインされる貿易センタービルの映像とともに報道され、その映像がないラジオと新聞ではなおさら株価の話が頻繁に語られることに何ともいえない違和感をもった。金は大事だ。経済は重要だ。しかし、それがもっと大事な問題の前に置かれた時にはアレルギーに近い違和感がやってくる。イノダという場所で新聞を読んでいて、なおさら思った。原子力発電が行われる前からイノダはあった。(京都駅店はなかったが)電気がなければ江戸時代や明治時代の初期ぐらいに戻る生活になってしまうと危惧し、それに半ば脅迫されるように原発再稼働に賛成する立場をとってしまう人もいるかもしれないが、それはちょっと違うのではないだろうか?原子力発電に10%も依存していない時代、それもほとんど余剰であり過剰であった1970年代あたりに戻るだけでいいのではないだろうか?70年代、あるいは60年代の良さに目覚めるという方向を目指していくべきなのではないだろうか?原発再稼働賛成派、あるいは推進派がおっしゃるように、使用済みか未使用かを問わずに核燃料というものがある限りは危険であることには変わりがない。でも「どうせなら使っちゃわないと」と家電やパソコンではあるまいし、稼働したり止めたり、また稼働したりというのが、精神的にも物理的にもいちばん危険極まりないだろう。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-06-24 23:07 | 草京都
2012年 06月 21日

旭のようにさわやかに

b0061413_23311716.jpg 京都に滞在中、つくづくいかに私の好きな京都のお店のなかで水曜日定休のところが多いかを認識した。現在、ブログで不定期連載をしながら紹介させていただいている焼肉屋さんの いちなん は年中無休なので助かった。(遅くまで店を開けてくださってありがとうございます!)何度かこのブログに書いた アップルハウス に「これから行くよ」と電話をかけると「今日は定休日やで」と言われる。「あれ、定休日は木曜日じゃなかったっけ?」「あんたいつの時代の話してんの?(笑)せっかくやから自宅のリビングでお茶飲んでいく?」と言われて、そのご好意だけはとても嬉しかった。錦市場の 大安(漬物の大安ではなく貝類を中心にした鮮魚の大安)もまた定休日。おまけに法蔵館という仏教書を中心にした本屋さんで伊藤比呂美の『たどたどしく声に出して読む歎異抄』(ぷねうま社)を買おうとしたら定休日(ここは日曜日が定休日)ではないのだが、前日の火曜日の話であるが台風4号が来ていて従業員さんたちを早く帰宅させるためにシャッターを閉めていた。法蔵館の人を見つけて頼み込んでシャッターを開けてもらったのだが、何とその本が前日の朝日新聞の書評にとりあげられたらしく、10冊以上を平積みにしていたものが売り切れた直後だという。さらにこの困ったウェンズデーの呪縛は続き、名古屋に移動してコメ兵のカメラ・楽器館というところでじっくりと中古楽器の掘り出し物を鑑賞しようと思えば、この天下のコメ兵は水曜日が休みだった!(でもコメ兵の本館がある大須界隈が風情のある街だったので散歩としてはとても良かった) 

b0061413_23313526.jpg 普通、これだけアンラッキーが重なったならメゲちゃうのであるが、今回、それを上回るいいことがいくつもあったのでアンラッキーをアンラッキーとはそんなに感じることもなく、アンラッキーな自分を笑えるような余裕がもてた。そうなるとこういうアンラッキーもラッキーとのコントラストが強い対比となってラッキーな部分をいっそう輝かせてくれるので、なかなか味わいが深いものである。そうなると、それぐらいの余裕さえもてればアンラッキーもなかなかいいものである。さて、名古屋に移動する前にラーメンでもと思うと、これまた偏愛する新福菜館の本店が水曜日を定休日としていた。これだけのことが重なる水曜日だが、お隣がこれまた好きなラーメン屋さんである第一旭の本店であるということでさほど肩を落とさずに済んだ。京都駅の近くであるこの界隈(高倉塩小路下)は、昔から二軒だけで激戦区。ここで「ラーメン、ネギだく」と注文する。この日の夜もかなりのビールを飲むような予定だったのでビールの注文まではやめておこうと思っていたら、メニューにビールの小瓶がある。小瓶の瓶ビールを飲むなんちゅーことはいったいどれぐらい久しぶりのことなんだ?と反射的に注文しちゃった。缶ビールの350ml缶よりもわずかに少ない334mlという分量が、何だか絶妙!と感じた。そして、サイズ比較用のウニ(食品サンプル)を置いたのであるが、キリンラガーの小瓶のシェイプの実に美しいこと!割と最近、どうもビールの大瓶が大きく見えるなぁ、とふと感じたことも、この小瓶と出会うための伏線だったのか?

b0061413_2331507.jpg ラーメンを語りたいのか、ビールの小瓶を語りたいのか、京都を語りたいのか、名古屋を語りたいのか、ラッキーを語りたいのかわからんようなブログ記事で、まだ読了していない『たどたどしく声に出して読む歎異抄』(結局、名古屋のジュンク堂書店で手に入れた、宗教・哲学・思想ではなく著者の関係で現代文学のコーナーにあったけれど…)の書評のようなものを書けばますます混沌としてくるが「親鸞の声」という音に思い入れをもっての歎異抄の訳出という詩人ならではの視点は斬新だ。その訳文から私に聞こえてくる声(音)はズバリ、立川談志である。わはは、だって江戸弁でべらんめぇ調も入っているんだもん。「親鸞(おれ)は〜」という表記の仕方をしているし。本の題名は読み始めるまではどちらかといえば嫌なタイトルの本だと感じていたが、訳文を読み始めると実にいいタイトルであると思った。なぜかといえば、親鸞に疑問を投げかける弟子の唯円(ゆいえん)坊のただたどしさが浮き彫りになっている。同時に『歎異抄』という書物はイコール「親鸞聖人語録」としてとらえられるし、それは間違っていることではないものの、声(音)とすればそれは唯円坊の耳底に残った言葉の記録の書物であるという本質を掘り出してくれている面がある。その訳文を通じて聞こえてくる親鸞聖人の声(音)があるとすれば、それは読者である私の仮想ディスクであるたどたどしい唯円坊の耳を通して聞こえてくるものだからだ。「ぼ、僕は、第一旭がいいか、や、やっぱり新福菜館がいいか、い、いつも迷うんだなぁ」「ぼ、僕はビールの小瓶って、と、とてもいいと思うんだなぁ」…無理やり力づくでまとめに入ったが、たどたどしさというものが感じさせてくれるリアリティ、そこに今まで敏感ではなかった自分を少し発見できたラッキーがそこにあった。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-06-21 23:39 | 草京都
2012年 06月 18日

男女三階にステージ有り(一階にはステーキ有り)(3)二階編

b0061413_1325746.jpg マザーグースの歌にこんなのがあった。 ムカデさん、ムカデさん、そんなに足がたくさんあってよく足がもつれないね。アリさんにそう言われたムカデさんは、歩き方を考えだしたら足がもつれて歩けなくなってしまいました これ、私は実によくわかる。草野球の打席で打撃理論のようなことをちょっとでも考えていたら全然打てない。お経の意味を味わうという感覚ならまだいいけれど、意味を考えるとお経が読めない。プロ(しかもツアープロ)にゴルフを習ったことがあるが、これが理論を叩き込まれると体が全然動かなくなり、ドヘタになった。ドヘタになっていくプロセスを他のグループレッスンを受けている人達も数ヶ月見ていたのでプロもムキになって私のゴルフクラブセット(結納返しに義理の父が義理でプレゼントしてくれたもの)を預かり「改造と調整をしたので、これで私が言う通りの打ち方をすればいい」とまで言ってくれたのだ。しかし理論に加えて「この期待に応えなければ」という余計なことまで考え出し、真横にボールが飛び出していくシャンクという球までが出るようになって、ハッキリ言って私はまったくの初心者の頃よりもヘタになってしまったのである。プロは悪くない。同じグループレッスンを受けてグイグイと腕を上げつつ精度を増した人もいる。ただ私はムカデなのだとハッキリと自覚した経験ではあった。私には監督時代の長嶋茂雄さんのような「ビュンと振ってカキーンと当てろ」「スィングした後、チンチンの先をピッチャーに向けろ」というような感覚的な指導か、あるいは大杉勝男を教えた飯島滋弥コーチの「月に向かって打て」というような文学的なアドバイスしか聞き入れることができないような気がした。へんな前置きになったが、写真は スズナリくん である。スズナリくんというネーミングはイギリス在住の日本語の先生が考えてくれた。このネーミングが良い。「鳴らす」のではなく「鳴ってくれる」イメージがある。ムカデは考えたら歩けなくなる。ただ、このスズナリくんの今までの活躍の場は「風鈴火山」として主に野外であった。楽屋になっていたいちなんさんの二階で「うわっ、これは室内では響き過ぎるゾォ」と気がついて、持っていたガムテープを貼りつつ部分的にミュートするようなヘンな調整をやっていたのだがこんな時に限ってバックに入れてきたガムテープが終了。すぐ近くのコンビニでビニールテープ(ガムテープは売っていなかった)を買ってきて(しかも派手な赤色)何とか本番に間に合わせたのだった。そんなことばかりをしていたいちなんさんの二階であった。

b0061413_1331527.jpg いちなんさんの二階の様子がわかる写真がないなぁと思ったが、またogawaさんに助けられたなぁ。ogawaさん撮影の写真があった。わはは、minmeiさんが描いてくれた草仏教ブログの表題の絵に非常に近いなぁ。ただ、大事なのは背景であり、このように(ようやく本題という感じがする)いちなんさんの二階というのは普段はれっきとした焼肉屋さんの部分である。この日はステージがあるライブハウス部分の三階に対して楽屋として使わせていただいたのであった。背後の焼肉テーブルにのっているウクレレと帽子は屁無頼さんのものである。隣では北海道から来られたヨーコ&テリーさんがオートハープの入念なチューニングをされていた。その隣で私はスズナリくんの、まさに応急の処置をガムテープとビニールテープでガシャガシャとしていた。 ステージでのヨーコさんのオートハープでのアメリカのオールドラブソングの弾き語りがとても心に沁み入った。何でこんなに染み入ってくるのだろうか?理論的なことで考えるとわからなくなるので、私はそのサウンドを思い返してこう考える。ヨーコさんは「私はチューニングと曲紹介と荷物運びしかできません」(と、おっしゃっていたが関係者の方に伺うと相当な腕前のオートハープ奏者でいらっしゃるらしい)というテリーさんに感謝の気持ちを込めて歌って演奏していらしたので、それがジワジワと私にも伝わってきたんだなぁ。理論を越えて、そうに違いねぇと思った。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-06-18 00:13 | 草音
2012年 06月 14日

コッヘル176番 笹だんご入りホットサンド

b0061413_23212087.jpg藤原鎌足(ふじわらのかまたり)のことを「ふじわらのかたまり」と覚えているヤツがいた。笑った。「藤原の塊」は、新興プロレス団体の名称や、あるいはその主力レスラーのリングネームとしてもいいかもしれないと思った。そんな私も武田信玄を「竹田信玄」と書いていたことがある。ありがちだが、なぜなんだろう?思うに、上杉謙信との合戦で、竹で包んだ携帯食が生まれたというエピソードがそこに絡んでいる気がする。竹で包んだ携帯食は、武田側ではなく越後の上杉側が用いたということらしいが、なぜか武田の「タケ」の音の方にそのエピソードを重ねてしまっていたようだ。いわゆるひとつの風鈴火山(この造語はえみぞうちゃんが他で書いていたものを私がパクっているんだよ)である。さて、写真で二枚重ねのトーストの右の背後に置いてあるものは越後名物「笹だんご」である。殺菌作用もある笹でくるんだ軍事用携帯食の平和利用というのか、そのバリエーションから生まれた和菓子界の傑作だと思う。しかし、いつも「惜しい!」と思う。何らかの方法でこいつが作りたての鮮度をあと48時間は持続することが可能なら、日本全国でブレイクすることだろうにといつも思う。

b0061413_23213722.jpg さて、固くなった笹だんごをどうするか?という問題があり、その問題のスタンダードな解法は「蒸し器で蒸す」ことである。あまり蒸し過ぎれば笹を毟ることが難しくなる。ムースにしないように蒸すのはけっこう難しい。ただ、この日は蒸しの作業を無視。以前、クラシカルな葬式饅頭を小倉トーストにした要領で、トーストにすることにした。しかも、2枚のトーストの間に挟むホットサンド形式だ。硬くなった笹だんごを剥き、アンコが飛び出ないように慎重にハンバーガーのなかのハンバーグのように薄型の円形状にする。それをオーブンで普通に焼く。固くなった笹だんごをどうするか?という出題に対して、出題者(誰だ?)も想定していなかった方程式を使っての、ひとつの解法ではあったと思う。笹だんごは2枚の食パンのなかで焼かれたというよりは蒸されたのである。蒸し返す、という言葉もあるが、まあそんな感じ。食べつつ、バターを追加。小倉トーストの時もそうであったが、バターが美味いというのが、案外とパンとアンコとを結ぶポイントになっているのではないだろうか。それも、バターの油が欲しいということもあるが、さらにバターのなかのちょうどいい感じの塩分が、アンコの甘さをより引き立てるというところに、このトーストの極意があるとみつけたり。上杉謙信流に敵(ホンマは味方だが)に塩(気)を送るのだ。


マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
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by kaneniwa | 2012-06-14 23:18 | 草外道
2012年 06月 12日

包丁は調理に使う道具だよ 人を育てる道具だよ

この数日、いいニュースと悪いニュースが同時に飛び込んでくる。
昨日の月曜日は新聞の休刊日であったこともあり、
今朝になって一気にいいニュースと最悪のニュースを同時に眺める。

いいニュースは、やはりスポーツの分野からが多い。
広島カープの前田智徳という天才打者。
代打専門で今季すでに10打点をあげている。
両足の古傷がなければ…という思いもあるが、
その怪我から立ち直り、古傷を抱えながらの代打稼業は素晴らしい。
広島開催は今年はないのだが、
是非ともオールスターゲームという一期一会ワールドでのヤマ場で
「代打前田!」
と告げられ、
「このシーンなら4番に替えたって前田登場があたりまえだ!」
という歓声が球場いっぱいに響くシーンを見たいものだ。

マリア・シャラポア(ロシア人・プロテニス選手)が全仏オープンを制覇。
これですでに優勝している全英(ウインブルドン)、全米、全豪とあわせて
生涯グランドスラム(まだ26歳のシャラポアに「生涯」という言葉もどうかと思うが)
という快挙を達成した。
私の妻の通称と混同しやすいので、マリアと気やすく呼ばせてもらおう。
マリアがテニスというスポーツと出会ったのは、何という運命だろうか、
チェルノブイリ原子力発電所の事故による引越しがきっかけである。

最近、ワールドカップ最終予選などでサッカー
(今夜もオーストラリア戦を見なきゃなぁ、ハモネプ芸能人大会は録画だな)
を観戦していても、野球やテニスを観戦していてても、強く思うことがある。
地球から石油が枯渇しても、サッカーも野球もテニスも、続くな。
満員のスタジアムでナイター、ということはなくなっても、
全世界で何十億人がテレビ観戦できるということはなくなっても、
電気がない時代からやってきているスポーツは、なくならないな。
妙に感傷的な気持ちでもあるが、その確信を強くもつ。
ゲームは続く。スポーツは続く。音楽も続く。

そんなマリアの歴史的な偉業を讃え、地球規模、有史規模の記述をした後で
何というか週刊誌的な記述で何だが、マリア・シャラポアの全仏制覇の
要因のひとつに、マリアがトレーニングの拠点にしている
フロリダのテニスセンターに、デビューの頃の彼女を献身的に
指導してきた中村豊トレーナーが復帰したということがどうも大きいな。
17歳での鮮烈なデビュー当時のマリアの妖精の輝きもさることながら、
26歳の今は、また違った美しさだな。

さて、悪いニュースは、対照的にモヤモヤしたまま書かなければいけない。

さて、悪いニュース
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by kaneniwa | 2012-06-12 10:45 | 草評
2012年 06月 10日

AKB48の総選挙の感想などを書いてみる

原子力発電所の再稼働問題などに言及せず、はたまた
実際の総選挙ではなくAKBの総選挙の感想などを書くとは
何だと思われるかもしれないが、感じたままを書く。

総選挙といっても民主主義の総選挙と違うのは、
AKB48のCDに選挙券が付いているという
資本主義のなかのアイドル人気投票である。

まさに本来の総選挙の選挙速報のパロディと化していた
フジテレビの中継を長女といっしょにけっこう見ていた。
途中で風呂に入ったものの、娘の父の目でAKBを見ていた。

娘には言わないが、たとえば前田敦子の卒業宣言などは
作詞家でもあるが本来は放送作家である秋元康氏の脚本が
入っているはずだ。
あれだけのプロジェクトのセンターに、それこそ選ばれて立ち、
その位置の重責をいちばん知る者が、突然の衝動で卒業宣言を
するということは私には考えられない。

さて、今年のそのAKBの総選挙という、
芸能人でアイドルのグループの大イベントでありながら
そこには歌も踊りもモデルポーズさえもなく、
ただコメントがあるだけというショーであった。
総選挙で選ばれたAKBのメンバーのコメントに
脚本やト書きこそないものの、どれぐらい放送作家の指示や
アドバイスのようなものが入っているかとは考えた。

ところが「神セブン」といわれる上位7人の当確あたりから、
何だか立派だなぁと思ってきた。
昨年に続いてベスト7まであと一歩であった板野友美には
どうしてもあと一歩が届かない彼女の複雑な想いを感じとったし、
それから上位が発表されるに従ってお辞儀の角度が深くなる様子は
実るほど頭を垂れる稲穂、かな?と思わせてくれた。

そして、投票をしてくれた人たちに対する御礼の言葉と
これから先の抱負を述べていくことについて
テレビという媒体の使い方のテクニックもあるけれども、
パロディであればその元となっている政治家でこれだけの
ことを言える人がどれくらいいるのかな?と思った。

5位の篠田麻里子のコメントはひとつのハイライトで、
「そろそろ席をゆずったらという声もあるかもしれないけれど、
 席が空いたから喜んでいるような人はAKBでは
 勝てないと思います」(キッパリ)

という言葉には、これが演劇のセリフであったとしても
なかなかの迫力があった。
篠田麻里子という人は、たぶんAKBのブームのようなものと
関係なく残っていくのだろうなぁと思った。

CGの世界から抜け出てきたようなアイドルとして完璧なルックスのように
見える渡辺麻友が2位と大躍進してきたが、1位とは票数で大きな差が
あるというのも何かわかる気がした。

最後の最後、トップ当選の大島優子のコメントが放送途中で切れたのには、
苦情が殺到したことだろうなぁ。

AKB48という飽きられやすいアイドルグループの賞味期限は
あと1年のびたという気がする。

昨日、鳩山元首相が消費税増税反対ということで造反を表明したみたいだが、
自分が関係したエネルギー問題、特に原子力発電所の是非について
何か言うならともかく、だから何だというのだろうか?

「政党ではなくてタマを選ばせろ!」
という真面目な気持ちだけにはなった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-06-10 02:13 | 草評
2012年 06月 07日

男女三階にステージ有り(一階にはステーキ有り)(2)三階編

b0061413_071743.jpg 不定期連載を、前回の記事の続きとして書き綴っていきたい。 出会い系焼肉屋さんのライブハウス部分の中核となっているこの三階を語るにあたって、まず私が驚いたことを記しておきたい。この日の音響はヤマハのプロ用のPAシステムを中心に完璧な調整もしていただき、この筒型のスピーカーから音が鳴ることはなかったのだがコーナーにこれが置かれていたのでぶったまげた。これはYoshii9ではないか!Yoshii9と言っても知っている人は東京ドームに満員の観客が居たとしても50人ぐらいではないだろうか?私も現物を見るのが2回目。2008年に閉店した新潟県長岡市のCDショップ(ツモリレコードという名前)のスピーカーがこのYoshii9だった。2003年にその音に聴き惚れてしまってYoshiiからパソコン用の普及版であるタイムドメインminiというスピーカーを取り寄せ、それをWindowsXPの自作パソコンの真空管マザーボードを通してずっと聴いてきたYoshiiの愛好者である。Yoshiiの音の特徴は、オーディオ評論家ではないのであまり上手く言えないが「包み込んでくれるような心地良い音であるのに、なぜか人の声に関しては他のどんなスピーカーよりも明瞭に聞こえてくる」という感想を持つ。後で店主のKEVIN兄ぃに訊くと奈良のYoshiiの従業員の方々のうち半数以上の5名の方々とお知り合いであるという。ともかくYoshiiの顧客名簿にはKEVIN兄ぃ、マーヒー加藤、それからビル・ゲイツなど、そのサウンドに惚れた人々の名前が記されている。

b0061413_074267.jpg さて、この出会い系焼肉屋さんの いちなん の三階のライブハウスの屋上(前回言及させていただきました)にあがる途中の階段に腰掛けて写真を一枚撮らせてもらった。千葉市から駆けつけてくれた梅太郎さんのステージである。「ボーズLIVE in 焼肉屋いちなん」と銘打たれたこの日のライブであるが、私は 不虚作住持功徳成就 をこの日演奏しなかったし、風貌といい歌詞の内容といい、この梅太郎さんが僧侶でありマーヒー加藤が千葉から来たゲストであると思われた方も少なくはないという気がする。(実際、一名はそう思っておられた方がいらっしゃった)この場所、このポディションがとても好きになった。この場所で登っては降りてくるサウンドを身に感じつつ、出演者を見つめ、そしてステージを見つめる人たちの後ろ姿を眺めていたいと思った。今思えば私の出演中、確かKEVIN兄ぃはこの場所から私を見つめてくれていた。

b0061413_081251.jpg そのKEVIN兄ぃがライブの翌日に書いてくれたブログ記事がある。これは嬉しいということを通り越して「何の力だろう、これは?」と思った。特に、ヒヤケナス先生のブルース という楽曲を作らせてくれて演じさせてくれたものは何だろう?という感慨である。その言葉の力、歌詞はヒヤケナス先生の力に依るということは明白である。私は五・七・五の完成した川柳作品そのものにメロディをのせられなかったという意味では「補作」というよりは「改ざん」をしたようなものである。ただ、この曲は夢中で演った。夢中で演りつつ、私が発する一句一句の言葉の響きを聴きとってくれる観客席からのオーラをビシビシ感じた。その恍惚的な意識のなかで、私は曲の後半からイタコ・ミュージシャンとなった。Gコードの変則ペンタトニックスケールの間奏を「お筆先」的に弾き、ヒヤケナス先生ならこのブルースコードの流れのなかでどんな歌詞をのせて歌うだろうか?と、勝手に口からフレーズが出てきた。アレはもう二度とできません。そんな状態の私の一瞬をカメラで切り取ってくれていたのは高槻市からこのライブに駆けつけてくれていたogawa兄ぃであった。感謝。

b0061413_084627.jpg 前回書いた屋上での素晴らしい打ち上げパーティ会場で、この三階から漏れ聞こえてくるアフターセッションの音に影響され、即興バンド サカタ(えまヘブ、というユニット名も考えたが三人の本名の頭をとってサカタとする)で「ジョージア・オン・マイ・マインド」やサッチモの「この素晴らしき世界」や「悲しくてやりきれない」などを演奏する。サカタはギター&ウクレレ&テルミン(正確にはテルミンを携帯できるように設計された人形型楽器マトリョミン)という珍しい編成。屁無頼さんはこの日の前日が初対面であったとは信じられないほど呼吸を合わせてくれ、えみぞうちゃんのテルミンは周囲の空気まで神秘的な空間へと変えてくれる。うん、いいバンドかもしれない。できれば野外の焚き火の前で再結成したいなぁ。「この素晴らしき世界」をやった後、この日のライブのトリを勤められた阿知波一道さん(もしも僧侶ミュージシャンでAKB48願というようなグループができても総選挙で選ばれるセンターはこの方かもしれない)から「同じコード進行でリフレインしてみて?」と言われてやると実に美しい日本語詩で「この素晴らしき世界」を歌われた。

b0061413_227519.jpg まさかギターを弾きながらメモをとるわけにはいかないのでその言葉は記録できなかったが、素晴らしい歌唱であり訳詞であった。しかも英語のオリジナル詩の訳としてもかなり忠実であるにも関わらず、ぎこちなさは微塵も感じられなかった。選びぬかれつつ馴染んだ言葉が、しかもあのメロディにのってそこにあった。美しいギターのサウンド、焼肉を食べながら伺ったいろんなお話など、出会うことができて影響を受けまくったことはたくさんあるのだが、あの日本語詩はまさに素晴らしき世界だった。車での京都からの帰り道に高速道路の南条サービスエリアのなかの公園のような場所でギターを手にとり、私も「この素晴らしき世界」を思いついた日本語で歌ってみた。♪にっちもサッチモ、いかなく、なったら、森の緑色に抱かれてみよう〜 素晴らしき世界にはかなり遠い。


マーヒー加藤

 ※ このブログ記事は いちなん さんという場所を紹介させていただく形をとって
   6月末までの不定期連載を予定しております。
   次回は三階から二階に降りていくつもりです。
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by kaneniwa | 2012-06-07 02:35 | 草音
2012年 06月 05日

コッヘル175番 しらす大地

b0061413_0172186.jpg この1週間、食事がちょっとアメリカナイズされていたのかもしれない。(収穫した筍の料理にさすがにちょっと飽きたということもある) ハンバーガー、ホットドック、ピザ、フライドチキン、スパゲッティトマトソース(みな好物ではある)などなど。いや、けっこう和食も食べていた。ただ、何というのだろうか日本に住む日本人でありながらわざわざ「和食」というジャンル分けで呼ばれるような「外国人から見た日本料理」というようなものを食べていた気がする。そういう一週間を送ってきて今日のお昼、無性にカッコつけないものを食べたくなってしまった。本能的なものといっていい。まずは白いごはんである。今日は久しぶりにごはんが炊き上がるまでがとても待ち遠しくて仕方なかった。持っているコッヘルのなかでいちばんロッキーカップに近い形状のものを選んでまずはごはんを盛る。そして次にしらす干しをふりかけて白い大地を作る。その大地の上に海苔の佃煮を置き、境内の山椒の木から葉っぱを何枚か拝借。白い大地の上に山椒の緑を添えたところで人参と小女子のキンピラとヒジキと人参の煮物をトッピング。

b0061413_0173865.jpg 絵(写真)としては、白いごはんの上にしらすを敷き海苔の佃煮(といってもハッキリ言って桃屋のごはんですよ、なんですよ)を置いてその上に山椒の葉をのせただけのバージョンの方がシンプルで美しいのかもしれない。ネーミングは山椒の葉も海苔の佃煮も、そしてもちろん白いごはんも欠かすことはできないものの、やはりごはんの上に敷きつめたしらす干しが大きなポイントだと思ったので「しらす大地」とすることにした。九州(シラス台地)とはまったく関係ないが…と思っていたら人参と一緒に醤油で煮込んだ生ひじきの表示を見たら「長崎産」と書いてあったぞ!食べた。「美味い」というよりもポジティヴな意味での「ヤバい」の方が的確であろう。舌や脳だけが喜んでいるというよりも「この身が喜んでいる」という実感。ミシェランの覆面審査員のような意識で味わっているのではない。このヤバさを再び味わうために、恣意的にまた欧米食を1週間続けてやろうか?と思ったぐらい。しらす干しは、見方によっては大量虐殺(しかも幼児)であるのだがこれを私の身にまで届けてくれた海の恵み、水産、流通関係者すべてにお礼を言いたい気持ちになった。日本人が農耕民族だと誰が決めつけた?これからは濃厚民族だ!


マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2012-06-05 01:04 | 草外道