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2012年 08月 28日

泣きたくなったニュース 福島県内の子供36%に甲状腺のしこりだって?

b0061413_07317.jpg うちの子供たちの夏休みが始まると、7月下旬にうちの今年はすぐに海に行った。グズグズしているとお盆の準備期間に入り、海水浴ができる海は近いのに1回も海水浴に連れていくことが出来ず、後でブーブー言われる可能性が強かったからだ。1回の海水浴で数回分の満足感を与えるために、今年は少し遠出をして100キロほど車を走らせ、山形県鶴岡市の湯野浜海水浴場に行き1泊することにした。海自体は新潟と山形の県境から新潟寄りの海の方が透明度が高くきれいだが(特に笹川流れと言われる辺り)湯野浜海水浴場は砂浜部分がとても広く、泳ぐこと以外にも砂浜を駆けまわったりフリスビーをやったりと遊びまくることができ、私も妻も子どもたちも浜遊びを満喫した。海水浴場に着いてまず思ったのが、駐車場にある福島ナンバー、いわきナンバーの車の多さだった。そうだよな、明らかに過剰な放射線の心配がない場所で、特に子どもたちには思いっきり海遊びをさせてやりたいよなぁ、と感じた。そして、泳ぎ疲れた私は自分の子どもたちをはじめ、広い砂浜で遊びまわる大勢の子どもたちの姿を眺めていた。小中学生などの夏休みが最後半に入って、うちの10歳の息子は新潟大学の学生さんなどがボランティアを努めてくれていた新潟県の子どもたちと福島県の子どもたちを交流させ、特に福島県の子どもたちには過剰な放射線の心配がない場所で陽の光のもとで思いっきり遊んで欲しいというプログラムの1泊キャンプから一昨日帰ってきた。猛暑だったので熱中症の心配の方があったけれども、それでもオリエンテーリングや焚き火などを楽しんで帰ってきた。昨日、私は日航ホテル新潟の30階にある鳳凰の間で恩師の祝賀会があり、恩師の学事での偉業を100人の参加者で褒め称え、先生の奥さんをもっと褒めるという場を、これも思いっきり楽しんできた。


今年も猛暑の残暑がもうしばらく続きそうではあるけれども、
新潟駅の待合室の電光掲示板の一行ニュースを見るまでは、
とても暑かったけれどもいい夏だったという感触があった。
いろいろあったけれども、数年後にはいい夏だったと言えそうな、
そんな予感が電光掲示板に表示された一行で暗転した。

福島県内の子供36%に甲状腺のしこり

河北新聞によれば、福島県は県内の18歳以下、約36万人を対象に
甲状腺検査を順次進めており、
今年3月末までに実施した3万8114人のうち、
1万3646人でしこりなどが見つかっていた。

政府は27日までに、福島県以外の全国3カ所で、
18歳以下の4500人を対象に甲状腺超音波検査の
実施を決めた。


タイムマシンが本当にあれば…と思った。
最悪のシナリオの予兆はずいぶん前からあった。

2007年(平成19年)3月25日9時41分58秒に
石川県輪島市西南西沖40kmの日本海で発生したマグニチュード6.9の地震は、
震源地が北陸電力志賀原子力発電所にかなり近く、心配したのであるが、
何とその時に点検のために志賀原発は
運転を休止していたという危険回避の上でのラッキーがあったのだ。

2007年(平成19年)7月16日10時13分23秒に発生した、
新潟県中越地方沖を震源とするマグニチュード6.8の中越沖地震は、
数日後に毎日新聞に掲載された航空写真を見て驚愕したが、
海からの大きな地割れが原子力発電所の寸前のところで止まっていた。
この日に敷地内で起こった火事がずっと消せない状態というものが
全国にテレビ中継されていたのを覚えている人も多いと思うが、
今ならその理由がわかる。
例えば格納容器の健全性をギリギリのところで保つというような、
そういう間一髪の作業を、火事を消すどころではない危機感のなかで
やっていたと思うのである。

その2007年に戻ることができるなら、どんなに良かっただろと思う。
柏崎刈羽原子力発電所が、あの時に事故を起こしていれば、
(福島第一原発事故よりももっと大きな事故であった可能性もあると思う)
私が今住んでいる場所は福島第一原発からすれば飯舘村ぐらいの位置関係にある。

その危機感を「言ってみた」程度のことでなく、
何でもっと大きな声で言わなかったのだろうかと悔やむ。
タイムマシンがあれば、せめて2007年に帰って、評論家の口調ではなく、
親としての魂の叫びをはりあげたい。

「何人死ねばわかるのか?どれだけ被害者が出たらわかるのか?」


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-08-28 01:03 | 草評
2012年 08月 27日

「埼玉貧乳問題」を問題視してみる

「埼玉貧乳問題」という問題があるそうだ。
最初、知り合いからそういう問題があることを聞いた時には
「わはははは、何だその問題は!」
と笑っていた。

ところが、「埼玉貧乳問題」を検索をしてみれば、その件数といい
問題視の仕方といい「立派な社会問題である」という気がしてきた。

ちなみに、私は「埼玉貧乳問題」は女の子だけの問題ではないと思う。
巨乳好きという嗜好性をもった男性は多いけれども全部ではない。
バストの大きさなど三の次という男も多いことだろうと思う。
マスコミが、この問題のインパクトを鮮明に与えるために作り出した
キャッチコピーのようなネーミングがこの「埼玉貧乳問題」である。
男の子の方も同じ問題を抱えていることを
忘れされるという意味では問題があるネーミングであると思うが、
とにかく「そういう問題がある」ということを示す意味ではインパクトは大きかった。

さて、この「埼玉貧乳問題」とはそもそもどんな問題なのか?

まず、全国の都道府県別の女性の平均バストサイズについて、調査があった。
新潟県は平均がDカップであり、平均がEカップであるという岐阜県と
京都府に次ぐ巨乳県に属する。
埼玉県が全国でダントツに小さいAカップであったことが問題の発端であった。
その理由解明のプロセスにおいて「埼玉貧乳問題」が問題として提起された。

たとえば発育について「背の高さ」ということについては、これは
遺伝的要素がとても大きいのであるが、
「巨乳」や「貧乳」について、
バストの基礎になる胸骨や胸筋といった部分は遺伝の影響があるが、
バストそのものについて遺伝的要素はあまりないそうだ。
(そうだったのかぁ!)

遺伝の要素よりも関係するのは成長ホルモンであるというが、
特に成長ホルモンの分泌を即すような食べ物はなく
(ただ、栄養素のバランスは大事なことらしい)
食べ物よりも成長ホルモンが最も分泌する時間帯である
午後10時〜午前2時までの間の睡眠をとることが重要なことらしい。

そこで「埼玉貧乳問題」を裏付けるような要素として
総務省統計局社会生活基本調査によって
「埼玉県の女子高生の平均睡眠時間は全国最下位」
という重要なデータがまず出てきた。

総務省統計局家計調査によって
「塾や予備校にかける費用が埼玉県の家庭は全国1位」
というデータも出てきた。

そして社会生活基本調査によって
「通学時間の長さが全国2位」
「自宅で勉強する時間が全国4位」
などと、午後10時から午前2時までの間の睡眠が足りないことを
裏打ちするようなデータがそろってきて、
この問題の全体を「埼玉貧乳問題」という。

私は親として娘たちを巨乳に育てたいということではなく、
息子のことを含めて
「まずは午後10時までに気持よく眠ってもらうことが親の務めの第一かな?」
と思うようになった。

「無理させて 無理をするなと 無理を言う」(第一生命サラリーマン川柳)
ということにもなってしまう難しいことであるが、
まず無理をさせないことに留意しなければならないなぁと思った。
なぜなら、いろんなことで多少の無理をしなくてはいけないのは
やっぱり18歳から後のことだから。
将来のために、無理をさせないようにしなくちゃ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-08-27 00:01 | 草評
2012年 08月 24日

良寛から親鸞へ

厳しい修行でヘロヘロになり、餓死寸前のお釈迦様に
お粥&ミルクを捧げたインドの娘さんがいた。
その名はスジャータ。
今でもスジャータめいらくグループのブランド名としてスジャータはその名を残す。

さて、良寛牛乳という牛乳がある。
新潟県の出雲崎酪農組合の牛乳は「良寛牛乳」というブランドをもって供給されている。
リンクしているホームページ先では E-mailでの注文も受け付けてくれているようだが、
意外なところで無料提供されていて、この牛乳を味わうことができる。
8月24日〜8月27日の間、東本願寺三条別院 で行われている
朝の人生講座(午前6時〜)の後に、簡単な朝食(パンなど)とともに、この良寛牛乳のパックが、
確か先着150名様ほどに無料で提供される。
来る8月26日の朝の人生講座の担当は加藤真人(マーヒー加藤)。
ご来場いただけましたら、いっしょに良寛牛乳を飲みましょう!

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-08-24 04:29 | 雑草
2012年 08月 23日

私の夏の高校野球総評

b0061413_0163117.jpg 今日、ちょうどスッポリ空いた待ち時間で夏の高校野球の決勝戦をテレビで観ることができた。こんなことを言うのは私だけという気がするのだが、春・夏と優勝投手となった大阪桐蔭高校のエース藤浪晋太郎くんは、もしかしたら、あれでも「小さくまとまりすぎているのではないだろうか?」という気がしてきたのである。プロでも数人しかいない153キロの速球を投げられる超高校級投手に対して何と失礼なことを言うのか?と怒られそうだ。でも、そう直感しちゃったんだから仕方ない。超高校級という言葉では物足りないので、正直にバケモノと言っていい。同じくバケモノである光星学院の3番で主将の田村龍弘捕手、4番の北條史也遊撃手との対決などは見応え十分であった。彼らは来年の今頃、もっと高いレベルの野球をやっていることは間違いない。その想像するノビシロも含めて、実に高度な高校野球だった。その上で、大阪桐蔭高校の藤浪晋太郎くんはトーナメントの決勝戦(しかも春夏連覇もかかっている)、強豪校で優勝候補筆頭のチームのエース、NHKでの全国中継、ほぼ満員に近いアルプススタンド、などなど、とてつもないものを背負って一球一球を投げているのだなぁと感じた。その超高校級投手としての完成度のために、藤浪くんはバケモノ投手としての「何か」を犠牲にしているような気がしたのだ。いろんな意味で高校生らしいあらびき野球のなかで藤浪晋太郎くんが投げたら、いったいどうなるのだろうか? もうひとつ、言うならば高校野球の完成度としてはおそらく世界一のレベルが高い試合を見せてくれたのだろうと思った。両チームとも野手の送球ひとつにしてもプロっぽい。ただ、これも穿った見方であるけれども全国一リトルリーグ(少年硬式野球)が盛んな大阪の野球エリート集団である大阪桐蔭と、その大阪から15歳の時に親元を離れて青森県八戸市のカトリック系私立に入学した選手が主力の光星学院との、大阪野球英才教育対決でもあった。 あと他に今大会を見ていて気になったことは光星学院の校歌の 作詞:中村キヤ  作曲:中村キセ の、このキヤさんとキセさんはどういう関係なのか?ということかな。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-08-23 23:14 | 草野球
2012年 08月 22日

コッヘル180番 しめ鯖丼

b0061413_1211676.jpg 前回の穴子に続いて、キュウリなどを混ぜた酢飯(今回はミョウガ、シソ、ミツバ、それから大葉なんかも混ぜている)に、しめ鯖をのせたものである。カテゴリーとしては、丼ものというよりは酢飯ベースであるということからチラシ寿司に分類されるべきものかもしれないが器もワイルドなおわん型コッヘルであり、何となく丼と呼びたくなる。サバ、イワシ、アジ、コハダなどの光モノと呼ばれる酢でシメた青魚が大好きである。深い味わいとともに歯や歯茎にからんでくる繊維質もあって「たのもしい味」という感じがする。テレビの深夜番組でミスター赤ヘルの山本浩二氏に「焼き魚で打順を組めばどうなる?」という質問があり、氏は 1番 サケ 2番 アジ 3番 金目鯛の開き 4番 ノドグロ 5番 サバ 6番 ホッケの開き 7番 太刀魚 8番 タラコ 9番 サンマ (DH) という見事なオーダーを組んだのであった。(我ながらよく覚えているなぁ) これは生魚ではなくて焼き魚でのオーダーであるが、自らも4番バッターであった(法政大学からカープに入団しての数年は1番バッターだったが…)山本浩二氏の考えとして4番にはカリスマ性のようなものも必要と考えてノドグロを起用しているのだろうが、その後を打つ5番をサバに任せているということに何だかとても首肯せざるを得ない説得力というものを感じた。私も回転寿司なんかで9皿食べる時には、自然と野球の打順を意識したオーダー順を頭のなかで考えている。トップバッターにはコハダを起用して、生魚でもやっぱり2番バッターはアジ。アジはいつでも何でもこなせるようなイメージがあり、2番に最適だ。そして、やはり回転寿司でも5番にはサバを起用してみたくなる。ああ、この感覚、こんな文章でわかってくれる人がいるだろうか?この夏、ハマっている「キュウリを混ぜた酢飯」に様々な和のハーブ類をさらに混ぜていくと、その混沌を任せられる頼もしき酸味はサバで決まりということになる。頼もしき日本の5番バッターだなぁ。日本人以外ではフランス人たちがしょちゅう「サバ?サバ?」と口にしている。よっぽどサバが好きでサバを食べられるところを探しているんだろうなぁ。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
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by kaneniwa | 2012-08-22 01:54 | 草外道
2012年 08月 19日

コッヘル179番 穴子キュウリ酢飯丼

b0061413_23404048.jpg まず、今年の夏はふと思いついた「刻みキュウリ入りの酢飯」というものにハマった。刻んだキュウリを混ぜて酢飯を作ると、限りなく透明に近いイエローという感じの酢がご飯に混ざっていく様子も目で確認できるし、なかなか具合もいい。基本的には寿司桶で作るけれども、面倒くさい時には土鍋なんかでもやった。キュウリを刻んだり、酢飯を切ったりするのはやや面倒であるが、出来上がった「刻みキュウリ入りの酢飯」というものを食卓の中央にドンと置いておくと、あとは楽ちんだ。手巻き寿司の要領で、各自が好きな分量の「刻みキュウリ入りの酢飯」を海苔の上に乗せて巻くだけで、とりあえずは「変形のかっぱ巻き」というようなものになってくれる。そこに珍味系のもの(主に瓶詰め)をトッピングしてもいいし、イカ刺しなんかがあれば中央に巻き込んでいい感じの手巻き寿司になってくれる。最近は境内に自生しているミョウガを刻んだものをプラスしたり、三つ葉やしその葉を刻んだものを添えたりバリエーションも増えてきている。その「刻みキュウリ入りの酢飯」をベースにしてコッヘルを丼に見立ててのコッヘル179番がこれである。

b0061413_23411397.jpg ご承知の通り今年はウナギが高騰している。もともと今年に限らなくてもウナギよりも穴子の方が安いものではあったが、食べ物の値段というのはその時々のマーケットが決めるものでありウナギが高いから穴子というチョイスではない。(いや、ちょっとはあるかも?)さらに、今回のように酢飯の上にのるとなると、むしろウナギよりも穴子の方が相性がいい感じがする。さらに今回はキュウリが混ざっている。「ウナキュー」というものもありそうだが「穴キュー」というとさらに相性が良い感じがする。(地域差と嗜好の個人差はあります)猛暑が続いて夏バテ気味であった時にこの丼(一種のシンプルチラシ寿司とも分類できますが、やはり丼でしょう)は大好評であった。ちょうど前日に持ち帰りの「
すき家の牛丼」について来ていたけれども前日は使わなかった紅しょうががあった。すき家の紅しょうがは、紅とはいっても実質ピンク色というか桜色であり、他店のものと比べて「大きくガリの方向にふれている」というところがあると発見した。実際に、すき家の紅しょうがは、この丼のガリとして活躍している方が報われているような感じがした。ただ、これは個人差のある嗜好の問題であり、たとえるならばイチローはマリナーズで1番バッターであることがいちばんしっくりきていたのだが、マリナーズで3番バッターが良かったのか、あるいはヤンキースの8番バッターでよかったのか?というような問題である。あれ?違うか?ともかく1番でも3番でも8番でもヒットが出るのはいいことであり、この丼は我が家のなかではクリーンヒットであった。


マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
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by kaneniwa | 2012-08-19 23:41 | 草外道
2012年 08月 16日

追悼記事(25) 親愛なる 河童猿 さん

お盆には亡くなった人々が帰ってくるという。

私はもうちょっと正確に表現してみたい。

お盆には生きている人々が帰ってくる。

ただし、生きている人々が混雑や渋滞のなか
子ども連れであったり、苦労までして帰ってくるモチベーションは
亡くなられた方々が生み出してくれているものである。
亡くなられた方々がいて、生きている方々が帰ってくる。

京都の五山の送り火は、生きている人々が松明を持っている。
送り火を見上げる人たちは生きている人々である。
でも「亡くなられた方々を送る」というモチベーションがなければ
成立しないものである。

後の直接の対面ではなく、初めて河童(柳名・河童猿)さんと会ったのは
13年前であった。当時生後10ヶ月の娘とシャラポア(妻・日本人)との三人で
アパートに住んでいた私は、配達されてきた毎日新聞の「万能川柳」の欄の
その日の秀逸作品を読んだ瞬間に大声で笑った。

「ナンパした駅に今じゃあ娘を迎え さいたま市 河童猿」

娘という文字を「こ」と読んで、このわずか五・七・五の世界で
駅という空間に一瞬にして20年ぐらいの時間が猛スピードで流れる文学になっている。
そしてこのユーモアセンスのなかに何ともいえない家族愛が感じられた。

その河童さんと直接お目にかかれてお話ができるという貴重な機縁がいただけたのは
それから約2年後だった。
場所は、毎日新聞社の東京本社。
京都の坂口ちろるに誘われて
「万能川柳の集い」というパーティに参加したのだ。
坂口ちろるは当日近くなって事情で急に欠席したのだが、
退屈するどころではなかった。
初対面であるのにその川柳名を聞けば作品が思い当たる人がほとんどで、
その日は昼間から真夜中まで、私はほとんどの時間、笑っていた。
喫煙所では仲畑貴志さんがチェーンスモークをしていて、
そのすぐそばに河童さんが座っていた。

万能川柳の集いは昼間だったと思うが、有楽町の地下のお店で
サンドイッチでビールを飲みながら楽しく談笑し続け、
広告業界の人が聞いたら仰天する話なのだが仲畑貴志さんが
「みんな帰らないんだなぁ、よし!俺の事務所でカラオケやるか!」
と言うことになり、その場にいた30人だったか40人だったかで、
乃木坂の仲畑貴志事務所に流れ込んだのだった。

CM撮影用の機材やビデオテープが置いてある部屋をくぐり抜け、
確かにカラオケ用機材が置いてある部屋があった。
東京タワーが真正面に見え、何だか「演歌の花道」のスタジオみたいだった。
そこでウイスキーを飲みながら深夜遅くまで盛り上がったのだ。

仲畑貴志さんがチェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」を歌い、
私は  BOOGIE MAN の「パチンコマン」を歌った。
(このラップ調のレゲエはお経の早読みより楽だ)

河童さんは丁寧にデジカメでみんなのスナップ写真を撮ってまわって
くれていたが、楽しそうに談笑する川柳仲間をニコニコしながら
見つめていらっしゃった。
「河童さんも何か歌ってよ」
という声に、マイクをもった時の盛り上がりぶりに、
いかに河童さんが多くの人たちに愛され慕われている人なのかがわかった。
そして歌わたのが 「すごい男の唄」 だったと記憶している。
作詞が仲畑貴志さん、作曲が服部克久さんというすごい男の組み合わせだ。
「ビールをまわせ 底まで飲もう あんたが一番 わたしが二番 ドンドン!」
何だか、河童さんほどこの歌を歌うのにふさわしい人はいないように思えた。
温厚なリーダーシップ。
柔らかな人格者。
自分は一歩ひいて周囲が楽しんでいることを心から楽しみ見つめる眼。
とにかく万能川柳の仲間たちが大好きでしょうがないという河童さんが、
無条件に大好きになってしまった一日だった。

その後、ゆかい模様という河童さんのサイトに頻繁に遊びに行くようになり、
そこでもまたヒヤケナス先生をはじめとして多くの人との接点を作ってくださった。

河童さんのブログ
ヒヤケナス先生のブルースを貼ってくださっていた。
ヒヤケナス先生と交流のあった方々、特に河童さんのように親友であった方には、
怒られるかもしれないと思ったものをとても喜んでくださった。
もっとも「ありがとう」を言いたい人から「ありがとう」を言われた感激を一生忘れません。

ずっとお世話になっていながら、別なご縁のある方の
大事な儀式を勤めなければならず、お葬儀にもお通夜にも顔が出せません。

でも、せめて10年間休んでいた川柳を作るということを再開し、
河童さんが大好きだった人々の集いに参加させてもらおうと思います。
その場をあの穏やかな眼で見つめてください。
ありがとう河童さん。

加藤まひと
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by kaneniwa | 2012-08-16 23:59 | 草評
2012年 08月 13日

不思議な空間み~つけた! 村上市 夭夭亭(ようようてい) 

b0061413_21564827.jpg 「不思議な空間み~つけた!」という言葉がうちの家庭のなかで流行語になっている。最初は私と息子(10歳)との将棋勝負から生まれた。銀の真後ろや真横、飛車や金の斜め後ろなど、息子が妙手を打つ時に「不思議な空間み~つけた!」と口にするようになったのが始まりだ。息子が盤上を見渡して「不思議な空間」を即座に見つける眼を持つようになってから急に将棋が強くなり、今はちょうど平手(ハンデなし)で48歳と10歳でほぼ互角のバトルを展開している。私は将棋の盤上でない音楽の世界で不思議な空間を見つけた。「村上市の夭夭亭(ようようてい)という居酒屋でライブをするからお盆直前で忙しいだろうけれど来れたら来てね」というメッセージをフォークシンガーの楠木しんいちさんからいただいていた。行こうかどうしようか迷っていたのだが、とてもおもしろ過ぎる展開でおもしろい同行者たちとともに行くことになった。「居酒屋」と聞いていたのだが、来てみたら何だか違うぞぉ、わはははは。そこ自体が蔦のからまる不思議な建物でお店に入るとロバート・ジョンソンが流れている不思議空間。わはは、そのなかでも備え付けの立派なテーブル付きのロフト席があって変則馬蹄型のカウンターを見渡せる「不思議な空間」を発見!詳しいことはお盆の期間が一段落してからもう少し詳しく書きたいが、とにかく「楠木しんいちさんを真上から聴く」という不思議体験。それにしても、いつも臨機応変に演奏して歌う場所を決める楠木さんといっても、カウンターのなかに飛び込んでいってお客さんとやりとりしながらマイク一本さえ使わない楠木さんはさすがだ!マスター(帽子をかぶている)の調理やお酒をグラスに注ぐ音もまたリズムセクションの一員になっているかのよう。ものすごくいい不思議な空間を見つけた。繰り返すが、お盆の期間が一段落してからおもしろいことの詳細を書きたい。ちなみに、夭夭亭(ようようてい)のマスターのブログも、エキサイトブログなんだなぁ。今回の〆は、カウンターの内側の流し台の前で演奏し歌う楠木しんいちさんこそ、ホンマもんの「流し」である。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-08-13 22:35 | 草音
2012年 08月 11日

もうすぐ男子サッカーの3位決定戦(銅メダル争い)が始まる

b0061413_09850.jpg 相変わらず適当な写真がない時にはクラゲ写真。予選は総当りで4チームから2チームが脱落するリーグ戦であり、その後は8チームでのトーナメントとなるオリンピックのサッカーは、中二日で選手にとっては勝ち進むほどに披露が蓄積するハードな日程であるが、見ている方にも疲労が蓄積してくる。日本の女子の決勝戦(対アメリカ)と男子の準決勝(対メキシコ)は、いずれも「夜10時に寝て3時に起きる」という計画であったが、観戦している方も疲労が蓄積しているので「夜10時に寝る」というところまでは計画の通りであった。女子の決勝前などは計画よりも早く夜9時に寝たのだが、起きたら両日とも試合終了から1時間を経過している朝6時であった。テレビをつけるが、日本が勝っていたなら各チャンネルで何度もゴールシーンがプレイバックされ、渋谷のスクランブル交差点などで狂喜乱舞する人々なんかが放映されているはずなので、何だかその静かな様子で敗退を何となくだが「知る前に感じる」ということになった。「察する」とか「悟る」とか、いろんな言い方はあるのだろうが、情報として知る前にしみじみと感じるそのなかに、キックオフまでに起きることができなかった自身の敗北感も重なってしまい、これはとても淋しい感触だ。ウェンブリー・スタジアムで直に声援を投げかけているわけでもなく、私がテレビ観戦したからといって運命が変わっていていた可能性はまずないのだが、それでもまったく可能性ゼロなのかはわからない。選手は私の念力によって選手が動いているわけではない。それでも外したシュートを「あそこを私が蹴っていれば」と思うのと同じぐらいバカらしいことなのだが、「私がちゃんと見ていれば」という後悔は断ちがたい。 さて、勝ち試合と引き分けの試合しか見ていないので当たり前だが関塚隆監督が掲げた「一体感と躍動感」をテーマにしたサッカーは、特にスペインに快勝した初戦をはじめとしてなかなか魅力的であったように思う。 清武弘嗣選手などは、大分トリニータ時代に直に観たことがあるし(アルビレックス新潟戦)何といっても昨年あたりからA代表にも入っていたけれども、正直言ってこんなファンタジスタであるとは気がつかなかった。 実はここからが本題なのだがオリンピックとワールドカップはやっぱり違うなぁと思った。オーバーエイジ枠を除いて23歳以下であるということだけではない。これがワールドカップならば、ベスト4にアジアの両雄が入ったということだけで日本人も韓国人も大喜びである。2002年のワールドカップの3位決定戦はデグ大邱総合競技場で決勝リーグの初戦で日本に勝ったトルコが韓国と3−2の試合をやって勝った。日本代表がトルコに負けてから精神的に手持ちぶたさになったせいもあるけれども、日韓共同開催ということもあって韓国の快進撃を応援する日本人もたいへん多くいた。そしてデグ大邱総合競技場で負けた韓国代表は激戦をやり終えたばかりのトルコチームとともにデグ大邱総合競技場を一周し、それに観衆は万雷の拍手を浴びせた。みんな笑っている素晴らしい3位決定戦だった。「あの場にトルコ代表ではなく日本代表が立っていて…韓国代表と3位決定戦を闘いぬいた後にともに場内を一周していれば、どんなに感動的な光景だっただろうか?」と思ったものだ。数時間後、オリンピックの男子サッカーの3位決定戦がある。でも、ワールドカップとは何だか違うなぁ。銅のメダルがかかっているということもある。そして、どんなに感動的な好ゲームが行われたとしても、アジアの両雄が肩を組んでウェンブリーを一周することは考えにくい。韓国の大統領が突然、よりによってこのタイミングで島に上陸すると言い出しちゃって両雄というより領有がからんできちゃった。ともかく今日は起きて観るつもりだけれども、竹島(獨島)の領有権問題は考えず、90分間プラス数分間の時間だけはピッチのなかの空間の所有権とボールの支配権の争いだけをゲームとして楽しむことに専念したい。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-08-11 01:17 | 草評
2012年 08月 09日

コッヘル178番 ♡型キュウリの冷やし中華

b0061413_1153146.jpg 女子高生からハート型のキュウリをもらった。たぶんハート型になっている筒のなかで最初から育成したものなんだろうなぁ。ある意味キュウリの形を借りて「愛を育んできた」とも言える。鈍い私は薄切りに切ってみて初めてハート型であることに気がついた。乱切りにしていればギザギザハートの子守唄になるだけで、この♡の形には気がつかなかった。「そうだったのか!」と、言ってみたかったセリフをつぶやいてはみたが、女子高生からこういう貢ぎ物をいただけるのもシャラポア(妻・日本人)が若い女の子に人気があるお陰であるということも充分認識しているので「たのむシャラポア、俺と別れてくれ!」というセリフは出てこない。 きっと♡型の筒に入れて最初から育成しているものなんだろうなぁ。自然界のナチュラルさはないが、それは異様に真っ直ぐなキュウリとて同じこと。まっすぐに育てることも愛を育むことも、ナチュラルでいることもみんな難しいんだなぁ。外食で食べる冷やし中華は「冷やし中華はじめました」の張り紙で高らかに文書でもって宣言される。AMEMIYAの『冷やし中華はじめました』の歌詞には「夏に間に合うように 春先から取り掛かって味に納得いくまで何度もやり直して本日12月20日 うちのラーメン屋でもとうとう冷やし中華はじめました」とあるけれども、これは12月20日という日付で笑いをとるためのフィクションであり、実際には「開会式はあっても閉会式はないオリンピック」のように「冷やし中華やめました」とか「冷やし中華やめました、来年の夏にまた会いましょう」などの宣言は一切されないままに静かにフェードアウトしていく。俳句であれば五七五の真ん中の七の部分にしか使えないが、文句なく夏の季語である。でも、2年前の真冬に、なぜか突然に冷やし中華が食べたくなり、コンビニで冷凍もの(日清製でした)をひとつだけ見つけて購入したことがある。真冬に市販ものの冷やし中華を手に入れることがいかに大変だったかを覚えているので、忘れないようにインスタントの袋麺タイプのものを夏のうちに買っておこうと思っている。そして、バレンタインデーにこのキュウリ(これは文句なく夏の季語なんだろう)も手に入れることができればなぁと思っている。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
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by kaneniwa | 2012-08-09 01:49 | 草外道