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2013年 04月 30日

八代亜紀とヘレン・メリルの共演かぁ

昨夜、寝ようと思った間際に
NHKをつけると
八代亜紀とカート・エリングがリハーサルをしている光景があった。
『演歌の女王 ジャズを歌う~八代亜紀・ニューヨークでの挑戦~』
という番組であった。

何となく「もしかしてヘレン・メリルが出てきそうだなぁ」
という予感がして途中から録画をすると、
本当にヘレン・メリルが出てきて自分でもちょっと驚いた。

ヘレン・メリルは今82歳になっていたんだ。
79歳の時にその引退興行に駆けつけて5夜連続でその様子をブログ記事にした
私としては、嬉しかったが、何だか引退興行を過密スケジュールで何度も何度もやった
プロレスラーのテーリー・ファンク(兄はドリー・ファンク・ジュニア)を思い出す。

「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」
(You'd be so nice to come home to)
をデュエットした。
八代亜紀が、この曲をいかに愛しているのかは、伝わってきた。
ヘレン・メリルはすでに「生き字引」とか「客員名誉教授」のような存在であるから、
現時点で「ニューヨークのため息」のキャッチフッレーズが相応しいのは八代亜紀の方か?

ちなみに、そういう曲はいくつかあるけれども、
この曲は世界のなかで日本で突出して人気がある曲で
結局は凝ったアレンジに対して「懸命にこなす」という感があった他の曲よりも、
最後にそのまんまにやった「舟歌」が絶賛されたように、
日本の演歌やムード歌謡を中心にした酒場ソングの根っこは、
日本人が大好きなJAZZの名曲と通底する部分があるのだと感じた。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-04-30 21:40 | 草評
2013年 04月 28日

草煩悩(5) LLビーン(L.L.Bean)のトートバック

b0061413_2292538.jpg LLビーンのトートバック。初期の『POPEYE』(雑誌)などで「必須アイテム」などの言葉で紹介されていた定番商品である。「トート(tote)」は「持ち運ぶ(carry)」と言う意味で、1900年代になって鞄の名称に使われるようになったという。本来は氷のブロックを運ぶために作られたものであるというが、現在は「レジ袋は要りませんよ」というお買い物バックとして使われることも多いと思う。以前、ダッチオーブンを運ぶための専用バックというものを購入しようと思ったことがあるが、LLビーンのトートバックにはちょうど12インチのキャンプ用がすっぽりと入り、持ち手もちょうど具合がよく、丈夫なことこの上ないので専用バックよりも便利であるという気がしていた。新品に近い頃の写真もブログにあるなぁ。さらに本来の目的とは似ているようにも思え、真逆のようにも思えるけれども、薪ストーブで炊く薪を運ぶ用途に使って具合がよく、活用しまくって3シーズンが経過した。写真は小枝であるけれども、太い薪を詰め込んで運んでもビクともしない。汚れたけれどもほつれやヘタレはまったくない。ただ、贔屓の引き倒しではなくてLLビーンに苦言も呈しておきたい。このUSA製の定番トートバックに比べて、同じLLビーンのトートバックでも定番ではないものの大半はその質感が実に頼りなくてガッカリする。これはLLビーンというブランド力を同じ会社内でパチモンとか類似品みたいなものを作っているようで、自らその価値を落とすようなことはやめたらいいのに…とついつい思ってしまう。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2013-04-28 22:33 | 物草
2013年 04月 26日

ソーラー、京都に行こう

b0061413_3435625.jpg 金沢美術工芸大学の視覚デザイン専攻卒業制作作品がすごいクオリティだった!という噂を聞き、4分53秒のアニメーション作品「KUROKO」をYouTubeで見た。作品に込められた本来のメッセージとは違うかもしれないが「エネルギーの本質」というものについて考えさせられた。10年前に「東本願寺両堂のソーラー瓦計画」というものがあった。実はこの私もその発起人の一人であった。単なる太陽光発電屋根を取り付けるのではなく、瓦の一枚一枚にソーラー発電機能を持たせて美観も損ねることなく東本願寺で自然エネルギーをつくろうという計画であった。屋根を中心に文化財修復の基本的な考え方は「建立当時の姿に戻す」ということであり、発起人に名を連ねていることによって「伝統軽視ではないの?」というご意見を頂戴したこともあった。これは「笑われる」という反応よりは真面目な計画の受け止めであって、私は堂々と「明治時代にしてすでにイギリス製のスプリンクラーなど当時の最先端消火設備を整えていて、それが景観を壊すこともなく現存しているということも東本願寺の大事な伝統ではないでしょうか?」とその反論に応えてきた。これは10年前の宗務総長も関心を示すまでに至り、宗派内の機関紙において「視野に入れて調査したい」というところまで行ったが、残念ながら実現せずに「幻の計画」となってしまった。実現していたとしても、事務所、地下ホール、ギャラリー、参拝接待所、宿泊研修施設など全部の電気はとても賄えない発電量の試算であったが、それでも原子力も含む関西電力に頼らないエネルギーによって堂内の照明が灯るということが実現していればその意義は大きかったのではないかと思う。 今夜帰ってくるが、長女(中学3年生)は修学旅行で関西に行っている。宿泊先が京都駅前(ということは東本願寺のすぐ近く)である。今の修学旅行は集団でゾロゾロと行動するのではなく、クラスごとに行きたい場所を話し合って決め、さらにグループに分かれて行動するようだ。長女のクラスは実にオーソドックスに「京都・奈良の寺院めぐり」ということになったようだ。「寺のなかに住んでいるのに旅行先でもまた寺かよ!」というようなことを長女は言ったけれども、つい最近にできたようなテーマパークを訪ねてくるよりはやっぱり世代を超えたものにふれてきて欲しいと思った。定番中の定番ながら、最初に訪れるのが「清水寺」だそうで、帰ってきたらこう教えてやりたい。「清水寺では、数年前から境内奥の山中と、京都市北部の花背、京北、舞鶴などの各地でケヤキとヒノキを育成していて信徒さんたちが管理しているんだ。まだまだ苗木の状態だけれども400年後か500年後なるとあの『清水の舞台』の柱に使う予定なんだよ」と。もしも東本願寺両堂のソーラー瓦計画が実現していたならば、その次には「本願寺の森構想」というものが控えていた。その森を管理する門徒さんたちのためにアウトドアクッキングの腕を高めていくことを幻のなかで夢見ていた。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-04-26 04:36 | 草評
2013年 04月 24日

草仏教掲示板(51) マハトマ・ガンディーの言葉

b0061413_14333523.jpg 3年前の首相は鳩山由紀夫さんであった。2010年1月29日の施政方針演説で、インドを訪問しマハトマ・ガンディー(Mahatma Gandhi)の墓に献花した際に感銘を受けたという石碑に刻まれた「七つの社会的大罪」(Seven Social Sins)を引用した。1.理念なき政治 Politics without Principles 2.労働なき富 Wealth without Work 3.良心なき快楽 Pleasure without Conscience 4.人格なき学識 Knowledge without Character 5.道徳なき商業 Commerece without Morality 6.人間性なき科学 Science without Humanity 7.犠牲なき信仰 Worship without Sacrifice であった。2番目の「労働なき富」を口にしたあたりで「お前が言うな!」という野次が国会内で激しく飛んだ。私も言おうと思ったが、いちばん最後の「犠牲なき信仰」のところで、これは鳩山さんから言われたからではなくてマハトマ・ガンディーが80数年前に言ったこととして反省させられた。ガンディーの言葉を引用すると、ことに寛容の精神が貧弱な「弱い者」である私に、どこかから「お前が言うな!」という声が聞こえてきそうな気もするが、大事に思う言葉であるので法語として掲載している。ちなみにガンディーの主義を「無抵抗主義」という言葉で表されることがあるが、徹底的な非暴力主義であることはあるが、その非暴力に基づく「不服従」の主義なのである。



文 マーヒー加藤
書 シャラポア(日本人)
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by kaneniwa | 2013-04-24 15:36 | 草仏教
2013年 04月 22日

草煩悩(4) HOHNER(ホーナー)のMARINEBAND(マリンバンド)

b0061413_450247.jpg スーパースターの定義とは何か?実際のスーパースターに訊いてみよう。このたび国民栄誉賞を受賞される長嶋茂雄氏の定義は「期待通りのプレーをするのがスターで期待を超えるプレーをするのがスーパースターである」と、明確でわかりやすい。さすがはかつてクイズ番組で「サバは漢字で魚へんに何と書く?」という問題に対して恐るべき反射神経でボタンを押して「ブルー!」という、正解でありつつ期待を超えた答えを導き出したお方である。さて、スーパーマンの定義の方も「1,弾丸よりも速く2、力は機関車よりも強く3,高いビルディングもひとっ飛び!」と明快である。ウサイン・ボルトの超人的速さに接したら誰しも彼をスーパースターとして認めるだろう。同じように、圧倒的なパワーを感じさせてくれる人もスーパースターである。しかし、3番目の「高いビルディングもひとっ飛び!」に関しては、いかに全盛期のセルゲイ・ブブカ選手であろうとも2階建ての低いビルディングが精一杯であると思うので、私のなかでは「高い理論もひとっ飛び!」と置き換えさせてもらっている。 ジョン・レノンというスーパースターがビートルズのメジャーデビュー曲である「LOVE ME DO」の、そのイントロで出していた音が、ずっと何の音であるかさえわからなかった。やがて常識的にそれはハーモニカの音であると分かるが「ただのハーモニカを吹いている音ではない」ということもわかってきた。「LOVE ME DO」のキー(コード)はGであるけれども、Gのブルースハープ(10穴ハーモニカ)を買ってきて懸命に「吹いても」まったくあの音は出なかった。懸命になればなるほど出ない。やがて「ハーモニカを吹く」という言い回しがあって、その日本語の常識が邪魔をしていて「吸っているのだ!」(全部の音が吸音ではなく吹音もあるが、中心は吸音)とわかり、サウンドの秘密にかなり近づいた。ただ「キーがGの曲にCのハーモニカの吸音を中心に無理やり音を合わせていき、その無理やり感というものがブルーズフィーリングを醸し出す肝であった」ということを知るまでにかなりの時間を費やしてしまった。まわり道であり迷い道であった。今の時代はJAZZはもちろんロックやブルーズなんかもかなり理論化されて語られることもあるので、いちおう音楽理論としても「セカンドポディション」とか「サードポディション」というような、野球の内野手のような名称の理論でも語られるのであるが、これを初めて知った時には「高い理論もひとっ飛び!」と思った。というわけで、どうせなら「LOVE ME DO」のイントロで使われているのとまったく同じ10穴ハーモニカであるHOHNERのMARINEBANDを手にすることになった。ビートルズ当時からすでに定番で2013年現在もずっと現行品。身近なところで使っている数少ないドイツ製品。この骨太の存在感ある音が出るハーモニカでGを基調とする曲でCのキーのものを使って吸い音を中心に無理やり合わせていくと「ああ、ずっと出したい音はこういう音だった」という感慨があった。その感慨があるので、まわり道も迷い道も、ただ単に合理的近道を行くのではなくて、近道を見つけるための間抜けな長距離の歩みではあったけれども何だかいい旅であった。 さて、ビートルズのデビュー曲からの後追いであるけれども「Gの曲にCのハーモニカの吸い音で合わせていく」ということはジョン・レノンが始めたわけではなくアメリカのブルーズミュージックからの影響であったはずだが、その後に次々と「高い音楽理論もひとっ飛び!」であり「期待に応えるのではなく期待以上のものを次々と創りだしていく」という存在になっていくジョン・レノンがデビュー曲のイントロで響かせたのが、マリンバンドの吸い音であった。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2013-04-22 05:49 | 物草
2013年 04月 20日

有田憂田 有宅憂宅 有核憂核

4月17日にフランスのシュルブール港から米・英・フランス軍による警備体制の中、
(といっても30人の程度の警備ではないかと言われている)
アレバ社は福島原発事故後初めて日本への
MOX燃料(危険なプルトニウムとウラニウムをたっぷり含んでいる)の搬出に踏み切った。
65日後の予定で、どこの港なのかはわからないが日本の港に着き
福島第一原発事故以来としては初めて核燃料が日本に入ってくる。
グリンピース
(反捕鯨運動については気に入らないが、核汚染の監視には大きな役割を果たしていると思う)
によれば10トンのMOX燃料のなかに
およそ650キロ〜800キロのプルトニウムが含まれており、
世界最大の放射能汚染物であるという。

有田憂田。有宅憂宅。(略)無田亦憂、欲有田。無宅亦憂、欲有宅。
(田あれば田を憂う。宅あれば宅を憂う。田なければまた憂えて田あらんと欲う。
 宅なければまた憂えて宅あらんと欲う。)


というのは仏説無量寿経(大無量寿経)のなかの言葉である。
田んぼがあれば、収穫、水、虫、天候、いろんなことが気になって仕方ない。
かといって田んぼがなければ田んぼが欲しくて仕方ない。
自宅、それも豪邸は多くの人が欲しいものの代表だが、
あったらあったで盗難、火災、などの心配を含めた維持管理への心配にきりがない。

1986(昭和61)年の1月21日に当時の国税庁が、
日本のなかで東京銀座の鳩居堂前の土地がいちばん高額であり
一坪が約2800万円であると発表した。
鳩居堂は画材、和紙、筆、お香などを扱う店であり私も京都店にはお世話になったが、
世の中の産業としてはどちらかといえば地味で堅実な業種という気がしていた。
マスコミには「日本一地価の高いところ」(ひょっとするとその当時なら世界一か?)
と銀座の鳩居堂は注目され、社長の熊谷道一氏は多くの人に羨ましがられたはずだ。
ところが、社長は新聞に鳩居堂前の地価が発表された三日後に
板橋区の高島平団地で飛降り自殺をした。
持っていた手帳に税金対策のメモがびっしり書き込んであったということを
新聞などで読んだ記憶がある。

車がなければ車が欲しいと心から思い、
車があればあったで新車の時ほど小さい傷が気になって仕方なくなり、
使いこなしてド中古になったらなったでメインテナンス費用がかさみ
車検時なんかには
「まったく車があるということは子どもがひとり増えたようなもんだなぁ」
なんて思ったりする。

1990年前後にロサンゼルスに住んでいた頃は、当時は地下鉄もなかったし
大都会のダウンタウンの中央部でありながら日本の片田舎以上に車がないと
生活が不便であった。
たとえば夜にコインランドリーに行くにも、車がないと世界有数の危険地帯を
歩いていかねばならない。
上司(東本願寺ロサンゼルス別院の輪番さん)のモンザを借りて夜の外出をしていたが、
さすがに昼間にケンカをした日に
「毎度申しわけありませんが、車のキーを貸していただけないでしょうか」
と声をかけに行くのは気まずくて困った。
昼間にお参りに来た知り合いのスーパーマーケット経営者のポルシェ911を借りたことも
あったが、それでダウンタウンのコインランドリーなんかに乗りつけたら
洗濯中も車が気になって気になって仕方なかった。

当時、ロサンゼルスの寺の真ん前、
サードストリートとセントラルアベニューの交差点で
「お前の車をきれいに洗うから2ドルくれよ!」
とバケツとモップを持っていつも声をかけてくる黒人がいた。
「1回でいいからたまには俺にお前の車を洗わせてくれよ!」
と言われた時に
「いや、実は私は自分の車というものを持っていないんだ」
と本当のことを言うと
「えっ?車なしでこのロサンゼルスに住んでいるのか…」
と軽く驚かれた後で、「かわいそうに」というニュアンスをたぶんに含んで
「…Poor!」
と言われたのだ。
「おおおおおお、お前なんかにプアと言われたくないわい!」
と心底腹が立ったと同時に、去っていく後ろ姿を見ながら
「お前ももちろん自分の車を持っていないし、たぶん家もないんだろうなぁ」
と思った。

さてさて、
大無量寿経の元の言葉の順序をパロディとしても入れ替えることになるが
核なければ憂えて核あらんと欲う。
核あれば核を憂う。

ということの重みが増してきている。
核(兵器)を持つことによって国際的な発言力を高め、
その破壊力をちらつかせることによって平和を維持しようという考え方がある。
たとえば将棋(これはゲームであるから愛している)の対戦をするなかで
持ち駒に「角」(本当は飛車に喩えたいのだが、語呂合わせで角を使う)
という強力な攻撃力をもった駒を持っているために相手もそれを恐れて
おいそれと攻撃的な手を打てないということが確かにある。
将棋というゲームのなかでは手駒が多いことは攻撃にも守備にもたいへんいいことだ。
ただ、現実の世の中では核兵器みたいなものも、
原子力発電(やっぱり核発電と呼ぶべきかもしれないなぁ…)もそうだけれども
それを持たない憂いよりも、これは持っている憂いの方が大きいことに気づく。

いろんな意味で、あらゆる角度から、百歩や千歩譲っても、
もう核兵器なんて要らない。
あるとたいへん憂うべきものである。
なぜなら、核兵器の保管場所なんかは当然、
軍事機密のなかのトップシークレットであるが、
何となくだけれどもGoogle Mapsを駆使したらある程度の見当ぐらいつきそうだし、
核兵器を持っている国は核発電(やっぱり原子力発電よりピッタリくる)も
やっていることがほとんど(例外?は今の北朝鮮か?)であるので、
その核や核廃棄物の保管場所、もしくは輸送中の乗り物を爆破すれば
核爆弾を爆破させたものと同じ効果をもつことになるからだ。
将棋で自陣の王将を守るために使っていた「角」の駒が相手の手に渡り、
それを相手に攻撃にさっそく使われてしまう。

それにしても、今までよく輸送中の事故がなかったものだ。
いや、あった。
1999年9月30日に起きた東海村JCO臨界事故の恐怖などは
忘れてはならなったのだ。

いや、それ以前から、
チェルノブイリの事故のもっともっと以前から有核憂核の声を上げていなければならなかった。
でも、それどころか銀座鳩居堂前が高い地価をつけたのと同じ1986年に起こった
チェルノブイリの核爆発事故から見ても日本の核発電所の数はほぼ倍増してしまった。
むしろ浮かれたバブル期といわれるおかしな時代に突入してしまった。

圧力鍋を改造した爆弾一個で、私たちは滅びてしまう可能性があるのではないか?
そんな杞憂がまた増えてしまった。
杞憂という言葉のもとになった「空が落ちてくるのではないか?」という
そんな心配よりはずっと具体的かつ身近なのが、この有核憂核だ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-04-20 23:59 | 草仏教
2013年 04月 18日

名曲草鑑賞(36) ビル・エバンス(Bill Evans)のワルツ・フォー・デビイ(Waltz For Debby)

b0061413_0182755.jpg 散る桜 残る桜も 散る桜(良寛) 桜前線は東北から北海道に北上中でしょうが、こちらは桜が散る季節になりました。今回紹介させていただくのはビル・エバンス(Bill Evans)の『ワルツ・フォー・デビイ(Waltz For Debby)』というライブアルバムで、これは私が推奨するまでもなくJAZZの名盤中の名盤と言われているものです。学生時代にジャズ喫茶というところでアルバイトをしていましたが、お客さんのリクエストの多さでいってもベスト7には入るもので、もう何度聴いたか、あるいは聴くつもりがなくても耳に入ってきたかわかりません。私はこの演奏を耳にする時、ある事実をイメージするかしないかで聞こえ方がまったく違うのです。それは、その事実の方を先に書いてしまうならば「1961年6月25日の夜、ニューヨークのヴィレッジヴァンガード(Village Vanguard)という前衛絵画のギャラリーを前身とするそんなに大きくないJAZZクラブで後世まで語り継がれるライブの録音を残して、伝説のベーシストのスコット・ラファロ(Scott LaFaro)はその11日後の7月6日に、ニューヨーク州ジェニヴァ近郊のフリントで交通事故により26歳の若さで亡くなってしまう」ということです。私がこの世に生まれてくる約2年前の出来事ですが、この事実を感じるか感じないかで音の聞こえ方が違います。そして、最初はそのことをまったく意識せずにただビル・エバンスのピアノを聴きたいと思いつつも、そこに寄り添うようにベースを奏でるスコット・ラファロの存在はすぐに感じざるを得なくなり、ビル・エバンスのピアノの音からも自分の音楽にとっての稀有の相棒を見出すことが出来た喜びのようなものを感知する時、胸がいっぱいになってきます。静かなバラッドが多いピアノ・トリオ(ピアノ・ドラムス・ベース)のライブ演奏ですが、しっかりとスイングしています。そのスイング感は桜の花びらがゆっくりと舞い降りてくるような光景を私には連想させます。

b0061413_0184142.jpg 桜の写真を撮るのは難しいですね。光の加減、逆光か順光か、背景は何かでまったく違った映り方をして、それはピンクにも見え、パープルにも見え、アイボリーにもベージュにもホワイトにも見え、それはこのジャケット写真にも少し似ているような気がしています。1991年の秋に私はニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにあるヴィレッジヴァンガードを訪れることができました。初代オーナーのマックス・ゴードンさんが亡くなられた後に奥さんのロレイン・ゴードンが経営を引き継いで1年ぐらいの時でしたから、新装のための改装が行われたばかりで真新しい店構えでした。私が訪れた夜はカナダのホーン・セクショングループが演奏をしていていました。(ちゃんこ鍋を楽しみに相撲部屋を見学に行ったらカレーライスとかオムライスが出てきたような…)でも、お店のスペースと間取りは変わっていないそうで、やっぱり『ワルツ・フォー・デビイ』に入っている音のとおり、30人ぐらいの客がまばらな拍手をバンドにおくっていました。何でもバーブラ・ストライサンド(Barbra Streisand)が演った時でも客は123人ということで、その場所の大きさは、ずっとそのスペースで発せられた音(50年前の酔客の話し声、店員が皿を洗う音なんかも含めて)を聴き続けてきた成果で、思った通りの大きさだったのです。1961年の6月25日に音を出していた方々、ほとんどがお亡くなりになっていると思われます。 散る桜 残る桜も 散る桜 


マーヒー加藤

※名曲草鑑賞の整理をしていたら(27)が二つあったので(35)を飛ばして(36)とします。
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by kaneniwa | 2013-04-18 00:18 | 草評
2013年 04月 16日

追悼記事(28) 三國連太郎

今日は朝から、まずは嫌なニュースがあった。
ボストン・マラソンのゴール地点での爆破テロ。
このような無差別殺人はもともと許されない卑劣ないもので、
どんな時間帯であろうとあってはならいが、スタートから5時間目という
制限時間6時間のレースにおいて多くの市民ランナーがゴールを
迎える時間帯を狙ったことに一層の怒りを覚える。

昨日、三國連太郎さんが亡くなった。
この草仏教ブログには
滋賀県のドライブインで食事をしていた最中に、
私の娘が三國さんが書いた色紙を見つけたという記事
で間接的に登場されている。
今、読みなおしても、400字詰め原稿用紙で2枚に収まる親鸞聖人の総序
の文のなかで三國連太郎さん以外の誰がこの箇所のみを抜書きするだろうか、と感じる。

実は、それまでにもご生前にいくつか接点があった。
『歎異抄』の朗読をされていた(カセットテープ時代は市販されていました)
ものに接したのが最初の接点であったが、
私の学生時代に親鸞聖人を描いた映画である『白い道』の監督・脚本をされることになり、
その取材(ロケハンも兼ねていたのかもしれない)の一環で私が今居る寺に滞在し、
「せっかくなのだから本堂でお話をしてもらおう」
ということになり、200人が本堂のなかにギューギュー詰めになったのが、
寺院の本堂の最多収容人数記録であり、それはまだ更新されていない。

学生時代の京都の下宿先に父親から電話があって
「三國連太郎さんが来ているけれども、お前も会いに来るか?」
と言われたが
「今、忙しい」
と断っていた。佐藤浩市のような口調で言ったのかもなぁ。
ところが、それから一ヶ月以内ほどの時期に、
京都の東本願寺の枳殻邸(渉成園)というところに、
これは実際のロケだったのかロケハンだったのか、
三國連太郎さんご本人が来ていたのであった。
この時は「どうも!」という挨拶すらせず、ただ単にすれ違っただけだった。
まあ「見かけた」という程度のご縁であるが、
三國連太郎という人の存在とご縁は意識せざるを得なくなった。

それから10年ほど経って、東京の練馬区の東本願寺真宗会館というところで
三國連太郎さんの公開講演会があり、私もその運営スタッフの一人であった。
時間ギリギリまで三國さんは登場されず(ご自宅は近くではあった)、
ヤキモキしているとタクシーではなくて自家用車で会館の正面玄関に乗り付けられた。
「いやぁギリギリになっちゃったねぇ」
と言いつつ会場に入っていかれたが、その自家用車というのが
レンジローバー。
イギリス製の四駆に乗られているということは大物俳優でもあり
別に驚くことも何もないのだが、
アメリカ向け輸出仕様かなんかをわざわざ手に入れたのか、
イギリス車なのに左ハンドル。
やっぱりちょっと変わった人だ。
その車を正面玄関から30メートルだけ移動させた。
この時以外にレンジローバーという車のハンドルを握った経験はないから、
本来は比較することができないのだが
「強烈な乗りグセ」
のようなものをわずか30メートルの間に感じて、
その乗りグセのようなものが、私が体で感じた三國連太郎という人。

さて、少しはちゃんとした追悼記事を書こう。
1972年から構想と撮影を開始して、つい最近までその完成に執念を燃やされていたが、
(ビザの発行が遅れて搭乗予定だった日航機がニューデリー近郊で墜落したという事件もあった)
『岸のない河』という作品は残念ながらご生前に完成することはなかったので、
今のところ『親鸞 白い道』という映画だけが
監督・三國連太郎としての唯一の作品ということになる。

この作品、試写を見て(その時も三國連太郎さんとスレ違い気味に接した)、
私自身としても難解な映画のように思え、実際に試写も不評(少なくとも私の周囲は…)で、
興行成績に至ってはさびしいものであったが、カンヌ映画祭で審査員特別賞を授与されている。
この事実に
「親鸞という人についての私の先入観が、勝手に難解なものとして眼に写しているのでは?」
と自問することがある。
ミシェランの外国人審査員のような目で日本料理を食べてみる、なんてこととは別次元で、
親鸞聖人への先入観を捨てて『親鸞 白い道』を見るべきなんだろうなぁと感じる。

三國さんが親鸞という人をどのように見ておられたのか?
そんなことは簡単には言えないけれども、
私にとっては実際に三國さんが道を歩んだ道具であるレンジローバーの独特の乗り味と、
滋賀県の長浜市のドライブインの色紙の独特の言葉の選びがヒントになる。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-04-16 11:08 | 草評
2013年 04月 14日

今年の流行語大賞はすでに「じぇ!じぇ!じぇ!」に決定か?

b0061413_14203399.jpg4月に年末の話をする方が、年末に来年の話をすることよりもずっと笑われると思うが、今年の流行語大賞は塾や予備校の「東進」の現代文講師、林修氏がテレビCMで発した「いつやるか?今でしょ!」のひと言ですでに決定ではないかと思っていたが、その強力な対抗馬がNHKの朝の連続テレビ小説から生まれそうだ。NHKの朝のドラマを見るなんて20年ぶりか、あるいは30年ぶりか?どうも私よりも年上の世代には「今度のドラマは何だか性に合わない」という意見を聞くことが多い。逆に私は最初の3回ぐらいを見逃したのだが、それ以降、朝の8時からはシャラポア(妻・日本人)とともに15分間の朝ドラを見ている。宮藤官九郎脚本のこのドラマは脇を舞台系の名優で固められており、さらに美保純なども出ている。私としては荒川良々が出ているのが嬉しい。彼が活躍するスピンオフ的な展開に期待したい。そして確か同じ宮藤官九郎脚本の「うぬぼれ刑事」というドラマでの犯人役で出ていた小泉今日子が「もしかしてこれがキョンキョンの素の味か?」とも思わせてくれるスレた母親役で出ている。そのドラマのなかの感嘆詞が「じぇ!」である。感動した時も含めて、良い場合も悪い場合も、驚いた時にはまず「じぇ!」であり、その驚きの度合いが増せば「じぇ!じぇ!」であり、さらにその上の最大限の驚きには「じぇ!じぇ!じぇ!」である。というわけで、中学生(の娘がいるので何となく分かる)は「いつやるか?今でしょ!」の言葉を発する機会が多いと思うのだが、「じぇ!」の方は、これが最初に覚えた言葉となってしまう赤ちゃんに近い幼児から、さらに宮本信子、渡辺えり、木野花、美保純、小泉今日子、そして若いヒロインなどなど、いろんな世代の女優や男優が「じぇ!」を連発するのだから、実に伝染性が強いと思う。この感嘆詞の「じぇ!」はロケ地である岩手県久慈市の小袖地区の海女さんの間だけに使われる言葉であるという。つまり方言のなかでも地区としても限定的であり、さらには符牒のような言葉でもあるのだが、これを耳にした時にたぶん面白がった宮藤官九郎が、あたかも日常的に使われている言葉のように確信犯的に多用しているのだろうと思う。

マーヒー加藤

※写真は自宅から車で30分ちょっとのところにある村上市の野方の海岸で、
 記事とはちょっとしか関係ありません
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by kaneniwa | 2013-04-14 00:02 | 草評
2013年 04月 12日

草煩悩(3) 三菱鉛筆uni JETSTREAM(ジェットストリーム)

b0061413_12474133.jpg POWERTANKに続いて三菱鉛筆のボールペンを紹介するが、その前に案外と知らない人が多いと思うので、この事実について書くことから始めたい。三菱鉛筆は、岩崎弥太郎を創始者とするあの三菱グループとは関係ございません。三菱グループの公式ホームページにもそう書いてある。(Q&Aの10番目)えっ?そうだったの?と、このブログ記事で初めて知った人も無理はない。なんせ戦後の進駐軍(GHQ)だって勘違いしていたのだ。戦後の財閥解体でGHQは三菱鉛筆を三菱財閥の系列と勘違いし、商標変更を迫ったのに対して当時の経営陣が財閥とは関係ない旨をGHQに対して再三説明しているという歴史まである。三菱と名前が付くあの大きなグループと関係がないことはもちろん、三菱という名前がつかない三菱系企業であるカメラのニコンやキリンビールのキリンホールディングスなんかとも関係がない。私も三菱鉛筆は三菱グループだと思っていたのだが三菱東京UFJ銀行がまだ合体前で三菱銀行だった頃(ということは平成8年以前)に、送金かなんかの用事で振込用紙に書き込みをした際、その銀行に置いてあったボールペンが三菱ではなくてゼブラかパイロットだったので気がついた事実であった。その時の観察眼が、ようやく今日のブログ記事で開花することになる。三菱グループと三菱鉛筆は、創業者の家紋がたまたま菱型三つであるということ以外は関係がなかった。それどころか、これは勉強不足ゆえ事実誤認があればご指摘いただきたいが、岩崎弥太郎の家の家紋は菱型三つがひな祭りの菱餅のように重ねられていて、今のスリーダイヤモンドといわれる三菱マークとは違うのだ。ともかく、この話ばっかりを長くするわけにはいかないが三菱の鉛筆には「ESTABLISHED 1887」(創業1887年)の文字が刻印されている。高校生などでestablishという大学入試によく出てくるといわれる英単語をまだ覚えていない人やスペリングが曖昧な人は、堂々とカンニングができる珍しい例なので三菱鉛筆をお使いになることを推奨したい。 さて、ずいぶんと長い余談から先にしてしまったけれども、話は今年の元旦の出来事からはじめたい。大晦日の除夜の鐘の仕事とその後片付けが一段落した時、テレビをつけるとテレビ朝日系列では「 朝まで生テレビ!元旦スペシャル ~激論!日本復興のシナリオ」というエクスクラメーションマーク乱発の番組をやっていた。録画もしていないし、絶対的な自信はないけれども、討論をしていた竹中平蔵と勝間和代が、それぞれ手にJETSTREAM(ジェットストリーム)という三菱のボールペンを持っていた。わはは、やっと話がJETSTREAMになってきた。他に誰が討論に参加していたかを忘れてしまったが、元大臣で慶応大学大学院教授の竹中と、ビジネス書のベストセラーをバンバン書いている勝間は、要するに討論メンバーのなかの「お金持ち」に写ったのだが、その二人がテレビカメラの前でメモ用に使っている筆記具が150円前後のボールペンというところに、竹中・勝間を好きか嫌いかはちょっと置いておいて、おもしろいと思った。実際に、このJETSTREAMはこういう会議(テレビ討論だけど…)の際の速記やメモには最適な筆記具であると思っている。よく言われる「劇的な滑らかさ」(ペンの機能というよりもインクに秘密があるらしい)もさることながら、インクの速乾性がものすごい。文字を書いて次の文字に移る時にもう乾いているような感じ。そして、手段と目的とを混同しそうだが「手で書くことの快感」というものを味わえるボールペンなのである。特に、ちゃんとしたノートやさらに高級紙を使用したプレミアムっぽいノートにJETSTREAMで書き込む時はその快楽を感じやすい。その長所とともに短所も述べておくと、紙質が悪いものに書き込むときにはその魅力が半減以下になってしまうと同時に、インクの出も悪くなってしまう。悪い紙質といっても、たとえば無印良品の再生紙を利用したノートやメモ用紙というのはけっこう好きなのだが、そういう紙質のものにも書き込む時にはこのJETSTREAMよりも同じ三菱のPOWERTANKの方が数段よい。ひと言でいえば「いいボールペンだけれどもけっこう紙を選ぶ」ということがあると私は思っている。しかしながら150円前後で売っているボールペンとしてのその総合力は大したものだ。今や文房具を扱っているお店はもちろん、コンビニエンスストアにもスタンダードな0.7㎜ならほとんどの店舗で置いてあるというのも頷ける。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2013-04-12 00:02 | 物草