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2013年 09月 29日

まさか楽天優勝セールにハマってしまうとは…

知り合いにKさんという【新潟ホークスを愛する会】の幹事長がいる。
会長は野球漫画の巨匠、水島新司のお兄さんだ。
この幹事長Kさんは、水島新司の代表作のひとつ『あぶさん』を心から愛読していることもあり、
筋金入りのホークスファンである。
このKさんのフェイスブックを読んでいたら、
Kさんの奥さんが椅子に座ってデスクトップのパソコンの画面を眺めている写真が掲載され
「こらぁ!筋金入りのホークスファンの俺の前で楽天優勝セールなんか見るな!
 テレビなんてホークスが優勝したら何台だって買ってやる!」
という趣旨(というかほとんど本文)の文章が掲載されていた。

Kさん一家とは家族ぐるみのおつきあいをしていて、その奥さんには親しみをもっているので
私はシャラポア(妻・日本人)を呼んで
「おーい、シャラ!来てくれ!おもしろいぞぉ!」
とディスクトップパソコンの前でその投稿記事を見せて
二人でぎゃははははは、と笑った。
笑ったのは失礼だったかもしれないが、
Kさんの奥さんはご懐妊中でもうすぐ3回目の出産を控えていて
なかなか買物に出かけることもしにくいだろう期間なので、微笑ましいとも思って笑った。

ただ、シャラポアと二人で笑った後に
「その三木谷さんのネットのお店(楽天市場)、ちょっと覗いてみない?」
と言われたので、画面をフェイスブックから楽天市場優勝記念セールに切り替える。
星野仙一監督の背番号77にちなんで、77%OFFのセールである。
77%OFFなんて、どうせ倉庫に眠っている不人気製品の一掃が目的だろう?
と眺めていたのだが…
あんまり値引きをされることが少ないBOSEのパソコン用スピーカーで
定価が3万円以上するものが77%OFFの7000円で売りだされた。
「うーん、これが7000円で手に入るならBOSE丸儲けと言っていいぐらいだ!」
と言いながらも、少しだけ(約1分間ぐらいか?)迷ってから
「よし!」
とバーチャル買い物カゴにそのBOSEを入れようとすると、
まさにクリックしようとしたその時、数量限定であったそのスピーカーのところに
「おかげさまで完売いたしました」
という文字が浮かび上がってしまった。
「おかげさまで」
といわれても、かげながらにさえ何の力も発揮していない。
その文字は
「ごあいにく」
と見えてしまった。
1分の迷いさえ許されないそのシビアさ、
BOSEのスピーカーを釣り上げることができずにボウズ(釣り用語)になってしまった悔しさが、
われわれ(私とシャラポア)のハートに火をつけてしまった。

昔の新聞記者がロイター発の共同通信に目を光らせるかのように、
証券マンがデータを見つつ売りなのか買いなのかを瞬時に判断するかのように、
私とシャラポアは交代でパソコンの前にはりつくこととなってしまった。
証券マンといってもコール・オプション(買う権利)だけの勝負であり、
77%OFFのタイムセールに次々と現れてくる製品に、
私とシャラポアは瞬時に検討し、とりあえず買い物カゴに入れるか見送りか声をかけあった。

BOSEのスピーカーを買い逃してから数時間後、
(恥ずかしながら時間も忘れて熱中してしまいました)
どんどん出てくる製品に基本的には慎重な姿勢で臨んでいたのだが、
SEIKOのムーンフェイズ(月齢表示)機能付きのアナログ腕時計が77%OFFで出た。
これは、実は今月の私の誕生日に買おうと思っていたシロモノであった。
明治23年以前の日本人は太陰暦で、月の満ち欠けに敏感な生活を送っていた。
海面を10メートルも持ち上げる月の引力が、
体の大部分が水分である人間に影響を与えないわけがなく、
特に満月の夜にはそのハイテンションを何らかの活動にいかすことを考えていたのだ。
ただ、誕生日の前後に買物に出る機会がなくて温存していた。
その温存していた気持ちに加えてBOSEのスピーカーを逃した失態(でもないのだが…)を
挽回(というほどでもないのだが…)しようという気持ちも加わり、
また、SEIKOの腕時計が77%引きということも滅多にないし、
現物は一度見て知っている。
「こいつは買いだ!」
と言いながらマウスをクリック。
購入を確定させて、恥ずかしながら日常生活で滅多に出ないガッツポーズが出た。

そのガッツポーズを見てシャラポアが
「お願い、代わって!」
と言った。その思いがけず厳しい口調にディスクトップパソコン前の椅子を即座に譲る。
数時間後(すんません、夫婦でハマっていました)に
「やったぁ、欲しかったバッグを77%OFFでGET!」
「息子のジャージ上下をGET!」
「化粧品、GET!」
などという声が仮眠する(仮眠だけでほぼ徹夜だったことをカミングアウト)
の私の耳に入ってきた。
朝からは(すんません、半分徹夜です…)中3の娘まで加わって
「靴をGET!」
の声が聞こえた。

結局、いろんなものを検討しつつ三木谷さんのところで私が購入したものは
腕時計だけであり、家族全体でも以上の買物ぐらいなのであるが、
タイムセールの77%OFFに出てくる製品のチェックに忙しかった。
いつまでもこれに取り憑かれていては忙しい週末を乗り切れないし、
土曜日の夜には飲み会もあった。
(寝不足で参加し、結局は夜中の0時まで飲んでいたなぁ…)
何か締めくくりになる買物はないか?
そうでないと、これはキリがないぞ!
と思いつつも、東北を拠点とする店舗からの出品も多く、
単なる優勝便乗セールではなく、東北にとって久しぶりのいいニュース
(もちろん東北楽天イーグルスのパ・リーグ優勝)に湧いてお祝いをしているムードは
伝わってきたのである。
「クール宅急便で送られてくる無添加の生ウニ」
というものが出てきた時に、
「ああ、これだ!」
と、4箱のウニの箱買いという大人買いをして締めくくった。
10月2日に届く。
東北楽天イーグルスと同様に、朝から人々を大いに笑わせて東北全体を元気づけ
先週終わったNHKのテレビ小説『あまちゃん』に出てくる
ドリームフード・ウニ丼をこれでやろう!
と、大幅な割引がなければ恐ろしすぎてできないウニの4箱買いという大人買いをして締めくくり、
家族全員から拍手が湧いた。

ただし、優勝セールは日曜日の今夜まで続く。
深夜の時間帯が野球でいえば9回の裏であり、
これは野球同様何が起こるかわからない。

阪急ブレーブスが消滅し、近鉄もプロ野球から去り、
南海ホークスも、桜井・藤原・定岡という内野陣の頃は大好きなチームだったが
南海がプロ野球から去って福岡に移転してからは
パ・リーグに特にひいきのチームはなく、
むしろ仙台を拠点をしながら鳴り物をつかわない、声で応援するイーグルスには
好感をもっているので熱中できたことである。
そこのところは骨の髄までホークスファンであるKさんとは違う。

日本シリーズが楽天VS阪神という組み合わせにでもならなければ、
依然として私は好きな選手も何人かいる東北楽天イーグルスを応援したいと思う。

野球はあまり詳しくないシャラポアが私に尋ねた。

「日本シリーズで三木谷さんのところが優勝する確率はどれぐらいある?」

「けっこうその確率は高いと思うよ。田中将大という絶対的エースが居るということは
 短期決戦ならなおさら強いということも言えるし、ベテランと若手のバランスがいいし、
 ジョーンズとマギーという外国人選手が強打者だね。若手で活躍する選手なんかが出てきたら
 けっこう日本シリーズ制覇もあるね」

野球はあまり詳しくないシャラポアの目が光った。
三木谷さん、あなたのところの優勝記念セールは大成功です。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-09-29 18:25 | 草評
2013年 09月 27日

東北楽天イーグルス優勝おめでとう!

1996年の日本シリーズで17打数3安打で打率.176
というしょぼい成績だったものの、放った3安打が全て2点タイムリーヒットで6打点あげた
オリックス・ブルーウェーブ(当時の球団名)のトロイ・ニール選手がMVPに輝いた。
当時からスーパースターであった1番バッターのイチローは徹底的にマークされていて、
MVPの選出はとても難しかったと思うが、とにかく勝利につながる6打点をあげたニール選手の
選出は順当だったと思う。

神戸グリーンスタジアムで、この時のMVPインタビューの最後にニール選手は
「がんばろうや神戸!」
と叫んで万雷の拍手と歓声を浴びた。
資料としてのネットの世界では、当時、ブルーウェーブの選手のユニフォームとヘルメットに
掲げられていた文字と同じ
「がんばろう、神戸」
と叫んだとされているが、文字にすればたった一文字の違いだけれども断じて違う。
「がんばろうや」
と、テキサスなまりの関西弁で満員の観客に呼びかけたのだ。

なぜ、この一文字にこだわるかと言うと
神戸のある住職さんは阪神淡路大震災で寺院が大きく破損し、
その再建のために奔走する日々を送っていて
このニール選手のひと声を聞くまで心からの笑顔になれなかったという。
全国からのいろいろな形の善意もあるにせよ、
被災したご門徒(檀家)の力を借りつつ必然的に頑張らざるをえない日々のなかで
耳にしたり(横断幕やユニフォームやテレビの字幕などで)目にしたりする
「がんばろう」
の言葉はたいへんな重荷のように感じることもあったという。
「私もがんばるから、がんばって」
と言われたとしても、あるいはもともとそういう意図で
「がんばろう」
と声をかけてくれるのだろうけれども、それでも重荷になったという。

非常にデリケートな問題で、
善意で
「がんばろう」
の声をかける方の立ち位置にあれば
「がんばろう、が重荷になるなら何と言えばいいの?」
ということになってしまう。
「かんばろう」の代わりに
「テイク・イット・イージー」とか「気楽にいこう」とか「のんびりやろう」
なんて言えないほど現状はシリアスだ。
「がんばれ」の代わりに何と言えばいいか?
そんな難しい問題の答えなどまだ見つかっていないけれども、ヒントは見つけた。

阪神淡路大震災の9年と10ヶ月後に中越震災があった。
私が住む地域は新潟市より北の下越地方であり軽微な被害しかなかったが
シリアスな状況になっているということはすぐに察することができた。
ビッグスワン(現・東北電力ビッグスワンスタジアム)の駐車場は
臨時に救援や支援活動を行う自衛隊の拠点となり、しばらくの間
アルビレックス新潟のサッカーの試合は行うことができなかった。
ただ、車両そのものが炊飯器となっていて150人分の炊き出しができる「炊飯1号」こそ
見かけなかったが、30人分の炊き出しができる「炊飯2号」がズラリと駐車場に並ぶ
光景を見て、それらは自衛隊の道具のなかで兵器とは対極のところにあるものに見えて、
「腹が減っては戦はできぬ」
というフレーズもあるにはあるけれど、
とても頼もしく思った。

そして、久しぶりにビッグスワンでJリーグの試合が行われた時に、
それを観戦した熱狂的アルビレックス新潟のサポーターである草野球仲間のM君が
ものすごく感激して帰ってきた。試合そのものは、確か引き分けだった。
何でも、試合終了後に、FC東京のサポーターたちが
「ニ・イ・ガ・タ!ニ・イ・ガ・タ!」
と一斉に連呼するコールをしたというのだ。
私はあんまり詳しくないが、
Jリーグのなかではクールでプライドが高い印象があるFC東京のサポーターたちが
大声をはりあげて熱くコールしたという。
その、ただ単に地名をコールしただけの声に、
アウェイで戦うチームを応援しにやって来たサポーターたちが、
好敵手も含めていかにそのアウェイの地を愛して大事に思っているかということや
ビッグスワンという場にサッカーのゲームが戻ってきたことへの祝福など
いろいろなことを思って、M君は泣けてきたという。
やっぱり、この話を思い出すたびに、
「かんばれニイガタ」
よりも、
「ニ・イ・ガ・タ!ニ・イ・ガ・タ!」
の方が熱くて純粋で、しかもその心が通じる気がするのだ。

今のプロ野球はCS(クライマックス・シリーズ)というシステムをとっているので、
パ・リーグを代表して日本シリーズを戦うチームに東北楽天イーグルスが
決まったというわけではない。
ただ、とても有力であることには違いない。
パ・リーグのMVPは、これは田中将大投手でなければおかしいだろう。
この絶対的エースの存在によって、短期決戦でも東北楽天イーグルスは優位である。
今年の日本シリーズを制覇するのが東北楽天イーグルスだとする。
(ファン心理としては、セ・リーグのちょっと違うチームを応援したりします)
そうすると日本シリーズのMVPも、
もし投手なら則本という可能性も少しあるが田中将大の公算が大きい。
ただ、打者なら若い選手がノリに乗って獲得してしまうということもあるけれども、
アンドリュー・ジョーンズ
(アトランタ・ブレーブスの選手のイメージが強い、出身地はオランダ領アンティルの
 キュラソー島ウィレムスタッドでヤクルトのバレンティンと同じだ)
やケーシー・マギーという外国人選手が、シーズン中同様の活躍でMVPとなる可能性も充分だ。

とにかく、東北楽天イーグルスが日本シリーズに勝ったなら、
それがどの選手であってもMVPインタビューの最後に
「がんばっぺ東北!」
と言ってほしい。

マイクを持っての第一声がご当地の方言での呼びかけで、
いきなり聴衆の関心をひいてしまう小泉進次郎の手法が小賢しく見えるほどに
元気よく言ってほしい。

明日がいよいよ最終話のNHKの連続テレビドラマの「あまちゃん」は
この数日の流れから読む限りはおそらくハッピーエンドだろう。
野球も、ポストシーズンに入って田中将大に黒星をつけるチームがあるのか、
ひときわ関心を持つことは間違いなくなった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-09-27 01:38 | 草評
2013年 09月 25日

『歎異抄』千本ノック(4) 所留耳底(4)

b0061413_21402149.jpg 後から読み返した時に「なんのこっちゃ」となるかもしれないが、昨日と今朝(と午後1時前の再放送も見てしまったが)の「あまちゃん」(NHKの朝の連続テレビ小説)には感激した。両話とも、最終回さえ飾れるほどのエピソードではなかっただろうか。脚本の宮藤官九郎が最初から積み上げてきた小技が効いてきた。プロレス技でいうならキーロックとかボディシザースとかヘッドロックとかの小技がジワジワと効いてきている。あと15分(主題曲や前回とのつながりの説明的シーンなどがあるから正味10分だ)が3回でこのドラマは終わるのだが、きっと小技の集大成としてキレの良いローリングクラッチホールドやスモールパッケージホールドで決めてくれるのか、あるいは小技から大技を繰り出して何らかのスープレックスホールドにもっていくのか、案外とボストンクラブ(逆エビ固め)のような基本技でギブアップを決めるのかわからないが、最終盤の雰囲気は感じる。そんななか、今朝は「潮騒のメモリー」を歌うシーンで薬師丸ひろ子の歌声というものを久しぶりに聞いた。劇中のバックバンドのギターを弾いているのが作曲者の大友良英だった。その歌声を聞いた瞬間に「あっ、かつて映画の『探偵物語』で、どえらい身長差のキスシーンを演じた松田優作の息子の松田龍平と今は共演しているんだ…」ということを思った。何をバカな、ドラマの後半からずっと共演していて、そのことを今頃になってようやく感じているのか?と言われそうなのだが、私の事実として今日になって初めて気がついたのだから仕方ない。声というものには、一瞬にして記憶を音速で呼び戻す力があるのだと改めて強く認識した次第である。『歎異抄』のなかの親鸞の言葉は、たとえ法然が常に言っていた言葉を親鸞が繰り返した部分もあるにせよ、唯円の耳底にあった親鸞の声が文字になったものであるのだなぁ。最後に、本当に蛇足であるが私よりひとつ年下の薬師丸ひろ子の今回の役名が「鈴鹿ひろみ」ということもあって、私より七つ年下の「薬師丸ひろ美」という人のことを急に思い出してしまって、今どこで何をしているかなぁ?なんてことを急に考えてしまった。ドラマに美保純ちゃんも出ているし、連想しちゃったのかも。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-09-25 22:09 | 『歎異抄』千本ノック
2013年 09月 23日

草仏教掲示板(57) 本当の相続は形あるものより形なきもの

b0061413_22221112.jpg 本当の相続は形あるものより形なきもの この言葉は私の祖母と叔母の法事の時に先輩僧侶が法話で語っていただいた言葉のなかにあったもの。先輩僧侶は相続問題の仲介に入ってたいへんに嫌な思いをして言われた言葉であった。金融機関に用時で行った時に、亡くなった人の預金が下ろせないとか、その逆に何で下したとかのもめごとをはたで聞く機会が何度かあった。資産という、分かち合うというよりは分割しななければならないものについてのもめごとは、はたで見ているだけでも何だか辛いものがあった。きれいごとのようだけれども、教え(それは必ずしも一見宗教的なものでなくても…)こそ相続すべきものなんだろうなぁ。

文 マーヒー加藤
書 シャラポア(日本人)
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by kaneniwa | 2013-09-23 22:35 | 草仏教
2013年 09月 21日

草煩悩(13) Keen(キーン)のYogi(ヨギ)

b0061413_13115189.jpg 数年前までお彼岸の入りにもなればもうちょっと秋らしかったような気がするが、昨年のような激烈な残暑の居残りはなく、もうすぐ素足でサンダルを常用するというシーズンは終わりに近い。サンダルはワニ印のクロックスをずっと使っていたがKeenという登山靴をはじめアウトドアシューズのメーカーが作っているYogi(ヨガのことでヨギと発音する)というものを知ってからやめられなくなってしまった。指先はもちろんつま先がしっかりとガードされている安心感がある。そしてソールが厚くて適度な硬さがあって歩いていて疲れないどころかサンダルなのにこいつで歩くのが楽しいといえるほどである。履物のソール部分というのは柔らかくてクッションがあればいいというものではないみたいだなぁ。Yogiを履いてみて数年経つが、履いてみると周囲にけっこう愛用者が居ることを発見する。配達など履物の脱ぎ履きの頻度が多いお仕事をされている方の足元がけっこうKeenだったりする。お彼岸参りをしていたらお参り先の80歳を過ぎたおばあちゃんの愛用サンダルが私と同じKeenのYogiだった。「これ、いいですよね」と言うとお孫さんからのプレゼントらしい。この前の敬老の日の贈り物だったのだろうか。お孫さんはいいものをチョイスしたと思う。なぜならそのおばあちゃんは「もう他のサンダルが履けなくなっちゃった」と言って喜んでいたからだ。難をいえば市販で7000円以上とサンダルとしてはかなり高いものであることだろうか。私のスニーカーはジョギング用でもテニスシューズでも今は6000円以下のものを履いているので、カジュアル系の履物でこいつ(Yogi)がいちばん高級なものではないか…ということに気がついた。でも、使用頻度とといい使用時間の累計というものを考えたら、いちばん履いているものにいちばん金をかけていることになり、それはそれで順当だという気もする。 

マーヒー加藤

草煩悩バックナンバー
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by kaneniwa | 2013-09-21 13:32 | 物草
2013年 09月 19日

黄金色のちょっといい話

b0061413_110840.jpg 過去に撮った写真のなかから金色、黄金色の写真はないか?サントリーの金麦しかないか?と思ったところ、大坂城の虎の写真があった。デトロイトタイガースはなぜ虎なの?(ストッキングの配色からきているらしいけど)という気がするが阪神タイガースの名前の由来には、きっとこの大坂城の虎は関係しているのではないかなぁ。ま、ともかく、先週から今週にあった9月の連休中に今年の3月まで長女の中学校の音楽の先生で、吹奏楽部(長女はつい最近までアルト・サックスを演奏していた)の元顧問の先生が結婚式をあげられたという。20歳代の後半に入られたばかりの男の先生で、実におめでたいことだ。このT先生、音楽大好き少年がそのまま元気いっぱいに天職として中学校の音楽の先生になられたような方だ。かといってクラシック一辺倒というわけでもなく、アニメ主題歌なども大好きだがともかく元気いっぱいの熱血指導をされていた。吹奏楽部のクラブ活動から長女が帰ってくるとため息をつきながら「Tの言うことがウザい」とよく文句や愚痴を言っていた。(若い熱血中学教師は本人がいないところでは中学生から呼び捨てにされていてかわいそうだなぁ)長女の下校中、まだ小学生になる前の末娘を連れて歩いていると吹奏楽部仲間と一緒に長女が向こうから歩いてきた。長女を発見した末娘は喜んで「おねーちゃん!おねーちゃん!」と大きな声を出して手をふるが、長女はそれを無視して友だちと話し込んでいる。怒った末娘は「おねえちゃん、Tと結婚!」と大声で叫ぶと長女のグループから大爆笑が起こり、長女は真っ赤な顔をしていたものだった。つい一年前の話だけれども何だか懐かしいなぁ。今年の3月、そのT先生に転勤の辞令がおりた。今までT先生に対して「ウザい、鬱陶しい」という愚痴が中心だった長女たち吹奏楽部の部員たちは突然の別れのゆえに、いかに今まで自分たちを愛しつつ懇切丁寧に指導してくれてバンドとして成熟させ成長させてくれたかを突然知ることとなり、急遽辞令の知らせを聞いて涙ながらにT先生とともに取り組んできた曲を涙とともに演奏したという。それから終業式までの短期間に吹奏楽部の部員たちはお小遣いのなかから数百円づつを出しあい、ささやかなプレゼントを二品贈ったという。顧問としての熱血指導中はとても言えなかったが、お別れをした後には億面なく「大好きな先生」と言われるようになったT先生が、吹奏楽部員を感動させたのは、そのT先生の結婚式のちょっと前に行われた先日の中学生の吹奏楽のコンクール。長女たちにとってライバル校の吹奏楽部の指揮者として登壇したT先生は、指揮者としての礼服にはやや場違いながら「いつか最高金賞を」というメッセージとともに贈られた金色のネクタイを締め、金色に塗られたコルクが付いた指揮棒で見事なサウンドをリードしたのであった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-09-19 02:12 | 雑草
2013年 09月 17日

『歎異抄』千本ノック(3) 所留耳底(3)

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iPadとかキンドルのようなタブレット形式のものやあるいはスマートフォンで読書をする人も多くなってきた。そういった場合、公共交通機関のなかなどで読書をするというケースも多いこともあって、右手の人差し指をシュッシュしながら音読をしていると周囲からキモチワルい存在として見られてしまうだろう。本質的に黙読というのは情報処理である。黙読というものは今では当たり前のことになっているが、逆に西洋でも中世の時代などは「悪魔の所業」などと言われていたそうな。たとえば修道院の院長さんなどが本を黙読している修道士などを見つけると、今なら「よく勉強をしているね」とほめられることはあっても「お、お前は何ということをしているのか!」と気持ち悪がれて怒られるなんていうことは想像しにくいと思う。ただ、次のことを想像してもらったら、その気持ち悪さは少しはわかってもらえると思う。僧侶が自宅のお内仏(仏壇)の前で法事をつとめにやって来たとする。ところが、その僧侶は読経せずにひたすらみんなの前で経典や偈文だけをひろげて黙読をしている。これではお布施はいただけないだろう。そして、そういう僧侶がいたらキモいと言われるだけであろう。逆に言うと、どんなに喉の調子が悪い時でも、扁桃腺をはらしていて声を出すと痛いような時でも、何とか音読をする形でお経や偈文というものとは対峙しなければならない。お経は、釈尊が語った言葉で阿難などの仏弟子の耳底にのこった言葉を中国語訳というフィルターを通しているけれども訳した人も可能な限り原音の響きを残せる漢字を選びぬいたということもある。『歎異抄』の前半には唯円という人の耳底に残った親鸞の言葉がある。そこにはサウンドもあればリズムもあるだろう。『歎異抄』はお経でもなければ偈文でもないけれども、なるべく黙読ではなく音読で読みたいと思っている。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-09-17 00:50 | 『歎異抄』千本ノック
2013年 09月 15日

秋の夜長の“あまちゃん”ライブ ~大友良英と仲間たち大音楽会~を見て

ライブに行って、複数のキーボードが並んでいて
Macノートなんかとつなげてあったら、
演奏を聞いてみてもどこからどんな音が出ているのか、わからない。
その音を出るまでのプロセスでものすごい労力を蓄えてきたのだろうが、
そのスゴさがもうひとつわからなくて、感動できない。

エレクトーン(YAMAHAの登録商標ですね)というものも、
ものすごい進化をずっとし続けて、インストラクターがデモ演奏というものをやっていると
リズムボックスから出るリズムもそうだし、プリセット伴奏モードというのだろうか、
フルオーケストラのピアノ協奏曲の伴奏部分なんかをシンクロさせつつ演じていたりする。
ただ、ここまでスゴいとたいへんに恐縮ながら
実際に演奏者の手が活躍している範疇というものがわからなくなってしまい、
「録音物を聞いているだけとどこが違うか?」
なんてことを思ってしまうのだ。
たぶん、そういうストレスのようなものを感じる人は少なくなく、
コンピュータ打ち込みサウンドが広まれば広まるほどに
1990年代にMTVの「アンプラグド」という企画が大いに盛り上がったのではないかと思う。
さらに桑田佳祐はその「アンプラグド」のブームが来る直前の時期ぐらいに
Acoustic Revolution Live at Nissin Power Station 1991.3.26
というものを作っているが、ここにも桑田佳祐の先見性のようなものを感じる。

そんなことを思うようになってもう10余年。
今やアナログ・レコード・プレイヤーなどは家電店でなく楽器屋さんで売っていて、
まさにプレイヤーがプレイするためにあるといっても過言ではない。
それもまた文化と思いつつ、金曜日の夜にテレビで見た
「秋の夜長の“あまちゃん”ライブ ~大友良英と仲間たち大音楽会~」
は17名編成のバンドの誰がどんな音を出しているのかが見てとれて
たいへん楽しかったのだ。

まず、大友良英を含め17人編成のバンドのなかに7名の女性が居て
それがみんな可愛くてハツラツとしていて素晴らしかった。
最後に出てきたクレジットに名前があった。
ピアノの江藤直子さん
エレキベースのかわいしのぶさん
クラリネットの井上梨江さん
サックスの江川良子さん
パーカッションの三沢泉さんと上原なな江さんのコンビ
の6名であった。
みんなこのバンドに欠かせない重要な役割を担いつつ、
ヒロイン能年玲奈の表情に輝きをサウンドで飾る仕事をしていた裏舞台に
こうした才能あふれる女性たちが居たのだなぁと感じた。

「あまちゃんのメインテーマ」
での猫の鳴き声のような音は、江川良子さんがソプラノ・サックスで絞りだしていた。

「行動のマーチ」
主人公が何か新しい一歩を踏み出す時に流れる曲。
リコーダーの音に何だかちょっと陽性のアンデス民謡のような雰囲気も感じる。
ちなみに、「あまちゃんのメインテーマ」のところで
大友良英さんが
「高級なリコーダーはバロック音楽になってしまうが北三陸はバロックじゃないよね」
と、中学生が学校の授業で使うようなリコーダーを演奏してもらったという。
逆に、そのいいリコーダーの音の方も聴けて改めて納得した。

実際に録音にも使用したNHKの509スタジオ(CRー509)に
「スナック梨明日」のセットを搬入してお客さんも入れての収録。
いい雰囲気だった。

勉さんのテーマである
「琥珀色のブルース」
これがいちばん好きな曲だったなぁ。
いつもスナック・リアスで琥珀を磨いている勉さん(塩見三省)の
テーマ曲であるが、聴いているうちに
見事に原石を掘り出して磨き抜く男の情熱が静かに盛り上がってくる曲で、
しかもウイスキーの琥珀色もクロスして浮かび上がってくる曲だ。
NHKとは関係ないところで宮藤官九郎が言っていたが
ユイちゃんのお母さんが行方不明となってしまいスレてスナック梨明日に来るシーンで
脚本には「周囲の客たちはユイちゃんに気をつかう」としか書いていなかったというが、
アドリブで塩見三省はユイちゃんのスパゲッティナポリタンに粉チーズをかけている。
そんな名アドリブが、大友良英さんが弾くペンタトニックスケールのギターのアドリブでも
再現されているかのようだった。
そして次第にアクセルを踏み込むように静かに盛り上がってくるこの曲は
17名のビッグバンドで演奏されるにふさわしい曲だった。

「芸能界」
という曲では冒頭にタブラ(インド音楽のパーカッション)が使われていて、
弦が内包されていてチューニングが必要なたいへん繊細なこの楽器を
Zhaanさん
と最初書いちゃったけどこれは演奏メンバーのメモを写しまちがえて
U-zhaan(ユザーン)さんというバンドメンバーが演奏しており、
太巻(古田新太)というクセのあるプロデューサーのテーマ曲であるとともに
北三陸から芸能界に入ってきた時の主人公の違和感が表現されていた。
私は横浜市の高明寺という、インド音楽活動では有名な寺院のバンドのコンサートの司会者を
つとめさせていただいたこともあり、タブラの音を知っていたので
妻(シャラポア・日本人)がテレビを見ている横で
「おっ!この朝の連続テレビ小説にはタブラの音が出てくるぞ!」
と言ったことがあるのだが、その時の妻はピンとこなかったが
ようやく視覚もシンクロさせてやることができた。

「希求」
という曲のなかでの近藤達郎さんというバンドメンバーが演奏する
クロマチックハーモニカの音も実に良かった。

その他、劇中劇、フィクションのなかのフィクションであったはずなのに、
現実の世界のなかで売れはじめて有線などでよく耳にする
「潮騒のメモリー」

「地元に帰ろう」
なども演奏されたが、
17名のバンドで演奏されて、あらためて
これはダン池田とニューブリードや
原信夫とシャープス&フラッツ(JAZZをやるとものすごいテクニックをもっていた)
などコンピュータの打込みもリズムボックスもない時代のバンドの良さというものを
今さらだけれども再認識したのである。

本当はこの趣旨のブログ記事は
「タモリ倶楽部」
のなかで、駅メロの作曲者が自分のメロディ(わずか10秒)を
クラシックギターで弾いたものを耳にした時に、その感動を伝えようと思ったが、
それはまた別な機会に書こうと思う。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-09-15 23:59 | 草音
2013年 09月 13日

草仏教掲示板(56) ロベルト・バッジョの言葉

b0061413_14251568.jpg ロベルト・バッジョの言葉である。この言葉を映像的にとらえるとしてPK(ペナルティキック)を想像してみたい。PKがゴールに入るか入らないかという誰もが気になる「結果」とか「成果」はそれを蹴る直前までは未来の話である。誰が蹴るか、それを決めるのが「今でしょ」の話となる。1994年のFIFAワールドカップ(アメリカ合衆国開催)の決勝戦、怪我をおして強行出場したロベルト・バッジョは激しい延長戦を含めて限界まで闘い抜き、それでも決着はつかずにワールドカップ史上初めてのPK戦となった。テレビから見ていても疲労困憊(こんばい)などという表現を越えた状態であったバッジョがPKを蹴る5人のなかには入らない方がいいのでは?なんて思った。ただ、また同時に決勝戦まで勝ち抜いたプロセスからしてもバッジョ以外の選手にPKを蹴らせることに納得できない気持ちもまた多くの人のなかに交錯したことであろう。そしてバッジョが蹴ったボールはゴールポストのはるか上を通過してイタリア代表はブラジル代表に負けたのであった。ガンバ大阪の遠藤保仁のコロコロPK(相手ゴールキーパーはPKが蹴られた瞬間に左右のどちらかに跳ぶことがほとんどなのでど真ん中に転がして入れる)でも決まることが多いので(もっとも普段の遠藤選手があってこそ意外性のコロコロも決まるのだが…)「オレが蹴った方がよかった」と思ったイタリア人は多かったのではないだろうか。テレビなどで野球を見ていて「リリーフ投手が満塁ホームランを打たれるなんて最悪の結果になるなら、あの一球はオレが投げた方がよかった」なんて思うことがある。それを思ったり口にするにしても居酒屋でつぶやくぐらいなら無邪気なものであるが、実際にはそのマウンドにオレが上がる資格はまったくない。野球は大事な趣味ではあるが、それに人生を賭けているわけではない。1998年のフランス大会でPKを外してしまったイタリア人選手にバッジョはこう言葉をかけている。「PKを外すことができるのはPKを蹴る勇気をもった選手だけなんだ」と。 最後に、ロベルト・バッジョもそうだが仏教系新興宗教(正確には新興から世代を重ねて既成教団へと移行中ではないかと思われるところ)と深い結びつきがあることで、そういう人の言葉を選んで法語として掲示することに苦言を呈されたり揶揄(やゆ)されることがあるのだが、私は自分の思いを越えて響いていく言葉という壁のない世界にわざわざ壁を作ることはバカらしいと思っている。

文 マーヒー加藤
書 シャラポア(日本人)
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by kaneniwa | 2013-09-13 15:18 | 草仏教
2013年 09月 11日

治安が悪いということは、カッコ悪いことだ

トルコのカッパドキアの周囲を散策している時に襲われ、
新潟大学の4年生で銀行に就職が決まっていて、
大学入学時から国際交流活動に積極的であった栗原舞さんが
亡くなってしまった。

以前にも似た趣旨のことは書いたけれども、
治安が悪いということはカッコ悪いことだと思う。
トルコは訪れたことはないけれども、魅力的なところだ。
カッパドキアは世界遺産でもあり、自分でももしも行ったならば
その周囲を単独でも散策するということは充分にあるので、
被害者の側を責めることなどはまったくできない。
かといって、この事件などを気にせず女の子でもどんどん海外を旅して
どんどん街を散策しよう、とも私は言えない。
旅に安らぎとか癒やしを求める人もいるし、
街を歩くだけで日常にはない刺激を感じて、
それを自らクリエイトしていくことの糧としている人もいる。
ただ言えることは
治安が悪いということは、カッコ悪いことだ、と嘆くように言うことだけ。

これから書くいくつかの例は、みんな20年以上前のことなので
今ではかなり事情は変わっているかもしれないが
「治安が悪いってカッコ悪い」
という言葉になって自分の頭のなかに入っている例だ。

ロサンゼルスで
「本当は日本車が快適で故障も少なくて好きなのだが、アメリカ車に乗っている」
と言っていた日系人がいた。
車は趣味性も服をまとうようなセンスもあるし、どんな車に乗っていようと
他人がとやかく言う問題ではないけれども
「失礼ですが、それは経済的な問題でですか?」
と尋ねると
「経済性なら日本車の方がいいね、LAのダウンタウンでは日本車の薄い鉄板は
 すぐにトランクをバールでこじ開けられちゃうんだ」
という、予想外であった日本車の欠点について説明された。

やはり20年以上前のブラジルのサンパウロで、
ディバッグを背負うのではなく、みんなよだれかけのように前にしていた。
その理由は、普通に背負っていると特に地下鉄やバスのなかでナイフで背後から
バッグを切られて中に入っているものを盗まれてしまうからであるという。
そして、もっと驚いたのは車でどこかに食事などに行く時に
ほとんどの人がカーオーディオを外して手に持って入店することだった。
路上駐車はもちろん、駐車場に停めておく時でさえ、車を荒らされてカーオーディオを
盗まれてしまうという被害が頻繁にあるからだという。

リオデジャネイロというオシャレでカッコいい都会がある。
次の夏のオリンピックとパラリンピックはそこである。
素晴らしい街であった。
でも、イパネマ海岸に居ると日暮れ間近の素晴らしい夕暮れ時に
人はだんだんと少なくなり、警察官が
「日が暮れてくると強盗が出てくるからそろそろ帰りなさい」
と言うし、
オシャレな男女がたむろすリオのオープンカフェは、
これほど快適でオシャレな場所は地球上でそうそうなかろうと思うほどなのだが、
ディバッグを前掛けにした男がカーオーディオを手にもって入店してくるのであった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-09-11 23:54 | 草評