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2014年 01月 30日

♪ KI・YO・ TO ! KI ・YO・ TOのお寺の鐘が鳴るぅ♪

b0061413_10234172.jpg あ、あ、あ、本日は聖典なり。あ、あ、テステス、ONE、TWO、TsuTsu!ただいまブログのテスト中。……え〜2週間以内にすることになっている法務局への宗教法人代表役員交代の届け出はまだ提出していないのですが、このたび1月28日付けで真宗大谷派善良寺の住職に就任いたしました。任命式の後の東本願寺宮御殿を会場としての超絶豪華精進料理の昼食会で参務さん(国でいえば大臣です)に「あのぉ、ブログなんかで『住職になりました』なんて書いていいものでしょうか?」と尋ねれば「先ほど宗務総長より直々に住職の任命を受けたわけですから、それはかまわないと思いますよ」と言われたので、それを述べつつ、ほぼ一週間ぶりにブログを更新しております。というわけで京都の本山(東本願寺)での三日間の修習(講習)を受けました。泊まりこみで毎朝早起きで厳しい教習でしたがたいへんに意義深い教えと人との出会いがありました。今回のブログ記事は、その修習を終えた直後の夜と次の日の明け方の話でぇございます。本山に参ることをけっこう正式に「上山」(じょうざん)なんてぇ申しますから、これは「下山」(げざん)途中のお話ってぇことになります。東本願寺の最寄りの京都駅から地下鉄で三駅目の烏丸御池で降りましてぇホテルモントレ京都というところにチェックインいたしました。ここは京都の地下水が飲めるホテルでぇございまして、水道局の皆様は努力されておりますがお世辞にも美味しいとは申せない水道水と違って身にしみる沸き上がってくる甘露水を飲み干して下山した実感にしばし浸っておったことでぇございます。やっぱり娑婆はええのぉ。やっぱ娑婆だわ。シャバダバ、シャバダバ、娑婆ドゥビドゥ〜♪と全身で背伸びをいたしましてぇ、出かけたところがこの草仏教ブログではもうおなじみの一乗寺の出会い系焼肉屋の名店、いちなん でぇございました。いちなん去ってまたいちなんでぇございます。旨い肉をたっぷり喰いてぇ、美味い酒もたっぷり飲みてぇなんてぇいう三日間ずっと身に満ちていた煩悩がございました。それを「我慢する」という、私から見ればストイックな対処の仕方もあるわけではございますが、当然、もとから草仏教たる本質をもつ浄土真宗の僧侶として、その煩悩を緩和する方途として、肉を喰らい酒を飲むことによって肉を喰らい酒を飲みたいという煩悩を抑えることにしたのでぇございました。煩悩即菩提とは、そういうことをおっしゃっている教えではないとは思いますが、とにかくいつにも増して開放感と楽しさに浸った夜でぇございました。お話は続きます。日付が変わった頃合いに、ヘベレケでアンポンタンでコンコンチキのラリホー状態になってホテルに戻りました。ドツカレチェンコでもあり、気持ちは早くネムリアノフという状態でもありました。ただ、眠りがけに酒で体がポカポカになっていることから部屋の暖房を切りました。それでも何だかその時には暑く感じたので、部屋の窓を開けて換気が済んだら窓を締めて眠ろうと思いましたが、疲れているのと酔っ払っていることで窓は開いたまま眠りこけてしまったのでぇございます。時刻とすれば部屋のデジタル時計が午前5時55分と、パチンコ台のフィーバーを思わせるように同じ数字が3つ並んだ頃合いでしょうか。熟睡途中の夢現の世界のなかで、見事な音色の鐘の音が響きました。夢の世界と現実の世界を行ったり来たり、往還している短時間の間に何となく、サウンドオブサイレンスという言葉をおもいうかべたことでぇございました。梵鐘の音は、現実世界のものでした。六角堂(紫雲山頂法寺)の鐘の音でした。夕方5時前後にも鳴るその鐘は存じておりました。ただ、夕方5時前後のその周辺は交通量も人通りも多く「あ、鐘が鳴っているのだ」と思う程度で、こんなに大きな音で、こんなにいい響きで鳴っていることに私は驚きを隠せませんでした。否、隠す必要はない、もとい、むしろ知らせたいという思いがあってこうしてブログで書いていることでぇございます。夕刻の鐘と違い、しかも真冬の澄んだ空気のなか六角堂の鐘の音は京都の中心部のまだ人通りもほとんどないビル群のなかを響きわたっていったのでぇございます。窓を開けて寝るという行為をしていなければ、おそらくこの鐘の音には気がつかなかったかもしれません。鐘の音は、今でも読経の前の鐘がそれをあらわしているように、托鉢の鉢を叩きつつ「これからお釈迦様のご説法がはじまるよ~」ということをご案内することがその原点であると言われていることでぇございます。ビル群のなか、響きわたるその鐘の音に約10分間感じ入ったことでぇございました。シャバに出たぞシャバダバダとその開放感を感じていた私に、そのシャバのなかで仏法は確かにあるのだぞ、響いているのだぞと教えてくれた六角堂の鐘でした。この午前6時前後の烏丸六角から烏丸御池交差点付近はおすすめの穴場スポットだよーんということもチラッと思いつつも、この六角堂に親鸞聖人は比叡山から下山(これはダブルミーニングでございましょう)しつつ通われてシャバでの仏道の歩みをスタートされたのだなぁと耳を中心に感じたことでぇございました。

新米住職 マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-01-30 12:40 | 草評
2014年 01月 24日

草仏教掲示板(61) 人はそこにいるだけで意味があるのです

b0061413_9485968.jpg 昨日、法事中に市の職員の方から「仏教講座の先生が急に体調を崩されてしまい…申し訳ないのですが急遽代役でご法話をお願いできませんか」という電話があった。予定されていた講師の先生は曹洞宗のご住職であり、本来は代役などは務まるはずはないのであるが法事の法要を終え、参詣者の接待をシャラポア(妻・日本人)に任せて車で10分、現場の公共施設に直行した。とりあえず手元にあった欧文印刷株式会社の NUboard(ヌーボード)を手に持って駆けつけた。公共施設の立派で綺麗な和室で50人以上の方々が待っていらっしゃったが、会場に黒板はなかったので、NUboard(ヌーボード)があって良かった。さて、何の話をしていいか、当然のことながらまったく決まっていないのであったが、そのスケッチブック型(A3版)のホワイトボードを開くと最初のページに現在寺院の掲示板に掲示中の「人はそこにいるだけで意味があるのです」という言葉のメモがあった。隣に私が寝ぼけ眼のまま寝床でメモした「醍醐味と粗大ごみは紙一重で大違い」というオヤジギャグ系の言葉もあり、急すぎるけれども「醍醐味と粗大ごみは大違い」という、急すぎる代役以外では許されないような講題で何とか1時間の法話をすることができた。醍醐味、つまりはチーズとかヨーグルトとか鮒寿司や飯寿司のようななれ鮨系の味のことである。それは天下の美味ではあるけれども、完成までのプロセスの途中は「腐った牛乳」であり「腐った魚」であり、すなわち食品とはとても思えないゴミのような存在であるが、それがフラメンテーションを起こして醍醐の味が醸しだされるようになり極上の食べ物となる。 これはその日の法話とは関係なくミュージシャンの打田十紀夫さんとライブの後に酒を飲める機会があった時に聞いた話であるがアメリカ合衆国南部でのロバート・ジョンソン追悼コンサート(打田さんも出演された)の場でロバート・ジョンソンと同時代を生きたハニーボーイ・エドワーズが95歳(翌年、96歳で逝去される)でそのステージに上がった時の会場の盛り上がり方は尋常ではなく、さらに「ギターを持った」というだけでさらに盛り上がり、「ギターから音が出た」ということで総立ちのスタンディングオベーションは止むことがなく「やっぱブルースマンはそこまで行かないといけないな、俺なんかまだまだだなぁ」と打田さんは語ってくれた。何だか自分できれいにまとめようとしているようだけれども、今回の急なご依頼も「無理を承知で、その場に来ていただけたならとても有難いのですが…」という担当職員の方の懇願に、思わず心と体が動いちゃった。 世の中にはそれとは逆に、家庭のなかで粗大ごみ扱いをされる人もいるし、自分の思い込みで自分を邪魔にするというかゴミ扱いする人もいる。「私って本当にダメだなぁ」という心は自らを顧みれる心でもあって尊いが、誰もが赤ちゃんであった頃に居るだけで周囲を笑わせて明るくさせてきた時代をもっていたはずだ。死んだ魚を水を得た魚にするのが人生の醍醐味たるものであると思う。 あるおばちゃんが教えてくれた。「干し柿もね、シブーい柿ほどあま~い干し柿になるんだよ」

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-01-24 10:55 | 草仏教
2014年 01月 21日

せせり そそり 

b0061413_2245578.jpg これは京都市左京区の一乗寺の いちなん さんで先客が食べていた せせり(鶏の首肉)である。実は私は大好物であり、焼き鳥屋さんや焼肉屋さんで「せせり」とか「ネック」とか「首肉」とかメニュー表示はさまざまなのである。これが置いてあるお店では「せせり、ビール、せせり、ビール、せせり、ビール」というシンプルな注文ローテーションを組むことも珍しくない。そして、焼き鳥屋さんの場合はカットされて串焼きにされることがほとんどで、もちろんそれでも実に美味なのであるが、いちなんさんではこのように一本食いができたわけである。これは実に良かった。鶏がもっともせわしなく動かしている部分である。これをおつまみにして生ビールを2杯呑んで「大分かぼすのチューハイ!」とオーダーをするといちなんのKEVIN兄貴は「マーヒーはそんな軟弱なものを呑んではいけない、ほれ、大事にとっておいた高級テキーラをストレートで飲め!」と、そのボトルとグラスをポンと置いた。美味いネックを味わいつつも、飲むものを勝手に決められるのがネックだなぁ〜と思いつつも(メモをとるか写真を撮っておけば良かったが)、そのテキーラは本当に素晴らしかった。ストレートでグビグビ呑んでいたらKEVIN兄さんはニコニコ笑いながら「はい、これはテキーラのチェイサーね」と、大分かぼすチューハイを脇に置いたのであった。その素晴らしいテキーラは少しづつ気をつけて呑んではいたけれど、昔ひどい目に遭ったテキーラとはまるで別物であった。素晴らしいテキーラだった。私のテキーラ観を180度転換させてくれた40度(アルコール度数)で、恐ろしいことに気がついたらボトルの半分を呑んでいた。二日酔いは爽やかに脳天からスッと抜けてくれたのだが、朝起きたら声が変質していた。会話や電話で「どうしたマーヒー、風邪でもひいたのか?」と言われ続けるほどにハスキーヴォイスになっていたのであった。もんたよしのりや葛城ユキ系のハスキーではなく、ビブラートにディレイがかかるロッド・スチュアートの系統の声になってしまって、試しに「♪I am sailing」という声を出してみるとなかなか良かったが、伽陀の発声では音程がコントロールできず、しかもハスキービブラートなどは完全にアウト・オブ・コントロールで制御不能であったので困ってしまった。ヘリウムガスで声がPerfumeになる効果は1分ぐらいしかないのに、ある意味全治三日の二日酔いだったのかもしれないけれども、そのテキーラ声が治るまでに丸三日間かかった。話はそれたが、塩味のせせりにはもちろんビールは最高に合うと同時に、いろんな酒がバッチリ合うものだなぁと感じた。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-01-21 23:14 | 草評
2014年 01月 20日

iPadでiDish(2) バーチャルリアリティとリアルくん

b0061413_020599.jpg というわけで、イノダコーヒーの皿を撮ったiPadを持ちつつ、年に1回か2回立ち寄る母校の近くの京都市のアップルハウスというフルーツパーラーであり喫茶店であるお店に行って「アップルハウスのジュースをイノダコーヒーの皿で飲もう」とiPadにiDishを映しだしてパセリジュースを置く。このパセリジュースは大量のパセリが入っているがリンゴとバナナも入っているので見た目よりずっと飲みやすい。ともかく、こういうことが許されるのは馴染みのお店しかできないことで、アップルハウスのママさんは私がこういうことを喜んでする人間であるということをよく知っておられるので軽く笑って見ておられていた。iDishを「ほほう!」とおもしろそうに覗きこんだお客さんは東洋史学の権威の藤島建樹名誉教授であった。そして、その10分後ぐらいにアップルハウスのママさんが「あらリアルくん、いらっしゃい」と言って、その「リアルくん」と呼ばれた学生はカウンターの私と藤島名誉教授の間、つまりは私の隣の席に座った。「リアルくん」という名がニックネームかもしれないし、その音での本名であったとしても間違っている可能性だってあるわけだが、反射的に「もしかしたらあなたのお父さんは横須賀のK先生ではないの?」と尋ねると、何とそれはズバリ当たっていた。珍しい音象をもつ名前だとはいっても、横須賀に研修会に行った時にそのご家族の名前も覚えていてよかった。「あなたが2歳ぐらいの時、私はあなたに会ったことがある。とてもなついてくれた」と言った。それにしても18年ぶりぐらいの再会が母校の近くとはいっても京都市の喫茶店で、しかもiDishで「バーチャルリアリティについて漠然とではあるが考察していたその時」のリアルくんの登場には実に驚いた次第である。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-01-20 00:38 | 草評
2014年 01月 18日

iPadでiDish

b0061413_18283746.jpg 京都駅の地下鉄乗り場のイノダコーヒーでiPadをとり出した。センター試験が近いせいか参考書やノートを広げる若者の姿も目についた。iPadの操作音はすべて消してあったな…と思って、出てきたコーヒーカップを避けてお皿を写真に撮り、その後にコーヒーカップを再びのせてみた。iPadでのiDishの完成である。ランタンをiPadで撮影しておいて、実際にバーチャルランタンとして使うという iLight は1年前から実践していて、これがバカバカしいことではあるもののウケも含めてなかなか重宝していたので1年ぶりの別バージョンである。レジでコーヒー代金を払って出ようとしたら、まったく同じコーヒーカップが売られていたので「それも運命」と併せて注文した。これでiDishとともに、自宅でいつでもイノダコーヒーの店内に居る感覚でコーヒータイムが楽しめるはずである。ただし、コーヒーが熱々のうちは液晶に悪影響が出るといけないからちょっと冷めてからしかのせられないのが欠点だな。それよりイノダのコーヒー豆かコーヒー粉もいっしょに購入してこいっちゅう話でもあるけれども。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-01-18 18:49 | 草評
2014年 01月 15日

コッヘル227番 鱈(タラ)のソテー バジルソース

b0061413_0582355.jpg モーツアルトのケッヘルナンバーは200番代ぐらいから名曲・傑作が目白押しとなってくる。コッヘルナンバーの方もそれにあやかりたいところではあるけれど、情けないことに「以前はどんなものを食材にしたかなぁ?」と迷うことが多くなってしまっている始末で、ブログ内検索をそのためにかけることが多くなった。ただ、過去の226本を省みるに4月下旬から5月にタケノコ料理が固まって出てくることが指標のようなものになってくれている。さらに、この2年間だけであるけれども秋に天然舞茸をまとめて出したことにより春のタケノコと秋の舞茸という時間軸ができている。そのような「季節のテーマ食材」の冬部門として最近名告りをあげているのが「末尾に3が付く日と8が付く日」という形で10日のうちに二日間、すぐ近くで開催されている「朝市」(といっても朝8時頃から午前中いっぱいまで)のなかの魚屋さんで売られている「大きな真鱈を三枚におろして薄塩がしてあるもの」というものにハマってしまった。高校サッカー中継のハーフタイムに過去の名場面をふりかえる時に出た4年前の名場面、敗れた滝川二高校の中西隆裕選手が泣き叫ぶように相手の鹿児島城西高校の大迫勇也選手(現在はブンデスリーガ2部・TSV1860ミュンヘン所属)のスゴさを試合後にシミジミとふり返って泣き叫ぶように言った「大迫半端ないって!」という言葉が改めてものすごくインパクトがあり、家庭のなかで何度もリフレインされるようになった。そこで、薄っすらと塩はしてあるものの冷凍モノではなくまさしく鮮魚の風格をもつその真鱈をいろんな食べ方をしては「真鱈半端ないって!」「半端ねぇー!」という、敵ではないのだけれどもその底力の強さをまた再認識している次第である。その半端なさは和食で本領が発揮されるとは思いつつも「はたしてセリエAでも通用するのであろうか?」ということも試したくなってきた。つまりこの半端ない逸材にイタリアンっぽい調理をしてみた。調理はごく簡単でスキレットに薄くオリーブオイルをひいて5分間、リッド(蓋)をして蒸し焼きに近いソテーとしただけである。味付けは食品大手のQ社のバジルソースである。Q社というのも半端だなぁ。ほめたいと思っているからハッキリと半端なく「キューピーです!」と書いていいだろう。このキューピーのカルパッチョソースがなかなか良くて長男なんかは魚料理でも何でもないサラダでもドレッシングとして使いたがるぐらいだったので、そのバリエーションとおぼしきものを試してみたのだ。輸入もののジェノベーゼソースをたまに買ってくるけれどもいつも三分の一ほどを使った後に冷蔵庫のなかで長期間そのままにして風味を落としてしまうというのがルーティーンワークとなっていたが、ドレッシング的な瓶に収められたバジルソースは実に使いやすくて「ちょっと合うかどうかを試してみる」という使い方ができる。コッヘルに料理が乗っているから言うわけではないが、これはアウトドアに持ち出すとしても半端ないってと言えるような戦力になることだと思う。大手のQ社(また略称に戻っちゃった)も侮れず半端ない。そして、真鱈はその個性を失わないままでオリーブオイルやバジルソースと一緒にやっていける。セリエAでも充分に通用するということがわかった。半端ないって。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
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by kaneniwa | 2014-01-15 01:35 | 草外道
2014年 01月 13日

激しいゲームの末に富山第一高校優勝おめでとう!

というわけで
PK専門職人の田子選手の出番はあるのかどうか?ということに関心も寄せつつ、
第92回全国高校選手権大会(サッカー)の決勝戦をテレビ観戦した。
東京オリンピックのために新たな競技場の建設が今年中にはじまるため、
現在の姿での国立競技場ということでは最後の決勝戦ということでもある。

非常に傲慢であるがサッカーの試合観戦はテレビでは日本代表の国際試合、
ライヴではJリーグのアルビレックス新潟の試合が標準となってしまったので
高校生同士の試合はレベルが落ちるなぁと思っていた。
これはテレビで夏の高校野球を昼間観て、夜にプロ野球を観たり、
さらにその日の夜中か次の日の朝にメジャーリーグ中継を観たりすると
「やっぱりプロは最高峰での勝負をしているよなぁ」
と感じることと真逆である。

ただし、決勝戦ともなると、独特のプレッシャーで普段通りには出来ないということも
なきにしもあらずにしても、その一戦にかける意気込みがビシビシ伝わってきて
熱い試合だった。
特に富山第一の選手は身長が172センチ前後の選手ばかりがそろっている感じで、
中肉中背というよりは今の高校生のスポーツ選手の体躯としてはむしろ小柄揃いともいえたが、
懸命にパスをつないでいく姿勢は何だかメキシコ代表の戦い方のようで小気味良かった。
そして、今大会もそんなに多くの試合を観たわけではなかったけれど
クリアーする守備陣のボールがちゃんとパスとしてつながっていく確率、
つまりはいちばんプロっぽく見えるというか、トップリーグの試合に見える感じは
いちばん高かったのではないかと思う。

しかし、今大会をそこまで無失点で切り抜けている星稜高校の選手の当たりは強く、
「石川カテナチオ」というような新時代を切り開くのではないかというぐらいの
固い守備の前にゴールを奪えない。
まずは予想されていたような試合展開で
あと3分少々でロスタイムに入るという時に星稜高校の河崎監督は
MF(ミッドフィルダー)の寺村介主将を下げた。
これは傍目から観ている私はわからない。
もしかしたら監督さんから見て主将の疲労困憊の度合いが強く映ったのかもしれないし、
交代して入った選手が非常にボールキープ力があるという判断だったのかもしれない。
ただ、主将は精神的にもフォーメーション的にも、まさに支柱だった。
これは岡目八目で、しかも結果から言える傲慢な意見であるけれど、流れは変わった。

その直後の後半42分に途中出場のFW(フォアード)の高速ドリブラーの高浪選手が
とうとう星稜高校の固い守備をこじ開けてゴールを奪った。

このあたりで私はテレビのボリュームをかなり上げたせいもあるけれども、
富山第一の応援の声にこもる熱量がその直前からMAXになった。
つまり、ロスタイムを含めて残り5分を切った時点で2−0のスコアとなり
ほぼ星稜高校の優勝が確定しつつある流れのなかで、
国立競技場の雰囲気全体が
「せめて1点、これまで相手チームを完封している星稜高校から1点を奪ってほしい」
という方向になびいたと思う。
そして富山第一の選手がボールを持ってゴールに向かって前を向いた時には
圧倒的な大声援が起こっていた。

これまた傲慢な意見かもしれないけれども、
バス40数台を連ねて決勝戦の応援にやってきた富山第一高校の応援団のなかで
失礼ながらサッカーというスポーツのルール等にあまり詳しくなかった人も、
この激戦の最高半になって、いつがシュートの好機なのかという大事なことを
理解してきたのではないか?とさえ思う歓声だった。
歓声そのものに反応しての歓声もあっただろうが、それはそれでたった一試合で何かを
ひっくり返してしまうほどのエネルギーがはたらいていたと思う。

後半ロスタイムに主将のMF大塚がPKを決めて同点。
PKを決めた直後にホイッスルが鳴り響き、延長戦に突入。
高校サッカーも決勝戦に限って10分ハーフの延長戦があった。

その延長後半に前回のブログで注目したPK職人のGK(ゴールキーパー)田子選手が
ウォーミング・アップをはじめる。
延長戦でも決着がつかずにPK戦となった時に富山第一高校にはPK専門のGKが居るというのは
何らかの形で相手にプレッシャーを与えていたということがあるかもしれない。
それはたとえば昨年までのヤンキースのリベラであるとか、
昨年後半のレッドソックスの上原であるとか、
中日ドラゴンズの岩瀬であるとか(ただ日本のブルペンは室内で見えないことが多いなぁ)、
そういったリリーフエースがブルペンで投球練習をしつつ仕上がっていることで
相手を無言のうちに威圧していることに似ていた。

そして激戦の最後の1分である延長後半9分に
途中出場の左足のスペシャリストMF村井選手の勝ち越しゴールで試合が決まった。

富山第一高校には心からおめでとうを言いたいが、
富山第一高校側から見ればこれ以上ないような劇的な優勝であっただけに
星稜高校の側に立てば悲劇的である。

ただ、この激戦を闘いぬいて、どうしても拭い切れない悔いは残したとしても、
あと一歩が及ばなかった悲しさをどうか未来に花咲かせて欲しいとも思う。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-01-13 22:55 | 草評
2014年 01月 12日

富山第一を決勝へ導いたPK専門のGKの田子選手に驚く

昨日、全国高校サッカー選手権の準決勝の試合を見ていたが
富山第一対四日市工業高校の試合で
後半のロスタイムに入ってからGK(ゴールキーパー)を交代させるということがあり、
「そういうことがあるのか?」
と驚いいた。
試合そのものはあと2分ぐらいでタイムアップという場面で
富山第一のGKが怪我でもしたのか?
と思えばそうではなく、
交代で入ってきたGKの田子選手は何と
「PK専門のPK職人の選手」
というではないか。
GKというポディションそのものが、FW(フォアード)でも守備をやり
デフェンスの選手でも攻撃参加するというオールランダーであることを求められる
サッカーというスポーツのなかでは
「手を使える」というルール上の特権をもち守備に特化したポディションである。
そのなかで、元パラグアイ代表でキャプテンだったホセ・ルイス・チラベルトのように
フリーキックやPKを自ら蹴って攻撃参加するというスタイルがあるということを
知った時とまったく別のベクトルで驚いた。
「PK専門のGK」
という存在はJリーグでもワールドカップでも聞いたことがない。
発想そのものがなかったといっていい。

サッカーで許さえる交代枠は走り回って体力が低下した選手に替わっての投入か、
劣勢の場面で攻撃力のある選手を入れるということが定石であろう。
GKを試合途中で交代させるということは怪我や故障と関係なしにはあまりない。

しかし、考えてみたらただでさえ、プロと同じく前後半90分プラスロスタイムを
戦うが延長戦はやらない方式の全国高校サッカーでは
0−0、1−1、2−2などのスコアで引き分けになって
PK戦で次の試合に進めるかどうかということが決められることが実に多い。
昨年の決勝戦もPK戦で決着したのであった。

そうなると案外と「PK専門職人が居る」ということだけで、
これは相手に威圧感を与えたのではないかと思う。

実際、起用された田子選手は最初の二人にはPKを決められたものの
ボールのコースは完璧に読んでおり、
ファインセーブで三人目のキックを見事に止め、
さらにPK専門職人ということで、国立競技場の準決勝が何と公式戦初登場ながら
常にニコニコして活き活きしている。
その表情は味方選手に
「外したってまた止めてやるよ」
と言っているようなものであった。

決勝戦はその富山第一高校と石川県の星稜高校という北陸対決となり
総合的な戦力では星稜高校が上のように見えるが
PK戦には持ち込みたくはないという心理が田子選手の存在で芽生え、
これはもうどうなるかわからない勝負になると思う。

しかし、サッカーというスポーツの根本的なルールのことであるが
PK戦での決着はくじ引きよりはマシかもしれないけれども
90分以上を戦った果てでの決着には疑問がある。
もう1メートルほど離れた距離からGKを含めた11人全員がPKを蹴るぐらいで
観ている方としては初めて納得出来うる決着の付け方である。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-01-12 08:57 | 草評
2014年 01月 10日

追悼記事(30) やしきたかじん

やしきたかじんという人は、たぶん、おぼっちゃまだったような気がする。
それは大阪のキタの新地や札幌のススキノの一流店の常連だったからではなく、
ほぼ全国ネットであるのに本人の
「東京発のマスコミ嫌い」(東京という都市が嫌いだったわけではないと思う)
ということでほぼ全国ネットであるのにわざと東京だけでは放映されていない
『そこまで言って委員会』で教育問題がテーマであった時に
「実は私の弟は学校の校長なんやけど…」
とさらりと言っていて、それが中学校だったか高校だったか、
公立だったか市立だったかは忘れたが、それを聞いて意外なようで妙に納得した。
それから、YouTubeで探しまわったけれどもあまりにも昔なのか関西のローカル番組だからか
見つからなかったけれど、ピアノの弾き語りをしているところを覚えている。
「ピアノを弾くからおぼっちゃま、弟が校長だからおぼっちゃま」
なんて、はずかしいぐらいの偏見に近いのかもしれないけれども、
そのピアノ演奏というものがギターのコードを鍵盤に移しただけのようなものとは違って、
何というかその時の技巧はともかく
「昔、クラシックを叩きこまれたのかも」
というような、意外なほどに端正なものに聞こえたからだ。

さらに、おぼっちゃまとしてチンピラ的なものに憧れてそうなっちゃった、
という雰囲気をその発言の端々に感じたものであった。

やしきたかじんが亡くなったと聞いて
朝のニュース番組や昼のワイドショー的ニュースなども含めてテレビをつけてみたが、
おそらく関西での扱いとまったく違い東京をキー局とするニュース番組のなかでは
扱いは小さいものに思えた。
週末のニュースのまとめではどうなるかわからないけれども
大沢樹生と喜多嶋舞との間の16歳の息子が父親とはDNA鑑定の結果血縁がなかったという
話題や、渡邉有三さんという山本リンダから工藤静香まで多くの芸能人のヒット曲を
プロディースしてきた方が亡くなったということや
本田圭佑がセリエAの名門ACミランに所属することになって
ミラノでの英語を中心にした記者会見のことがより大きく取り扱われているような印象をもった。

ただ、その本田圭佑の英語での発言を聞いていて
「ああ、大阪やなぁ」
というようなことを感じた。
別に英語が大阪なまりだったわけではない。
確認すると、やはり彼は大阪府摂津市の出身だった。
高校時代は石川県の星陵高等学校で過ごしているし、
Jリーグは名古屋グランパスエイトに所属していたし、
その発言は注目を浴びるが関西弁の雰囲気は常にあるけれども
そんなにストレートな関西弁ではない。
感じたのはボケもかましつつ言いたいことをハッキリ言って、
お笑いのオチにも似た区切りのようなことも言う気風からであった。

日頃サングラスをかけているという点も共通している。
目の奥の表情を読まれることを嫌うからだろうか。
やしきたかじんのことでなく、本田圭佑のことばかりになったが
両手に腕時計をしてあのファッションは、もしもサッカーがドヘタだったら笑われるが
スーパースターは妙なかっこをすればするほどにウケるということがある。

さて「空気を読む」ということばかりが優先される世の中にあっては
「空気さえ変えてしまう、空気をつくりだす」という人間の貴重さがある。
討論番組やトーク番組でのやしきたかじんのその才能は際立っていた。
安倍晋三首相との交流や橋下現大阪市長を府知事として立候補する時に背中を押したことから
「右寄りだったのではないか」
という声もよくきくけれども、思想的に右か左かということよりも
やしきたかじん本人にすれば
「格上か格下か」という、左右よりも上下のようなものが
優先順位として非常に高い人だったと思う。

本田圭佑が「奇跡のヤンキー」だとするとやしきたかじんは「奇跡のチンピラ」だった。
私がタクシーの運転手だとすると、奇跡だろうと泥酔したチンピラが乗り込んできた時が
いちばん困るのだろうけれども。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-01-10 06:17 | 草評
2014年 01月 07日

コッヘル226番 自家製のり弁当

b0061413_11203565.jpg 今年もやりますコッヘルシリーズ。ケッヘル番号によって整理されたモーツアルト作品のパロディでもあるので、ちょうどあと400本をこれからもやる予定なのです。あと10年はかかるでしょうか。まだお正月でもあるので豪勢なものでスタートさせたい気持ちもありましたが秋の天然舞茸特集に続いて冬の鱈(タラ)をしばらく特集してみたいと思っています。特集を組むというと聞こえはいいのですが、こうしないと何を載せたかということをつい忘れてしまいがちになるのです。というわけで色々な料理に使える冬の味覚の白身魚なのですが、真っ先に掲載しておきたいのが自家製のり弁当であります。昨年、実に久しぶりにHottoMotto(お弁当屋さんチェーン)の「のり弁当ランチタイム特価270円」を家族分買っていただきました。忙しかった時のその場しのぎのチョイスだったのですが、そこに「涙した」と言っても過言ではないぐらいにその美味しさにしみじみ感激したということがあったのです。いろんなお弁当屋さんでも最安値であることが多いのり弁当の実力を今さらながらに認識し、心底驚いた、ぶったまげたということです。学生時代に京都で私はのり弁当を実に多く食べてきました。それはお弁当屋さんで手軽に昼食なり夕食をゲットできるということの他に安かったということがあります。ちょっと高い本やアナログレコードやCDを買った日の夕食がのり弁当であったということは学生時代にとても頻繁にありました。なので「若い頃にちょっと食べ飽きた」ということがあってのり弁当に対して実は密かな愛着をもちつつもどこかでのり弁当を直視せず、むしろ意図的に避けてきたという人生であったとことに気づき、私はそれを後悔したのでありました。

b0061413_113832100.jpg HottoMotto中条店のすぐ近所には私も頻繁に出入りをする葬儀社のホールがあるということも、のり弁当を意識しつつも遠ざけてきた理由のひとつのように思えます。ただ、実に久しぶりの「のり弁当」を食してみて、変わらない値段(もしかしてランチタイム特価の場合なら安くなっていないか?)にも驚きつつ、その美味しさにも驚きました。ひとつには全国一律に思えるコンビニエンスストアのおにぎりでさえも新潟県内のお店のものは美味しいと思うほど違うように、お弁当屋さんチェーン店も米の生産者が多くお米の質と味には敏感な地域性のなかで確実に質の高いものを出しているのではないかという推測が確信に変わったことでもありました。これは唐揚げ弁当やとんかつ弁当でもある程度は推測してきたことではありましたが、のり弁当ぐらいのシンプルさに徹して浮き彫りになったことでございました。まず米(ごはん)の美味しさがダイレクトに感じることができました。さらに米の質もさることながら白身魚の質と味についても、それがたとえ輸入物であったとしても自然と思い入れをもつ地域性もありましょう。それがフライとなり、ウースターソースや時にはタルタルソースなどの異文化にもまれたとしてもなおかつ白いごはんとの相性の良さを見せつけてくれるような白身魚の実力も大したものです。そんなのり弁当は「どっぴゃー!」という種類の美味しさとはちょっと違うのかもしれませんが食べながら「うーん、これだね!」と静かに首肯しつつ、若き日々の何かを肯定しつつ味わったことでございました。


b0061413_11212646.jpg 年末の大掃除においてものり弁当を家族分買い込み「これだね!」の私の表情に影響を受けたのか息子などものり弁当のファンとなりましてとうとう自家製のり弁当を作成することと相成りました。たとえば美食家・北大路魯山人であればどんなのり弁当を作り上げるのでありましょうか?魯山人であれば陶芸家でもありましたので「コッヘルなんかで喰えるか!」と一喝されることとも存じ上げましたがやってみたことでございます。自家製と言ってもたとえばバレンタインデーの手作りチョコレートも「どの時点から製作するか」という問題がございます。カカオ豆を栽培しつつサトウキビ畑で砂糖を精製するような手作りチョコというのもあるにはあるかもしれませんが、今回は「お弁当屋さんでの作成過程はなぞるようにしつつなるべくいい材料で贅を尽くしたい」というコンセプションでございます。のり弁当の名アシスタントである微量のきんぴらや漬物、そしてちくわの磯辺揚げなどは今回は省略でございましてのり弁当の中核を担う部分を作ってまいります。お米は旧黒川村の米作りの名人と言われる方からいただいたものを炊飯用の土鍋で炊き上げました。コッヘルそのもので炊き上げるという手もございましたが、そこは万全を期すことにしたのでございます。そこに「東京名物の錦松梅のようなおかか主体の佃煮はないかなぁ?」と妻(シャラポア・日本人)に問えば、何と錦松梅のようなものではなく錦松梅そのものがございました。昨年、新宿区の専行寺様がお土産に錦松梅を持たせてくださったことで東京出身のシャラポアは自分にとっての「うーん、これだね!」に目覚めたようなのでございます。それを炊きたてのご飯にまぶします。炊きたてのごはんはその一粒一粒が白い妖精のような愛おしい存在でございましたが、その妖精たちが金平糖を手にしているようでございました。ちょこっとお味見をしてみますと「ああ、もうこれで何も要らないのではないか」とさえ思いましたが、ここで止まってしまったら、昼食や夕食はまかなえてもブログ記事にはならないので続けたことでございました。そこに三条市の乾物屋さんで手にいれた寿司海苔を置きます。海苔は黒々としつつも素晴らしき光沢をもち、写真でも室内のLED電球を反射させております。よくよく見れば自分の姿を映し出す鏡とさえなりそうな見事な黒き光沢でございました。白い妖精たちとの見事なブラック&ホワイトでございました。「のり弁当」というもののご本尊でありつつ名前さえ全面には出てこない鱈のフライでございますが、近くの市場のなかの魚屋さんで地物の日本海の巨大鱈の豪快3枚おろしの一片を購入したことでございます。薄塩をまとってはいるものの、冷凍ではなく正真正銘の地物の鮮魚でございまして、この3枚おろしの鱈はこの冬のテーマ食材ともなりそうな逸品でございます。それをダッチオーブンを使って揚げました。2枚目の写真は腹身部分でございましたが、やはりのり弁当ということでは一枚目の写真の尾っぽ部分が何だかしっくりくるような気がいたします。さて、お弁当屋さんののり弁当にも静かに感動いたしましたが、それよりもさらにシンプルに徹した今回の自家製のり弁当、炊飯専用の土鍋で多めに炊いたのですが家族のお代わりが止まりません。白いごはんも黒い海苔もお取り寄せの錦松梅も巨大鱈の切り身も、みんな影も形もなくなってしまったのでございました。


マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-01-07 13:31 | 草外道