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2014年 02月 28日

草煩悩(16) ムーンフェイズ付き腕時計

b0061413_2327124.jpg 今日は2月28日で、僧侶の同業者には忙しい人が多い。というのは、月忌参りといってご命日に当たる日にお参りに行く場合、31日がご命日の方の家の場合には、4月と6月と9月と11月には30日に併せてお参りをさせていただく。(うちの寺の場合です)2月の場合は、今日の28日に28日と29日と30日と31日が命日の方のところをお参りさせていただくということになって忙しくなる。閏年は一日分だけ余裕があるが、それにしても三日分となる。グレゴリオ暦は、4年に一度の閏年だけ一日分を加えて調整し、1年をデジタル的に365分割したものであるが、当たり前だが毎年2月は日が少ない。サラリー(月給)というものをもらっていた時代だけはこの2月が好きだった。28日間、あるいは閏年でも29日間という期間であるのにサラリーは31日間ある月と同じ月給が銀行にちゃんと振り込まれたからである。 さて、デジタル的なグレゴリオ暦をもとにしながらカレンダーがあり、日程表などがある。それをもとにデジタル的に何曜日の何日の午前あるいは午後の何時からこういう予定にしましょうね、と打ち合わせる。これが世の中のリズムになっている。こうでないと鉄道や飛行機やバスはダイヤを組めないし、テレビ局やラジオ局は番組表を作成できない。それはデジタル的な良さである。ただ、人間というのはデジタル的なものを使いこなせたり考え方ができうることは大したものであるが、生物として極めてアナログ的な部分もある。部分もあるというよりは、かなりの部分がアナログ的であり、ことに感性の部分はアナログ的なものが大半といってもいい。 さて、写真の腕時計は国産のムーンフェイズ(月齢表)付きのものである。昨年の東北楽天ゴールデンイーグルスのパ・リーグ制覇での「楽天優勝セール」で購入したものである。これだけが星野監督の背番号にちなんだ77%OFFでゲットできた。77%OFF製品は「数量限定ですぐになくなってしまっていた」という苦情が多かったのであるが、狙っていたBOSEのパソコン用スピーカーの77%OFFの購入をほんの少し躊躇してからクリックしたらすでに売り切れていて熱くなっていたところだった。だから衝動買いといえば衝動買いなのであるが、中世の文学はもちろんのこと明治に入ってからもしばらくの間までの日本人は「カレンダーはなくても空の月の状態はどうなっているかみんな知っていた」ということを薄々感じていたので 「江戸の刻」というちょっと変わったムーンフェイズ時計を購入するつもりでいたと妻(日本人・シャラポア)にも公言していたのであった。「江戸の刻」はなんせ和服にもバッチリ合うはずだし、毎月リングをはめ変えなければいけないのはちょっと面倒だが、和服にこの腕時計でキャバクラなどに行き「いけねぇ、もう丑の刻でぇ、そろそろおいとましねえと女房に怒られちまぅ、まあ今夜は満月だからお月様でも見上げながら帰ぇるかぁ」と言いつつキャバ嬢に小判(オモチャ)をチップに渡すということをしてみたかったのである。そういうわけで、元々ムーンフェイズ時計はずっと欲しかったのである。 25年ぐらい前だったと思うが、腕時計の世界でこのムーンフェイズというのが流行ったような時代があったような気がする。15歳のうちの長女などは当然それも知らないので「今日は月がキレイだったなー」なんてことを言ったら腕時計を見せて「こういう形をしていただろう?」と言うと「何それ?オッシャレー!最新式?」などと反応する。古いものは新しいということだ。ブレゲが18世紀後半に作った時計には、現在と同じ仕組みのムーンフェイズがすでに用いられているそうだ。今でもオメガなどのスイス製にたまにムーンフェイズ搭載のものを見かけるが、機械式はえらく高価であるのはもちろん重くなってしまう。(それがいい人にはそれでいい)私のは国産のクォーツで(それもグランドールなのでどこまでが国産か…?)大雑把にいえばカシオのG-SHOCKぐらいの値段である。しかも滅多に大幅値引きがされないBOSEのスピーカーとは違って、購入した後でのネットショップ情報を見ればけっこう大幅値引きもされている商品であった。それでも私はこのムーンフェイズ付きの腕時計をたいそう気に入って常用しつつ愛でている。先日、「何だか今日の宴会はずいぶんと盛り上がったなぁ」と感じつつ腕時計を見たら満月であった。実は月とのそういう相関関係を感じたことは特にこの腕時計をしてから実に多くあった。昔の太陰暦では祭りの日は満月の日に設定されていたことであろう。ただ、いいことばかりではない。ムーンフェイズ時計を腕にはめて新聞を読んでいると感じる(これはデータをとったわけではなくて感触に過ぎない)が、突発的な暴行、傷害、殺人事件というものも満月の日やその前後に多いような気がしている。さらにこれも個人的な感触でしかないけれども競馬で万馬券の大きいのが出たりするのも満月や満月に近いレース日が多いような気がしている。まあ人間の勝手な予想でオッズというものが出るので本命がコケやすいとわかっても万馬券の組み合わせなど無数にあるのでなかなか有効利用はしにくいけれども、この感触から「月を愛でた上での風流な馬券」というものもたまに買ってみたいという気はしている。 満月の夜のように月の引力が強い日には大陸が16センチほど浮き上がっている。どこかの地域がそうだというのではなく地球自身が微妙に「楕円形に歪む」ほどにそうなる。「16センチも浮き上がるなんてウッソだー!」と言われちゃうけれども海を見れば潮の満ち引きで数メートルも違っている。陸上、海上、海中を問わず多くの動植物がその影響を受ける。血液を中心とした水分でカラダの大半ができている人間がその影響を受けない方がおかしい。 今年は買いそびれてしまったけれども、来年は月齢表も付いている 農家日記 とか ヨガ手帳 なんかも併せて使うかもしれない。そして宴会や飲み会や馬鹿騒ぎのスケジュールはなるべく満月の夜に組み込んでいきたい。来年の今頃、私は狼男になっているかもしれない。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-02-28 01:01 | 物草
2014年 02月 26日

コッヘル229番 長崎皿うどん

b0061413_10471016.jpg 夕食は八宝菜にしようと思っていたら「長崎皿うどんの麺」というものがスーパーで売っているのが目について「よし!皿うどんで行こう!」と決定した。最近 ポテトチップス でリンガーハットのちゃんぽん味(山芳製菓)というものを食べてみたのも伏線になっていたのかもしれない。長崎皿うどんをそんなにしょっちゅう作るわけではないので(ただし、私の母は佐世保出身なので昔はけっこう食べていた)、子どもたちなどは「皿うどん?うどんを皿に盛るの?」という反応であった。そういえば京都の四条河原町の「地球屋」という居酒屋はまさに普通のうどんを皿に盛ってその上に八宝菜をかけていた。なつかしく思ったので「地球屋」を検索。最近、検索で「健在かな?」と確認することが多いなぁ。お店は伝統的なものも加味しつつ元気なようだ。特大の地球屋の皿うどんは630円(私が行っていた頃は500円)でまだあった。ただ、ここは栓抜きというものを使わずにビール瓶の栓はなぜか割り箸を使って開けることが伝統であったのだが、どうも現在ではアルバイトも含めて出来る人がいないようだ。ま、そっちの方の話はこれぐらいにしておくとして「皿うどん」と聞いてその地球屋流のものを思い浮かべられるということで、ずいぶんと久しく家庭でも外食でも長崎流の皿うどんを食べていなかったことに気がついた。以前はしょっちゅう食べていたつもりだったが、以前っていつ以前のことなんだろうか?ともかく、パリパリの麺が食べるにしたがって湿ったところとパリパリを保っているところとで食感と味覚のバリエーションというよりはグラデーションがついている感じがいい。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-02-26 11:35 | 草外道
2014年 02月 24日

オリンピックはすべての種目にエキシビションをやってはどうか?

7競技98種目を終えて閉幕したソチ冬季五輪であったが、
フィギュアスケートのエキシビション(Exhibition、公開実演)がもっとも素晴らしかった。

チャップリンの『スマイル』という曲に合わせて
(声はナット・キング・コールで歌詞はサッチモの"What a Wonderful World"だったような…)
の浅田真央(今回のブログ記事は「選手」という号をつけない)の演技は、
その映像のどこをとりあげても絵になる、ポスターになる、グラビアになる。
もうメダルだとか順位だとかジャンプの成功だの失敗だのどうでもよく、
「エキシビションというその場に浅田真央はやっぱり欠かせない」
という存在感を見せてくれたことに価値があった。

高橋大輔のアルゼンチン・タンゴ(よくわからないがピアソラかな?)に
のっての素晴らしい演技で、解説の八木沼純子が
「う、上手い!」
と思わず声に出した。
そのひと言で逆にエキシビションではない競技の方の解説が、
「トリプルアクセル!サルコウ!ダブルトゥループ!」などと
4年に1回は新聞記事などで確認するが、未だに違いがわからない技の名前を
叫ばれるよりも、実は、この「う、上手い!」というような声をずっと望んでいたのだと思う。
なぜ高橋大輔のステップが世界一美しいと言われるのか、
それを技術的な解説をどれだけ積み重ねられてもピンと来ないのであるが、
八木沼純子ほどの人が思わず放送で口に出る
「う、上手い!」
のひと声だけで、素人でも鑑賞者としては感じてくるものが
非常に高度な技術に裏付けされているということをむしろ確実に認識できた。

先日、羽生結弦選手のフリー演技にBEGINの「島人ぬ宝」をBGMにするととても感動したり、
あるいはじぇにー姐さんのすすめでショートプログラムの演技にジョニー・サンダーの歌声を
かぶせてみると非常に良かったりする理由のひとつに、得点のための技術解説や
アナウンスは聞こえてこない方がいいということがあったと思う。

スペインのハビエル・フェルナンデス・ロペスは競技でもコミカルな動きの要素があって
エキシビションでも期待していたのであるが、もう期待以上というか
オリビア・ニュートン・ジョンの『フィジカル』にはじまる80年代王道ディスコメドレーに
のせてのエキササイズをスーパー忘年会におけるスーパー宴会部長のスーパー芸のように
演じ、特に三回転ジャンプをわざと失敗してわざと転倒し、水をかけられてよみがえるという
一連の動きは、身体能力が高かった時代にカラダをはって笑いをとりにいった
ドリフにもとんねるずにもできない芸であった。

町田樹はクイーンの「ドント・ストップ・ミー・ナウ」に合わせて
フレディ・マーキュリーへのリスペクトをこめたエアギターを披露してくれた。
ダイノジ(お笑い芸人コンビ)の大地(おおち)がフィンランドで行われた
エアギターの世界大会でグランプリをとった演技も素晴らしかったが、
それとはまた異次元の氷の上で疾走しつつのエアギターは
世界のロックファン、ことに生前はステージ上でエアギターを披露していた
フレディ・マーキュリーのファンは喝采を上げたと思う。

銀メダリスト、パトリック・チャンの英語とロシア語によるあいさつも良かった。
ロシア語はスパシーバ(ありがとう)しかわからなかったが、
普段は競技で争っているが、こうしてスケートを愛する仲間であるということを
述べた。
この「ノーサイド感覚」というものが近代オリンピックでも希薄になってきていて、
さらには残念なことにパラリンピックもメダルや順位争いが主流となっている気がする。

冬も夏も、競技の終了の数日後に、こうしたエキシビションを設けたらいいのではないだろうか。
メダリストになるということも競技の普及につながる目標となるものであるが、
オリンピックの華としてエキシビションに推薦されることが目標となってもいい。

レスリングなどは大相撲の「初っ切り」
(コミカルな舞台的取り組みをすることによって観衆に反則など相撲のルールを教える)
にあたるものをエキシビションでやったら見たいと思う。
大相撲では横綱や大関が「初っ切り」を演じることはないけれども、
それはそれで福祉大相撲の場でも巡業でもいいから見てみたいものである。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-02-24 10:45 | 草評
2014年 02月 22日

草仏教掲示板(62) 許すとは 過去を手放すこと

b0061413_0243774.jpg 「取り返しのつかないことをしてしまった」とは、浅田真央選手がソチ五輪でのすべての演技を終えた後、フリー演技で自己最高得点を上げて6位に入賞したのにも関わらずに個人戦のショート・プログラム演技で全体の18位に終わったことを悔いて発した言葉である。何でこんな犯罪者の懺悔のような言葉を発せなければならないのか。そして2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相に「大事なときには必ず転ぶ」などと評されなければならなかったのか。本題ではないけれども「問題発言の部分だけが抜き取られて取り上げられている」という意見もあり、発言箇所の全文の書き起こしも読んでみた。なるほど「なぜ団体戦に出なければいけなかったか、浅田選手がかわいそう」という言葉もあり、抜粋記事を読むのとでは少しニュアンスが変わってくる。しかしながら、逆に書き下し全文を読むことによって冒頭には「また20時間かけてパラリンピックに行かなければならないと思うと暗い気持ちになる」という趣旨の発言があることにも気がつき「やっぱりこの人が会長でいいのか?」と、こっちの方が暗い気持ちになってきた。 少し本題に帰っていこう。「メダルを期待してくれた人々に申し訳ない」という気持ちが犯罪者の懺悔のような言葉を言わせたとしても、浅田真央選手はフリー演技で会心の演技をすることができたことにより自分を許すことができたような気がする。(これは仮定の話だがショート・プログラムでトップと点数が並んでいたとしても4位であった…いや違うな、3位で銅メダルだったな) 許すとは過去を手放すこと この言葉はベニシア・スタンリー・スミス(Venetia Stanley-Smith)さんの言葉である。この方がどういう方というとイギリス出身のハーブ研究家で、ご伴侶が山岳写真家の梶山正さんという方で、現在は京都市の大原にお住まいであるという。どこでこの言葉と接したのか記憶がない。多分ネットで見つけたと思う。本当は逆なのであるがネットで出典を調べてみたら 「ベニシアさんの四季の庭」という映画のなかに~許すとは過去を手放すこと~という文章があるという。それを引用しておきたい。

~許すとは過去を手放すこと~
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by kaneniwa | 2014-02-22 01:04 | 草仏教
2014年 02月 20日

名曲草鑑賞(41) BEGINの「島人ぬ宝」

平野歩夢選手がスノーボードで銀メダルを獲った「ハーフパイプ」という種目は、
パイプを半分にカットした競技場の形に由来する。
そこを勘違いして
「いやぁ平野歩夢選手のパイプカット!若いの立派だねぇ!見事なパイプカットだったねぇ!」
なんて大きな誤解を呼ぶ絶賛をしていた人がいたとかいなかったとか。
もしもマスコミでアナウンサーやレポーターがそんな言い間違いをしてしまったら 
♪テレビでは映せないラジオでも流せない♪
ということになってしまう。
そして、間違って
「いやあ立派なパイプカットだった!」
と言っていたその人が数日前の明け方に
「今度は羽生結弦選手がとうとう金を取ったぞ!金を取ったぞ!」
と騒いで家族を起こすというようなことになってしまった時に、
今回は正しい情報を伝達しているのにも関わらず、
前回の不用意な言い間違いが伏線となって新たな誤解が生まれたとか生まれなかったとか。
こういうネタはいずれナイツが寄席でやりそうだ。
ただし♪テレビでは映せないラジオでも流せない♪

そんな、あったかなかったかわからない話は置いておいて(要らないマクラだったか?)
私の高校生時代の密かな趣味についてお話したい。
私は4時頃までに自宅に帰った日は当時のNHKのFM放送で
「軽音楽をあなたに」という番組をよく聴いていた。
番組テーマ曲は「Staff」の「いとしの貴方("My Sweetness")」で、
DJ陣は湯川れい子さん、山本さゆりさん、水野マキさんが日替わりでやっていた。
いずれもコメントは曲の余韻を大事にした短いものながら
この3人の女性DJの見識はとても深かった。
重厚な伝統音楽に対する「軽音楽」という表現自体が今からみると古いものではあるが、
主にロック、ポップス、フュージョンなどのジャンルから
多くのアーティストの存在を教えてくれた今でも感謝しているラジオ番組である。
話をすすめると、私はこのラジオ番組を聴きながら
大相撲の開催中はNHKのテレビの大相撲中継を「音声を消しつつ」見ていた。
すると、たまたまではあるがラジオから流れている音楽と
テレビでの力士との闘いが奇妙なシンクロをすることがあった。
立会からの緊張感が除々に高まって盛り上がり、
取り組みの瞬間にサビが来て、
スローモーションの再生に時に再び盛り上がりは保ったままで
静かにフェードアウトしていく曲などは
「この画像のために作ったのではないか?」と思わせてくれた。
レッドツェッペリンの「天国への階段」(Stairway to Heaven)などは
その要素をふんだんに含んでおり、
ブリテッシュロックはそんなに愛好していなかったのにも関わらず
「大事な定番」となった。
当時の看板対決であった麒麟児vs富士桜戦などは、ハードロックやヘビィメタル、
さらにはパンクロックなども抜群にマッチした。
時代はうつって富士桜が中村親方となり
その息子がロックミュージシャンとしてデビュー(GATS TKB SHOWの中沢ノブヨシ)した時に
「やっぱりロック魂を受け継いだんだ」
と一人うなずいた。

結局、その「奇妙なシンクロ」を楽しむために、
あるいはもっと意図的に奇妙なシンクロを作り出すために、
いろいろな音声をバックに相撲中継の映像を楽しむということが起こった。
私の記憶にずっと残るのはサーカス相撲で有名であった栃赤城関である。
栃赤城本人がクラシック音楽、特にバロック音楽が大好きであったこともあり、
テレマン、バッハ、ビバルディなどの小品が実によくマッチして、
その繊細な転調と技の切り返しのタイミングがバッチリとハマった時には
一人孤独なガッツポーズをしていた。
私が映画監督や舞台の監督になっていたとすれば
「そのための大事な修行をしていた」といえるのであるが、
今は「奇妙な趣味をもっていた」というしかない。 

 さて、今回のソチ五輪でのフィギュアスケートで、その奇妙な趣味の再燃があった。
羽生結弦選手のショート・プログラムの演技は「人類史上最高得点!」と言われるように
完璧な演技であったが、いかんせん2分50秒以内という時間内に合わせる楽曲は
初期ビートルズぐらいしか思い浮かばなかった。
なので4分30秒±10秒と、4分40秒ほどの演技時間であるフリースタイルが、
いろいろなジャンルの楽曲を試すことができていいと思った。
今回のソチ五輪の男子フィギュアスケートのフリースタイルでは4位に入った
スペインのハビエル・フェルナンデス・ロペス選手の演技などは
コミカルな動きの要素もあって非常にいい題材であるのだが、
それはまた後の楽しみとしてとっておくとして
羽生結弦選手のフリースタイル演技に合う4分40秒の楽曲を探しはじめた。

まず、クラシックの分野からは妙味があるものは見出しにくかった。
たとえばモーツアルトでいえばクラリネット5重奏曲 ロ短調 作品115 第3楽章や
フィガロの結婚K492序曲などは演奏時間と演技時間の兼ね合いでいえば
バッチリなのであるが、中途半端に演技とマッチしていておもしろくない。
当たり前だけれどもクラシックの分野のなかでは実際に演技で使われた
チャイコフスキー作曲の幻想序曲『ロメオとジュリエット』からの抜粋の威力を
まざまざと見せつけられた形となった。

そこで
「スケートの伴奏としてはエキシビション以外ではあり得ない歌詞付きの楽曲で
 思いっきり違和感を楽しむ」
という視点からこの選曲作業を続けた。
その結果、見出した私にとっての場外ホームランだったのが 
BEGINのLIVE DVD「アコースティックコンサート2007 らいぶいず往来」
(2008年2月27日発売)のなかからの「島人ぬ宝」であった。
ライブ音源であるということもあり、曲が始まる前の拍手のなかで
最初に音が出てきた瞬間に羽生結弦選手の演技の始動を合わせると、
演技が終わった後にしばらくタメを作った後に万雷の拍手と
歓声が沸いてくるところの芸術点が高い。

イントロからBEGINの比嘉栄昇が奏でる印象的な三線(さんしん)でのリフが、
曲と演技の要所で何度かリフレインされて
素晴らしいアクセントになっているというところもいい。
楽曲の力によって
♪テレビでは映せないラジオでも流せない♪世界というものが
そこに現れてくれたという実感があった。

青を基調にデザインされたソチの会場は
スケートリンクであるのにも関わらずに南の美しい海を連想させ、
その海から飛び出てスピンをするイルカ君を羽生結弦選手は表現しているかのように
思わせてくれた。
そしてまた、これはたまたまではあるが
羽生結弦選手のフリー演技は前半の痛い失敗を耐えに耐えて
終盤の難易度の高いジャンプを成功させ
体力を振り絞ってエンディングまで持っていくという構成になったのだが、
そこに同じく前半に置かれた
♪汚れていくサンゴも減っていく魚もどうしたらいいのかわからない♪
というような歌詞と、その歌詞にこめられた心情と動きが絶妙にシンクロされていく。
そして重要なのは要所でリフレインされる三線でのリフとともに
タイミングにタメを作りつつ
「この瞬間しかない」
というところで発せられる
♪イヤササー!♪
の掛け声というか合いの手。
出身も北と南、体型もスリムとファットと
まったく違う羽生結弦と比嘉栄昇のそれぞれの芸銃性の邂逅(かいこう)がそこにあり、
羽生選手はこの♪イヤササー!♪の掛け声がかかるたびに
その合いの手は愛の手となって不思議なエネルギーが注入されていくようにしか、
何度見ても(わはは、この組み合わせで相当見ました!)思えなくなってくる。
そしてBEGINは「島人ぬ宝」に気がつき、羽生選手は「金メダルという宝」を手にする
プロセスを描く壮大な物語となっており、
BEGINのファンも羽生結弦選手の両方のファンが手をとりあって泣ける
物語性のある組み合わせとなったと自負している。
(だから何だと言われても何ですが…) 

たまたま、私がこの組み合わせでモニタリングをしている時に
長女(15歳)が
「何バカなことやってんの?」
とそばに来た。
長女は最初は南国調の楽曲と氷の上での演技という違和感を楽しんでいたが、
その物語性に引きこまれて感動している。
もう15年も長女ウォッチングを続けている私にはわかるが、
現在受験勉強中の長女は
♪教科書に書いてあることだけじゃわからない♪
の部分にいちばん心の琴線を揺さぶられている。
BEGINの書いた歌詞のとおりだと思う。
♪教科書に書いてあることだけじゃわからない♪のだ。
やっぱり教科書だけではなくて今の時期は問題集をやったり参考書とかも参照しなきゃ。
イエス・キリストも
「人はパンのみに生きるにあらず」
と言ったというが、その通りだ。
パンだけではなくて米やおかずも食べなければいけない。違うか?

※ このブログ記事のマクラとオチは、さすがに自分でも無茶苦茶書いたなぁと思っています。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-02-20 16:18 | 草評
2014年 02月 18日

「雪女」の伝承から予測する超長期天気予報(2)

b0061413_051189.jpg というわけで、続編である。まず写真は2012年、つい2年前の2月1日から大寒波が押し寄せてきた時の写真である。(最寄りのJR中条駅)この時期、なぜかコンパクトデジカメでモノクロ写真ばっかり撮っていたのであるが、普通にカラー写真で撮っていてもあんまり変わらなかったとは思う。雪の質感からすれば、案外とモノクロの方がリアルに思い出せる。私が普段みる夢とか思い出す記憶とかがモノクロであるからかもしれない。とにかく出張で京都に行く時にシャラポア(妻・日本人)は「えっ?電車は来るのかなぁ?」という感じであった。まずは徒歩で駅に行くと、特急は運休していたが各駅停車は10分以内の遅れで到着したので新潟駅まで出て、後は普通に新幹線を乗り継いで普通に京都に到着して午後からの会議に参加した。ただ、一泊して翌日の会議を終えてその日の夜に寝台急行きたぐに(現在は通常鉄道ダイヤから消えている)に乗って帰る予定であったのだが、それが寒波の影響で運休となった。夜から夜行以外では帰るすべがないので仕方なくホテルに延泊。事前にネットで取ると割安に感じられた宿泊費であったが、延泊分はレギュラー料金で「うわぁ、レギュラー料金だとこんなに高いホテルだったのかぁ!」と、ちょっと痛く思った。帰れないからといって部屋で悶々としていても仕方がないので会議で来ていたメンバーと「これも巡りあわせ」ということで京都の街に出た。自宅に「いやぁ帰れなくなっちゃった」という電話を入れて「それは仕方がないから気をつけて明日帰ってね」と優しく言われたのだが、祇園のスナックのお姉ちゃんたちの嬌声がどうも気まずかった。これは2月16日の広域積雪被害のさなか、ネットにも常に流れている「首相動静」でずっと「東京・富ケ谷の私邸で過ごす。来客なし」となっていて夜になってから「午後5時49分、東京・赤坂の天ぷら料理店『楽亭』着。支援者らと会食。」という動静が報道されたことと同じぐらい気まずかった。さて、ともかくこの2012年の2月以降、私の住む地域に久しぶりの凍りつくような寒さとまとまった積雪があった。他の地域の方からは広域な新潟県をひとつとして感じられて「雪がたいへんですよね」とよく言われるが、テレビなどで報道されるのは山間部を中心にした日本有数の豪雪地帯であり、そこをイメージされるのであれば「雪で苦労している」などとは口にできないような海に近い平野部である。それでもこの2012年の寒波と降雪は、年配の方々の「これは久しぶりだ」という言葉とともに記憶に残る。新潟県などは範囲が広域過ぎて一概には言えないけれども「傾向としてこの数十年間が暖冬で小雪であったのだ」ということを初めてに近い形で認識したのであった。 東日本大震災からほぼ1年が経過しようとしていた時期であったが身近なところで「寒波や積雪というものに対する意識が希薄になっていた」ということを感じた。ライフライン (lifeline) という英語は救命胴衣であるとか救命浮き輪、ロッククライミングや高いところの作業での命綱を指す。日本では1995年の阪神淡路大震災以降は特に電気、水道、ガスや道路などの生活インフラを指す言葉となっていった。これが遮断されると命に関わるという意味が、停電が頻繁に起こる国とは違ってライフラインの日本独自の意味となった。このライフラインが途切れてしまった時の困惑は、数十年前よりもはるかに大きいものになった。停電で楽しみにしていたテレビ番組のハードディスク録画ができなくてもブログの更新ができなくても道路の閉鎖で少年ジャンプが発売日に手に入らなくても大したことはない。食料は何とか三日から四日、できれば一週間分は何とかなる備蓄が欲しい。阪神淡路大震災は1月17日という一年でもっとも寒さが厳しい時期に起こり、東日本大震災も3月11日のまだ寒さが厳しいなかで起こった。暖房は大事である。食料はなくても何とか三日は生き延びられると思うが、体を温めるものがなければ一日で死んでしまう可能性がある。オール電化住宅などは火事の出火を抑えるはたらきはあったかもしれないが(ただし漏電はある)、大都会の真ん中でもエアコンか灯油ストーブでもコンセントを差し込まないと起動しないものばかりでは困る。少なくとも近所でアンプラグドでも暖房ができる石油ストーブを持つ人の存在を知っておかねばならない。最近はオール電化のところもなきにしもあらずであるが寺院にはアンプラグド暖房がある確率が非常に高いので頭に入れておいた方がいい。積雪ですぐに「行政が悪い!」とか選挙に行ったか行かなかったか知らないが「政治家は何をしている!」とすぐに声を出すのは恥ずかしい。停電などもすぐに「電力会社は何をやっているんだ!」などという声を上げるのも恥ずかしい。ただ三日間を自力で何とかして救援の手がまったくさしのべられないのであればそれは政治家も行政も悪い。よく「電気がなかった江戸時代に帰るべきである」という原理主義的なことを言う人もいるが、普通に考えて趣味的に一定期間をそうやって過ごすことはできたとしても社会構造的にはそれは無理である。ただ、実験炉以外の原子力発電所が一基も稼働しておらず、停電というものもけっこう日常的にあった1970年あたりにはいつでも帰れるようにしておきたいと思う。明日や明後日の天気予報の精度はかなり上がっても長期予報は難しく、さらにもっと長いスパンの予測は難しいのだけれども、気候の方は東京の多摩地区で「雪女」の伝承があった江戸時代に帰ってしまうかもしれないのだから。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-02-18 05:59 | 草評
2014年 02月 16日

「雪女」の伝承から予測する超長期天気予報

b0061413_0352374.jpg まずこの写真は日本で初めての天気図である。記されている日付は1883年(明治16年)2月16日であり、実は今日は日本で天気図というものができて131年目の記念日であった。ついでに言えばうちの息子の誕生日であり、金正日総書記が生きている間の北朝鮮ではその誕生日を祝って壮大なマスゲームが展開されていた。さて、最近、西日本も含む広範囲に積雪があった。そして山梨県の甲府盆地は広く雪に覆われて、昨日は比較的に積雪にも強いはずの上越新幹線も関越道もストップしたり通行止めになっていた。さて、述べたいことの本題であるが、首都圏を中心にした関東地方に積雪があるとよく「戦後◯番目の積雪」という表現で、この74年間のデータしか参照されないのであるけれども、1876年(明治9年)に東京管区気象台が開設されて以来の最大の積雪量はどれぐらいであったのかといえば、この日本最初の天気図ができた日の8日前の1883年(明治16年)2月8日のことであり、東京都内のどこのポイントで計測したかまでは私にはわからないのであるけれども、その積雪は「46センチ」となっており、これが公式な気象データの最大値ということになっている。「夜半許には一尺の上に満たるが,此頃より風は増々荒く雪はいよいよ降頻りて,本社の前なる銀座の通も人一人も往交ふを見ず」と翌日 2月9日付の東京日々新聞に記されている。では、その130年より前の積雪はどんなものであったのか?これは東日本大震災以後に特に大事にされるようになってきた資料、それもお役所の公式資料のみならず文学や庶民の日記も参照していくしかない。1822年(文政5年)の1月に江戸のあちこちで二尺(60センチ)以上の積雪があり、2月22日の江戸品川(これは現在でも品川なんでしょう)では七尺(2メートル以上?)の積雪があったことなどが記録に残されているそうであるけれども、品川の七尺の方はちょっと信じがたくてこっちは積雪ではなくて除雪で積み上げた雪の数値であるとは思うけれども、江戸時代には「雪が降れば中野より西は大雪」ということはよくあったことではないかと思われる。特に18世紀の後半より昔は、今よりもずっと大雪が多かったようだ。

雪女の伝承の舞台はどこか?
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by kaneniwa | 2014-02-16 23:09 | 草評
2014年 02月 14日

私の大好きなアイアンマンの写真

b0061413_1443581.jpg 吉田耕二さんというアマチュアカメラマンがいてその吉田さんの個展が胎内市のロイヤルパークホテルであった時に私はシャラポア(妻・日本人)とともに観に行った。その時に新潟県北部や山形県の美しい風景写真に混じって長年にわたって寺院を支援してくださっていたMさんの姿を写真のなかに見つけ、シャラポアとともに「Mさんだ!Mさんだ!」と声を上げることになった。後日、カメラマンの吉田さんに会って「どうかプリント代実費であの写真を分けていただきたい」と申し出たところ、快く承諾してくださった。吉田さんが言うにはMさんは根っからの鍛冶職人であり、仕事場を撮らせていただくことを何度も申し出ていたが「仕事場はダメだ」と首を縦にふらなかったそうだ。それがMさんが亡くなられる前、入院生活を送られるようになる数ヶ月前に「今日ならいい、撮りに来い」という電話が吉田さんの自宅に入ったそうだ。飛ぶ火花でニコンのデジタル一眼レフのボディに傷が入り、フィルター(レンズもだったかな?)をひとつダメにしてしまったらしいが、この「奇跡の一枚」を撮り上げた。吉田さんは「作業をするMさんの鋭く燃える目がキャップに隠れてしまったのが残念だ」とおっしゃったが、私としては慰めでも社交辞令でもなく本心で「いや、目が隠れていることでMさんのあの目をかえって想像することになって、これは感動の一枚です!」とキッパリと言った。

b0061413_1445886.jpg 私はガラスなどの反射をおさえる偏光フィルターを持っていないので、写真をアップで撮ると自分のシルエットが写り込んでこの写真の魅力の何分の一かも伝えられないのだが、どうかしばらくは玄関に飾ってあるので是非とも観に来ていただきたい。Mさんは強くて優しい人であり、根っからの職人気質であった。私の趣味のダッチオーブンを見せると「昔のアメリカ人はいいモノを作っていたなぁ…」と言った。そんな鉄人のMさんに「…あのぉ、テネシー州で今でも同じものを生産しているんですが…」とは言い返せず、代わりに「このダッチオーブンのリッド(蓋)の部分に大量の炭をのっけるための鋳鉄製のリングなんて作っていただけますか?」と言うと、笑いながら「いいよ」と言っていた。ただ、晩年のMさんは全国で鍛冶屋さんが減っているなかで京都や奈良の寺院やその保存委員会からも特注の金具の再現の仕事も受けて大忙しであったので、私のもとにその特注リングが届くということはなかった。息子さんは首都圏に住んでいるがアマチュアながら職人気質を受け継いだアコースティック・ギターを弾きながら力強くてウォームで大きな声量ながら優しく美しい歌声をもっている。寺院でMさんも見つめるなか、私のギターで一曲やってもらったこともあった。来月のMさんの三回忌も近づいてきた。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-02-14 14:36 | 雑草
2014年 02月 12日

ゆとり教育が案外と再評価される流れがあったりするかも

現地時間で2月11日、ソチオリンピック・男子スノーボードハーフパイプ決勝で
平野歩夢選手が銀メダル、平岡卓選手が銅メダルを見事に獲得した。
スンバラシイ!

平野歩夢選手のお父さんが経営している
日本海スケートパーク
は、たまに日帰り温泉(瀬波温泉)に入りに行く行き帰りに通りかかるのだが、
スケートパークといってもアイスリンクではなくて旧市民体育館を改造してできた
スケートボード場であり、スケボーを使ってのハーフパイプ練習もできるそうだ。
なかに入ったことは一度もなかったのであるが、そのような場を作り上げていた
お父さんの情熱には頭がさがる。
そして、これは銀メダルという収穫がもたらすものであるけれども、
そのお父さんのような情熱をもった陰の功労者にスポットが当たるのは嬉しい。

平野歩夢選手とは住んでいるところが近いので、天然雪を使っての練習は
胎内スキー場(胎内市)かわかぶな高原スキー場(関川村)かニノックススキー場(新発田市)
というあたりでやっているのかと思ったら、
山形県の横根スキー場という場所のハーフパイプ特設練習場でやっていたという。
横根スキー場というと国道113号線沿いの、いわゆる「道の駅」に隣接したスキー場で、
ここでコーヒーを飲んだことはあるけれども、
その目的はここで休憩して蔵王スキー場に行くためのもので(そういう人が多い気がする)
1990年からここに「日本初の常設公式パイプ」というものが設置されていて
平野歩夢選手からすれば「おじいちゃん世代」とも言っていい62歳の高橋恒行さんという
人がそのコースの整備を担当しつつ、午前10時〜午後5時の営業時間いっぱい練習を続ける
平野選手の子どもの頃からの良きアドバイザーとなっていたと聞くといい話だなぁと感じる。

さて、さらに冬季五輪でメダルこそ惜しくも逃したものの
(女子はノーマルヒル競技のみで団体戦もないことを知らずに
「まだラージヒルがあるじゃないか」という恥ずかしいことを言っちゃった)
ワールドカップ等の実績から文句なしに世界の頂点のところにいる
高梨沙羅選手などをはじめとして冬季の競技のみならず、今の日本のティーン・エイジには
すでに世界的な活躍をするスポーツ選手が多いような気がしている。
もしかしてゆとり教育世代というのはすごくて、2年後、4年後、6年後に
そんな人材が今のように湧くようには出てこなくなった時に「ゆとり教育に帰れ!」という
声が上がってくるのではないだろうか。
(ハイ、これは予言です)

今、受験勉強中の長女が平野歩夢選手と同じ年、同じ学年、同じ新潟県の下越の北部。
小学校入学以来されてきたゆとり教育が実施後にボロクソに叩かれて
大きく見直されれた時期であって、小学生時代に比べるとただでさえ分厚く見える教科書が
さらに物理的にも感覚的にも「とんでもなく分厚くなった」と感じた世代である。
それでも学校の授業の週休二日制は変わらずに平日の授業が増えた。
私は学校の先生というのは申し訳ないけれども多くの私立でそうしているように土曜日勤務
もしてもらって、その代わりといっては何だけれども夏休みなどの長期休暇はたっぷり
とってもらって研究のための調査や体験のための旅行などにバンバン出かけていってもらうとか、
趣味に没頭してもらうとか、長期休暇で単に日頃の疲れをとってもらってもらう方がいいと思う。
そうずっと思ってきた。

ただ、学生にとってはどっちがいいのかな?
私としてはそういう世代なので、何となく土曜日の授業というのが
いちばんスッと頭に入ってきて
「毎日が土曜日だといいのになぁ」
と思っていた。まあこれはゆとりに憧れすぎていたというべきか。
毎日が日曜日というのは定年後の人を指す言葉であり、
軍歌(主に海軍で歌われた)においてキリスト教の安息日の価値観を完全否定した
「月月火水木金金」
というナンバーは実に強烈すぎる。

高梨沙羅選手は多くの名ジャンパーを輩出した北海道上川郡上川町出身だ。
横根スキー場のハーフパイプ特設練習場とともに、上川町のジャンプ台は
「それを作れば彼(と彼女)が来る」
というフィールド・オブ・ドリームの体現であった。
そこで育った高梨沙羅選手が進学先の高校に選んだのが
旭川市のグレースマウンテンインターナショナルスクール。
それだけではなくスゴいのが、一日11時間の猛勉強をしたらしいけれども
入学からわずか4ヵ月後の2012年8月に高等学校卒業程度認定試験に合格しているということで
「ジャンプ競技に専念するために冬が来る前にやれることはすべてやっちゃえ」
というものすごい集中力であったと思う。

高校野球などもそうであるけれども、多くの全国大会が夏休み中に集中する夏季競技と違って
冬に転戦する冬季競技をやっている中学生、高校生の苦労のようなものも感じる。

さて、平野歩夢選手の進学先は、まだあやふやな情報を鵜呑みにして
ブログに記するわけにはいかないけれども、
うちの街に出来たばかりの私立高校に進学するという可能性も大きいようだ。
そうなると駅から自転車や徒歩だとうちの寺の掲示板をチラ見していくこともあるかもしれず、
元々「通学路の高校生が読んで、見て、どうか?」ということは考えているのであるが、
突っ走っている人がふと立ち止まる言葉ということも考えて言葉を選びたいとも思う。
結果的に、それは年代を問わないと思う。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-02-12 23:17 | 草評
2014年 02月 10日

雑記 2月上旬

シャラポア(妻・日本人)と二人でテレビ朝日の『科捜研の女』を見ていた。
犯人は女性バイオリニストで、凶器はメトロノームだった。
私が
「メトロノームで人を殺めてしまっては人生のテンポが乱れるぞ」
と言うとシャラポアは
「そのセリフ、きっと土門(内藤剛志)とマリコ(沢口靖子)が
 最後に京都タワーが見える建物の屋上か鴨川沿いを二人で歩きながらきっと言う!」
と断言したが、京都タワーが見えるビルの屋上でそういう言葉はなくドラマは終わった。
「マヒにゃんが脚本書いた方が絶対にいい」
とシャラポアは言った。
些細な日常のなかで、私はこうしてシャラポアにほめられた時がたまらなく嬉しい。

ソチ五輪、女子モーグルでの上村愛子選手の素晴らしい決勝での素晴らしい滑りを見た。
18歳の頃から上村愛子選手を見てきた(正直言って主に4年に1回の集中観戦)が、
これほど長年の競技生活の証としてメダルを上げたいと日本人を中心に多くの人々が
思った選手はいないのではないだろうか。
人のミスを喜ぶというのは卑しい心には違いないけれども
最終滑走者の競技前まで3位につけていて
銅メダル獲得の可能性を残した上で、そのハナ・カーニー(米国)が
2回は大きくバランスを失ったのを見て
「やったぁ!愛子ちゃん、一段づつ上り詰めてとうとうメダル獲得さぁ!」
と確信したが、タイムでも滑走の美しさでも圧倒していたはずなのに
エア(ジャンプ)の難易度の違いなのか、まさかの4位。
専門的な採点基準などはわかならいけれども、いまだに納得できん。
納得できないのに、本人の美しき納得の笑顔に接して
「ああ、お前の笑顔が金メダルの輝きだよ!」
とついついテレビに向かって言ってしまう。
シャラポアが、結婚10周年の時に
「ダイヤモンド、欲しいなぁ」
とポツリと言った時に
「何を言っているんだ!お前がダイヤモンドじゃないか!」
と言って有耶無耶にしたことを思い出した。
新潟県内と違って全国中継のテレビにはたまにしか出ないけれども
上村愛子選手の夫である皆川賢太郎選手も実にいい男である。
五輪のアルペン競技で同じく僅差の4位となった経験ももつ。
その皆川賢太郎選手がとびきりの笑顔で全国中継のテレビに出ていた。
文句も言いたい立場であるだろうに、納得の表情だった。
上村愛子選手が競技を再開して5度目のオリンピックに出場することになったきっかけも
皆川賢太郎選手とモーグルのコブ斜面をプライベートでいっしょに滑った時の
「やっぱ上手いなぁ!」
のひと言だったという。
ほめられるということ、自分が認められたい人に認められるということは
やっぱエネルギーを湧き上がらせてくれるんだなぁ。
んで、冒頭の「科捜研の女」につながる。

東京都知事選の街頭演説に立っていた小泉純一郎さんのダウンジャケットが
青のユニクロからうぐいす色のモンベルに変わっていた。
推測だけれども、舛添要一の選挙チームが青のジャンパーで統一していたので、
街頭演説で鉢合わせした時に小泉純一郎さんは青から別の色にすることにして、
ついでに誰からのアドバイスかはわからないけれどもより機能的なモンベルにしたのだと思う。
細川護煕さんは数日前まではパタゴニアの黒のダウンジャケットを着ていて、何となくだが
「やっぱり殿様が選ぶダウンジャケットだなぁ」
と感じていたが、最終日の街頭演説では、色は同じく黒ながらファーストダウンという、
昔懐かしいリバティベルの系統のダウンジャケットに変わっていた。
スーツのブランドなんかはまったくわからないのに、
こういうところだけは目がいってしまう。
そういうどうでもいい情報はさておいて、
宇都宮さんと細川さんの得票を足すと、舛添さんの得票に拮抗した数字になる。
本気で原子力発電を第一の争点として対抗を一本化したならば…
と、今から考えても仕方ないことをどうしても考えてしまう。
今は東京都に住民票がないので、これも外野からの意見となってしまうが
積雪などの悪条件はあったにしても投票率が50%を下回ってしまったのは残念だ。
国政選挙における「一票の格差」については地方に住んでいつつも問題であると思っているが、
有権者の半数以上が投票しないのであれば、この大事な問題も
「そんならどうでもいいんじゃないの?」
と、ついつい思ってしまう。
東京都知事選の範囲は小笠原諸島の父島や母島までも含まれるたいへんな広範囲であり、
それを実施する費用も莫大なものとなる。
フランス革命においてはディドロとダランベールが『百科全書』を編纂し、
大衆が「知識を得る」「事実をもとに考える」ということが起こって
近代の民主主義を確立していった上での大きな下地となっていったと思う。
今の情報化社会の情報は「こんな感じか」ということは伝えてくれるが、
自らの思考と判断と行動を停止させているのではないか?なーんて根本的なことを感じた。

土曜日の東京での降雪と翌日の投票日までの積雪。
寒さに加えて多くの人が室内に居てソチ五輪のテレビ中継と知事選の速報があり、
先週末の東京都は史上まれにみる電力消費のピークがあったようだ。
首都圏で頻繁に起こったという停電も、もしかしたらではあるけれども
単純に「雪の仕業」だけで片付けていいのだろうか?

このブログ自体も電気がなければ読んではもらえないものであり、
電力が行き渡らないところでは「現代の百科全書」たるネットも使えず
情報交換もしにくいところから民主主義は育ちにくい。
それも含めて、世界最大級の電力依存都市として
東京都知事選は電力がいちばんの争点になっても良かったはずであるとは思う。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-02-10 16:27 | 雑草