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2014年 07月 31日

除草趣味 竹やぶのビフォー&アフター

b0061413_273374.jpg 今のところコッヘル料理の主力食材となっている筍であるが、筍自体の旬は私の地域だとちょうどゴールデンウィークの最中ぐらいであるが、年間通じての竹やぶのお手入れは大変だなぁ。除草剤なんてものは使えないし、草刈機のたぐいなんか土が柔らかいし竹が密集しているポイントなんかはかえってやりにくくなってしまうから、古典的にカマが中心の草刈りである。「毎日ちょっとずつやればいいさ」とは口では言うものの、仕事や趣味や試験勉強などと同じく、ある程度の時間は熱中してやらないと成果はなかなか出ない。とは言うものの7月の暑さのなかで草刈りに熱中して熱中症となってはシャレにならないので、朝の5時から9時頃までというような「朝飯前」にはちょっとハードな草と向き合うのであった。「仕事」と考えるには成果である春の筍の価値と作業とを秤にかけて「時給」という観念をもつとモチベーションは上がらずにむしろ下がってしまう。「趣味」だと自分に言い聞かせてみると、確かに1時間ほど続けていると「雑草ハイ」と言えるような時間帯の訪れもなきにしもあらずではあるけれども、そのわずかな時間帯を除くとすれば「早く終わらしてアレやりてぇコレやりてぇ」ということを考えていることが多いような気がする。やはり趣味ではないし真面目な作業員でもない。ふとカメラを取り出してビフォー&アフター写真を撮って、まずはシャラポア(妻・日本人)にほめてもらい、さらにはブログに投稿して読者の方々や見知らぬ人からさえもほめてもらおう…なんてことを考えたら、その浅ましい根性をもってモチベーションが上がった。

b0061413_275464.jpg この作業は熱中症対策で朝が中心ではあるけれども、やっぱりそれに関わった日の夜のビールは美味い。ビール好きであるがゆえに日頃はお脳の方で銘柄がどうのこうのと考えてしまうが、草野球の試合の後の打ち上げやアウトドアでテントやタープをはった後のようにお脳だけでなく「この身が喜ぶ」というビールとなる。そして農業は英語でアグリカルチャー(agriculture)でカルチャー(culture)という言葉に「土を耕す」という語源があるように、やっぱり身体を動かすことによってお脳の方も雑念そのものでありつつもどこか文化について考え出すみたいだ。本当は作業中のその雑念そのものをTwitterなどでつぶやけばとても面白いかもしれない。しかし、カマを持ってのTwitterは危なくて仕方がないし、作業はまったく進まなくなるのは目に見える。こうして作業を振り返りつつ「何を考えながら草刈りをしていたか?」を思い出すことに留めたい。Twitterではなくブログでも雑念そのものではあるが、この日に考えていたことは「盗む、ということの罪の重さについての一考察」であった。まずは昨今、特に秋の収穫期に農作物が盗まれるという事件が相次ぐ。私はプロの農家ではないけれどもこうしてたまに除草作業をしているだけで「育ててきた苦労に徒労感を与える」ことの罪の重さ、のようなものを感じ取った。それはマネーという狩猟や農耕の成果が記号的に置き換わった形をとっていることが多いだけのことであって「盗む」ということの罪の重さの原型は「それだな」というようなことを感じた。窃盗犯罪のことだけではない。かつて何万石(ごく)といったように、米は通貨にも等しく、年貢という形の税金を収めていたわけであるが、それをもってアホらしい浪費や無意味な戦(いくさ)に使われていたのでは「たまらんかっただろうなぁ」という感覚が沸き起こってくる。そこからさらに雑草は雑念のインスピレーションをくれるのである。「著作権犯罪」の罪がわかりやすいのが、コピーガードを外してDVDビデオなんかを簡単お手軽に複製しちゃうことは、恥ずかしい(意識の差はあるだろうが…)思いをしながら一肌脱いで体をはっている女優、男優の立場からするなら、そのお手軽さに腹が立つ思いをするのだろうなぁなどということも思った。密かに愚案をめぐらせた雑念集なのでブログ記事としてもまとまりがあるわけがない。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-31 04:54 | 雑草
2014年 07月 29日

逗子海岸と鎌倉由比ヶ浜の問題について

b0061413_2321050.jpg 今回掲載する写真2枚は新潟県三条市の旧下田村の場所にある「スノーピークキャンプ場」である。かつて三条市の市街地に優れたアウトドアグッズを「永久保証」で供給してきた本社を移転し、さらに広大な面積のキャンプ場を併設した。スノーピークの山井社長の夢と念願を実現した場所である。素晴らしい場所である。私自身もスノーピーク製品の愛好家であるのだが、あえてテント、椅子、テーブル、焚き火台から「全部をスノーピーク製品以外のものを携行してここで過ごす」というようなことをやってみたいと思っている。それは、スノーピークの社員の人にとってまったく嫌なことではないそうだ。アウトドア生活を楽しむことを広めるために本社とともにキャンプ場を併設したことであり、また外観だけでも他社のものを見ることは勉強になると本社スタッフは私に言った。ただキャンプ場の場のルールについての注意書きに「楽器の使用は禁止」とある。この素晴らしく広大な場所にテントをはり、焚き火台に火をともすならばアコーステックギター、せめてウクレレひとつ、ブルースハープ(10穴ハーモニカ)ひとつでも欲しいという気はしてくる。けれども、たとえば「ギターはダメだけれどもウクレレはいい」というルールにしたとしても、それではヤマハのギタレレというその中間ぐらいの楽器はどうなる?とか、思いの外大きな音がでるテナーウクレレはどうなる?などと境界線は引きにくくなってくる。最近はフジ・ロック・フェスティバル(富士山麓ではなくて新潟県の苗場スキー場で行われている)などの音楽イベントがアウトドアの扉(ドア)となる人も多い。そういう音楽イベントをきっかけにアウトドアを楽しむ世界に入ってくる人が多いことは悪いことではないと思う。ただ、キャンプ場で風情あるバーベキューを楽しんでいるとすぐ近くで大きなラジカセ(カセットはとっくになくなっていてもラジカセ)で好みではない音楽をガンガンかけられて閉口してしまったこともあり、そういうことと秤にかけるならば、いっそのこと残念ではあるが「一切の音響機材と楽器は禁止」という方がいい。

b0061413_23212247.jpg 最近、神奈川県の逗子海岸は「飲酒と音楽と午後6時半以降の海の家の営業を禁止」ということになったという。その結果、海の家の売上が半分以下、お店によっては四分の一にまで落ち込み、そこから締め出された形の人々は鎌倉由比ヶ浜に押し寄せており、由比ヶ浜の方の海の家の売上は絶好調であるという。逗子出身のキマグレンが運営する「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」(ライブハウスを兼ねた海の家)はどうなるのか?と思ったら、やはり逗子海岸から由比ヶ浜に移転をしているようだ。ただ、私もレゲエサンスプラッシュをはじめ野外の音楽イベントが大好きだったのだが、家族持ちの今となっては、もしも付近に住んでいたなら、ビールが飲めないのは辛いけれども行きたいのは由比ヶ浜ではなくてむしろ逗子海岸の方である。そして思ったのは「音楽禁止」であろうとも、それはBGM(ない方がいいなぁ)を含めスピーカーと楽器は禁止ということであり、アカペラのグループが海岸でハーモニーを響かせたとしても、それを誰が咎めることができるだろうか?ということである。もちろん、マイクワークを駆使してのボイスパーカッションがリズムをとるようなハモネプのようなアカペラではなく、純然たる肉声でのアカペラである。関東地方の様々なアカペラグループは逗子海岸に集結したならば面白いのではないだろうか。話を戻せば写真のスノーピークキャンプ場の注意事項は「音楽禁止」ではなくて「楽器禁止」である。ますますアカペラでの音楽は禁止ではない。チュナー(調音)は楽器ではないので基準になる音だけを決めて、焚き火を囲んでこの広場に四声のJAZZYなハーモニーを響かせる「スノーピークキャンプ場合唱団」なんてぇものを結成したくなってきたなぁ。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-29 00:30 | 草評
2014年 07月 27日

空に浮かんでは、そっと消えていった

b0061413_035496.jpg この15年間ほど、年始回りなどの寺院としてのお正月行事が一段落した1月5日前後になると、同業者(寺院関係者)で仲のいい4家族か5家族のグループで広い新潟県内のどこかの温泉旅館に泊まり、子どもたちを含めて25人前後で新年会をやることが恒例であった。新年会の後は好きな時間に温泉に浸かりつつ、男部屋(時にはマージャンをやって過ごしたこともあった)、女部屋、子供部屋などに分かれて好きなように過ごした。うちの子どもたちもこの泊まり込みの大新年会を毎年楽しみにしていて、冬休みの宿題はお正月の三が日の間に何とか仕上げていた。そんな会の欠かせないメンバーにメグ・ライアン(日本人)が居た。「メグ」と呼べば馴れ馴れしく、「メグちゃん」と呼べばよそよそしい感じがするという微妙な距離感のなかで、ある時に顔を合わせて「よぉ!メグ・ライアン!」と声をかけたら予想外に嬉しそうな顔をしたので、それからずっと「メグ・ライアン!」と呼んでいた。ハリウッド女優のメグ・ライアン(アメリカ人)とはまったくタイプの違う美人であったけれども、美人であったことは間違いない。メグ・ライアン(日本人)は関西出身であり、慕っていた関西出身のアキ姐さんとともに関西文化の話をすると非常に喜んだ。たとえば「やっぱ土曜日によしもと新喜劇がテレビで放映されてないと一週間の生活にリズムが出んなぁ」というような話。メグ・ライアン(日本人)は基本的にはゲラ(笑い上戸)のクセに人前で大声を出して笑うことを恥ずかしいと思っているようなフシがあり、私とシャラポア(妻・日本人)のトークを笑いをこらえながら聞いていたメグ・ライアン(日本人)の表情や姿勢というのはなかなか可愛いものであった。そして、メグ・ライアン(日本人)が我慢できずにとうとう大声を出して腹を抱えて笑い出した時には、私とシャラポア(日本人)はアイコンタクトの後でガッツポーズをしてハイタッチをしたものであった。 新年会だけではなく、真夏に福島潟キャンプ場で、やはり4組みの家族での泊まり込み大バーベキューパーティを盛大に執り行ったこともあった。その時に「さあメグ・ライアン、俺の得意料理を食べてみてくれ」とダッチオーブンのリッド(蓋)を開けて丸焼きチキンを見せたら彼女は「きゃぁあああああああ!」という大きな悲鳴を上げた。そうだった、彼女は鶏肉がダメだったのだ。なのでお口直しというよりは機嫌直しということでコールマンステーキ(コッヘル123番)を作ると、そっちの方は「美味しいし、何だかオッシャレ!」と喜んでくれた。そういえばお酒はワインが好きだった。 数年前、そんな彼女が難病にかかってしまったということを聞いた。難病は治療もまた難しいものであったことは想像に難くない。ただ、恒例の新年会は彼女自身がとても楽しみにしていて、その場には元気に姿を現していたことを見て、希望的な観測も含めてではあるけれども治療が功を奏していることを感じていた。最近になって彼女は4日間の予定で実家に静養のために帰った。お子さんたちを含むご家族に「すぐに帰ってくるからね」と言って。そしてそれはその通りになった。ただし遺骨という形になって。 つい最近、新潟空港から大阪の伊丹空港へ行く飛行機に乗った。彼女が帰省の時にはいつも使っていたであろう路線だ。機上から見るトワイライトのなかに、笑いを堪える彼女とこらえきれずに笑い出す彼女の顔が浮かんではそっと消えていった。

合掌 マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-27 02:05 | 草仏教
2014年 07月 24日

アメーバブロクから リンク付きのコメントを いただいたスマッチさんへ

アメーバブロクから
リンク付きのコメントを
いただいたスマッチさん

タクシーサウダージさんの記事について
たいへん申し訳ないことに
コメントをいただいたブログ記事を
誤って丸ごと削除してしまうという
ミスをしてしまいました。

とても落ち込んでおります。
わがままなお願いですが、
再びリンク付きのコメントをここにいただけましたら
幸いです。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-24 21:47 | 雑草
2014年 07月 24日

ゴメン!大失敗

間違って、最新ブロク記事を
削除してしまいました。
アメーバブロクから
リンク付きのコメントを
いただいたスマッチさん、
まことに失礼しました。
自宅に帰ってから、
何とか対処したいとおもいます。
取り急ぎ、お詫びします。
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by kaneniwa | 2014-07-24 08:03
2014年 07月 20日

バイアス(偏り)

「天下国家を左右するような事件や現象があるのに、テレビは何とのんきなのだ」
という趣旨の新聞投書を月に1回は目にする。

ホント、私もそう思ってしまった。
7月の18日になったばかりの深夜にウトウトしながらNHKのラジオを聴いていたら、
ウクライナ上空でオランダのアムステルダムからマレーシアのクアラルンプールに
向かっていたボーイング777が墜落し、撃墜された可能性が高いという
ニュースを聴いて飛び起きた。

胸騒ぎを覚えたまま眠り、朝起きてから続報が知りたくてテレビをつけた。
確かに紛争地に墜落し、ニュースソースもロシアからの通信、ウクライナ高官、
ポロシェンコ大統領のTwitterなど非常に限られていたということはあるけれど、
何なんだ、チャンネルを変えても芸能、ファッション、グルメの情報を
この時に延々と流し続けているテレビというものは?

8時以降での報道と報道ショーのなかでも
ベネッセコーポレーションの名簿大量流出事件や
号泣県議(野々村竜太郎元県議)に関することの比重が
戦争に巻き込まれてのマレーシア航空機墜落の重大さに比して大きすぎる。
これは穿ちすぎる見方かもしれないけれども、
3月のマレーシア航空機消息不明事件の方がミステリアスな要素が大きいからか
扱いが大きかった気さえしている。
この6月は小学生、中学生、高校生という子どもがいることもあって
たくさんの受験業者からの勧誘電話があって、その直後に名簿の大量流出の報道があり、
ベネッセの件も別の日に書いておきたいぐらいに関心は持っていた。
しかし、マレーシア航空機墜落に関する情報の方がそれでも重要である。

号泣県議に関することは、これで政務活動費というものにスポットが当たったのはいいとして、
問題の本質に関わると思うが、ラジオでの報道は事実関係を読み上げるだけの簡素な報道であり、
それに比してテレビでは号泣シーンと野々村元県議が耳に手を当てるシーンを放映し過ぎである。
それらがテレビで繰り返し流れるのは(最近はNHKも流すなぁ)
耳に手を当てるシーンはPerfumeやゴールを決めて歓声を聴くハメス・ロドリゲス選手に
似ていたりしてオモシロイからだろうか?
号泣シーンについてはキレ芸としての、やはりオモシロさからか?
私はおもしろくないなぁ。
「泣きたい時には泣いていい」
という教育を子どもたちにしてきたつもりであるが、
それは泣きたい時には人目をはばかる常識的な大人への信頼が前提だ。
教育方針、撤回。
テレビ局は(ラジオ局では泣き声がオンエアされたところを聴いたことがない)
号泣シーンを映しだす時には、これこそ
「小さいお子様は絶対に真似をしないでください」
というテロップが必要である。

マレーシア航空機撃墜についての続報を求めつつテレビをつけたので
思わず
「こっちが泣きたいよ!」
と言っちゃった。

報道でさえ、オモシロくなければいけないのだろうか?


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-20 05:58 | 草評
2014年 07月 16日

寺務仕事の最中のBGM選びは難しい

寺院の事務仕事のことを「寺務」という、語呂合わせというか、
オヤジギャクのような言葉で表現しているのはうちだけではない。

常に電話が鳴り響く事務所で頭を回転させる仕事をしなければならなかった時代から
比べれば、今は比較的に静かな環境でできるのであるけれども
「かえって、静かななかではちょっと耳がさびしい」
ということでBGMにラジオを流すということがある。

民放局のFM放送などは、パーソナリティの語りがおもしろければ面白いほどに
そっちの方に気がいってしまって、こういう場合には向かない。
コマーシャルもやはり気が散る。

ラジオから流れる音楽にしてもBGMとしては、歌詞があるものは気が散ってしまう。
英語の歌詞であっても、普段はよく聴いているインターネットラジオの
ボブ・マーリーの曲ばかり流れる放送局のものなどもメッセージ性が強くてBGMには向かない。
ボブ・ディランの曲ばかり流れる放送局のものも同様である。
どうもボブはメッセージ性がかなり強い。

やはりクラシック音楽というものが無難である。
かといってCDを持っていたりiPadに入っている、自分にとって思い入れのある曲も
こういう場合のBGMにはやっぱり向かないのだ。

NHKのFM放送をつけておくというのがなかなか無難である。
まずNHKなのでコマーシャルがなく、クラシック番組も昔ほどではないけれども多い。

この前の日曜日の午後2時から寺務仕事をしながら
NHKのFM放送を聴いていたら、
最初は
「あれれ、渋谷陽一がクラシック番組のパーソナリティをしているのかなぁ?」
と思ってしまった。
渋谷陽一は私が中学生の頃からNHKでロック番組のパーソナリティを務めていて
現在も金曜日の夜に『WORLD ROCK NOW!』という番組をやっている。
QUEENが世界で最初にといっていいほど日本で人気が出たのも、
爆風スランプがメジャーデビューしたのも、この渋谷陽一氏が自分の番組で絶賛したことが
大きかったと思う。

とにかく、私が聴いていた『キラくら!』という、
要するに気楽にクラシックを聞こうという趣旨の番組のパーソナリティを務めていたのが
女性チェリストの遠藤真理と、それからお笑いタレントのふかわりょうであり、
私はふかわりょうの声質と語り口が渋谷陽一に実に似ていると思ったのであった。

そのラジオをしながらやっていた仕事は計算であった。
私はどこかの県議会議員とちがって公私の区別をつけつつ公的なものは
領収証をしっかりととってある。
たまに「市場で仏花用の花を購入した」
などという理由で領収証がないこともあるけれども、それは「例外」のような頻度である。
それから、もっと単純な計算であるが
「封筒や印刷物の数をかぞえる」
などということをやっていた。

数をかぞえるという単純な計算ながら、頭はそっちにいっているので、
クラシック番組が流れるNHKのFM放送の『キラくら!』はなかなか快適だった。
新しく知る曲も流れるし、遠藤真理とふかわりょうのトークにしても軽妙であり
なおかつ
「ふかわりょうはこんなにクラシック音楽が好きだったのか」
と思ったし、先ほど書いたように語り口が渋谷陽一に似ていて、
渋谷陽一がロックではなくてクラシック音楽を大プッシュしているようで面白かった。

ところが、モーツアルトの曲が流れたあとで
「ただいまお送りした曲はモーツアルト作曲のメヌエットでケッヘル334番の第3楽章でした」
という紹介があり、
私はその時に封筒の数を数えていて35から36あたりを数えていた頭のなかに
ケッヘル334番の第3楽章という数字の連呼にすっかり惑わされてしまった。
封筒は50づつの束にして輪ゴムでまとめておくつもりだったのだが、
ひとつから数え直しとなってしまった。

『キラくら!』はなかなかいい番組のように思えたが、
そういう作業中のBGMには向かないようだな、と思った。
数字が頭のなかにある時に数字をアナウンスされると混乱してしまう。

そこで、インターネットラジオのクラシック専門局のなかから、
オーストリアのザルツブルク(モーツアルトの出身地だな)発のラジオ局で、
モーツアルトの作品のなかからシンフォニー(交響曲)だけが
アナウンスなしに淡々と流れるという局を見つけた。
ちなみに局名は「Abacus.fm Mozart Symphony」という。

こいつはいいや!
とそれを聞きながら作業を続けていたら、
冗談みたいなことが起こって自分で爆笑してしまった。
この放送局はモーツアルトの交響曲が淡々と流れるだけで
解説はもちろんアナウンスなどはほとんど入らないのに、
再び封筒と印刷物の数をかぞえている最中に
英語でそのFM局の周波数が連呼され、
またまた数え直しとなったのであった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-16 12:53 | 草評
2014年 07月 12日

コートジボワールのディディエ・ドログバ(Didier Yves Drogba Tébily)選手を褒め称える

前回のブログ記事で、ナイジェリアのゴールキーパー、エニュアマ選手を絶賛したが
今回のワールドカップについて撮り貯めておいたテレビ番組のダイジェストや
レポートなどを日本代表チームの敗因分析をしつつ4年後に活かすために(俺は技術部長かっ?)
明日の早朝はワールドカップの3位決定戦のために早起きをしなければいけない身でありながら
少しずつ録画を見ているのであるが、コートジボワール代表の中心選手にして精神的支柱である
ディディエ・ドログバ選手のことについては調べれば調べるほどに、
その偉大さが分かってきて参ってしまった。
日本がコートジボワールにスコア上では1−0と優勢であった後半に
ドログバ選手が投入されて沸いた大歓声と、雰囲気、その場の空気まで変えてしまった
理由が分かってきた。

それはただ単にサッカー選手としての凄みだけに絞ったとしても
YouTubeなどで「ドログバ スーパーゴール集」を見ているだけでも感嘆に値する。
身体能力が高いアフリカ選手のなかでもドログバはさらに際立った能力を持ち、
そのシュート力は「もはやレーザービーム!」といっていいし、驚くのは
ヘディングシュートさえビームである。

しかしながら、さらに驚嘆したのはドログバが代表の中心選手となるまでは
決してアフリカのなかで強くなかったコートジボワールを
ワールドカップ初出場に導き、それを決定づけた試合の後でマイクを持って
自国コートジボワールに向けて行った2005年10月8日のスピーチである。

歓喜のチームメイトのなかで、27歳当時のドログバがその輪の中心であることは
映像ですぐに察知することができる。
驚くべきそのスピーチは、
コートジボワールをワールドカップ出場に導き出した、
その時点ですでにヒーローであるにも関わらず、
ドログバを先頭にして中心となって跪いての懇願である。
「豊かなコートジボワールよ、
 俺たちは違う部族でも心をひとつにして目標を達成できることを証明した。
 どうか武器を置いてくれ、内戦をやめてくれ、選挙をしよう。
 そうすれば、きっと良くなっていくんだ」
そう言いながら、ヒーローたちでありながら頭を下げて内戦停止を呼びかけている。
だんだんと、その言葉(フランス語)を発するドログバが
黒いイエス・キリストに見えてきたのである。

そしてこの2005年の10月中旬に、実際にコートジボワールの内戦は一時停止となる。
ドログバ選手のそのスピーチに実際に感銘を受けたコートジボワールのある兵士は
こう言った。
「平和を取り戻すには感動が必要だったということなんだ」

ディディエ・ドログバ、極めてスケールの大きな人である。
フィリピンのマニー・パッキャオ(ボクシング)という人が真のスーパースターである所以を
知った時にもとても似た感銘をずっと持ったのであるが、
ドログバ登場の際の大歓声を、私は娘の高校の体育祭の父兄席でイヤホン(ラジオ)から
聴いていたのであるが、その歓声の大きさの意味がだんだんと分かってきた。

 

 


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-12 23:59 | 草評
2014年 07月 10日

まさに快男児!ナイジェリアのゴールキーパーのエニュアマを絶賛したい!


いやあ、とんでもない快男児がいたなぁと嬉しくなったのが
ナイジェリアのゴールキーパーのエニュアマ(31歳)という人の存在である。
グループFのアルゼンチン対ナイジェリアの一戦は3−2でナイジェリアの善戦及ばずに
アルゼンチンが勝った。
結果的にはアルゼンチンがグループFを勝ち点9でトップ通過し、
ナイジェリアも勝ち点4で2位通過した。
とはいえ天下のワールドカップの試合中である。
動画の30秒目過ぎぐらいからのメッシの見事なフリーキックに
ゴールキーパーの快男児エニュアマはボールを蹴って悔しがる。
ここまでは普通だが、天下一品の凄いフリーキックを見せてくれたお礼のつもりなのか
試合中に笑顔で倒れこんだメッシの手をとって起こしてやっている。
メッシは試合も拮抗しているし複雑で当惑した表情ながらやっぱり嬉しそうだ。

そしてさらにハーフタイムの休憩に入った時に
審判団に、でへへへへと笑いながら
「お前らあのメッシのフリーキックを見たか?気がついたら入っていたよ、わはははははははは」
と話しかけている。
その恐るべき豪放磊落さと陽気さに審判団も無視ができなかったのか、
何と主審も副審もジャッジをしている試合のハーフタイムにエニュアマ選手と会話をしている。

この動画の場面からの会話の続きが録画していた先週の
NHKワールドカップウィークリーハイライトに運良く入っていた。
カジュアル英語で話をしていた。
アメリカの映画ではよく連発されるけれどもアメリカのテレビではほとんど耳にしない言葉を
「ヘタクソ」の「クソ」に重きを置きつつ自分で訳してみよう。

エニュアマ「メッシにフリーキックの機会を与えるなよ!神業なんだからさぁ」(一同爆笑)
主審「ありゃ取れないさ、君の仕事が難しいっちゅうことは分かるよ、ハハハ」
エニュアマ「なんせメッシは巧すぎだろ?あれに比べりゃ俺はヘタクソだわ、ワハハハ!」
副審「ヘタクソがこの舞台でプレーできるはずないだろ?」
(一同爆笑、そしてその中でもエニュアマがひときわ大きな声でガハハハと笑う)

もう、このフレンドリーさと陽気さに、私は参ってしまった。
もしかしたら抗議に行ったと見せかけてフレンドリーに振る舞って好意を抱かせて
ゲームの後半は自分に有利な判定を導き出そうとした高等戦術なのだろうか?
いや、どんな俳優的能力をもった選手も演技ではあの笑い声は出ない気がする。
根っからの陽性であり豪傑なのであろう。

このエニュアマ選手はフランスの
LOSCリール・メトロポールというところに所属しているのか。
そうチェックしはじめた私は、すでにファンになっている!

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-10 22:28 | 草評
2014年 07月 08日

デイゴの花と台風8号との関係

b0061413_23201916.jpg 写真は今年の3月下旬の八重山諸島竹富島のデイゴの花である。THE BOOMの「島唄」に ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た とあるのは太平洋戦争での沖縄地上戦のことをこの歌の全編に託したということがあるらしいが、デイゴの花にまつわる不吉さのような伝承も前提にして作られた歌であるのかもしれない。3月の八重山諸島で見たデイゴの花はそれは美しいものであったが地元の人から「これぐらいデイゴが見事に咲く年は大きな台風が来るんだ」という話を耳にした。気象的な因果関係はわからないけれども、いわゆる経験則というもので「大きな台風が来て被害があった年、ふりかえればその年はデイゴの花が咲き誇っていた」という記憶の積み重ねなのであろう。私は家族と密かに「本当なのだろうか?」という思いとともに「今年の夏、大きな台風が来るのかな?」という話をしていた。そうすると、7月中の観測としては最大級の台風8号がまさに今、沖縄地方を通過中である。 最近、インターネットラジオで奄美大島のディ!ウェイブ(あまみFM・奄美市 周波数77.7)をよく聴いている。「島ラガレディオ」(これはレゲエ番組)など音楽に対する愛情がたいへんに深い番組が多くて、多彩なジングルも洒落ているし、三線や太鼓での時報などもとても気持ちがいいものだ。昨夜からはこのディ!ウェイブでは台風情報と(1)停電に備えて懐中電灯を手元に置くこと(2)避難情報などを聴くために電池が入ったラジオを常備しておくこと(3)断水という事態に備えて自宅のお風呂に水を貯めておくこと の3点をたいへんいい声の持ち主の女性が再三再四、呼びかけている。明日は我が身、いや、明後日あたりに我が身のこととなるかもしれない。とにかく、美しいデイゴの花に罪はないのだが、いや、それも、もしかしたら美しさをもって危険を知らせてくれている存在なのかもしれず、とにかく台風情報に留意したいと思う。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-08 23:42 | 草評