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2014年 08月 29日

道草仏教(2)

というわけで
続編である。
今回はなかなか適当な写真がなくて文章だけなのだけれども、
今週は久しぶりに新潟県の三条市に泊まりこみで飲み歩いた。
それも料亭→きれいなお姉さんたちがいるお店→JAZZ BARというなかなかいいバリエーション。
三条市は今から16年ほど前から12ほど前までの4年間住んでいた。
長女と長男はその期間の間に三条市で生まれたこともあって思い入れがある。

久しぶりに深夜まで飲み歩いて改めて思ったのは、
この三条市という街の中心に東本願寺三条別院という寺があるのだなぁという実感である。
それは前回のブログ記事での実感のとおり
「日本の街はジャスコが中心となっている」
という流れには今後逆らえないような運命にあるのかもしれない。
しかしながら、元禄時代に建立されたこの寺院から放射線状にのびる
今では自動車がやっと通れるぐらいの一方通行の道は市内の要所に通じている。

本寺小路という小路という名称ながら参道の役割をしている道がある。
明治時代の初期の頃の貴重な写真もいくつか残っているが、
昔はこの参道沿いにぎっしりと旅籠が立ち並んでいた。
公共交通機関も自動車もない時代には、
大勢の人たちが泊まりがけでお参りをしていたということがわかる。
やがてその旅籠群は各種の飲食店に転職するか、
もしくは雑居ビルのオーナーになる道を選んだ。
もともと金物をはじめとする職人の街である三条市は、
食器・調理器具で有名な隣の三条市とともに大中小のさまざまな会社があり、
忘年会シーズンの本寺小路で
「社長さーん!」
という声が聴こえると数十人の人が振り向くほどである。
ディズニーランドで
「パパ!」
という子どもの声に世のお父さんたちが振り返る人数に似ている。

とにかく、三条市は400件に1件が飲食店(スナック、BARを含む)であるという、
かなりの大都市にもない大歓楽街が形成されていたということがある。

それほど伝統がある歓楽街も「何だかジャスコが日本の中心になっていく」という
時代の流れには逆らえず、必ずしも潰れたわけではなく移転した例も少なくないけれど、
ともかくお店の数は徐々に減り続けている印象がある。
30年前の最盛期の活況にも少しは接していたので寂しいことではある。
特に2008年にその本寺小路の中心部で大火災があり、
その箇所にあったお店は再建されておらずに寂しかった。

ユーミンが松任谷由実ではなく荒井由実だった時代の曲に
「中央フリーウェイ」
がある。
東京都内から中央高速で八王子方面(ユーミンの実家は八王子だなぁ)に走ると、
在日米軍の調布基地(1974年に全面返還)、サントリー武蔵野ビール工場、府中の東京競馬場
など歌詞にある風景が次々とシンクロしていく。
その風景を見ながら楽曲を思い浮かべている人もいるし、
ユーミンが好きな人のなかには中央高速を走りながらカーオーディオで
その楽曲を流したという方々は少ないないと思う。

かつて三条市に住んでいた時代の最後半に、
本町2丁目の本寺小路の入り口である交差点から
東本願寺の門の前までを歩いてタイムを測ってみれば
早足で4分、ゆっくり歩いて6分という、ちょうどポップス1曲分だなぁと思った。
その間に、いちばん目に入るのはスナック等の看板である。
何語であるのか由来は何なのか、よくわからない店の名前もある。
脱力系のふざけた感じの名前の店もある。
しかし、全国寺院名簿も眺めれば、それが場に対しての願いがこめられた
『すばらしき仏語集』でもあるように、
脱力系の名前のスナックはそれなりに
「お客さんには心からリラックスして欲しい場である」
というメッセージも願いもこもっているはずだ。

そんでもって、そんな店の名前からのインスピレーションを中心にした歌詞で、
「本寺小路」
という曲を仕上げようか?とふと思ったことがあった。
別にご当地ソングとして一発当てようなどとは思わずに、
ただ「中央フリーウェイ方式」によって、
自動車でのカーオーディオではなくて徒歩中に携帯オーディオで聴く形をとって、
目に見えるものと耳に聞こえるものとがシンクロするオモシロさには
作成意義のようなものがあるように思えたのだ。

当時は長女はイタズラ盛りで長男も生まれたばかりで、
どうもギターを取り出すこと自体が何だか億劫であったけれども、
歌詞になる前のキーワードの羅列のメモぐらいはとった気がする。

久しぶりにその本寺小路を歩いてみれば、
歌詞のなかのキーワードとなるはずだった店の看板で見当たらなくなったものもあり
完成間近だったわけではないけれども
「こりゃゼロから作り直しだ」
と思ってしまった。

ただ、手前味噌ながらも
「道を題材にして、実際に歩く時間を基準に詩や楽曲を作る」
という発想自体は悪くないと今でも思った。

できれば、いつそんなことができるのかわからないけれども、
俳句の吟行(合同で散歩やハイキングをしながら自作の俳句をひねり出す会)の手法で
シンガーソングライターやなんちゃってシンガーソングライターたちを集めての
ワークショップなどをやってみたいなぁなどと密かに思った。
ブログに記すると全然密かではないけれども。

マーヒー加藤
 
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by kaneniwa | 2014-08-29 13:58 | 草評
2014年 08月 27日

道草仏教(1)

b0061413_23482565.jpg 法事の後でお茶を飲みながら「神社仏閣が街の中心だった時代からすると、何だか今の日本はジャスコが中心になっている気がするなぁ」という私の生活実感を口にするとその場の一同に大笑いされた。同じ実感をもっておられたからかと思いきや、その場にいらっしゃった方のなかにイオンショッピングモールのペットショプ専属の獣医さんが居たからだ。実際にはそのような大規模小売店舗というのは厳しいマーケティング調査を事前にやりつつ商業活動に有利な立地を選び抜いて決断していると思うのだが、実際に人が多く集まる場所ができると新駅や新しいバス停ができる時にはその乗降率調査に大いに影響を与えることとなるし、地方都市で多くの車がそこを目指すということになれば、行政の道路計画そのものにも大きな影響を与えるということになる。そこで「ジャスコのための道ではないか?」とおぼしき新しい道路にも出会うこととなり、冒頭の私の実感となったわけである。 「あんたのところの本山の東本願寺は京都駅が近くて便利だね」というようなことを言われることがあるけれど、京都駅の開業は開業は1877(明治10)年2月6日ということであり、考えたら当たり前であるけれども順序としては「東本願寺のお参りが便利になるように京都駅をあの場所に作った」と言っていいぐらいである。本当は当時からしても四条や三条や御池あたりのもっと中心部に作りたかったけれど買収が難しかったという事情はあったと推測されるけれども、それでも明治時代なりの駅を作る時の事前調査はあったはずである。 さて、話はようやく写真に関係してくるけれども昨年、大坂城の周辺を歩きまわる機会があったのだけれど、歩いてみて大阪城を含む大坂城公園の全体がゴルフでいう「高台グリーン」のようになっているということに気がついた。織田信長や豊臣秀吉の視点からすれば「天下取りのためにここが欲しい」ということになる。ただ、大坂城を訪れる人は多いけれどもそこが石山本願寺という寺であったということを意識する人は少ないような気がする。是非とも大坂城を訪れる方には「いきなり天守閣に」という気持ちもわからなくはないけれども、じっくりと資料展示などにも目を通していただきたい。まず「大坂」(廃藩置県以降は大阪)という地名の名付け親が、蓮如上人である。これは私もそれに関する文書も読んだことがあるし、たとえばウィキペディアなどにもちゃんとそう書いてある。 大坂という坂はどこにある?というのは昔から関西人のなかで議論の的となっていることであるけれども、私としてはその場所の「高台グリーン」的な地形のことではないかと直感した。長くなりそうなので、いったんここで切って続編に道は続く。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-08-27 00:41 | 草評
2014年 08月 25日

コッヘル244番 生ビール

b0061413_0261881.jpg 蓮如上人は「寒天には、御酒等のかんをよくさせられて、路次の寒さをも忘られ候うようにと仰せられそうろう。また炎天の時は、酒など冷やせと仰せられそうろう。」とおっしゃったということが『蓮如上人御一代記聞書』のなかに書いてある。寒いなか寺を訪ねてこられたご門徒さんには熱燗をサーブし、夏の炎天下に寺を訪ねてこられた方へは「酒など冷やせ」という教えである。この教え、まずは自分で実践していて暑い夏には「ビールなど冷やせ」と自分で自分に言い聞かせる。 コッヘル料理とはいえないもののコッヘルで生ビールを豪快に飲んでみたいものであるという夢を叶えることができた。寺院の会議にて年間の寺院会計の決算と予算のことなどをはじめとするいくつかの議題を終えた後には懇親会がある。春先と夏のにその会があるのだが、夏の料理は私がダッチオーブンで揚げたフライドチキンとポテトにシャラポア(妻・日本人)作のオイキムチというのが最近の定番になりつつある。このオイキムチはとっくにこのシリーズに登場していたと勘違いしていたが、コッヘル100番のシャラポアのおにぎりの付け合せとして写真のなかの脇役として登場していたのみであった。最高のビールのお供として、いずれ主役として登場させたい。それはともかく近所の酒屋さんから業務用の生ビールサーバーをレンタルできるということを知り、さらに「20人以上でビールを飲むならば生ビールは決して高くない」ということも知ってしまったので、生ビールを導入してから3シーズン目ぐらいになると思う。ビアジョッキも酒屋さんからレンタルしているのであるが、懇親会が終わってからとうとうカップタイプのコッヘルを取り出してきて「コッヘルで生ビールを飲みたい」という夢を実現させることにした。愛用のチタンのコッヘルの口当たりは非常にいい。生ビールの「嬉しい冷たさ」はアルミのコッヘルの方がより体感できるのだが(わはは、私の夏休みの自由研究として比較調査してみました)口当たりがチタンの方がいいために生ビールの本体の冷たい美味しさがスムーズに体に入ってくる。「こりゃ、チタン製のビアジョッキとかビアグラスとかタンプラーとかを作ったらバカ売れして俺は大金持ちになるのではないか?」なんて思ったけれども、私が思いつくようなことはすでに製品化されているということは今の時代、検索すればすぐに分かっちゃうんだよなぁ。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-08-25 01:27 | 草外道
2014年 08月 21日

名曲草鑑賞(45) ノラ・ジョーンズの『Don't Know Why』 

広島市北部に20日の未明に降った豪雨のために
土砂崩れが起きて、39人の方々がお亡くなりになっており
行方不明の方々も7名という惨事が起こっている。

10年前、2004年7月13日を中心に新潟県と福島県で起こった豪雨災害である
7.13水害が起こった。
亡くなられた方が16人。
全壊70棟。半壊5,354棟。床上浸水2,149棟という惨状であった。

私の長女と長男はともに被害が大きかった新潟県の三条市で生まれでもあり、
思い入れがあったため70キロ離れた三条市に何度か往復をした。

その行き帰りのなかで、ラジオを聞いていると、何度も
ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)の『Don't Know Why』を聞いた記憶がある。
この曲が収録されたアルバムの『Come Away With Me』(日本名『ノラ・ジョーンズ』)は
前年2003年のグラミー賞の
最優秀アルバム賞(Album of the Year)
最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム賞(Best Pop Vocal Album)
最優秀録音賞、ノン・クラシカル(Best Engineered Recording, Non-Classical)
最優秀新人賞(Best New Artist)
を受賞し、さらに
曲目『Don't Know Why』について
最優秀レコード賞(Record of the Year)
最優秀楽曲賞(Song of the Year )
最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞(Best Female Pop Vocal Performance)
を受賞し、
プロデューサーのアリフ・マーディンに対して最優秀プロデューサー賞(Producer of the Year)
と、何と8部門もの受賞をしつつ売上も驚異的であったことから、
その時期に車のラジオから何度も耳にしていてもまったく不思議ではない。
単なる必然的な巡りあわせだったのかもしれない。

ただ、POPでありながらも哀愁を含んだこの歌声を
リクエストであったのかディレクターやパーソナリティの選曲であったのかさえうろ覚えだが
その時の地元ラジオ局から流れるところを何度か耳にしたということは
どこかに「癒やし」というよりはレクイエム(鎮魂)という意味があったのではないかと、
ふと今になってからふと思ったりする。

今月に入ったあたりの時期に、
渋谷陽一がパーソナリティをつとめる番組で
「最近のノラ・ジョーンズはどうも正体を隠しながらパンクのガールズバンドをやっているそうだ」
という最新情報を聞いた。
ブルー・ノートレーベルからデビューした関係で彼女のCDはJAZZのコーナーに分類されて
いることもあるし、カントリーの分野でのヒットもあるので
いろんなところに分類されているようだけれども、
キャロル・キングよりもジャニス・ジョプリンよりもジャンル分けが難しい気がする。

グラミー賞の8部門を受賞してスーパースターのようになる前年の
2002年に、彼女は来日をしていることをついさっき、知った。
9月10日に福岡市のイル・パラッツォというホテルの地下1階のクロッシングホールと
いう場所でライブをしている。
翌日の9月11日に、収容人数が最大で800人の
広島市の広島クラブクアトロでライブをやっている。
その翌日の9月12日はもっと小さな(最大550人)同系列の名古屋クワトロでライブをした。

2005年に来日している時には日本武道館など大きなところでのコンサートという形だが、
2002年の時期のようにブレイク直前というか、その魅力を知る人が知るといった時代では
あるのだろうけれども、そんな大きくない場所こそが彼女の歌声に接するには
幸せな場所である気がしていた。

そんな広島市(の特に北部)が大きな災害が起こった時に、
何だか無意識的にノラ・ジョーンズの『Don't Know Why』をなるべく全身で聴いた。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-08-21 14:52 | 草評
2014年 08月 18日

コッヘル243番 島らっきょう

b0061413_2251047.jpg 一時期ほどではないけれどもまだまだ暑い。暑い時には沖縄の食べ物というものはなかなかいいものだと感じられる。そこで「島野菜」のなかでも大好物の「島らっきょう」をコッヘル上に。ここにカツオブシをのせる。脱法ドラッグが危険ドラッグと呼ばれるようになったことに合わせて、脱法ハーブと呼ばれてきたものも危険ハーブと呼ばれるようになってくるか、もしくはすでにそう呼ばれていることと思う。その脱法ハーブも、ちょっと前には合法ハーブと呼ばれていたわけであるけれども、古来から愛されている香りの強い野菜を楽しんだ方がよい。「完全合法野菜」とか名称に関してはそういうことを謳えば謳うほどに怪しくないものも怪しくなってしまうのだなぁ。しかし、この島らっきょう本体にはリラックス効果こそあれ酔う要素はないのだけれども実に酒を誘う。当然の相性というべきか、いちばんはやはり泡盛であるが芋焼酎や麦焼酎というものも実にいい。飲み過ぎて人に迷惑をかけない限りは、あるいは運転しない限りは合法で実によかった。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-08-18 23:10 | 草外道
2014年 08月 16日

東海大四高校・西嶋投手の魔球はおもしろい

野球はメジャーリーグやプロ野球も好きだけれども東京ドームでの社会人野球も好きだし、
近くのグランドでやっている草野球でも時間がある時にはついつい見入ってしまうこともある。
今年、村田兆治さんなど離島での野球指導などの活動が実って誕生した
国土交通大臣杯「第7回 全国離島交流中学生野球大会」(通称:離島甲子園)が
佐渡であるというので、その開幕日の8月18日は開けていたのであるが、日程を見ると
その日は開幕セレモニーは行われるけれども試合はないというので二の足を踏んでいる。

今の期間は夏の甲子園、高校野球真っ盛りである。
お盆期間の高校野球は
「熱闘甲子園」などのダイジェストかスポーツニュースでしかチェックしていないが、
今年の1回戦と2回戦の最初の方を見た限りでは
高校野球の勢力地図が塗り替わっている気がする。
北陸と信越の高校がすべて1回戦を突破したということもそうだし、
東北や北海道も見事に勝ち進んでいる。

そのなかで、おもしろい存在なのが
東海大四高(南北海道代表)の西嶋亮太投手の
推定50キロ台の超スローボール(イーファス・ピッチ)である。
13日の九州国際大付属戦で4球、この魔球を投げ込んだ。
160キロを超える投球も急速を表示できる甲子園球場のスピードガンも
このボールは測定範囲をはみ出すためか、
あるいは遅すぎる方のボールはスピードガンは苦手なのか、
急速は表示されなかった。

その4球のうち、1球は主審が迷った素振りを見せたものの
ストライクの判定はなかった。
あの起動で空振りではなくて見逃しのストライクが入れば大拍手であろう。
ストライクが入るにはかなりのボールゾーンから「ここしかない」というような
起動を通って落ちてくるイメージだろうから、主審としてはストライクを言いにくいだろう。

今、メジャーリーグの(昨日から故障者リスト入りしてしまったけれども)
テキサス・レンジャーズのダルビッシュが投げている超スローカーブや、
日本ハムの多田野数人、横浜DeNAの三浦大輔が操るスローボールを見るのは楽しい。
古くは中日の今中慎二の70キロ代の超スローカーブの起動は実に美しかった。
モーツアルトの楽曲でいえば
「アレグロ(速球)の1楽章の後のアダージョの第2楽章」
というような感じ。

しかし、これらの「アダージョ・ボール」に比べても、
西嶋亮太投手のスローボールはさらに遅く、
「ナイアガラ」という名称は、私(マーヒー)の地球の引力も活用したスローカーブに
自分で命名してあるので
「ラルゴ(アダージョよりもゆったりとしたテンポ)・ボール」
または
「ラルゲット」
と自分のなかでは命名しておきたい。

北海道の東海大四高校の次の相手は山形中央高等学校であり、
この北同士の対戦は注目である。

知り合いの師弟や知り合いがOBにいるので
自分としてはやはり日本文理高等学校(新潟県代表)を応援しているが、
次の相手である東邦高校(愛知県代表)の1番バッターの鈴木選手は
何と50メートルを5秒8で走る俊足。
サッカーのオランダ代表のロッペンと同じぐらいの韋駄天だ。
日本文理を応援する立場としては要注意という存在ではあるけれども、
こういう能力をもった選手を全力で塁に出さないようにする攻防にも注目だ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-08-16 22:54 | 草野球
2014年 08月 14日

不良害人

b0061413_23515354.jpg 強すぎる薬品系殺虫剤による人体への影響が心配であることもあって「凍結殺虫」とか「氷結殺虫」とか「氷殺ジェット」とか「瞬間氷殺」などと表示されたマイナス85度ぐらいの超低温冷却スプレーを見かける。これだけ「殺」の文字を多く見かけるのは殺虫剤コーナーぐらいではないだろうか。やっぱり強すぎる化学薬品系のスプレーの使用は小さい子どももいるので、蚊への対策は伝統的な蚊取り線香を使用して、蚊よりも大きな虫が侵入してきた時の対策としてはこの冷凍ジェット系のスプレーを一本用意しておくことにした。以前、小さいゴキブリに対して「その時に手元にそれしかなかった、草野球でデッドボールをした時に患部を冷却するスプレー」が功を奏したという経験から(しかし、冷却効果よりは単に風圧が効いただけかもしれない…)マイナス85度であれば確実に効くであろうと思った。 この夏、これを使用しながら思わず「♪ありのままに…」とか「♪わたしは自由よぉ」とか「♪Let It Go〜♪Let It Go〜」と口ずさんでしまったのは私だけではないはずだ。(アナと雪の女王) 虫とはいえ殺生という行為の最中に自然に出た鼻歌に「これでいいのか?」という気持ちがかすかにあった。除草作業をしている最中に「ふふふ、お前は殺すが、お前は生かしておいてやろう、ふふふ」という独裁者の気分をもちつつ「おお、私は何ということを考えていたのだろうか…」と、自分のなかの悪魔と天使との葛藤のようなことが日常にもあることを知った。 昔、私が高校生であった頃に聞いた忘れられない話がある。小学校の授業参観でその日の教えることのテーマが「害虫と益虫」ということであったそうだ。理科の授業だったのか、社会の授業だったのかはともかく、小学校の先生が害虫と益虫についての一通りの授業をした後に「何か質問はありますか?」というと一人の小学生が「先生は害虫なのですか、益虫なのですか?」という鋭すぎる問いを発したそうだ。先生は参観日という保護者も並んだ場でその質問に一言も答えられなかったそうだ。高校生の頃などは、これを「教育者の大恥エピソード」として面白おかしく聞いていたものだが、今は何だか答えられない問題には簡単に答えなかったその先生の誠実さのようなものに好感をもって思い出す話だ。 水族館で、子どもに対してその魚介類の市場価値ばかりを説明をしている大人を見かけたことがあったが(水産会社の社員の方だったのか、それにしても妙に詳しかった)その時の違和感もなぜかよく覚えている。害虫か益虫かも、マーケットでの価値も、競馬のオッズも、絶滅危惧種に指定するか否かも、みんな人間の勝手な考えと都合で決めている。 「私は害人なのか、それとも益人なのか?」ちょっと考えてみたぐらいで簡単に答えを出せば、卑屈になるか傲慢になるかのどちらかであろう。私にわかることといえば、草野球でデッドボールを受けたり自打球を当ててしまった時に冷却スプレーと間違って凍結殺虫スプレーをかけてしまっては大変なことになってしまうということだけであった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-08-14 23:41 | 草評
2014年 08月 12日

お盆のお墓参りのお供えについての掲示(はり紙)

b0061413_0565773.jpg 教団の職員をしている時に「お盆の期間中にお墓にお菓子や果物などのお供えものをそのままにして行く人が増え、カラスや蟻や蜂がたかって困っているのだが、その風潮に対して警告する文章を組織として出さないのか?」という意見をご住職さんたちから何度かもらったことがある。教団や組織というものを「活用してやろう」とか「利用してやろう」というぐらいの意欲をもつことには賛成だけれども、この場合は正直言って組織や団体というものに依存し過ぎである。地域の習慣、墓地の規模、人間関係、カラスや昆虫の発生度などケースバイケースのことでもあり、その状況のもとに自分の頭で文章を考えてみることが大切ではないだろうか。もちろんその状況に合っているならば既成の文章を真似ることはまったくOKだと思う。でもなかなかケースに当てはまる文章が見いだせないからといって自分の思考を停止してマニュアル化に頼ることはないと思う。 ただ、そういう視点から墓地にあるそのことについての掲示に目を向けると多くの気づきがあった。公営墓地や霊園などにはハッキリと「お供え禁止」「お断り」という趣旨で掲示をしているところがあるし、寺院でもある。少々ソフトに「ご遠慮ください」という表現になっているところが多い。ハッキリしていていいと言えばいいのであるが、禁止やタブーというものは「危険」がある場合には明確に表示の必然性があるけれども、この掲示の場合に一律の禁止を明示するにはいささかデリカシーが足りない気がするのだ。どういうデリカシーかというと、たとえばそれはご縁の深い人を亡くしてその墓参にあたってその人の好物などをお供えしたいという人の存在と気持ちに対する意識である。そこのところも含めて墓地管理者としてクールに場のルールを敷いた方がいい場合にはそうすればいいと思うのであるけれども、自分の場合はそれほどの大規模墓地でもないし、ただ単に「ご遠慮ください」では言葉足らずでもあると思う。かといってこのブログ文をそのまま墓地に掲示すると言葉は多すぎる。 思考停止はいけないと言いつつも、実はこの問題は考えれば考えるほどに明確な正解などない。ただ、自分なりに昨日の朝に自分なりの文章を書き出してみて掲示をした。お供え物の本質に「花」がある。花を大切にしない文化の方が見出すことが難しいと言えるぐらい花を捧げることを人は大事にしている。オランダとドイツの国境付近で発見されたネアンデルタール人の化石には化石化した花の花粉なども鑑定されているので、花を捧げることができたかどうかが猿と人との違いだと言えるぐらいに本能的衝動に則したものである。その花をご本尊にしてもお墓にしても捧げる時に、100%対象に捧げるということならば、その方向はご本尊なりお墓に向けるはずなのである。しかし、これは供えるということの本質に関わることであるけれども花のいちばん美しい姿は捧げるその人の方向を向くのである。線香の香りもしかりであり、ロウソクの明かりもしかりである。お供えのベクトルは一方向ではなく、双方向にはたらく。つまり「捧げる」という形をとりつつ「いただく」という形をとっている。これは本質論であるけれども、私がご縁ある方々への聞き取りをしてきた範囲でいえば、お菓子や果物のお供えに関してもそれがとてつもなく貴重であった時代にはその本質に忠実であった時代もあったことを知ったし、その本質からもっとも逸脱して「悲しき飾り残し」が横行していった時期は私の短い経験則からしても「どうもバブル期だな」という実感もある。 また再度言及するけれども、この問題に対する正解などない。ただ、何とか「ご遠慮ください」ではない文章を絞り出してみたので、特に同業者と同行者のご意見を聞いてみたい。


砂糖や果物がとてつもなく貴重であった時代、
いったんお墓には
「捧げる」という形をとった後に
「さずかる」という形でそれを大切に持ち帰り、ご縁あった方々への感謝をこめてそれを
「いただく」という美しい風習がありました。
現代においてもその心を大切にして参りたいと存じ上げます。 善良寺 


マーヒー加藤 
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by kaneniwa | 2014-08-12 06:55 | 草評
2014年 08月 09日

コッヘル242番 海苔ワサビチーズ(韓国のりバージョン)

b0061413_15445384.jpg 前回のコッヘル241番の海苔ワサビチーズに関しては、それを試してみた方々から「こりゃいい!」という嬉しいご感想を中心に反響があった。ただ、その非常にシンプルな作り方について「レシピ以前」という表現しかし得なかったことについては悔いを残している。特にそれを教えていただいた方(日本人シャラポアの友だち)に申し訳ない気がした。もっと「レシピ以前」よりもいい表現はないか?「超基本シンプルレシピ」ということなのだが、その名称では芸がない。140文字以内で作り方を記すことができるということで「Twitterレシピ」という表現が浮かんだが、これはすでに存在していて、しかも高名なシェフがそれをTwitterでやっていてけっこうそれが広まっているというようなこともついさっき知った。ふと、「ワサビ付きスライスチーズ 海苔で巻き」 という五・七・五で、このレシピの肝要にしてほぼ全容を詠めた。おお!「川柳レシピ」の誕生だ!いや、落ち着いて下さい、落ち着いて下さい、落ち着いて下さい!チューブ入りのワサビは年中冷蔵庫にひとつは入っているので季節感はなかったけれども山葵(わさび)というのは春の季語として歳時記にもあるではあーりませんか。(山葵の花は夏の季語らしい)おおお!「俳句レシピ」だったではあーりませんか。まあ今後とも「俳句レシピ」というのは滅多に出なくても「短歌レシピ」のオリジナルには挑戦していきたいなぁ。 というわけで「ワサビ付きスライスチーズ 海苔で巻き」という俳句レシピはシンプルであるがゆえにこれ以上のアレンジは加えようがないと思っていたが、スライスチーズとワサビはそのままに海苔を韓国のりに変えただけで「まったく別物」と言ってもいいものになった。元の完成度が高いので、これを「改善」とは言ってはいけない、けれども、バリエーションとしては大いにアリだと思っている。チーズの塩気に韓国のりの塩気とほのかなごま油の香りが加わりつつ、完全に韓流に傾くというわけでもなくワサビはその存在感を保っているのである。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-08-09 16:18 | 草外道
2014年 08月 07日

昨日の新聞から

私は香山リカという人はジャイアント馬場を崇拝するプロレスファンであるということ以外には
今まで好感をもったことはなかったのだが、
昨日の毎日新聞の朝刊での香山リカが執筆している「ココロの万華鏡」というコラムには
感じ入ることが書いてあった。

不登校や家庭内暴力をふるう子どもで「親が先生」というケースが多いということだ。
筆者(香山リカ先生)があげるその「先生」の種類は
学校教師、弁護士、医師、教会の牧師であった。

香山リカ先生はこのコラムをはじめ「精神科医」という肩書で文章を書くことが多いが、
なぜか医学部のない立教大学で教鞭をとっている人間関係から「牧師」が出てくるのだろう。

香山先生は子どもに付き添ってきた「先生」と呼ばれる親の顔に
「私が他の人を指導する立場なのに、わが家に引きこもりの息子がいるとは…」
という辛そうな顔をしていることが多いという。
そういう親に香山先生は心の中でこう呼びかけるそうだ。
「そうやってあなたがまわりから立派だと言われ、
 そう振る舞い続けているから、
 息子さんはあなたの弱い部分を全部引き受けてくれているんですよ」

どんなにやさしそうな人にも意地悪な一面があったり、
逆に悪人だと思われている人にも善良な部分があるという。
表には出てこない正反対の顔のことを心理学で「シャドウ」と呼ぶ。

香山先生のコラムは、その後、河合隼雄先生の
「シャドウの肩代わり」論を紹介していく。
つまり、常に尊敬され常に立派だと言われ
「シャドウ」など出せないままで立派な顔を見せ続けていると、
家族のなかの誰かが「シャドウの肩代わり」をする場合がある、という。

ああ、別にアンチ香山というわけではないけれども、
私が感じ入った部分は香山先生というよりは河合隼雄先生の論の部分だった。

それにしても、これは私の先入観やら憶測が入っているけれども、
この香山先生の文章は佐世保市女子高生殺害事件を強く意識して書かれているように
思えてならない。
その事件についての「シャドウ」の部分があまりにも
色濃いからそう感じるのかもしれない。

同じ新聞に
「理研の笹井氏自殺」
の記事が大きく載っていた。
新聞には「笹井氏」であるが、多くのひとから「笹井先生」と呼ばれた存在である。
理化学研究所発生・再生科学総合研究センターと渡り廊下でつながった
先端医療センターという場所で首をつったという。
難病を克服することにも将来大きな期待を寄せられている
世界の最先端の再生医療研究施設で自殺があること自体はいけないことは当たり前である。
当たり前ではあるけれども、私のように気晴らしもやけ酒も不真面目な鬱憤晴らしもできる
アホになれる者からは笹井先生の立場を想像することはとても難しいのであるが、
今の日本のなかで「立派な顔しかすることができなかった存在」としての苦悩に
少しは想像をめぐらすのであった。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-08-07 02:17 | 草評