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2014年 12月 29日

報恩講私記(3) 放歌

b0061413_2128567.jpg もしかしたらこれが2014(平成26)年の最後のブログ記事となるかもしれません。11月30日のこと。寺院での報恩講(親鸞聖人ご命日)の日程が終わり、徒歩で近所の「食彩酒房ぼだいじゅ」さんでのライブは伝説ものとなりました。午後5時から午後7時30分頃までのライブでした。この日は日曜日でしたが午前中に阿知波一道さんのご法話に接して午後に寺院と「ぼだいじゅ」で阿知波一道さんの歌声に接した方々が家に帰ってからすぐにテレビをつければ妹さんの阿知波悟美さんが「お福さん」という重要な役柄で出演されていたNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」が放映されており、しかも三日後の12月3日(水)にはテレビ朝日系列の大人気ドラマである水谷豊主演の「相棒」で同じく阿知波悟美さんが「ビッグママ」という大物犯人役で出演されていたということで善良寺の有縁の方々にとっては阿知波ディー、阿知波ウィークとなったのでありました。 さて、その報恩講とライブが終わって明けて翌日、新潟県内のどこにご案内しようかと考えていたところ「思いつきなんだけれども京都のライブハウスの拾得に行って、あわよくば出演もしてこようかなぁ?」と言い出され、歯医者から帰ってきたばかりのシャラポア(妻・日本人)とともに蕎麦を食べると本当に12時26分発の「特急いなほ」に乗り込まれて京都に向かって出発されてしまいました。写真は、私が持っているのが阿知波先生愛用のマーチンOOO(スリーオー)のギターが入っているマーチンのギターケース。そして、先生が背負われているのが同じく愛用の「自作バンジョー」です。シンガーソングライターとして作詞・作曲を手がけられることはもちろんのこと、工房で「えっ?先生のサウンド作りはここからなんですか?」と驚いたのですが、楽器作りまで手がけられているのです。 写真の撮影はシャラポア。この時点で先生愛用のiPhoneがまだ寺に置きっぱなしであることはともに忘れていたのでありました。 その精密機器専用宅急便箱(そういう箱が宅急便の集配所に常備してあるということは、それを送る機会も世の中には多いのだなぁ)が届いた連絡とともに「いやあマーヒー、昨夜は拾得でホウカして来ちゃってねぇ」とおっしゃるので「先生、いったい何やってんですか?」と言うと、つまらぬ誤解を招かぬようにこのブログ記事のタイトルですでにネタバレではあるけれどもホウカは放火ではなくて「放歌」ということだそうです。つまり火ではなくて歌を放り込んで来たということで、燃やしたとしたらそれは建造物ではなくてお客さんのハートであるということなのです。(綺麗なのは先生のオヤジギャクなのに、ブログ文としてキレイにまとめようとしている私) 築約300年の酒蔵を改造した憂歌団や上田正樹などもかつては定期的に出演していた名門ライブハウスに「放歌」というのは、なかなか粋な表現であるなぁと思ったのでした。 今年の1月は長女が第一志望の高校に入れるかどうかということでヤキモキしていました。楽しみといえばシャラポアと受験シーズンが一段落したら3月のお彼岸明けに石垣島に久しぶりの家族旅行の計画をたてることでした。長女は何とか第一志望に合格してくれて、その旅行は記念旅行としての付加価値も付きました。石垣島に着いてすぐにホテルに荷物を置いて見知らぬ島の繁華街を地図をもって飛び込んで何とかスタートに間に合った「うさぎや」というライブハウスで「歌」に接していきなり「来たなぁ」と実感することができました。 そして6月に私自身も住職の継承式を行い、初めての報恩講は準備不足は否めなかったのですが阿知波先生はじめ多くの方のおかげで素晴らしいお勤めとなりました。「放歌」もありました。

明後日の大晦日の午後、とにかく歌が大好きだったお世話になったアニキのような方の初七日で阿弥陀経と正信偈を勤めることが私の今年の仕事納めです。ご生前、いっしょに勤めたこともある正信偈の「偈」の文字は訓読みで「うた」とも読めるのです。

それでは皆さん、よい年末年始を。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-12-29 22:48 | 草仏教
2014年 12月 27日

年末になって大事なアニキが亡くなってしまった

亡骸(なきがら)を見慣れている職業柄だが、今日、見慣れた人の遺体を痛い気持ちで見た。
1年前には元気いっぱいであった私のアニキのような方が亡くなった。
年齢も、私よりひとまわり(12歳)ほど年上のアニキのような人であった。
高名なシンガーソングライターと同姓同名だ。

何だか自分でもその現実を受け止めることがどこかで辛いのか、
何だか自分は僧侶ではなくて僧侶役の俳優になった気持ちで阿弥陀経を勤めていた。
英語ではベッドサイドサービス(英語でサービスといえばまず礼拝のこと)という
枕経というお勤めをしてきた。

一年前の今頃は、元気いっぱいの方であった。
私の「住職継承記念事業委員会」の委員を率先して務めてくれて、
その記念の一環である本堂と書院の畳替えの寄付を集めてまわってくれていた。
「畳は新しくしても女房は新しくするなよ!」
が口癖だったように、シャラポア(妻・日本人)のことを実によくほめてくれて
何よりもご本人がたいへんな愛妻家だった。

礼服をはじめスーツの着こなしがビシッとしたダンディな人で、
春と秋の普段着にはなぜか
ロサンゼルス・ドジャースのスタジアムジャンパーを愛用されていたが、
あれが似合う人は限られているように思うのだが、実にドジャーブルーが似合う
紳士でありながらアクティブな輝きを放つ人だった。

住宅街である町内のなかでも大変な人気者で、大学の講堂やホール、会館などを
貸しきってカラオケ大会の形ではあるものの「音楽祭」の主催者になっておられた。
それは本業ではなかったものの参加者の信頼が厚く、
本職を引退後は
「そのイベント活動とお寺の補佐に専念したい」
という嬉しいことを言ってくださっていた。

数年前から寺での会合の後でビールを飲みながら
「なあなあ、新住職の就任を記念して寺で音楽祭をやろうよ!」
と提言してくれていた。
私は率直な気持ちで
「寺でやるのもいいけれど寺の外で、
 アニキが普段借りているようなホールなどで『善良寺音楽祭』をやって、
 その審査委員長というものをいっぺんはやってみたいなぁ」
と言うと
「それいいねぇ~、いいねぇ~、よ〜し、会場と機材レンタルの手配は任せな!」
といい笑顔で言ってくれていた。

そのアニキが今年の春先に数万人に一人という難病にかかり、
楽しみにしてくれていた6月の住職継承式の本番には欠席された。
「ああ、アニキがいない」
という気持ちはどこかで残った。

色々あったけれども、2014年はいい年だったなぁという思いで年末のこの時期を
浮ついた気持ちで迎えていたけれども、いっぺんに目が覚めた。
不幸は浮ついた気持ちのなかに突然やってきて、幸いは不幸中にあるということを忘れていた。
 
 さいわいは不幸中にもあるんやね (ヒヤケナス先生の川柳)

やる気や元気といった肝心要な力こそ、自分の力で起こすことはできない。
まさに他力。ふと沸き起こったり、ふと出会ったものに触発されてくる。
いろんなことがきっかけとなって、これから私は
演奏者としてなのか、シンガーとしてなのか、作ソングライターとしてなのか、
あるいは企画者などプロデューサー的なものなのかマネジメント的なことなのか
全然ハッキリしないままなのだけれども、
音楽活動的なことをしていきたいと思っている。

何をやるかなんて全然決めていない。
決めているのは
客が10人だったとしたら11人居ると思っていやる、
こということだけだ。


マーヒー加藤   合掌
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by kaneniwa | 2014-12-27 00:02 | 雑草
2014年 12月 23日

コッヘル257番 アジの押し寿司

b0061413_22364547.jpg 年内までにコッヘルに盛ってご紹介したいと思っていた押し寿司シリーズをこの鯵(アジ)で締めくくりたいと思う。刺身で食べることができるアジをヅケ(軽い醤油漬け)にして丼の上にのせるということはこのコッヘルシリーズに未登場ではあるけれど夏の時期(アジはある程度年中手に入る魚だが、やはり夏が旬であると思うし、付け合せの大葉なども元気があってよろしい)のごちそうである。それをこのたびはまたまた押してみました。これは青魚の仲間である鯖寿司が美味しいので、まずは間違いがない味となると思っていたが、鯖寿司とはまた違って良い感じであった。「みんな違ってみんないい」この大詩人金子みすゞの金言を若い頃の私はキャバクラでロックグラスで氷を揺する音をさせながら、何度か声に出してみたことがある。声に出して読みたい日本語であるから。確かにいいキャバクラに、いざキャバクラ(鎌倉)と駆けつけてみた時には、この金言はにぎり鮨で美味しい寿司ネタをヅケにして押し寿司用の箱に入れ、全体重をのせる感じで短時間でどんどん仕上げていって「押し寿司パーティセット」のようなものを作り上げてみた時に、久しぶりにこの言葉を声に出していた。白身もマグロも鮭もアジも「みんな違ってみんないい」と。もっとも大乗仏教のセンス豊かな金子みすゞの視点からすれば、海ではサカナたちのお葬式が執り行われているかもしれないという視点も忘れてはならないのであるけれども。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-12-23 22:54 | 草外道
2014年 12月 21日

古舘伊知郎 「トーキングブルース」を聴いて

私にとって古舘伊知郎はワールドプロレスリングの実況中継のイメージがまだ大きい。
「さあ猪木、さあ猪木、満を持して、満を持してタッチを受けました」
などと実況している最中にアントニオ猪木はとっくに満を持しておらずに
リング上で技を繰り出しているのだが、その実況はまことにプロレス的であった。

その古舘伊知郎がステージでたった一人マイク1本で語る「トーキングブルース」という
イベントは1988年から16年連続で上演されていた。
1998年にはニューヨーク公演を行い、
1999年には第7回スポニチ文化芸術大賞優秀賞を受賞している。

どの年だったか忘れたが、寺院で「トーキングブルース」が開催され、
古舘伊知郎は日蓮宗の偈文を完璧に暗記しながら、現在の寺院へのメッセージを
立て続けに叩き込んできたことがある。
記憶違いもあるとは思うけれども、私の耳底にはこういう言葉で残っている。

「開かれた寺を目指すとか、若い人に寺に来て欲しいなどと言って媚びることをやめろ。
 寺を閉鎖しろ、仏像は隠せ。そうすれば、その閉鎖された寺のスゲエ仏像を見たいと
 心ある若者はその塀を乗り越えて寺にやってくるであろう」





しかし2003年を最後に、2004年の古舘の「報道ステーション」のメインキャスターに就任して
10年以上封印され続けてきたのだが、たまたま2014年10月に一夜限りの復活を果たした。
その「トーキングブルース」のダイジェスト放送が先日あったのを録画していたものを見た。

芸のない芸人というものが増えすぎていると感じているのは私だけではないだろう。
特に、本来は話芸という芸のプロであるはずの芸人が古舘伊知郎の前で「芸人」と
名のれる者がどれぐらいいるだろうか?

「THE MANZAI 2014」では圧倒的な大差で博多華丸・大吉が優勝したが、
話芸といえる芸の完成度が他を完全に凌駕(りょうが)していた。

さて、そんな古舘伊知郎が今回の「トーキングブルース」では
前半は笑わせてくれて、最後には泣かせてくれた。
病気で亡くなっていった姉と二人の友人を最後に見舞った経験を語りながら
「これだけ言葉を職業としてきた自分が、いちばん大事な時に語るべき言葉がなかった」
ということを恥じながら
「しゃべりまくることを続けるのは沈黙するのが嫌だから」
とのポリシーをもって語り続ける。
その、涙をこらえながらのプロの語りにも、いちばん最後には沈黙がやってくる。

私が本当に聴きたかったのは、その沈黙の方だったのかもしれない。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-12-21 01:19 | 草評
2014年 12月 19日

コッヘル256番 マグロの押し寿司

b0061413_2326524.jpg まだまだ続くコッヘルに盛った押し寿司シリーズ。要するにハマっちゃっているんだなぁ。今回はマグロ。醤油スプレーで「ヅケ」(醤油漬け)にちょっと近い状態にしておく。本当のヅケほどには醤油を使わず、そして時間も15分から20分というところ。要するに追加の醤油なしでそのまま食べられる感じ。マグロ、特にヅケは江戸時代の寿司ネタのエースであった。そして作成方法の箱に詰めて押す手法は大阪を中心とした関西文化である。いわば、この押し寿司は江戸と浪速、東京と大阪の友好の象徴であるともいえる。ちょっと関係ない話であるが、皆さんの知り合いで東京都出身者と大阪府出身者で結婚しているカップルはいますか?東京都と大阪府の人口を足すと日本の人口のなかでもかなりの割合を占めると思うのだが、私は知り合いのなかはもちろん、有名人のなかなどでも全然思い浮かばないのだなぁ。うちは出身地でいえば、ちょっと惜しい。私が京都でシャラポアが東京。「東男(あづまおとこ)に京女」ということわざみたいな言い回しがある。男はたくましくてきっぷのいい江戸っ子がよく、女はしとやかな 京都の女がよいというような意味だと思うが、うちは「東女に京男」でありことわざの逆をいっているわけだなぁ。 ともかく、コッヘル254番の白身魚の昆布締めの押し寿司と組み合わせてみると、色も紅白となって見た目の相性もいい。来年(あと2週間)のお正月はこのセットをコッヘルではなくて黒いお重に入れてみようかな。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-12-19 23:49 | 草外道
2014年 12月 17日

雪やどり の虹

b0061413_21462622.jpg 伊奈かっぺいの「雪やどり」という曲がもしかしたら私にとってとんでもない名曲かもしれない、という趣旨のことを以前に書いたことがある。虹を見ること自体が出会い難いものに出会った感動を届けてくれるのだが、そのなかでも雪上がりの虹というものにまだ出会ったことがない。出会い難い人に遇う感動を、しかも初恋に近い恋の感動とともに歌い上げられる「雪やどり」は名曲だなぁ。 これは今日のように雪が降った日の出来事ではなく、数日前の出来事。8歳の末娘が「パパぁ、この不思議な光は何?」と私を呼びに来た。窓カラスからの木漏れ日がどんな具合に乱反射したのか、下駄箱をプリズム現象をともなって照らしていたのだ。

b0061413_21464222.jpg この現象の不思議さを私は科学の知識の乏しさもあって上手く末娘には説明できなかった。うまく説明できなかったのにも関わらず8歳の末娘を納得させることができたのは「これは珍しい!これは不思議だ!」といっしょに驚き、カメラを持ってきて何回かシャッターを押したからだ。お父さんは上手く説明してくれなかったけれども、いっしょになって驚いてくれたことに言葉を超えた満足を味わったようだ。 さて、今回のような12月の大寒波は困ったものだ。交通機関も大いに乱れた。でも、悪いことばかりではない。電車が大幅に遅れているという情報をスマホでつかんで機転を利かせてバスで帰宅した長女も、部活動が中止になって徒歩で帰ってきた中学生の長男も、やはり小学校から徒歩で帰ってきた8歳の末娘も、今日の夕食時にはみなともに嬉しそうで、シャラポア(妻・日本人)のギャグも冴えて会話も弾んだ。 どうも公共交通機関をはじめとしてスケジュール通りに動くのが当たり前だと思っているものが当たり前ではなかったこと、平凡に思える日常というものがこの写真の「奇跡の虹」のように有ること難いものであることに、ハッキリとはしなくても気付きのようなものがあったようだ。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-12-17 22:27 | 雑草
2014年 12月 15日

コッヘル255番 鮭の押し寿司

b0061413_22462159.jpg 押し寿司というものにハマっている。いろんな刺身をご飯を詰めた押し寿司用の木箱(恥ずかしながら3種類持っています)の上にのせて、最近は数時間押しておくというのをやめて全体重をのせて「秒殺」といった感じですぐに作ってしまう。大阪船場の箱寿司専門店がそうやっているのをテレビで見たからだ。 司馬遼太郎、という名前を出しただけで何だか書く方の私も軽く緊張してしまうがアメリカ合衆国を訪問した時のエッセイである『アメリカ素描』(現在は新潮文庫で読めるようだ)は大傑作であると思っている。現在、さかんに語られているようなグローバルとローカルの関係の問題の本質のようなものがこの本のなかには随所に出てくる。司馬遼太郎さんご本人がとてもジーンズが似合う作家であったが、この本のなかでジーンズというアメリカ文化に出会って、履いてみたその瞬間に「いきなり」好きになってしまったそうだ。その「いきなり」というものがグローバルな普遍性というものでないかと論じている。ジーンズにはその普遍性を「いきなり」感じたというのだ。その時のジーンズ体験の引き合いに出したのが何と「寿司」である。司馬さんは関西出身であるから寿司といえば馴染みがあったのは箱寿司とか押し寿司であった。さらにはグローバルに対するローカルでありつつ寿司というものの原型には近い発酵系の熟れ寿司、代表として鮒寿司(ふなずし)などに馴染んできた。それが、生まれてはじめて江戸前のにぎり寿司を食べた瞬間にこれまた「いきなり」好きになってしまったという。アメリカでの寿司ブーム(もちろん鮒寿司や箱寿司ではなくにぎり寿司を中心としたもの)を見てその時の「いきなり感覚」を思い出して、それがグローバルに広がっていくものだと直感するあたり、それが司馬史観の真髄のように読んでいて私はワクワクした。 ともかく、大阪の箱寿司とにぎり寿司の中間のようなもののスタイル(つまりは酢飯を握るスキルは持ちあわせていないけれどもサッと箱寿司を作っちゃうような感じ)で、司馬先生が生きている間にはなかなか流通していなかった鮭の刺身を箱寿司にした。鮭や鱒などは無菌での養殖が確立してから回転寿司でも生の状態で登場するようになり、スーパーマーケットなどでも広く流通するようになったけれども、昔は寄生虫などが怖かったのでルイベというような凍らせた状態などでなければ生食はなかなかできなかった。鮭というよりはニジマスの仲間といえるトラウトサーモンという種類がその刺身としてはもっとも流通しているのだが、それを押し寿司にしてみた。実際に富山のますの寿しはいつの時代でも人気の駅弁であり、鮭の押し寿司というものも駅弁界にはすでに存在する。それを家庭でやってみたのであるが、ひとくち食べて「いきなり」これはイケる!と感じることができた。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-12-15 23:21 | 草外道
2014年 12月 13日

草仏教掲示板(76) ぼくが一生の間に会えるひとにぎりの人の中にあなたがいました

b0061413_23291651.jpg ぼくが一生の間に会えるひとにぎりの人の中にあなたがいました この法語掲示板の言葉は私やシャラポア(妻・日本人)がメモしたノートないしは紙のなかから選ぶというケースが多い。たまに高校生の長女が「これがいい!」と選んだりメモした言葉が掲載されることもある。この言葉は、てっきりシャラポアか娘がメモしたものであったと思っていたがどうも私のメモのなかにあった言葉だったそうだ。私のノートは再生紙を使った無印良品の「4コマ漫画作成用ノート」(現在はなかなか店先で見ない)であるけれども、確かにそのなかにこの言葉があった。しかし出典が書いていない。今、検索で調べてみた。 僕が一生の間に会えるひと握りの人の中に、あなたがいました。 何とこの言葉、サントリーのウィスキーの「ローヤル」の広告コピーであった。私がどこかで目にしたこの言葉を出典を記していかなったためにかえって法語としては新鮮な言葉なものと筆をとったシャラポアには映ったようだ。広告コピーというのは商業のための文ではあるけれども、商業であるがゆえに人の血が通っている、流通(るずう、りゅうつう)していると感じることがある。しかも多くの文学者をも生み出してきた広告コピーの名門、サントリーだ。 明日は解散による宗義議員選挙の投票日だ。法律的にサントリーの「ローヤル」を飲むことが可能な者に選挙権がある。天候は悪いし、仕事もあるし、正直いってなかなか気がすすまない。でも、日本を含めて各国での選挙権を勝ち取るための闘争の歴史、現在進行形としては香港の人々のことを考えたら行かなくちゃ。



マーヒー加藤 (ブログ文)
日本人シャラポア(書)
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by kaneniwa | 2014-12-13 23:54 | 草仏教
2014年 12月 11日

おチャマでカチカチ

長男が今の末娘の年の頃、
そう8歳頃に将棋というゲームを教えてやった。
あっという間に夢中になってくれて
最初はハンデ戦などをやっていたが
5学年下の末娘は、将棋のことを
「おチャマでカチカチ」
という言葉で将棋を現していた。

幼児の勝手な造語ではあるけれども、
その完成度が高いので
シャラポア(妻・日本人)などは
本当に将棋のことを「おチャマでカチカチ」と言うこともあると思っていたそうだ。

長男は妹が
「私もおチャマでカチカチしたーい!」
と寄ってくると、拮抗した勝負の時など
「うるさい!いま大事なところなのに集中できない!」
と追っ払うのが常で、
お兄ちゃんが大好きな子であることもあって、そう言われて追い払われるたびに
母親のところに泣きついていったものだった。

最近になって、その末娘に将棋を教えてやることになった。
と、いっても私と長男とで独自に考案した将棋の駒のそれぞれの動きを教えるための
「将棋の駒を使ったスゴロクゲーム」
というものからだが、
それでも末娘は長年眺めてきたことで、カチっ、カッチっといい音をたてて駒を進める。
「やったぁ、とうとうおチャマでカチカチの仲間になれた!」
と嬉しそうなのは、ちょっと可愛かった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-12-11 22:15 | 雑草
2014年 12月 09日

草煩悩(19) 高田耕造商店の純国産最高級たわし

b0061413_114481.jpg 今年の夏、京都出張での用事が終わり錦市場の大安というところで昼間酒を飲んだ後で、地下鉄に乗るために千鳥足で歩き、そのまま何気なく東急ハンズの京都店にフラリと入った。キッチン用品のコーナーに化粧箱に入った「たわし」がディスプレイされていたのを最初は何かの冗談だと思った。たわしが化粧箱に入っていたのを初めて見た。小さいサイズのたわしで2400円、普通のサイズで税込だと3000円を超えるというのも驚いた。昔、デパートのなかのエルメスのお店でディスプレイしてあったポロシャツを一目で気に入って値札を見たら、どうも願望があったのか最初の一瞥(いちべつ)で1500円に見えて「こりゃ即、買いだなぁ」と思ったら、二度目に見たら「やっぱり15000円か、そうだよな、うーん迷うなぁ…」と思いつつ、冷静にもう一度桁を数えたら150000円だった。さすがに一点豪華主義を貫こうと思っても、15万円のポロシャツは気軽に着れないのでやめた。その時以来になる「二桁違いショック」であった。通常、たわしというのは雑貨屋、ホームセンター、スーパー、の他に100円ショップで税込108円で売られているものというイメージがある。今月14日の解散総選挙の結果がどうなるかはわからないが、おそらく今後も2年近く100円ショップでは108円で売られるであろう。それが約30倍の値段で売られている。私は酒が入っているせいもあって、その純国産高級たわしを購入したのだった。ただ、正直に書けば、その時は純国産高級たわしの良さを知ろうという動機で購入したのではなかった。シャラポア(妻・日本人)に「たまにはお前に高級品のプレゼントだよ」と、化粧箱に入った品を渡してワクワクしながらそれを開けたらタワシがひとつだったらどうなるだろうか?というリアクション見たさに通常の30倍するたわしを東急ハンズで買い上げたのであった。ある意味、酔っぱらいらしい買い物であり、購入の動機は不純だった。そして、帰ってからそのプレゼントはそれなりにウケた。それで目的は達したように思えたが、シャラポアが本当のプレゼントをもらい続けることになるのは、その後日からであった。 私は調理は好きだけれども洗い物は嫌々やってきた。ところがどうだろう、この高田耕造商店製の最高級たわしに関しては、まるでサラブレッドの毛を撫でながらその感触を楽しんで愛でるかのように、自分の方から積極的に触りたくなってしまうのだ。もうチクチクして指先を痛める従来のタワシには戻れないワタシが居る。後に専用のガラスコップ用も購入するのだが、ガラス容器などは効果てきめんである。かなりゴシゴシやってもガラスを傷つけることがない。それでいてコーヒー牛乳を飲んで一日放置してあったようなコップもバッチリ落ちる。これは、体も洗えるのではないだろうか?と思ったら、何と本当に高田耕造商店では全社員が体も頭もこのたわしで洗っているのだそうだ。原材料は棕櫚(しゅろ)であるけれども、そのしゅろの栽培自体を高田耕造商店が手がけ、その製造に関して薬品類は一切使っていないという。 食器もそうだが調理器具のなかでも私が愛でている鋳鉄製のダッチオーブンなどは、このたわし以外は使いたくない。本体に傷をつけることなく汚れを落とせるので安心してゴシゴシできる。 購入後約半年が経過しているが、何とこのたわしは「使えば使うほどに状態が良くなってきている」という感触まである。使えば使うほどに劣化をするのではなくエイジングされていくというようなものが、ダッチオーブンやジーンズや楽器以外にも存在した。しかもこんな身近なところにあった。どうもこの高級たわしの存在は業界内でも旋風を巻き起こしたらしく、大手の亀の子たわしも棕櫚を使ったたわしを「亀の子 棕櫚たわし極メ」というシリーズとして500円前後(3000円の衝撃こそないものの、たわしとしては高級品の位置づけである)の値付けで出している。高価なものだが、毎日のように使うものだけに高価であった効果はすぐに出る。

マーヒー加藤

草煩悩バックナンバー
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by kaneniwa | 2014-12-09 13:43 | 物草