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2015年 02月 27日

石川一雄さんに会ってきました(2)

私は研修会や学習会などで遠くに移動する際の行き帰りになぜか運命的に
書店やKIOSKで色んな出版物との劇的な出会いをすることがある。

2012年の10月に兵庫県に出向いた時に、学習会を終えて
大阪の阪急梅田駅の近くから夜行高速バスの新潟行きに乗ることとなり、
「けっこうな長旅となるバスのなかでの読み物を」
ということでKIOSKで荷が解かれて並べられようとしている週刊誌のなかから
『週刊朝日』をチョイスしたのはまったくの気まぐれであった。
普段なら床屋や定食屋に置いてあれば待ち時間にパラパラと読む程度で、
それでも他にもいくつかは週刊誌などの読み物が置かれていたなかから
『週刊朝日』を無意識的にでもチョイスした伏線に、その数時間前まで
朝日新聞の新聞記者であった方に丁寧な案内役をしていただきながら講義をいただいたという
ことがあったのではないかと思う。
読み捨てるつもりで買った週刊誌であったけれども、何というめぐり合わせか、その号は
佐野眞一氏と週刊朝日取材班による橋下徹大阪市長の出自についての明確な差別記事が
掲載されていたものであった。
バスのなかで読みはじめて何か悪い夢を見ているのか、
あるいは自分が寝ぼけているのかと目を疑った。
府知事時代も含めて大阪の教育や文化予算を大幅に削減する橋下氏に対して
言論をもって批判をするということは当然あっていいわけであるが、
本人の努力や志向では変えることができない出自の問題でそれを行う記事が掲載され、
それがよりによって朝日系列の週刊誌に載っているということが信じられなかった。

昨年の5月に沖縄に行った時には、
本州では主人公である山岡士郎が福島第一原発を視察した後に鼻血を出したという
描写などが論争を呼んで本州の書店やコンビニでは手に入らなかった漫画週刊誌の
『ビッグコミックスピリッツ』が那覇空港の売店に1冊だけあった。
この1冊だけ、というのも何かのめぐり合わせであると感じて購入して
これもまた帰りの飛行機のなかで読んだ。
沖縄は日本の一部ではなくて日本が沖縄の一部なんだよなぁ…という実感とともに
帰る飛行機のなかで、
福島は日本の一部ではなくて日本が福島の一部なんだなぁと感じた。

今回、狭山事件というたいへんな冤罪事件について、
長年の念願でもあった石川一雄ご当人にも会うことができた帰り道のことだ。
西武新宿線狭山駅から本川越駅でおり、しばらく歩いてJRの川越駅に移動して、
それから大宮に出て新潟行きの新幹線のなかの1時間30分ほどの時間の間に読む本として
手にとったのが今回は週刊誌ではなくて文庫本(ちくま文庫)であった。
『USAカニバケツ/超大国の三面記事的真実』
という町山智浩という人が書いた本だ。

文庫本とはいえ乗り物(今回は新幹線)のなかで週刊誌的に読みたいと思って
いい加減に手にとった。
緊張した頭をほぐしたくて手にとった。
緊張をほぐす笑いが欲しくてそのタイトルの本を手にとった。

ただ、何というタイミングで何という読み物のページを私はめくっているのだろうかと、
新幹線のなかで今回も全身が震えた。
10年前に書かれたこの本のなかの一本の映画評論が、
何というタイミングで今、自分の頭のなかに入ってきているのか?
すべては偶然なのだろうか?セレンディピティというものなのだろうか?
それともシンクロニシティというものなのだろうか?

町山智浩という人のことは主に音楽論評の文章で以前から名前を知っている。

正直いってその文章が好きというわけでもないし、特に考え方が好きであるというわけでもない。
しかしながら映画、ポップカルチャーやサブカルチャーというものの底に流れているものは何か
をキャッチするアンテナ感度の確かさのようなものに強く惹かれてきた。
たとえるならばかつてのナンシー関が
「日本全国でテレビをつけている人は何千万人もいるけれども、
 ちゃんとテレビを見ているのはナンシー関ただ一人」
と評されたことがあるように
「マスコミの特派員をはじめアメリカから情報を送ってくれる人はたくさんいるけれども、
 今のアメリカ人がホントのところどんなメンタリティで生きているのかを知らせてくれるのは
 町山智浩だけ」
というような妙な信頼感がある。
それは期間や時期は違うけれども同じくカリフォルニアで暮らしたことがある実感からでもある。

その本の最初はGOTHという、日焼けしないインドア生活を基調として
パンク・ロックやブラックメタルやホラー映画を愛好して
悪魔崇拝的なカルチャーについての紹介であった。
そして、それは『パラダイス・ロスト』というドキュメンタリー映画についての紹介へと
展開するのであった。
その映画は
ウエスト・メンフィス3
と呼ばれる実在の冤罪事件についてのドキュメンタリーである。
何度読みなおしても町山智浩氏のアメリカンカルチャーのなかの
GOTH文化の紹介から映画の紹介からこの
アーカンソー州のウエストメンフィスという小さな町で起こった冤罪事件に
光を当てていく文章の流れは見事である。
是非とも『USAカニバケツ/超大国の三面記事的真実』を手にとっていただきたい。

アーカンソー州ウェスト・メンフィスという地と埼玉県狭山市は遠く離れている。
一見、生活文化も環境もまったく違う。
しかしながらGOTH文化の愛好者の若者であったというだけで
その偏見の大きさによって中世の魔女狩り的に犯人に違いないという予断のもとに
捜査も裁判も行われてきたという経緯を読むことによって知らされることにより、
これほど通底する闇の深さが共通している事象はないといってもいいと感じた。

今回もあった「ふと手にした出版物が重要であった」ということを私は

「出会ったもので一大事あると直感したことにはとことん出会い続けろ」
という、どこからかやって来るメッセージのようなものとして受け取るしかないと思っている。

つい最近、石川一雄さんのこの3年間が描かれた映画
『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』
が第69回(2014年度)毎日映画コンクールのドキュメンタリー映画賞を受賞した。
弁護団に279点の証拠品リストが開示されたということと併せて今年に入ってから
大きな光が見えてきた。

そして、その映画撮影チームは焼失してしまっていた石川一雄さんが住んでいたご自宅を
大工さんの手元に残っていた設計図をもとに寸分違わない自宅を再現し、
鴨居に置かれていた万年筆の不自然な場所など
「証拠が捏造された証拠」
を見事に再現してくれていたのだ。
感動的であった。
次回にそれをご紹介させていただくことにしたいと思う。


加藤 真人 (ブログ文)
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by kaneniwa | 2015-02-27 12:17 | 草評
2015年 02月 25日

石川一雄さんに会ってきました

4年ほど前に厚生労働省の元局長・村木厚子さんが郵便割引制度を
めぐる偽の証明書発行事件において、大阪地検特捜部が証拠品として
押収したフロッピーディスク内の文書の更新日時が改ざんされていたことが
決定的な証拠となって彼女の冤罪(えんざい)が証明されたことがありました。
一太郎というワープロソフトによって作成されフロッピーディスクという
媒体に保存された文書の日時が改ざんされていたことを見抜いた有能な弁護士が
もしもいなかったら彼女は冤罪を被っていたし、
私は有罪判決にしたがってその関連の報道も鵜呑みにしていたでしょう。

地方検察局の検事が自分(たち)が作ったストーリーのために
「いまだにここまでやるのか?」
と、悪い意味でとても驚きました。

埼玉県の狭山市で、昨日と今日、石川一雄さんに会ってきました。
石川さんは1963年の女子高生誘拐殺人事件(狭山事件)の容疑者として別件逮捕、
起訴されて冤罪を訴え続けるものの1977年の最高裁で無期懲役が確定して
1995年に仮出所後も再審(裁判のやり直し)を請求し続けていらっしゃいます。

私が生まれた1963年に起きたこの事件を22歳を過ぎて初めて知ってから
ずっと石川さんは無罪であろうと思ってきましたが、
このたび作り上げられたストーリーのままに誘導され、あるいは強要されて調書をとられた
自白の内容との矛盾点を感じずにはいられない現地検証もさせてもらいつつ、
その誘導するストーリーの荒唐無稽さを実感して
「無罪であろう」という気持ちは「絶対に無罪である」という確信に変わりました。

また獄中にあって努力されて文字を習得され
「支援してくださる方々の手紙を読むことができ、
 差し入れされた本を読むことができるようになってから、
 全世界が私の師匠になった」
という言葉を石川さんは表白してくださいました。

『たそがれ清兵衛』という映画の最初のシーンで、
「学問をすれば何の役に立つのか?」を娘から問われた清兵衛は
「学問しれば(すれば)、自分の頭でものを考えることができるようになる」
と答えます。
私もまた、試験などの試される場のためではなくデータとして蓄えるのためでもなく、
自分の頭で考えることができるようにするための勉学をし直していかねばなりません。

石川さんの長年の再審請求の活動にとって今年は大きな光が見えます。
これは先月の1月24日にNHKのニュースでも報道されたことですので
ここに書いても差し障りがないと思いますが、
石川さんの弁護団に対して検察がこれまで存在を明らかにしていなかったものも含む
物的な証拠をすべて記した279点のリストを開示するという
異例の対応をとりました。
「そこまで50年以上もかかってしまったのか」
という思いはあるものの、そのリストから重要なものが精査されることによって
裁判所は再審の請求に応えざるを得なくなり、再審が行われれば
石川さんの無罪が確実に証明されることになるのではないかと思われます。
当時の警察、検察の作り上げたストーリーは破綻してそのストーリーを鵜呑みにしてて
間違った判断をした裁判官にとっては大きな汚点が露わになることでもありますが、
これは私たちが今後、司法や警察というものを信頼して生きていく上で必要なことです。

このブログに掲載しても、大きな効果というものがすぐにあるわけではないかもしれません。
しかしながら、再審が認められるか認められないかというギリギリのところになった時に、
背中を後押しするわずかな微風のようなものでさえ、もしかしたら力になれるかもしれない
という思いで、「大いに広めていただきたい」というお言葉も石川さんからいただいた
こともあってこのホームページとリンクしておきたいと思います。

冤罪 狭山事件

ブログ文  加藤 真人
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by kaneniwa | 2015-02-25 23:56 | 草評
2015年 02月 23日

春スキー日和に(わかぶな高原スキー場)

b0061413_013355.jpg 一昨日の2月21日(土曜日)は寺のスケジュール表が空白になっていて、しかも朝から雲ひとつない快晴。「こりゃスキーに行くしかない」ということで車を30分とちょっと走らせて関川村にあるわかぶな高原スキー場へと向かった。リフト券売り場で50歳以上に「シニア割引」というのを見つけて学生生活が終わって以来ずっと何らかの割引というのに縁がなかった私は妙にテンションが上がった。「あなたは50歳以上に見えないから免許証か何かを提示しないと、ホラホラホラ」とシャラポア(妻・日本人)に即されてポケットをまさぐっていたらリフト券売り場のお姐さんは笑いをこらえているような表情で「あっ免許証は別に提示しなくてもいいですよ」と言った。リフト券を購入して数歩進むと背中からお姐さんの笑い声が聞こえた。やはり私とシャラポアのやりとりを面白がっていたのだな。 今シーズンは昨年末の12月に大きな寒波が2回来て、とんでもなく厳しい冬になる予感がしたのだが2月も下旬に入った現時点からふりかえると「総じて暖冬だった」というイメージがある。もちろん新潟県は広いので一概には言えないけれども街中に雪は全然ない。しかし12月に大きな積雪があったことからスキー場は早い段階から営業可能となり、これも一概にしか言えないけれどもスキーをする人にとってはなかなかいいシーズンとなったのではないだろうか。特に8歳の末娘は今シーズンになって初めて本格的にスキーを覚えた。シーズン最初の頃は当然、緩斜面でもおっかなびっくりであったのに2ヶ月後のこの日はパノラマコースという景色のいい中級者コースと、中級コースのなかでも上級者コースに近いスィートコースというところを滑り降りるようになっている。やっぱり8歳の適応力はすごいな。

b0061413_0135892.jpg 中学生の息子はやはり8歳ぐらいの頃に超初心者時代から知っているのだが、この日は「特別雪山自主トレのために部活を休みます」と顧問の先生に報告しつつ加わってきた。コブ斜面の上級者コースを嬉々として攻略していて、もうテクニックといいスキー靴のサイズといい私を追い越してしまった。それから何と言っても長いコースを一瞬たりとも休まずに降りてくる体力と筋力もとっくに私を越えているなぁ。高校生の長女は、この日は自主的に留守番をかって出て不参加。高校1年生時にある2泊3日のスキー合宿に参加して「スキーに関してはもうお腹いっぱい」ということらしい。ただ、それは嫌気がさしたということではなくて新潟県内であっても案外とスキーが初めてという同級生が半数以上で、スキー場に10回以上いった経験者は全体の1割程度だったそうだ。そこで「上級者クラス」というところに割り振られて久しぶりに優等生となれた感じの長女は輝く表情で合宿から帰ってきた。だから「スキーに関してはもうお腹いっぱい」というのはあながち誇張ではなくて、今シーズンのスキーの思い出はメチャクチャ楽しかったスキー合宿に集約しておきたいということなんだろうと思う。 この写真は8歳の末娘が撮った。長女や長男がシャッターを押すなら「もっと離れて!」と言うのだが8歳の末娘は「もっとくっついて!」と言う。シャラポアも末娘が撮った写真であればブログに載せてもいいと言う。 その末娘と二人でリフトに乗っていたら「ママの教え方は厳しすぎるし速すぎる。スキー場ではママよりもパパの方が好き」と、嬉しいことを言ってくれた。まてよ?これは喜んでいていいのか?ま、いいか。家族の成長をじんわりと実感できるということもあってこれからもしばらく年に一度はスキーに出かけたいと思った。ただ、このペースでいくと来年には末娘も私を追い越していくだろう。誰にスキーを教わったかということも忘れて。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-02-23 01:07 | 雑草
2015年 02月 21日

コッヘル264番 いも餅(チーズ入りバージョン)

b0061413_030793.jpg というわけで シンプルで美味しいものに出会ったわれわれ家族であった。シンプルで美味しいものの良さはその基本力の高さによって応用も効くということにある。前回のコッヘル263番でもその形をまず丸・三角・四角としてみた。その丸バージョンを次にドーナツ型にしようと考えた。そうしようと製作しているうちに、まてよドーナツといってもリングにするよりは真ん中に詰め物ができる程度の空間を作るようにしてみようか?と思った。応用が効くということは、即興性も出てくるのであった。だから基本というものは大事だなぁ。逆に言うとスキーでいえば「ボーゲンを極める」とでもいうのか、野球の打撃でいえば「素振りを極める」とでもいうのか、基本だけにとどまっては基本を学ぶ意味も薄れる。基本は応用しつつ、インプレッシブに興じてこそ基本を学んだ意味がある。学ぶことは難しいのぉ。 ともかく、その完全には貫通していないホール部分にまずは「とろけるスライスチーズ」を丸め込んで押し込む。写真だと手前のものが押し込んでから10秒以内で奥の方が押し込んでから1分ぐらいは経過しているものである。当然のごとくじゃがいもとチーズであるから相性はその塩気も含めてバッチリである。 基本と応用と即興ということについて、私も偉そうに持論を展開してきたわけだが、この文句なしの美味しさの前に私の理論もどうでもよくなってとろけてきたわい。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2015-02-21 00:47 | 草外道
2015年 02月 19日

コッヘル263番 いも餅(丸三角四角バージョン)

b0061413_0331194.jpg 北海道から今金男爵というブランドじゃがいもを段ボールで送ってもらって、これは色々な食べ方をしてきたけれどもどういうアレンジをしても素材の良さというものを感じて実に堪能できた。そのなかで浮かんできた素朴な疑問は「地元である北海道ではいったいどういう料理にしてじゃがいもを食べているのだろうか?」というものであった。もちろんじゃがバターのような全国的な超定番は欠かせないだろう。しかし、北海道ならではの定番というものがきっとあるはずだ…とネット検索すると「いも餅」というのが浮かび上がってきたのである。

b0061413_0332564.jpg 作り方はいたってシンプルであって、茹でたじゃがいもをすり鉢で練りに練る。フードプロセッサーで楽をしても良さそうなものだが、素材を活かしたシンプル料理であるがゆえに、このすり鉢で練りに練るという手間の部分でその味に大きな差が出るらしいということであった。最近、こんな時に8歳の末娘が「手伝い好き」という有難い人格であることでとても助かる。ホントに助かる。どうして面倒くさがりの私に、このような手伝い好きの子が生まれてきてくれたのだろうか?最近はただ単に助かるということだけでなく、お盆やお彼岸や報恩講(親鸞聖人ご命日の集い)などの寺院に多くの人がやってくる行事の際に「忙しくなるなぁ」と思っている私の前で、その来客を心待ちにしている末娘の姿を見ていると「ホントに末娘を見習わなきゃなぁ」と真面目にそう思ってしまうのである。この作業、末娘が大活躍である。末娘が疲れた時に代わってすりこぎ棒を持つぐらい。本当に茹でたじゃがいもに塩さえも加えずにそのまま練りに練っただけであるが、徐々に「でんぷん質の別な物質になっていく」というやり甲斐があったし、末娘もそれを励みにしてくれた。

b0061413_0335277.jpg 丸、三角、四角という形にして、いも餅を焼く。焼けたところで最初のコッヘル上の写真の姿となる。ネットで調べて見た範囲であるが、本場北海道ではこれを(1)そばつゆをかけて食べる(2)塩をふって食べる(3)きな粉&砂糖をまぶして食べる などまさにネーミング通りにほぼ「餅」として料理の素材にしているようだ。私が気に入ったのは(2)の塩だけである。何というか米と麦に次ぐ「第三の主食」として今後とも摂取していきたいような感触。さらに無塩ではないバターの塩気だけで食べるというのもいい。これは定番のじゃがバターが美味しいので当然のように美味しい。さらに塩さえもかけないスッピンでもイケる。次はこれをピザ生地にしてみようか?とか準備は大変なものの野外にもコッヘルとともに持ちだして見ようか?など、シンプルであるがゆえにディープな楽しみ方が今後もできそうである。


マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2015-02-19 00:25 | 草外道
2015年 02月 17日

スライドギターか三線(さんしん)か?と思いつつ、ひと月が経過

b0061413_2391046.jpg もう30日以上が経過してほとんど完治していて、余計な心配をかけることがなくなってようやくブログ記事にする。実は1月にキンピラゴボウを作るためにゴボウの下処理をしている最中、ボケーッとしていたせいで左手の薬指を切ってしまった。切った瞬間に自分でも「あっ、こりゃ大変だ」と思った。シャラポア(妻・日本人)はある研修会に出ている最中で、血染めの保険証(右手で取ればいいものをなぜか出血している左手で取り出すんだなぁ)を持って近所の眼医者さんに「目ではなくてスミマセン!」と言いながら駆け込んだ。幸いにちょっと待っている間に看護師さんが止血をしてくれてすぐに診てもらえた。局部麻酔の注射を打ってもらってすぐに縫合ということになり7針縫ってもらった。名医が近所で本当に良かった。このお医者さんは、私が主宰者であった草野球チームの選手兼初代チームドクター(ちなみに二代目チームドクターは獣医さんです)でもあって、私のことをよく知っていてくれる。「7日以上経過したら抜糸ですね、それでキーボードは普通に使えるようになるけれども指を強く押さえ込むような動作はだめだからギターは最低1ヶ月は我慢してくださいね」 と言われた。実は抜糸前からブログの方は薬指を使わないようにしながら早速に再開した。自分のキーボードの打ち方を少し客観視してみて、SのキーとかRのキーとかEのキー(これは母音だから実に多く使う)はもう自然に左手の薬指が「行きたがっている」のを抑えるのに苦心した。 そして気になったのが「ギターは最低1ヶ月は我慢」というアドバイスである。私は愛好者ではあるもののプロでもなくハイアマチュアでもなくバンドを組んでいるというわけでもないので、1ヶ月ぐらいはギターにまったく触らないなんて期間は1年間のうちにけっこうザラにあるのだ。私は根っからの天邪鬼であると思ったが「我慢」という衷心からの名医のアドバイスにかえって辛抱たまらん。そして高校生の長女が私の怪我については心配してくれたものの「ちょっと貸してね」と、私の愛用するアート&ルシアーのギターを自分の部屋に持っていってしまった。カシオの電子辞書の時のパターンからすると長女の「ちょっと貸してね」は2年間は返ってこない。 何だかますますギターが弾きたくなった。怪我をしたのがちょうど左手の薬指で、抜糸が済んで包帯から絆創膏になってからはスライドギター(ちょうどスライドバーは小指にする人もいるけれども薬指にする人が多い)でもこの機会に始めてみようかなぁ、なんてことを考えていた。あるいは、昨年の3月に石垣島に行った時に古式というか伝統的な沖縄民謡での三線の奏法は左手薬指は使わない(沖縄ポップスの世界では全然関係ないみたいだ)のが流儀であると聞いたので、この機会に三線をかじってみようか?せめて三線購入といかなくてもiPadでは大きすぎてもiPod touchなら大きさがちょうどいい感じなので三線アプリでも300円でダウンロードしてみようか?何て毎日思いながらも実際にはまったく行動せずに30日以上経過した。もうほぼ完治しているのだが、私はあと30日間「満を持して」みようかと思っている。怪我に対して慎重になりすぎているのではなくて「いったい私は何を弾きたいのか?」という気持ちの高まりについて、もうちょっと見つめてみたいのである。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-02-17 23:57 | 雑草
2015年 02月 13日

名画草鑑賞(1) 風の歌を聴け

先週、中学と高校で同級生であった友を病気で亡くし
その葬儀の儀式を執行するということがあった。

お通夜にも葬儀にも同級生たちの出席があり、
何だか僧侶としてその儀式を勤めたというよりも
俳優としてその役をこなしているような心理だった。

私はTSUTAYAに用事があった妻に
「ついでに『風の歌を聴け』という日本映画のDVDビデオを借りてきてくれないかなぁ」
と頼んだ。

自分でも何でそんなことを言い出したのか、その理由は文字にしにくい。
たぶん、自分がまだ20歳になる前に見たことがある映画をぼんやりとでも観ながら、
自分が20歳になる前の頃に何を考えていたかを漠然とでも感じてみたくなったのだ。

妻は私の書いたメモをTSUTAYAの店員に渡して
「この映画のDVDはありますか?」
と尋ねた。

「えっ、私はこの仕事、けっこう長いのですが、
 村上春樹の長編小説のデビュー作が映画化されていたのですか?」
と、驚かれたらしい。
そして端末で検索して
「ああ本当だ、その映画ありますね」
と言いながら棚を探し始めたそうだ。
なかなか見つからないところで妻が先にタイトルを見つけ
「これですね!」
とパッケージをとった。

「ありましたね。えっ、小林薫が主演で大森一樹が監督!」
と、キャリアの長いTSUTAYAの店員さんが驚くほどのカルト的作品というのが
どうもこの作品の今の時代からの評価らしい。

映画の『風の歌を聴け』は1981年の作品。
翌年、大学1年生の時に私は京都市の一乗寺にあった「京一会館」という映画館で観ている。
映画館で観ていてよかったことのひとつは、そこそこ席が埋まっていた映画館のなかで
オーディエンスの反応もかすかにだけれどもその空気感とともに覚えていること。
もともとエンターテイメント性ということに関してはその要素が少ない映画だけれども
どよめきも悲鳴も涙も笑いもない映画であった。
笑いはあったかもしれないけれども、あったとしても静かな苦笑いだけ。
そしてそこから得られた教訓のようなものもまったくない。
30数年の時を経て、私がこの映画に関して覚えていることといえば
シーンではなくていくつかのキーワードだけ。
「バドワイザー」
「赤い小型車」
「西宮球場」
「冷蔵庫」
「落花生」
その記憶から、映画を見なおしてみれば当時の記憶でよみがえってくるものも
何かあると思って見始めた。

しかし、映画を30数年ぶりに見直してみて、自分でもあきれるぐらいに
ハッキリと忘れていた。
前記のキーワード部分以外は、あきれるほどに忘却していた。
逆にそれだけ、そのキーワードがなぜ自分のなかに刻まれ続けていたのかが
気になっていて、それが注目点でもあった。

つまりはJAZZ BARのマスター役の坂田明(サックス奏者)が
主人公の大学生(小林薫)に投げかける
「落花生の殻ばかりを集めて中身を捨てているようなものだ」
という言葉に聞き覚えがあるのは、
私自身がこの映画を見た時にその言葉がその時の私の実生活と呼応したからだと思う。

ほとんど、それだけだった。
あとは何も思い出せなかった。
ただ、別に、それでもいいと思った。

作家の村上春樹と映画監督の大森一樹は同じ芦屋市立精道中学校の先輩と後輩の関係らしい。
原作とはストーリーや設定もやや違っていることもあり、
村上春樹の世界観と言葉がある大森一樹監督の作品という感じである。

今は『深夜食堂』という映画が封切りされたばかりだけれども
若き日の小林薫は唐十郎が主宰する状況劇場を出たばかりの頃。
主演女優は 真行寺君枝。
室井滋は映画初出演。何と上半身裸で彼女の乳首がハッキリと見えるシーンがあった。
ちょっと驚いてしまった。
それから前述の坂田明とともにヒカシュー(バンド)の 巻上公一が出ている。

考えたら原作者の村上春樹が、この頃と今とでは知名度で二桁違うのではないかと思う。
1980年時点でのいろんな才能が洗練を求めつつも粗挽きのまま集まった映画だ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-02-13 08:34 | 草評
2015年 02月 11日

パスポートを更新

b0061413_21324829.jpg 最近、自分の手元にパスポートがないなぁと思っていたらシャラポア(妻・日本人)に「期限が切れているみたいだから更新してきたら」と言われた。シャラポアが自分のパスポートといっしょに保管していたのだ。それで開けてみたところ、三人の子どもたちが大爆笑。8歳の末娘が生まれる数年前の髭面。長男と長女にはかすかに記憶がある風貌。そうだヒゲをはやしていた。ブルースハープ(10穴ハーモニカ)をたしなむようになってからその楽器の隙間にヒゲが挟まってとても痛い目に遭ったのでサッパリ剃り落としたのであった。その10年間の行き先はアメリカ合衆国と韓国のスタンプが押されているだけだったが、長女などは「この顔でよく同時多発テロ以降のアメリカに入国できたよね」などと言う。今は高校生の長女だが10年前は小学校入学前の幼女だった彼女やまだ2歳の長男といっしょだったからすんなりと入国できたのかもしれない。出国の時はハワイ州の拳銃所持反対運動のリーダーの藤森宣明師さんが荷物検査場のすぐ前まで見送ってくれたのも良かったのだろう。 とにかく子どもたちが言うには昔の写真に比べて最近は人相が良くなっているらしい。そうだとしたら、シャラポアとお前らのお陰かもしれない。 パスポートを更新するからといって、たとえば今年中などに外国に行く予定はない。かといって私には外務省にパスポートを取り上げられる理由もまったくない。もしかしたら今年の秋にアトランタ・ブレーブスがワールドシリーズ出場を決めて久しぶりにジョージア州のアトランタを訪ねたくなってしまうかもしれないので、その準備をしておかなければ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-02-11 21:57 | 雑草
2015年 02月 07日

草仏教掲示板(78) 子の名前は親の名のり

b0061413_2226129.jpg 名前というのは不思議なものだ。名は体を表すと言われると同時に、実体の活躍なり躍動感が名を高めるということもある。例えば白鵬という大横綱にしても大関になる前ぐらいの段階ではさしていい四股名であるとは思わなかった。しかし今や無敵の横綱の代名詞となっては、対戦する力士の立場にたてば白鵬という名前を聞いただけでビビってしまうぐらいだ。千代の富士という名もそうだった。20歳代中盤まではさしていい四股名だとは思っていなかったけれども、アメリカの格闘技雑誌で「ストリートファイトでは誰がこの世界で最強か?」という特集が組まれた時にベニー・ユキーデとともにCHIYONOFUJI(千代の富士)の名が上がっていたのをかつて見た時にはまさに強さの代名詞と感じた。競走馬のトウカイテイオーという名前から感じたものはなおさらで、この名前は母親のトウカイナチュラルという馬名に由来している(父親はシンボリルドルフ)と思うのだが、出てきた時には「何だか東海地方のお山の大将のような名前だなぁ」という印象をもった。それが皐月賞を勝ち、ダービーを制覇してジャパンカップをも取った頃には「何だかいい名前だなぁ」と感じるようになり、有馬記念の復活優勝の際には馬券を当てたこともあって「何といい名前なんだろうか」とまで感じるように変わってきた。 さてさて、そのように名は体を表すということと同時に、実体がその名を高めるということもあるのを前提に法名(浄土真宗では戒名という言葉は使わず、生前に帰敬式を受けて名前を授かる人も多いことから法名という)の話になる。 私より年上の人たちは、名前の文字(漢字)が経典のなかにある率がとても高いような気がする。これは強く意識しているかまったく意識していないかに関わらず、それは仏教文化というものではないかと思う。また経典由緒率(こんな統計学はまだ存在しないけれども…)が低くなりドキュンやキラキラネームが全盛のような今の時代であっても「蓮(レン)」という名前は相変わらず人気が高い。もっとも「蓮」の文字は1990年まで人名に使える漢字一覧のなかになかったので、1990年代に使えるようになってから大いに流行ったのであるが、2010年代の今でも人気がある。それは「蓮」の音の良さのようなものからの命名もあるけれども、やはり泥沼のなかで花開くという仏教のシンボルとしての文化が息づいていることなんだろうと思う。 さてさて、掲示板の言葉はマーヒー加藤が長女から「DQNネームの流行についてどう思うか?」と質問された時の答えらしい。私は「そういえばそんなこと言ったかもしれないなぁ」という程度で、実はよく覚えていない。よく覚えてはいないけれどもシャラポア(妻・日本人)がそれを聴きとめてそれをメモして、そのメモのままに法語として書写されて現在掲示されている。(子の名づけは親がすることは多いけれども、親がするとは限らないけれども…) 長女を近所にあるキリスト教の幼稚園に入れた時にプロテスタントの牧師でもあるその園長先生にその名をほめられたことがある。書くのも照れくさいのだが「このような小学校の前半で習う漢字ふたつの組み合わせで、このように仏教文化にあふれて、しかも名を呼んでいてこの上なく優しい気持ちなれる名前があったとは…」と、お世辞も含まれているのだろうが恥ずかしいぐらいに手放しで絶賛してくれたのだ。そして、彼女(長女)はその後、小学校、中学校、高校といろんな教化の先生にその名をほめてもらえる機会に多く接してきたらしい。 言った覚えがない自分の言葉に責任をもつというのも変な話ではあるけれども、長女の名前が降ってきてくれた瞬間のことと、それを命名することにした時の気持ちや考えについては、それを同時に私の名のりとして再認識していきたいと思う。

マーヒー加藤(ブログ本文)
シャラポア(掲示の言葉の書)
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by kaneniwa | 2015-02-07 23:22 | 草仏教
2015年 02月 05日

草仏教掲示板(77) SEKAI NO OWARI の 歌詞

b0061413_1661830.jpg 僕の正義が きっと 彼を 傷つけて いたんだね これは SEKAI NO OWARI(バンド名)の「Dragon Night」(曲名)のなかの一節である。うちに SEKAI NO OWARI のCDが置いてあったので私はてっきり長女(高校生)のものだと思って「CDや本を買うということはとってもいいことだ、無料のものが悪いわけではないけれども、それだけでは身にならないからなぁ」とほめていたら、それはシャラポア(妻・日本人)が買っていたものであった。何でも「曲先」(歌詞よりもメロディやリズムといったものを優先して歌詞は付け足した感があるもの)の世の中で SEKAI NO OWARI に関しては「詞先」を感じたそうで、昨年末あたりからけっこう聴きこんでいるとのことだ。 そんなわけでこの言葉、シャラポアの選びと書で今月に入ってから掲示をされている。 嬉しいのは東京都世田谷区の存明寺さんも今月の掲示板に同じ楽曲からまったく同じ箇所をえらびとって法語として掲載しているということであった。実はシャラポアも私も存明寺住職の酒井さんにずっと親しみをもちつつ尊敬しているのだ。そしてシャラポアにとっては「同じ時期に同じアーティストの同じ曲の同じ箇所に酒井さんとともに共感していた」というジンワリとした嬉しさがこみ上げてきたようだ。 さらに余談がもうひとつ。 NICO Touches the Walls というアーティストのCDが置いてあって、これもまたシャラポアが買ってきたものと思いきや、勘違いでほめられた長女が今度は本当に自分のお小遣いで購入したものであった。

マーヒー加藤(ブログ本文)
シャラポア(法語の書写)
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by kaneniwa | 2015-02-05 16:32 | 草仏教