<   2015年 06月 ( 9 )   > この月の画像一覧


2015年 06月 26日

もう背中を見せて育ててやれない

b0061413_1030458.jpg 写真は2009年のものなので6年前のもの。当時の息子は7歳で小学校の低学年であった。この頃は大概の距離でさすがに私の方が足が速かった。7歳ぐらいの時期の息子とはよくキャッチボールをしていて、これは私の「できれば野球などの球技をやって欲しいなぁ」という思いがあったのだと思う。ただ、この頃の息子は私とは寺の本堂に座布団を敷き詰めた特設マットでのプロレスごっこと、駆けっこをしたがっていた。プロレス技はサイドスープレックスとフルネルソンからのダブルアームスープレックスという2種類の技を授けてやった。そしてモンゴリアンチョップからオクラホマ・スタンピート→アルゼンチン・バックブリーカー→カナディアン・バックブリーカーを経て最終的にはテキサスクローバーホールドかブリティッシュフォールという、地名でのプロレス技世界一周というものを教えてやって実に尊兄された。(地名シリーズではジャーマン・スープレックス・ホールドで締めたかったところだが、これは私の技術がついていかなかった) それでもいちばん喜んでいたのは公園でのシンプルな駆けっこである。当時の息子のメンタリティは実にシンプルにできていて「足の速い人を無条件に尊敬する」ということがあったと思う。息子よりも足が速かった僅かな期間の私は、無条件に息子から尊敬されていたと思う。野球にしてもメジャーリーグ中継やスポーツニュースのなかのイチロー選手のみを目を輝かせて見ていた。「イチローの打ってから一塁を駆け抜けるスピードは世界最高レベルなんだ」と私が言ったことがきっかけだったと思う。 7年前のお盆前に仏具磨きの仕事のお手伝いをしてくれた高校生が女子100㍍ハードルの北信越大会準優勝者でインターハイと国体に出場している選手と聞いて仏具磨きの後で「勝負してください」と真剣に頼み込んでいた。女子高生はつきあってくれてジーンズ姿のままで軽く大差をつけたが「弟子にしてください」とでも言いたげな顔で無条件の敬意を払っていた。 北京オリンピック以降、ウサイン・ボルト選手にはもちろん世界最高の敬意を持ち続けている。今では「抹茶が大好き」という共通点もあって100メートルの日本記録保持者である東洋大学のジェット桐生こと桐生祥秀選手の大ファンである。今日から三日間、新潟市のデンカビッグスワンスタジアムで第99回日本陸上競技選手権大会があるのだが故障治療中のために桐生選手の走りを間近で見ることができなくなったことを心底残念がっていた。 今、息子は中学2年生で100㍍を11秒台で走り、しかも毎月どんどん速くなっているので、練習さえ付き合えない。2年前の小学生時代の練習に付き合ってけっこうムキになったら両膝に水をためてしまった。もう整形外科に通いたくない。 でも8年後に還暦野球(over60)のスーパールーキーとして鮮烈デビューをする夢があるので、3塁打やランニングホームランを打った時に走りきれる能力だけは残しておきたいと思う。昨年は「50歳を過ぎてからのスイッチヒッターへの転向」を試みたけれども、素振りではいいもののやはり長年ボールを見つめる視線の慣れの問題で左打席ではほとんどバットにボールが当たらないので断念した。しかし、今年のセ・パ交流戦での福岡ソフトバンクホークスの柳田選手のアッパースィングでのホームランを見て何だかワクワクしてきた。今、私のヒーローは柳田か?

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2015-06-26 12:12 | 雑草
2015年 06月 24日

コッヘル282番 サンマの炊かず飯のチャーハン

b0061413_1020154.jpg コッヘル280番のサンマの炊かず飯 はリンクしているFacebookで記事をシェアしてくれる方もいて、一定の反響があった。つまり同朋新聞(の上田勝彦さんへのインタビュー)→草仏教ブログ→Facebook という拡散の方向もあったということだ。 サンマの塩焼きは美味しい。しかし、その熱々のうちの美味しさが鮮烈だけに焼いた後で2時間を経過した塩焼きのサンマは箸がすすまない。大概の場合は熱々のうちに食べてしまうので問題はないのだが、サンマの炊かず飯の優れたところは「冷めても美味しい」というところにもある。日本酒による酵素分解効果と、ご飯の予熱による最低限の加熱という調理効果であろう。夫婦というものもこうあらねばならぬと思う。「冷めても美味しく」と。 というわけで、まずは炊かず飯をチャーハンにしてみた。「再加熱」ということになったらどうなるか?という実験でもある。味付けは最初の炊かず飯を作った時点でできているので何を加える必要もない。ただフライパンで普段のチャーハンの「仕上げの部分」を行っただけ。これが美味しく出来上がった。絵(写真)としてはちょっと殺風景で、新たに刻みネギぐらいはふりかけるべきだったかもしれないが、それにしても約1分間の再加熱だけでこのような傑作チャーハンができてしまっていいのだろうか。サンマの底力と知らなかった面を教えてくれた。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2015-06-24 10:51 | 草外道
2015年 06月 21日

風の万国旗

b0061413_205534.jpg 先月の末娘の運動会(小学校)ではなかなかいい写真が撮れたのだがブログに投稿する写真となると、なかなか難しい。暑かったけれども風があって気持ちよかった。その風を記憶にとどめておくのに、はためく万国旗のアップがなかなかいいと思って撮っておいたものがあった。これはアップ写真であるがかなりの国の数がそろっていて壮観であった。依然として年代物の旧ソ連邦の国旗が掲げられているという時代もあったが、現在はさすがに見当たらなかった。(見落としていた可能性もちょっとある)そして、昔から万国旗に北朝鮮は見当たらないなぁ。 今まで万国旗を自分で買おうと思ったことはなかったけれど Amazonで 布製 万国旗 100ヶ国 (ランダム) 25m THK ¥ 3,450 というのを見つけた。何だか国旗カードとか国旗パズルよりも、国の名前を覚えるにはいい教材という気がしてきた。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2015-06-21 06:57 | 草評
2015年 06月 17日

コッヘル281番 サンマの苦いところ焼き

b0061413_22281367.jpg コッヘル280番のサンマの炊かず飯 は是非ともお試しいただきたい逸品であると改めて推奨させていただくが「サンマの本体は細かく切って温かいご飯と混ぜて数分間だけ蒸らすという最低限加熱によって大変な美味になってくれるとして、それではサンマの内蔵はどうしたらいいのか?」という質問をタレントの伊集院光が上田勝彦さんご本人がしていた。「そりゃ酒をかけて味噌とあえてネギかなんかを加えてサッと焼いたらよろしい」と答えていた。その豪快な言い方に伊集院光は「今の言葉はiPodに保存してたびたび聴きたい」と言っていたが同感だった。そこでコッヘルの登場である。今回はコッヘルというよりもシェラカップであるが、ここにサンマの内蔵を出して容器として、そしてそのまんま調理器具として、そしてさらにそのまんま皿として使うことができる。日本酒のおつまみとしてもご飯のおかずとしても「合わないわけがない」というものに仕上がっていて、私も上田勝彦さんの言葉を保存しておいてたびたび聴きたくなったぐらいだ。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2015-06-17 22:37 | 草外道
2015年 06月 15日

草仏教掲示板(83) ボブ・マーリー(Bob Marley)の言葉

b0061413_2511181.jpg 雨を感じる人もいれば ただ濡れるだけの人もいる(Some people feel the rain. Others just get wet) ボブ・マーリーが死去したのが1981年の5月11日であるからすでに死後34年が経過したことになる。前年にはジョン・レノンが射殺されていて、ともにその死の数年前から夢中になって日々聴いていた。ともにその訃報にせっしてからすぐに日々耳にしていた声が別の世界から響いてくるように感じた。ボブ・マーリーに関しては語りだしてしまうと際限がなく「ボブ・マーリーという人が居てくれて本当によかった」とだけ記しておきたい。 梅雨時になったら1ヶ月とちょっとこの言葉を掲示しようと思っていた。 日々のニュースに接していてそこから何かを感じとる人もいればただニュースを見ているだけの人もいる。そのニュースに現れる事象からの影響は豪雨なのか小雨なのか、明日なのか明後日なのかは定かではないけれど、確実に自分の身にもふりかかってくるのである。感じることを忘れてはならないと改めて思うのである。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2015-06-15 06:03 | 草仏教
2015年 06月 10日

コッヘル280番 サンマの炊かず飯

b0061413_22101522.jpg 『同朋新聞』という真宗大谷派(東本願寺)宗務所出版部発行の月刊新聞の今月号(6月号)に2面(2,3面)にわたって上田勝彦さんのインタビューが掲載されていた。最近、私にはいろんな分野で「年下の師匠」というべき人が増えてきたような気がしているが上田勝彦さんは直接の面識はないものの私にとって「ひとつ年下の魚料理の師匠」とさせていただいている。上田勝彦さんは漁師を経験した後に水産庁に勤務する。いわゆる「お役人さん」となった。(現職はウエカツ水産代表で東京海洋大学客員教授)まずは漁師さん経験者が水産庁に勤務するということが素晴らしいと思った。他の省庁でも天下りとは正反対の流れがもっとあっていいのではないだろうか?それはともかく魚を知っている上田勝彦さんのレシピは文化の結晶でもあり合理的でもあり「魚を食べてきたDNAも喜ぶ」という料理が多い。すでに水産庁勤務時代からの仕事である「魚を食べる文化を再興しよう」という一種の啓発活動、PR活動として作成された資料が水産庁に残っていた。 このなかの【炊くか炊かぬか“炊かず飯”】の項目を、上田さんの一切の無駄がない趣旨説明とレシピを引用させていただこう。 魚を用いた炊き込みご飯は、鯛飯などのように出来立てはおいしいものですが、冷めると急に生臭くなってしまうのが難点。これは、100 度以上の高温で長時間加熱することによって、冷めた時に脂が酸化しやすくなるからです。炊くときの調味料の合わせ方も悩ましいところ。そこで、炊き込まずに、調味料の分量も気にせずに、冷めても生臭くならない魚のご飯を伝授いたしましょう。① ご飯は研いで吸水させてザルに上げておく。② タイ、サワラ、スズキ、サケ、マグロ、カツオ、その他刺身の残りなどを 5 ミリ程度の粗みじん切り、粗塩と酒少量を加えて、干物程度の塩加減に調味しておく。なお、この状態でジップロックに入れて板状に伸ばして冷凍しておけば、流水で解凍するだけで、いつでも魚のご飯が楽しめます。③ 固めの水加減で飯が炊き上がったら、魚を飯の上に加え、玉にならないようざっくり切るように魚と飯を混ぜ合わせ、蓋をして 3 分置く。④ みじん切りのネギや大葉、三つ葉など、好みの香味野菜を加え、混ぜ合わせて再度蓋をして 1 分おけばできあがり。味が薄ければ薄口醤油で追加調味を。⑤ 1 回食べ終わったら、保温のままにせず別容器に移しておけば臭みも出ないので、翌日の朝食や弁当、茶漬けや、冷凍しておいて焼き飯などにも使えます。 これは揶揄するのではなくて賞賛の意味での「霞ヶ関文学」である。 このメニューは新サンマが出てくる晩夏から秋にご紹介させていただこうと思っていたのだがやってきた「魚の炊かず飯」のなかでも特にサンマが最高だったので紹介を少し早めた。2日間にわたってこの「サンマの炊かず飯」を食べてサンマ好きの私のサンマ観が見事に変わった。サンマは焼いて熱々のうちに食べるのが最高であると思っていたが「炊かず飯」の世界を知ってしまうと「焼き魚としてのサンマは確かにものすごく美味しいが、それは熱々から熱いまでを保つ間のほんの15分間ぐらいのタイミングで美味しいのであり、温いから冷たいものへと成ったらそれはあまり美味しいものではないものに変化していた」ということに冷静に気がつく。この「炊かず飯」は時間が経っても美味しさはまったく変化しない。熱々の焼き魚の魅力も私は一生捨てるつもりはないけれども「サンマでご飯」ということになれば私はこの「炊かず飯」をチョイスしていくことになるだろう。 最後に『同朋新聞』を読んで親鸞聖人と上田勝彦さんの共通点をひとつ発見した。インタビューのなかで上田さんは「単なる島の連なりに見える我が国は、実は六千以上の島からできていて、海岸線が米国や豪州よりも長い」と述べていらっしゃるのだが、親鸞聖人の国土認識もまた「粟散片州」(源空和讃・真宗聖典499ページ)なのである。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2015-06-10 23:08 | 草外道
2015年 06月 08日

私が考えた犯罪とスケール(尺度)の話と妙なオチがついた夢の話

言論の自由、表現の自由はどこまで保証されるのか、
許されるのかは人類の課題のなかでもかなり大きなものだ。

とりあえず、
想像と妄想は自由である。

自由だが、その想像と妄想を言語化したり表現する時には
どこまでいいのかな?はちょっと気になる。

『血まみれの野獣』という大藪春彦の小説が
1968年1月から1969年1月まで『ボーイズライフ』という雑誌に連載された。
その現金輸送車を襲う手口が1968年12月に起こった三億円事件とよく似ているということで
「犯人がその小説の手口を参考にしたのではないか?着想を得たのではないか?」
などとマスコミにも騒がれた。
三億円事件で聴取された人はものすごく多いのだけれども
大薮春彦はどうも「重要参考人」として警察から聴取を受けたようだ。

私がこれから書く「ちょっと思いついてしまった犯罪」も、私の想像や妄想のなかに
あるだけならばまったく自由なのであるが
「もしも私のアイディアから着想を得て実現させる猛者がいたらどうしよう?」
とは、ちょっと思う。
警察から聴取を受けるということもあり得るだろうか?

さて、私が思いついた犯罪の基本は「ハッキング」である。
銀行口座の厳重なセキュリティをくぐり抜けていろんな人の口座にたどり着く。
そこからまとまった金を掠め盗るのはただの悪質な窃盗である。
私の妄想が優れているポイントは、
通帳には表示されない日本円であれば1円以下の「銭」の単位を掠め盗っていくのだ。
口座ひとつひとつを手作業でやるとすれば、それは時給500円の仕事の方が割りに合う。
そこは現段階の妄想として
「何らかの方法で日本のすべての金融機関の口座の1円以下の単位をすべて
 一括して自分のものにしちゃうプログラムを開発」
ということにしよう。
年に1回、この方法でまずは日本円で1000万円以上はいくのではないか?
そして次に米ドルとユーロで1セント以下の単位でやって億単位に乗せる。
(ユーロも通貨の最小単位はセントなんだなぁ)

膨大な数の被害者は、盗まれたということ自体に気がつかない。
5年目ぐらいに、10万人に1人ぐらいの割合でものすごく鋭い人が
「あれれ、1円足りないのではないのかなぁ?」と気がついたりするかもしれないが
銀行に問い合わせる電話料金や交通費や、歩いていく手間が惜しいので
その気づきは有耶無耶なものになってしまう。

そんな、実現可能ならば非常に悪質であるがセコい(まったく最低だなぁ)犯罪を
思いついた時に
NHKのEテレでやっていた「宇宙白熱教室」でアリゾナ大学の
ローレンス・クラウス教授から宇宙に関する講義を受けた。
宇宙を測る定規は私たちの日常の尺度とはまるで違って、
キロメートルという単位ならば10の何乗であるか、というスケールを基本とするという
お話だけでもとても大きなものであった。

そんな講義を受けて眠った時に、
私もものすごくスケールの大きな夢を見た。
円以下、セント以下の金を盗もうなどというセコい妄想をもった私に対して
私自身の潜在意識がそれをせせら笑うかのようにスケールの大きな犯罪を
夢のなかでやっちゃったのだ。

それは、どこの国であれ、たとえ国家予算を論じる時にも
めったに通貨に1000兆(10の15乗)以上の単位は使われることはない。
福島第一原子力発電所から漏れた放射能の総数が3京(10の16乗)ベクレル
であるという新聞記事は読んだことがあるが、ここまで来ると数としての
こちら側の認識するためのイメージ力が足りなくなってくる。
そうだ、1円以下や1セント以下を掠め盗ることも気づかれにくいのと同様に
想像を超えた金銭としては大きすぎる数値も気がつかれない死角になるのだ。

そういうわけで、私はパソコン操作で
1那由多(10の60乗)円をなぜか手に入れてしまった。
(夢ですよ)
世界中の通貨を全部あつめたって、世界にそんなに流通しているわけがない。
でも、夢の世界なので実現しちゃった。
一瞬にして、世界一のまさに桁違いのなかの桁違いの金持ちになった。
(夢だけど)

夢なので、その桁外れの額には、なぜか恒河沙(10の52乗)単位で利息もつくことに
なっているのだが、その利息の単位自体が大きすぎて通帳なんかには表示に反映されない。
通帳は延々と表示できるだけのゼロが並んでいるだけだった。
金額が大きすぎるので、誰もそんなものを手に入れた者がいるとは考えないという
完全犯罪であった。

そして、この夢にはオチのようなものがあるのだ。
「とりあえず」
という気分でギターを買うための50万円(何だかなぁ…)を
ATMで引き出そうとするのだが、
その行為のあとで「9」という数字が実に延々と並んでくると思うと、
何だか怖くなって千円たりとも引き出せなくなって手が止まってしまうのだ。

マーヒー加藤

※ この妄想と夢はフィクションです。小さいお子さんは真似しないでください。
  あ、ホンモノのハッカーもね。
[PR]

by kaneniwa | 2015-06-08 06:48 | 雑草
2015年 06月 05日

草仏教掲示板(82) 鏡を見れば

b0061413_1575094.jpg


どんなに辛いことがあっても
鏡を見ればちゃんと生きている 美輪明宏

法事が終わった後で学生さんが私に
「お経ってラップミュージックみたいですよねぇ」
と声をかけてくれた。
彼の両親をはじめ同席した親戚たちには
「…お前、何て失礼でバカなことを言っているの…」
と言いたげな表情が垣間見えたが、私は
「…実は、ワシもずっーとそう思っていたんだYO!」
と答えた。
一同はみんな笑った。
周囲は軽く流れはじめた不穏な空気を察して、私が機転を利かせて
笑うようなことを言ったのではないかという偉大な勘違いをしてくれたみたいだが、
本気で昔からそう思っていたのである。

たとえば『仏説阿弥陀経』というお経を私はだいたい12分前後で読む。
これが早い方なのか遅い方なのかわからないが、毎朝東本願寺の阿弥陀堂で
猛スピードでポップス1曲分ぐらいの時間内に、しかも漢音で読まれるものに比べれば
3倍ぐらい遅いはずだ。
それでも、12分での『仏説阿弥陀経』というのは、
書かれている内容をすべて伝えられるなどということは意識できない速度となる。
ラップミュージックの要領で、私が『仏説阿弥陀経』をミュージシャンとして「吟じる」
とか「演じる」というような表現をとってみれば、
やはり深くて強いメッセージ性がある歌詞の情報量の質と言い量といい、
このような楽曲を短時間で伝えるには「節」とか「抑揚」は大事ながら
メロディ的なものは自ずから平坦になり間のようなものは詰まってくる。
まず単純に考えてもお経とラップは似てくるのである。

ラップ・ミュージシャン(読経者)としても客(参拝者)に吟じた言葉を
全部もって帰って欲しいというようなことはもはや要望しない。
ほんのひと言でいいから考えずに感じた言葉をもって帰って欲しいとは思う。
ほんのひと言さえ無理であれば雰囲気だけでもいいから毛穴から入ったものを
感じたものをもち帰ってくれよベイビィと思う。

さてさて、ようやく本題に少しだけ入ると
中国で訳された経典を読んでいる宿命のようなものだが
ラップと同じく
「韻を踏んでいる」
という共通点も見えている。
これは鳩摩羅什という原典の翻訳者がダジャレ好きだったわけではなく、
(特に古流中国語で発音すれば)同じ言葉の音を重ねることによって
「言霊効果」(ことだまこうか)とでも言うべきものを醸しだして
基いてあるメッセージ性をさらに強調しようという意図が
無意識的にもはたらいていたのではなかろうか。

さて、もうちょっと本題に入り込んでいこう。
中国の善導(ぜんどう)大師という方が『仏説観無量寿経』を解釈されるなかで
「経は教なり、また鏡なり」
と「KYO」の音を重ねながら大事なお話をされているんだYO!YO!

経=教=鏡

というシンプルな数式であるが、経は教えでありなおかつ鏡であるという。
自分自身の姿を写しだしてくれるものであるという。

ナルシスト的に鏡の前で優越感のようなものに浸る人もいれば
劣等感のようなものにさいなまれる人もいる。
その時々によってその両面が湧き出てくる人もいる。
ただ鏡の功徳によって自分の姿を見た時に
優越感や劣等感はこちらがわの勝手な煩悩に過ぎず、
まずは確認すべきは
「生きている」
ということなのではないかと、
美輪明宏の話はまったく出てこなかったけれど、
そう感じたんだYO

マーヒー加藤(ブログ本文)
日本人シャラポア(書)


追記 ラップミュージックに関して知っているようなつもりで書いたけれど、
   実はあんまり馴染みがない。
   ただラップが流行る前夜ぐらいの時期のジャマイカの
   「DJスタイル」というのは大好きである。
   具体的にはTIGERやSUPERCATなど。
    (どちらもネコ科の名だなぁ)
   曲によっては「こりゃお経の読み方じゃないか?ジャマイカ?」
   というものがけっこうある。
   歌詞はほぼ分からない。
   訛り的なものもあるかもしれないが、なんせ猛スピードだもん。

 『ホワイティー・フォード・シングス・ザ・ブルース』(Whitey Ford Sings The Blues)
 という白人ラッパーのアルバムをAmazonで買ってみた。
 バンド(ユニット)名としては「Everlast」である。
 白人ラッパーがブルースを歌うというので買ってみたが、
 正直いって「What It's Like」という曲以外はあんまり好みではなかった。
 歌詞はほとんど分からない。
 その分、「What It's Like」には
 ワンフレーズでもいいから何か感じとるという態度で聴ける。
 
[PR]

by kaneniwa | 2015-06-05 06:56 | 草仏教
2015年 06月 02日

コッヘル279番 糸魚川ブラック焼きそば

b0061413_2344821.jpg ご当地B級グルメというと焼きそばが多い。何をもってしてB級と呼ばれるか?あるいは名のるのか?その定義はなかなか難しいが私なりに語ってみれば「紅しょうがを添える食べ物」と言ってしまっていいのではないだろうか?たこ焼き、牛丼、冷やし中華、とんこつラーメン、お好み焼きというあたりが思い浮かぶ。「紅しょうがを添える食べ物」という私のB級グルメの定義は、将来にわたっても辞書に載ることはないだろうが、たとえばチャーハンやちらし寿司といった作り方によっては大衆路線も超高級路線も大いにある料理においては、紅しょうがが添えられるか否かはA級かB級かの境目になりうるのではないだろうか?もちろんB級であるから劣っているとかランクが下であるというような論旨ではない。針状にカットした紅しょうがが指針とか羅針盤になりうるのではないかという話である。 新潟県の糸魚川市発の「ご当地グルメ」である糸魚川ブラック焼きそばのブラックの正体はイカスミである。スパゲッティなどのパスタ部門でイカスミというとB級ではなく、和食だってイカの塩辛の黒造りというと高級路線の方に入ってくる。 知り合いからそのセットをいただいたので作ってみる。付属の紅しょうがを添えるまではイカスミの黒、玉子焼きの黄色、青のりの緑(信号機と同じく青は緑なんだなぁ)の三色から連想したのはジャマイカ国旗の配色であった。そこに真紅の紅しょうがをコッヘル脇に添えてみたところエチオピア国旗のラスタカラーも加わって「おっ、レゲエじゃん、レゲエ!」となった。 私がイカスミのスパゲッティを年に10回食べるとして、こちらのイカスミ焼きそばは正直言って年に1回食べるか食べないかというペースだろう。それではこのご当地グルメはダメなのか?といえばそれは違う。たとえば夏フェスの屋台でイカスミパスタの屋台と糸魚川ブラック焼きそばの屋台が並んでいたとしたら迷わずに糸魚川ブラック焼きそばの方に行くだろう。そんな条件下では白ワインが合う方よりもビールが合う方をチョイスするに違いない。糸魚川で野外フェスがあればいいなぁ。それも、懐かしのレゲエサンスプラッシュが開催されるといいなぁ。その場の食事でジャマイカ国旗とエチオピア国旗の配色が合体したこの焼きそばは最高だろうなぁ。というわけで、この黒、黄、緑、赤の色彩鮮やかな焼きそばを食べながら脳裏に浮かんだのは糸魚川の深い深い青色をした海であった。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2015-06-02 23:48 | 草外道