草仏教ブログ

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2015年 08月 28日

草仏教掲示板(84) 何も偉業を達成していないように見えるあなたの親が…

b0061413_22203016.jpg 何も偉業を達成していないように見えるあなたの親が あなたを愛することで幸せな顔をしていたことを 思い浮かべて欲しい (作家ジョージ・サンダース。2013年シラキュース大学卒業式の記念スピーチより) しばらくブログの更新がゆったりとしたものになっている。特にこの法語掲示を紹介させていただく投稿は間が空いてしまって、すでに先月に掲示を替えた言葉を後追いでご紹介させていただくことになった。これは5月末にブログにて 和田一郎さんの『僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと』という本の感想を書いてみたのだが、その本のなかで紹介されていた言葉である。その作家のジョージ・サンダースの言葉は投稿サイトをはじめとしてネット上でもすでに2年前から反響を呼んでいて、原文は英語であるということもあって、法語としての掲示用に意訳をさせていただいたものである。平凡のなかの非凡を感じることができる軸になるものは陳腐な言葉にも聞こえることがあるようでも、やはり「愛」ではないかなぁ。そして仏教のなかの言葉としても「愛」というと、そんなにキレイな意味でのみ使われているわけではなく煩悩寄りというのか、執着というものを感じさせる用語例が多いのだが、それでも仏の姿として「和顔愛語」(おだやかな表情で愛ある言葉をかける)などという言葉もある。もちろん、何かを達成することへの賞賛を否定するつもりはまったくないけれども、幸せってものの本質はそこではないなぁとは何となく思い始めた今日ころの頃。

ブログ本文・書 マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-08-28 22:42 | 草仏教
2015年 08月 24日

息子の花火ヲタ芸(小さなお子さんは真似しないでください)



息子(中学2年)が花火を使ってやりだしたヲタ芸の冒頭15秒。
小学生の妹は大喜びで、
高校生のお姉ちゃんがiPhoneで動画を撮り、
インスタグラムにUPしたらさっそくに大反響。
インスタの動画はコピー出来ないようなので、
私のGメールに添付で原版の動画を送信してもらって、
YouTube経由でブログ転載。

お盆前からブログを更新できていないなぁと思っていたが、
久しぶりのブログ投稿はほぼ息子と娘だのみとなった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-08-24 22:43 | 雑草
2015年 08月 18日

やはり高校野球の指名打者(DH)制度は難しいだろうなぁ…でも

高校野球が準決勝に入った。
もともと野球はメジャーリーグや日本のプロ野球という
ハイレベルなものはもちろんのこと、
知らないチーム同士の草野球や少年野球であっても
ついつい観戦しだしたらなかなかその場を離れなれない野球好きである。

高校野球の全国大会は相撲にたとえるなら、プロ野球を幕内とするなら
十両ぐらいが社会人野球や大学野球のトップレベルで
その下の幕下ぐらいの位置づけになるだろうか。

それでも相撲ファンは衛星テレビなどで午後3時頃から幕下の取り組みから
じっくり見ていて「このなかで誰が将来の横綱や大関になっていくか?」
というヨミも含めて観戦している。
そういう観点からの観戦は、やはりツウといえる。

たとえば福岡ソフトバンクホークスの遊撃手(ショート)で、
特に守備に関しては現在のところ確実に
「魅せる守備ができる日本人野手としてナンバーワン!」
と言える今宮健太選手であるが、
実は彼のことに関して
2008年の春の選抜高校野球大会中にこの草仏教ブログで書いている文章がある。

それは彼が高校2年生の時点で
「1番 ピッチャー」
という少年野球や草野球でもなかなかない打順と守備位置の組み合わせの面白さから
書いたものであった。

そして、翌年の2009年の10月30日に
彼が福岡ソフトバンクホークスにドラフト指名されたことも書いている。

私としては
「世界一フィールディングがいい投手になって欲しい」
という願望があったのだが、このドラフト指名自体が野手としての指名であり
結局はそのフィールディング能力を活かして遊撃手となった。

高校野球で指名打者制度は導入できないのだろうか?
と考えたこともあるが、
やはり投手が3番、4番、5番といった主軸を打っているチームも
今でも少なくないし、下位打線に居たとしても打線のキーポイントに
なっていることは実に多い。

国際大会では指名打者(DH)制度というものは当たり前になっているので、
高校野球でも導入したらいいのではないか?と考えたことがある。
社会人野球も採択している。

ただ指名打者制度を採用していないのが
プロではメジャーのナショナル・リーグと日本のセ・リーグ。
そしてアマチュアの大学野球がわかりやすいと思うのだが、
大半の大学野球連盟が指名打者制であるのだが
東京六大学野球連盟と関西学生野球連盟、
ならびにトーナメントの明治神宮野球大会だけが
投手も打席に入る昔からのシステムでやっている。

うがった見方であるけれども
「放っておいても人気のあるリーグは伝統の方を重視して採用せず」
ということではないかと思われる。

したがって、アマチュア野球のなかでも100年の伝統と圧倒的人気がある高校野球は
今後もいちばん採用されることがないように予測できるのだが、
指名打者制におけるルールとして
「指名打者は必ずしも投手の代わりに当てはめなくてもよい」
という原則がある。

つまりチームに「エースで4番」というような存在がいればそのままに、
打撃の良さに賭ける高校生一人と、守備に賭ける高校生一人が
指名打者制を高校野球に取り入れたら誕生させることができるのだ。

打席には立たないけれども守りで貢献する野手(ショートでもセンターでも)
という存在を見てみたい気はする。

まずはプロ野球の方で大谷翔平投手登板試合で、
大谷翔平は打席に立たせて、それ以外のポディションの野手のところに
指名打者を入れるという英断を北海道日本ハムファイターズの
栗山監督に期待したい。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-08-18 08:07 | 草野球
2015年 08月 09日

コッヘル284番 夏の茗荷(ミョウガ)サラダ

b0061413_23322991.jpg 茗荷(ミョウガ)を食べると物忘れが激しくなる?という俗説というか伝承を聞いたことがある人は少なくないのではないだろうか?私の都合のいい解釈としては「物忘れをするというよりも、嫌なことを忘れさせてくれるハーブ効果がある」ということにさせていただいている。実際、そういうハーブ効果(しかも完全合法)があると思う。 なぜミョウガを食べると物忘れが激しくなるという俗説が生まれたかについては、お釈迦様の弟子である周利槃特(しゅりはんどく)の存在が大きいようだ。周利槃特は兄の摩河槃特(まかはんどく)とともにお釈迦様に弟子入りしたのであるが、頭脳明晰で記憶力抜群の兄に対して弟の周梨槃特は朝に聞いたことを夕方には忘れてしまっている。周利槃特は、自分の愚かさに涙を流して途方にくれていたのだが、お釈迦様は「自分が愚かであると知る者が本当に知恵のある人で、自分の愚かさに気がついていないのが本当の愚か者だ」として周梨槃特にできることとして掃除をすることを勧められた。その掃除を愚直なまでに徹底的にやって尽くしたために、その後、誰も周梨槃特のことを馬鹿にする人がいなくなったどころか、尊敬される存在になっていったというエピソードがある。そんな周梨槃特がミョウガを好んでいたとか、亡くなった後に周梨槃特のお墓から野生のミョウガが出てきたとかということが「ミョウガ=物忘れ説」の俗説の原型のものであると言われているが、日本とはちがってインドや東南アジアではミョウガはあんまり食用には使われていないということもあって、このエピソード自体も真偽は定かではない。しかし頭脳明晰が褒められる以上にそんな愚直さが讃えられるべきものであるという心の世界の真実の一端がそこにはあるように思える。 私としては10年以上使っていない単語なんかはどうせ忘れてしまうものだし、最近あった嫌なことを忘れられる方が重要だし「そもそも忘れてしまうようなことはあんまり重要なことではない」と、これはあまりにも楽天的な達観かもしれないけれども、そう思っちゃったらずいぶん頭を中心に身が軽くなれる感覚があって、サクサクした食感も楽しみつつミョウガサラダを食べる。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
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by kaneniwa | 2015-08-09 23:59 | 草外道
2015年 08月 04日

限りないもの それは容量

つい20年前、Windows95というマイクロソフトのOSが出てから
パソコンというものが急に普及しはじめた。
20年前にメインで使っていたのは
ワープロ専用機であるSHARPの「書院」と
マッキントッシュの「初代MacBook」であり、
ともにそのデータの保存には「フロッピーディスク」を活用していた。
その容量は2HDディスクで1.44MB 2DDディスクで720KB というもの。
これは文書データだけであれば文庫本1冊分は入る容量だが、
ポスターなどの見本のために写真などの画像データを入れるとなると
「2HDディスクにギリギリ入るか入らないか」
というものであった。

その頃にNECとか富士通などの大手のメーカーから
だいたい30万円前後で発売されていたディスクトップパソコンの
内蔵ハードディスクの容量がギガバイト(以下GBと表記)という単位になった。
データ保存用のハードディスクどころか
CPUが情報処理をする際にデータを一時的に貯めておく場所としてのメモリでも
8GB以上ではないと宣伝文句にもならない現在からは考えられないほどの容量だ。
それでもこの1GBの内蔵ハードディスクの登場に
「すんげぇフロッピーディスクに換算して1000枚以上が入るのか!」
と妙に感動した覚えがある。
パソコンの方のマックではなくてハンバーガーの方のマックでも
ギガとかメガという単位は「とてつもなくデカイ」という形容詞的用法をもって
使われることになる。

パソコンのギガ時代の到来に「ひとボーナスをかけて購入するか?」とも思ったが、
その時点で購入せずに正解であったとは言える。
今現在、パソコン本体に30万円を投入することができるならば
ハイエンド機どころか(グラフィックなど分野は色々だとしても)プロが使っている
ものと同じものを購入することができるだろう。

さて5年ほど前からデータ保存用ハードディスクは
GBからTB(テラバイト)の時代へと突入しはじめた。
「寺、寺、寺、テラバイト!」
と、フロッピーディスクの容量を知る世代としては大いに驚いたものだ。

4年ほど前にディスクトップのパソコンはiMacの1TBものに、
テレビ番組等の録画機も1TBのテラバイトものにした。
「これでデータ管理としては一生モノに近いのではないか?」
などとチラッと思ったりもしたが、限りないものは欲望である。
まずは録画機の方は
「見たらすぐ消す生活をしていればこれで充分」
とまで思っていたけれども、やはり2年もしないうちに満杯となった。
1枚25GBのブルーレイディスクに整理していくということになった。
たとえばNHKのクラシック音楽番組などは、音声の劣化などは5倍録画でも
ほとんどわからないのでそのモードで録画していったけれども
1枚のディスクに5倍録画だと11時間分が収録できる。
したがってヘルベルト・ブロムシュテッド指揮で
チャイコフスキーの交響曲の4番、5番、6番「悲愴」と
ズービン・メーター指揮でのシューベルトの交響曲第6番、
マーラーの交響曲第5番、
ヤニック・ネゼ=セガン指揮のフィラデルフィア管弦楽団の
モーツアルトの交響曲第41番「ジュピター」と
マーラーの交響曲第1番「巨人」。
ネヴェル・マリナー指揮のドヴォルザークの交響曲7番と8番、
それからN響定期演奏会でのブラームスの交響曲の2番、3番、4番
(これで今後1番が放映時にエアチェックでブラームスの交響曲全集が完成する)
という交響曲を11曲入れて交響曲のブルーレイディスクが1枚できた。

そういうものを番組のジャンル別にいくつか作っていった。
編集の手間の割に上記の音楽ものを除いたらそんなに録画したものを見直すということは
実際にはほとんどないのだけれども、それでもブルーレイディスクへの
編集を1回でもやってみたら、
もうDVDディスクというものには戻れなくなっていることに気がつく。
ちょっと前まではブルーレイディスクという存在自体が不要で
DVDで充分であると思っていたのに。
そして録画機の1TBという容量も、一時期は「下手すりゃ一生モン」とさえ
思っていたものが、いつの間にか「ため込んで編集するには必要最低限」ぐらいにさえ
感じていることに我ながらあきれてしまう。

パソコンの方は「クラウドというものもあるし、動画編集さえしなければ1TBで充分」
と思ってきた。
「1TBで足るを知る」としてきた。
ところが、最近のデジタル一眼レフではPanasonicのものなどで
4Kでの動画撮影が可能なものが出てきた。
画像としての4Kにはその価値や凄みはわかっていないところがあるが、
「動画で撮ったものが瞬間瞬間で800万画素相当の写真にできるらしい」
というようなことを知ってみると
昔の銀塩フィルム時代にプロカメラマンが決定的瞬間を撮りそこねないように
モータードライブで連写していたに等しい効果があるのでは?
なんて思ってしまって気になってしまう。
スポーツなどを撮るのはもちろん、
人物だって動画で撮っていい瞬間を切り取っちゃえばいいし、
たとえ風景写真だって滝の飛沫がいい感じの瞬間やら植物から雫が落ちるような
「いい瞬間」
というものがある。

そうなってくると、もしかしたらテラバイトの上の単位、つまりは
1000(1024)TB=1PB(ペタバイト)
1000(1024)PB=1EB(エクサバイト)
1000(1024)EB=1ZB(ゼタバイト)
1000(1024)ZB=1YB(ヨタバイト)
というものを使う時代がけっこう早く来るのかもしれない。
記録する媒体もHDDやSDDよりも優れた何かになるのかもしれないが、
どこの段階で「足るを知る」となるのかは自分の欲望の大きさ同様にわからない。

このペースだとYB(ヨタバイト)の時代が来るというのも
あながちヨタ話ではない気がする。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-08-04 16:10 | 草評