2007年 06月 16日
悲田院の堯蓮上人は、俗姓は三浦のなにがしとかや、雙なき武者なり。 故郷の人の來りて物語すとて、 「吾妻人こそ、いひつる事は頼まるれ。都の人は、ことうけのみよくて、實なし」 といひしを、聖、 「それはさこそおぼすらめども、己は都に久しく住みて、なれて見侍るに、 人の心劣れりとは思ひ侍らず。なべて心やはらかに情ある故に、 人のいふほどの事、けやけく否びがたくて、萬え言ひ放たず、心弱くことうけしつ。 僞せんとは思はねど、乏しくかなはぬ人のみあれば、 おのづから本意とほらぬ事多かるべし。 吾妻人は、我がかたなれど、げには心の色なく情おくれ、 ひとへにすぐよかなるものなれば、はじめより否といひて止みぬ。 にぎはひ豊なれば、人にはたのまるるぞかし」 とことわられ侍りしこそ、この聖、聲うちゆがみ、あらあらしくて、 聖教のこまやかなる理、いとわきまへずもやと思ひしに、 此の一言の後、心にくくなりて、多かる中に寺をも住持せらるるは、 かくやはらぎたる所有りて、其の益もあるにこそと覺え侍りし。 (吉田兼好法師 『徒然草』 第141段) 京都の悲田院(ひでんいん)という仏教系福祉施設の尭蓮上人は、 在俗の時代は三浦さんとかいって、比類のないものすごい武士だったようだ。 故郷からお客さんが来たので、お話をしていると 「関東の人が言い出したことは信用できるけど、京都の人は、 やたら返事ばかりいいけれども、どうも誠意がこもっていなくて信頼できない」 という話題になったのを、尭蓮上人は 「あんたはそう思っているのだろうけれど、私も長いこと京都に住みついて なじんじゃったら、京都の人が心が関東とくらべて劣っているとは思えないよーん。 京都の人は優しくて人情があるから、人からお願いされるようなことには キッパリとは断れなくなっちゃって、消極的に承諾しちゃうじゃん。 約束を破ろうとは思っていないけど、貧乏で生活にも困っているから 思い通りにいかなくなってしまうことが多いわけじゃん。 関東は私の故郷で、なじみのある人たちなんだけど、 これが優しくはなくて人情もなく、ただただストレートな性格なのもので、 人からの頼まれ事で、できそうもないと考えると、スパッと 『いやだ』と言っちゃう。それでおしまい。 しかし、関東の人は比較的裕福な人が多いので、 何かと人から頼まれることが多いというこなんじゃないかな」 と弁明していたのだが、この上人には関東の訛りがあり、 荒削りであり、仏教のお聖教のことなんかは理解していないのではないかと この吉田はすっかり勘違いしていたけれども、 このひと言を聞いて、この人はやっぱり奥ゆかしい人のように思えてきて、 多くの僧侶がいる人材豊かな環境のなかで寺の代表として選ばれているのは、 こういう柔和な精神があって、そのご利益があるのだと思った。 BYマーヒー
by kaneniwa
| 2007-06-16 20:56
| 徒然草
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