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2008年 09月 26日

9.16 ヘレン・メリル ラストコンサート (5)

ヘレン・メリルは79歳で、
日本の医療保険制度で言えば
後期高齢歌手ということになる。

前日のブログ記事で書いたとおりの
素晴らしいミュージシャンの
演奏で7時の開演から8時まで、
「二人でお茶を」
「イッツ・オールライト・ウィズ・ミー」
「チェロキー」
などの曲を聴かせてくれたのだが、第1部というべき8時までに
ヘレン・メリルの登場はなかった。

なんせ、79歳だ。

15分ほどの休憩時間の合間、
「お客さまのなかに医療関係者はいらっしゃいませんか?」
という放送が入ったらどうしようか?
などという夢想をしてしまった。

さらに、その手の放送が入った10分後ぐらいに、
「お客さまのなかに宗教関係者はいらっしゃいませんか?」
なんていう放送が入ったら、どうしようか?

それはちょっと悪いジョークだとして、
30歳代前半の頃しか知らないサックスのスコット・ハミルトンが
58歳の姿でステージにいるという事実だけで、軽いショックを
受けている私が、1954年に録音された
『ヘレン・メリル ウィズ クリフォード・ブラウン』 というアルバムの
ジャケット写真の25歳頃の写真のイメージばかりをもっているのに、
79歳の姿を見て声を聴いたら、もしかしたらものすごく幻滅してしまう
のかもしれないという不安のようなものがよぎった。

今さら、ヘレン・メリルの登場前に帰ってしまうわけにはいかず、
ブザーが鳴ると、なんだかヘンなドキドキ感のまま最前列に
座った。

後半も、最初はテッドのトリオを中心にスタンダードが奏でられ、
その曲間に、いよいよヘレン・メリルが登場した。



b0061413_034850.jpg ヘレン・メリルがよろよろとした足取りでステージ上手から歩いてきたので心配したが、足元を見ればヒールがかなり高く、飾り物でいっぱいのパンプスのような靴をはいているからのヨロヨロだった。そして、ヘレン・メリルが出てきたところで、まさにステージ上の空気が変わってしまった。まず、ものすごく強い香水をプンプンとさせているのだ。聴覚と視覚だけでなく、嗅覚までもメモリーに組み込んでくれたことが、最前列に座ったことの結果のひとつだった。 考えすぎかもしれないが、ヘレンが登場した直後からテッドのトリオのドラマーが必要以上にハイハット(シンバル)をパシャパシャ叩いているような気がした。ドラマーは、もしかしたらハイハットの微風にのせてヘレンの香りをステージから観客席に送っているのか?それとも、エリック・クラプトンの10年後というような風貌のドラマーは香水が苦手で、香りがこないようにしているのか? まあ、これは考えすぎなのだろうが、ドラムの微風、ウッドベースの微風にのってヘレン・メリルの香りがこっちにやってくる。 香水のことは詳しくないので、文章でうまく表現はできないが、「ヤバイ香り」「危険な香り」というのが陳腐だとすれば「ヤクザっぽい香り」という感じだった。

ヘレン・メリルの衣装は黒のドレス。でも、どこの国のお葬式にも参列できないタイプの黒だ。女王様、それも悪の帝国の女王様のスタイルで、「JAZZ歌手はこうじゃなくっちゃ!」 というような納得感があった。どこか、九の一忍者のテイストが入っているドレスだった。

ヘレン・メリルが歌ったのは数えていなかったけれども7曲か8曲。


ジョージ・ガーシュイン作曲の、スタンダードというよりは 「古典」 とも
いうべき 「サマータイム」 から 5年前に録音したという
(74歳での新譜かどうかはわからない) 「ワイルディスト・ワールド」と
いう曲、それからプレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」 などを歌ったが、
その「ラブ・ミー・テンダー」を歌う前の曲・・・

なんちゅう選曲をしてくれたのだろうか。
ヘレンはん、あんた、なんちゅう曲を聴かせてくれんねん!
と、叫びたくなるほどの曲を歌ってくれた。

それは、テッドはんが奏でるボサノバタッチのピアノから、
「もしや?」 という身が震えるほどの予感があった。
ヘレン・メリルが歌い出した瞬間、
「もしや?」 という気持ちは 「やっぱり」 に流れず、
「まさか!」 という気持ちに転化した。

マイケル・フランクス(Michael Franks)が1975年に出した、
ポップスのヒットチャートのなかで小ヒットした
「Antonio's Song(アントニオの歌)」 をヘレンは歌ってくれた。

ジョアン・ジルベルトらと共に、ボサノヴァというジャンルを創始した
アントニオ・カルロス・ジョビンに捧げられた曲。

私はマイケル・フランクスが来日し、NHKのジャリタレ番組(当時)の
ミュージック・ショーで、ギター一本で歌ったこの曲に、一聴惚れした。
当時、私は中学2年生だったと記憶しているが、
「初めて耳にしたJAZZYな響き」
だったといっていいと思う。

複雑なJAZZコードをもった曲への響きに初めて誘われた、
その入り口になってくれた曲を、79歳のヘレン・メリルが歌って
くれたのだ。

ヘレン・メリルの給水は、他のメンバーのエビアン風の
ミネラル・ウォーターのボトルとは格の違いを見せつけ、
テーブルに置かれたティー・ポットから、小さな白い天目茶碗に
持ち手をつけたようなティーカップで紅茶かコーヒーを一曲終わる
ごとに優雅に 「ふふふ」 と笑いながら飲んでいた。
カップの形状からの美学からすれば、中身はコーヒーではなくて
紅茶のような気がする。

ヘレン・メリルの79歳の声を聴いても、決して幻滅はしなかった。

鈴木音響研究所で分析をせずとも、ハスキーさのなかに微糖という
感じのほのかな甘さを感じさせる、ヘレン・メリルその人の声だった。

しかし、最後の(おそらくエンディングとしてお決まりの)
 「You'd be so nice to come home to」
のイントロを スコット・ハミルトンとウォーレン・ベシェの二人が
奏でた瞬間、その瞬間は感じ入るものがあった。

この曲は、学生の頃にJAZZ喫茶でのアルバイト時代にお客さんの
リクエストで何千回と聴いている。
イントロ部分は短いが、何だか「抜き足、差し足、忍び足&ジャンプ」
という感じで耳に入り込んでくる名イントロだと思う。

「JAZZのスーパー・イントロ・クイズ」 というものがあっても、
はじめの一小節を聴いて 「ピンクパンサーのテーマ」 と間違って
しまうというドジさえふまなければ、私には間違いようのない
聞き慣れたイントロだ。

そのイントロのキー(調)が、耳慣れたものよりも、
ものすごく低く出てきた。

無理もないことだ。ポール・マッカートニーのように、20歳の頃に
作ったビートルズナンバーを60歳を過ぎてもその当時と同じキーで
歌っている人の方が異常なのだ。
1954年にレコーディングされた時のキーでの絶唱では
ヘレン・メリルは壊れてしまう。

ところが、がっかりしたような気持ちになったのは
ほんの一瞬で、その低いキーでの
♪ You'd be so nice to come home to~
が、実に心地よかった。

この曲の歌詞は、フェミニンというか、実に女性的で、
今まで、「自分で歌ってみたい」 という発想の範疇には
まったくなかった曲だった。

それが、歌ってみたい! という気持ちがふつふつと沸いてきた。
「この曲だけは聴きたい」 という人も多かっただろう会場で、
いっしょになって歌うという野暮なことはしないが、
私のなかの女心 というべきものを、実にくすぐられてしまったのだ。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2008-09-26 00:18 | 草音


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